「さ、次は響ちゃんの番だよ。まさか橋本君に告白されていたなんて。もちろん響ちゃんの返事はOKだったんでしょ?」

 そうに違いない。いや、そうに決まっている。そうでなければその翌日に『彼の部屋で2人きり』なんてあるはずがないわ!

 そういった風に仕立て上げた2人組の片割れは、そのことは都合よく忘れていた。

 それにしても橋本君ってば、なんでもない容姿の癖にカッコイイ告白をするじゃないの。

 『俺は葉月響歌を好きになりました』なんてなかなか言えないわよ。しかも『信じろ』だなんて。もうキャッーて感じよね!

 響ちゃんの黒崎君への長年の失恋も、これで吹っ飛んだってものよ。

 勝手に響歌を長年失恋させている、とんでもない親友だった。

 響ちゃんってば、いったいどんな返事をしたのかしらね。

 やっぱり返事は『彼の部屋』でしたはずだから、返事の後はそっちの方に…

 あぁ、こんなことなら響ちゃんと合流した時に服装検査をしておくんだった!

 私ってば、なんて抜けているのかしら。

 今やっても…やっぱり遅いわよね。

 舞は自分と対面して座っている響歌を全身舐めまわすように見た。

 響歌がそれに気づき、嫌な顔をする。

「そんなねっとりとした目でジロジロ見ないでよね」

「だって、響ちゃん。もしかして私よりも先にしちゃったのかと思って…」

 舞は何か忘れてはいないだろうか。

「あのさぁ、ムッチー。私はね、夏まで彼氏がいたのよ。しかもその彼とは2年間つき合ってきたの。だから…言いたいこと、わかる?」

 言いたいこと…って、ま、まさか!

「まさか響ちゃんって、もう経験済みだったとかなの!」

「まさかじゃなくて、本当にそうなんだけどね」

「っ!」

「こういうのは先にやった方が勝ちとか、負けとか、そういったものじゃないのよ。それよりもあんたは、もう少し真面目にこの問題について考えてみた方がいいわ。私からしたら、あんた達が昨日経験できなくて良かったとも思っているんだからね」

「…?」

 響ちゃんはいったい何を言っているのだろう?

 響ちゃんが経験済みなのは、はっきりとは聞いていないけどわかったわよ。

 こういったのは競うものじゃないというのも、まぁ、わかったわ。

 でも、それでなんで私達が、昨日経験できなかったのが良かったと思うのよ。

「まだわからないのなら、ストレートに言ってあげましょうか。する、しないのはあんた達の勝手だけど、避妊はちゃんとしてもらいなさいって、私は言っているのよ」

 ひ、ひ、避妊って!

「その様子だと、思いつきもしなかったんでしょ。中葉君の方だってそんな感じよね。松村さんもそのあたりのことは話していなさそうだし?」

 …そうかもしれない。

 響歌は赤くなったり、青くなったりしている舞を一瞥した。

「まぁ、する時はゴムをしてもらいなさいっていうこと。でも、あの人って、あまりお金を持っていなさそうだよね。もしもの時の為に、あんたも買っておいた方がいいかもよ」

 ゴムって、私が買うって!

「そ、そんなことを平然として話さないでよ。恥ずかしくなるでしょ!」

「これは恥ずかしい話でもないんだけど。むしろ大事なことよ?」

 さすがは経験者。ここまできてもまったく顔色を変えずに淡々と話している。

 でも、これについては響歌の言う通りなのだ。舞達はまだ高校1年生。学生生活は後2年残っている。その後は大学にだって行くかもしれない。

 それなのに妊娠してしまったら…

「わかった。よく考えてみる」

 舞はこう答えるしかなかった。

 いやいや、それでも今は響ちゃんの番のはずよ。

 なんで話が私の方に戻っているの!

「ちょっと響ちゃん、話を逸らさないで。橋本君とはどうなったのよ、橋本君とは!」

「何も無かったわよ。告白も結局は無かったことになった」

「えっー、なんでそんなことになっちゃったのー?」

 期待外れもいいところだ。

「仕方がないでしょ。橋本君が帰り際に『昨日のことは無かったことにして』と言ったんだもの。やっぱりからかっていたんじゃない?」

 あんなに悩んでいた自分がバカみたいだ。

 まぁ、お陰で助かったけど…

 響歌は肩をすくめたが、舞は噴火寸前だった。

「からかっているわけがないよ。響ちゃんって、本当に自分のことに関してだけは鈍感なんだから。絶対に橋本君は響ちゃんに本気で告白した。私が保証する!」

 豪語する舞に対して、響歌は冷めていた。

「なんでその状況を見ていないムッチーが断言できるのよ」

 響歌は舞にそう訊きながらも真剣には聞かないつもりなのか、机に置いていたお茶のペットボトルを取り、それを飲もうとする。
 舞は響歌からペットボトルを取り上げた。

「何するの」

「いい、響ちゃん。私から見たら、響ちゃんは二度チャンスを逃しているの」

 舞は話しながら、響歌から取り上げたペットボトルを元の場所に置いた。そして立ち上がると、響歌の周りをゆっくりと歩きだした。

「まず一つ目は告白された時だよ。橋本君が冗談であそこまで言うと思う?響ちゃんがあまりにも告白を信じなかったから、橋本君は『きっとオレのことは好きではないのだろう』と考えて、それなら今の関係を崩したくなくて『昨日言ったことは~』になったと思うの」

「そうかもしれないわね」

 響歌は素直に同意した。

 舞は相変わらず響歌の周囲を歩いている。

「そして二つ目は橋本君の部屋でのことね。響ちゃんとしてはいきなりレポート用紙を目の前で破り捨てられて混乱したのだろうけど、あれは橋本君の覚悟なの」

「覚悟?」

「そう、覚悟。橋本君が小長谷さんの気持ちを書いた用紙を破ったということは『小長谷さんへの気持ちはもう無い。これ以上、小長谷さんのことを訊くのは止めてくれ。そしてオレが本気だということをわかってくれ』と、響ちゃんに無言の訴えをしていたのよ!」

「………」

 滅多にない舞の迫力に、響歌は押され気味だ。

「響ちゃん、わかっているの!」

 舞は顔を真っ赤にさせて響歌を責めていた。響歌はさっきまではそれに押されていたものの、息を吐くと冷めた目で舞を見た。

「じゃあ、仮に橋本君の告白が本気だったとしたら、私はどうすればいいのよ。加藤さんみたいにつき合ったらいいの?それとも断った方がいいのかしらね。ま、普通なら断るべきなんだろうけどさ」

 途端、舞の勢いが鎮火する。

「響ちゃんって、そんなに黒崎君のことが好きだったんだ。私は橋本君にも惹かれているんだと思っていたんだけど。橋本君じゃ、ダメなの?」

「それもあるかな。橋本君に惹かれているのも事実。だから断らずに誤魔化してしまった」

「だったら!」

「あのね、私は半年前に彼氏と別れているの。最近だと黒崎君に失恋した。簡単に言うと、今の私には自分に自信がまったく無くなってしまっている」

「そ、それがなんの…」

「だからムッチーのように自分の都合よくには思えないのよ。いや、少しは思ったよ。でも、思いきれないの。私はもう恋愛で傷つきたくない。もし黒崎君を諦めて橋本君に恋をしたとしても、いつか必ず別れがきてしまう。でも、別れはもうイヤなの。それだったら友達のままの方が何倍もいい。しかもこんなどっちつかずの状態で橋本君の告白を受け入れる気には到底なれない。受け入れてしまったら、それこそ最低でしょ。だから他から見れば卑怯だけど、人からなんと言われようと、私はこのままの状態を望むの」

 本当は橋本に自分の気持ちを話すつもりだった。

 その覚悟はしていたつもりだった。

 だが、彼と一緒にいるとどうしても言えなかった。それどころか彼の告白を誤魔化したいと思うばかり。

 自分は…最低だ。

 だから橋本から無かったことにしてくれと言われた後は、このことについて考えないことにした。黒崎への想いを封印して、橋本へ芽生えていた感情も凍結させる。そしてみんなの恋愛を見守っていよう。無事にみんなで卒業しようと思ったのだ。

 響歌は机に戻されていたペットボトルを取ると、それを握りしめた。

 舞には言葉にしなかった響歌の思いも伝わっていた。

 響ちゃんの気持ちはわかる。

 でも、なんでそんな風になっちゃうの。

 響ちゃんには不幸になって欲しくないのに。

 加藤さんのようにズルくなって欲しいのに!

 黒崎君も橋本君も諦めるつもりなんだ。

 響ちゃんはなんてバカなんだろう。
 
 でも、そんな響歌が自分は大好きだというのも舞は知っている。知っているからこそ、響歌の決断に口を出せなかった。

 代わりに出てくるのは嗚咽だ。

 響歌の思いを知りながら、何もできない自分が悲しくて…悔しかった。

「もう、どうしてまたムッチーが泣いているの!」

 舞に突然泣き出されて、響歌は慌てた。

 だが、それでも、舞の目から涙は止まらなかった。