「はぁ、中葉君。七地蔵公園って、素敵なところだったわね」

 本音を言うなら、もう少しそこにいたかったけど。

「そうだろ。あそこの池の周りを散策するのが七地蔵公園デートの醍醐味らしいんだ。だから絶対にムッチーと歩いてみたかったんだよな」

 うん、お陰で足がもうクタクタだけど。

「冬じゃなければ、もう少しいたかったわね」

 あまりにも寒くて1時間いるのが精一杯だったから。池にも氷が張っていたのよ。

「そうだなぁ、やっぱり公園デートは春か秋に行くのがいいのかもなぁ」

 これは中葉君のデートプランだったんだけどね。

「でも、かなり歩いたから、健康的なデートだったわね」

 駅から七地蔵公園までの往復8時間と、公園の周りの散策で1時間だもの。1日9時間歩くことなんて最近では滅多に無いわよ。

 とっても健康的で良かったわ。

「まぁ、健康的だけど、今食べているのは不健康なファーストフードなんだよなぁ」

 それは中葉君の所持金が少なかったからなのだけど。

 真面目な人だからバイトなんてしないもの。当たり前な話よね。

「これも高校生デートのプランの一つよ、中葉君」

 お金が無い若者は、こうして安いハンバーガーを買って飢えをしのぐのよ。ちょっと空しいけど、これもお金が無い時くらいしかできないんだから。

「それもそうか。でも、このポテトは少し油があり過ぎで…このハンバーガーも添加物が…で…」

 中葉君って、さすがね。まだ若いのにそんなところにまで気を遣っているんだもの。

 きっと私の身体に害が及ぶことを心配してくれているのよ。

 なんてや・さ・し・い・人 。

 中葉君、私なら大丈夫よ。見た目より丈夫にできているんだから。

 私は中葉君の身体の方が心配だわ。さっきもヨーグルトシェイクを飲んだせいでお腹を壊してしまっていたもの。

 やっぱり私がお金を出して、きちんとした食事をしてもらった方が良かったのかもしれない。

 でも、そう言ったら、中葉君が断ったの。それをされるのは男としてのプライドが許さないって。

 さすが中葉君よね。

 2人がいる場所は柏原駅の待合室。時刻は午後11時をまわっている。時間が経つのはあっという間だ。

 2人は午後3時頃に柏原駅に戻ってきてからずっと待合室にいた。その間に、出会わないだろうと思っていた知り合いにも出会ってしまった。

 比良木高校の生徒会長と、その彼女だ。あちらもカップルだったのでまだ恥ずかしくなかったが、それでも出会った時は逃げ出そうとしてしまった。中葉に肩を抱かれて、実際にはそうすることができなかったのだけど。

 舞は生徒会長と面識が無かったが、中葉の方はあったらしく、しばらく世間話をしていた。

 今となっては、その時間が恨めしい。あの時間が無ければ、もう少しは中葉君と2人きりの時間が楽しめたのに!

 舞がそう思ってしまうのは別れの時間が迫っているからだ。もうすぐ宮内行の最終電車が出発する。さすがにこれには乗らないわけにはいかない。

 本音を言うと、ここで別れたくはない。もっと、ずっと一緒にいたい。

 だけど互いの立場がそれを許さない。大人だったらともかく、2人はまだ高校生なのだから。

 とうとう最終電車の発車を告げるアナウンスが聞こえてきた。

 もう、タイムリミットだ。

「そろそろ行かなくちゃ。中葉君、今日はありがとう」

 舞は勇気を振り絞り、自分の心とはうらはらな言葉を口にした。そうして中葉に背を向けてホームに向かおうとする。

 その時、中葉が舞の腕を掴んだ。

「まだ、ここにいてくれないか」

 …え。

「な、何を言っているの。これを逃したら始発まで電車が無いのよ」

「オレも始発までここにいるから、ムッチーもここにいて。オレ、まだムッチーと離れたくないんだ」

 椅子に座っていた中葉が、舞を見上げた。

 そうはいっても…

 舞は迷っていた。

 自分だって、中葉と一緒にいたい。

 でも、それは冷静に考えると無理だ。

 一緒にいるとしても、どこで一緒にいればいいのか。待合室ももうすぐ閉まってしまうし、駅前の店も半分以上が閉まっている。しかも12時を過ぎると残りの店も全部閉まってしまう。

 なんたって、ここも田舎なのだから!

 当然、ホテルに行くお金も無い。24時間空いているファミレスはすべて駅前から離れた場所にある。昼間あれだけ歩いたので、2人共かなり体力が低下していた。これ以上はさすがに歩きたくない。

 もしかして中葉君ってば、この寒空の下、野宿する気なの?

 舞はやはり帰ろうとしたが、中葉の手が腕から離れてくれない。しかも中葉の両目が『行くな』と舞に言っている。

 そんな目で…見ないでよ。

 そ、そうよね。中葉君は私の恋人なのよ。恋人の望みは叶えなければならないものなんじゃないの?

 一緒にいたいのは私だって同じなのだし、最終を逃すことくらいなんでもないはずよ。

 もし本当に野宿をすることになっても、私と中葉君の愛の力で寒さなんて吹き飛ぶはずじゃない。ここで勇気を出さなくてどうするの。

 大きく息を吸うと、中葉の方を振り返る。

「わかったわ。私、あなたと一緒にいる!」

 舞は覚悟を決めて中葉に飛び着いた。

 そんな舞を、中葉はしっかりと抱きとめた。