いやだわ、私ってば、なんて抜けているのかしら。あの御方のことを想うあまり8時発の電車に乗ることをすっかり忘れていたなんて。

 駅員さんに声をかけられなかったら、次の電車にも乗れないところだったわよ。

 ありがとう、駅員さん。

 舞は駅員に感謝していたが、実際は通行の邪魔だったので注意されただけだった。

 それでも一応は駅員のお陰で9時台の電車には乗れた舞は、学校へと続く緩やかな坂道を悠々と歩いていく。その坂を上った場所に彼女が3年間お世話になる学校があるのだ。

 今更急いだところで遅刻は確実。走っても徒労に終わるだけ。

 そんなことはもうわかりきっているもの。無駄に体力を使わない方がいいのよ。そもそも最初なんて、電車に乗り遅れたら家に帰ろうとも考えていたんだから。

 こうして来ただけでもありがたいと思ってくれないとね。

 坂道を上りきり、正門の前に立つ。

 比良木高等学校は4年前にできた学校だ。建設されてからそう年数が経っていないからだろう、外観の綺麗な校舎だった。校舎に隣接している体育館には教職員が数人いて、入学式の後片づけをしている。

 それを見て少しは焦るべきなのに、舞は感慨深く校門に立っていた。

 ここが、私の新たな学校生活の場となるのね。

 これから先、いったいどんな素晴らしい出来事が私の身に起こるのかしら。本当に楽しみだわ。

 はやる心を抑えながら校舎に入ると、掲示板に張り出されたクラス名簿を発見した。

「ん~と、私のクラスは…と。あっ、ここにあったわ」

 舞の名前は5組にあった。担任は小森正弘と言う名の男性教師らしい。

「ふ~ん、コモリって言うのか。カッコイイ先生だといいな」

 そしてあの御方と私を奪い合うの。

 あぁ、そうなったらなんて素敵なの…って、いや、ダメよ!

 こんなことを考えていてはあの御方に悪いわよね。

 私はあの御方と共に生きるって、もう決めているんだもの。

「さ、早く教室に行きましょう」