時は戻って、5月。
響歌もようやく学校生活にも慣れてきて平凡な日々を送っていた。
現在は3時間目で、美術の授業中だ。いつもこの時間は隣のクラスの友達としゃべりながら作品を制作しているのだが、今日はその友達が休みだったので暇を持て余していた。
5月なのに真夏のような暑い日が続いている。その暑さのお陰で、真剣に作品制作をする気力も出ない。
こんなに暑いのに真面目に製作なんてしていられないわよ。適当に今日の作品を仕上げて、後の時間は寝ていようかな。
そんなことを考えていると、隣の席に座っていた男子が声をかけてきた。
「葉月さん、バイト代いくらもらった?」
…は?
いきなりのことにすぐ反応できない。
そんな響歌に追い打ちをかけるように、響歌に訊いてきた男子の隣…響歌から見て隣の隣に座っていた男子が、響歌の方に身を乗り出すようにして続く。
「あのバイトって、時給は高くていいけど、店長が気分屋だからやりにくいだろ?」
…は?
「ま、まぁ、そうだけど。でも、なんで知っているの?」
響歌が気を取り直して訊き返すと、さっき『店長は気分屋』と当てた男子が言う。
「だってオレ、1週間そこでバイトしてた」
「えぇっ、本当に?」
「本当だって」
姿なんて見たことが無いんだけど!
いや、待てよ。よく思い出してみると、同い年くらいの男子がいたような気がする。すぐにいなくなったようだったけど。
ということは、あの男子が山田君だったんだ。
山田…フルネーム山田誠は4組の男子だ。響歌と同じ与田駅から乗車しているものの、出身中学が違うし、隣のクラスということもあって今まで話したことが無い。それどころか顔もはっきりと覚えていなかった。だから同じバイトであっても、今までまったく知らなかったのだ。
それなのに山田の方は響歌の存在を知っていたらしい。
この時をきっかけに、響歌は黒崎や山田と話をするようになった。
結構、山田は面食いだということが、響歌はわかった。
さっきから山田君が、黒崎君に対して私の友達のことを美人だと連発しているんだもの。当たり前な話よね。
私の幼馴染で友人の佐伯由美は、確かに可愛い。少しトロいところがあるけど、それも男性側から見れば守ってあげたいといったような感じでいいのかもしれない。
それでもその由美がバイトを始めたのって、私やあきほよりも遅かったはずなのに…山田君ってば、数日で由美のことを見初めたのかしらね?
「黒崎、本当に可愛いんだぜ、佐伯さんって!」
…まだ言っているし。
「ふ~ん」
山田に力説されている黒崎の方は、見たことが無いからなのか興味が無さそうだ。
「そういや昨日、宮内駅に新藤さんがいたんだよな」
黒崎に流されたからなのか、山田はこれまた響歌の中学からの友達で、バイト仲間でもある新藤あきほのことを話題に出した。
「そうなんだ、あの子が駅にいるなんて珍しいね。いつも自転車通学なのに」
新藤あきほが通っている大洋高校は、響歌達の地元の駅から4駅先にある海沿いの高校だ。海関係の職業を希望する人達が行くような学校で、大規模な施設も多くある。響歌達の中学からもその高校に行く人達はあきほの他にも何人かいたが、みんな電車通学だ。
4駅先とはいっても、ここは田舎の駅。1駅間の距離がかなりあり、自転車で行く人は数が限られている。片道1時間はかかるはずなのでそれは当たり前の話だろう。
それでもあきほは、電車賃節約の為に雨の日以外は自転車で通っていた。
「自転車といえば、オレが今朝チャリでゆっくり駅に向かっていたら、新藤さんにチャリで抜かされたんだよな」
立て続けにあきほの話題を出す山田。
響歌は面白くなり、少しからかってみた。
「そんなにあきほのことが気になるのなら、今度話しかけてみたら?」
「いや、あれは話しかける気にはなれない顔だ」
…………
響歌の思考が一瞬止まる。
「こら、こら、こら。そりゃ、あきほは由美に比べたら少し容姿が落ちるけど、それはあきほに失礼だから!」
あきほの味方につく響歌に、これまで黙っていた黒崎が訊いてきた。
「バイトの女の子の中で可愛い順に挙げていくと、どういった順になるの?」
「えっ、可愛い順?」
どういった感じになるのだろう。いや、そもそもそこのバイトの女子って、凄く少ないのだけど。
それでも質問されたのなら何かは答えなくてはいけない。響歌は少し考えながら答えた。
「えっ~と…ね。まず1位は由美だよね。山田君もさっきから『可愛い、可愛い』って連発しているし。それから2位があきほで、私は3位になるかな」
その瞬間、騒ぎ出す、男2名
「おぉっと、自分を3位に挙げているぞ」
「ヒュー、ヒュー、やるぅ!」
…あのねぇ。
「仕方がないでしょ、バイトの女子なんて、私含めて3人しかいないんだから。男子は結構いるけどね」
もちろん年配の女性はいるのだが、黒崎は女の子と言っていた。その辺りの層は外しているはずだ。
「男子といえば、山本は変な顔だったよな」
またもや山田が、響歌が反応に困ることを言い出した。
「変な顔って…あんたねぇ」
さっきから容姿のことを色々言っているが、山田は人の顔のことをとやかく言えるような容姿ではない。吊り目気味だし、両目の間隔が少し離れている。背も低い方だ。
それでも話してみると面白かったので、響歌は山田のことを嫌いではないのだが…
「女子から見たら、山本君もそんなに変な顔じゃないわよ。あきほなんて、山本君のことを歌手の岩西圭に似ていると言っていたんだからね」
「えっー、そうなのかよ。でも、岩西圭もよく見ると変な顔じゃん」
どうしても変な顔にしておきたいらしい。
「でも、あいつの顔は変だけど、性格は面白いんだよな。それに結構親切なんだよ。自販機でジュースを買おうと思ったら十円足りなかったんだけど、その時にすぐ貸してくれたしさ。酒井とは大違いだ」
また山田の口から新たな名前が出てきたが、酒井も響歌のバイト仲間だ。
それに…あきほが恋をしている相手なのよね。
「山田君は酒井君のことが嫌いなの?」
響歌の問いに、山田が大きく頷いた。
「あぁ、嫌いだね。なんかあいつって、スカしているんだよな。ちょっとカッコイイからって…」
山田はブツブツ言っていたが、なんてことはない。自分よりも顔がいいから嫌いなだけのようだ。
響歌は呆れたものの、同時に可笑しくなった。
つい笑ってしまうと、すかさず山田に責められる。
つまらない授業だったけど、2人のお陰でそうでもなくなったわ。
響歌は笑いながら2人に感謝をしたのだった。
響歌もようやく学校生活にも慣れてきて平凡な日々を送っていた。
現在は3時間目で、美術の授業中だ。いつもこの時間は隣のクラスの友達としゃべりながら作品を制作しているのだが、今日はその友達が休みだったので暇を持て余していた。
5月なのに真夏のような暑い日が続いている。その暑さのお陰で、真剣に作品制作をする気力も出ない。
こんなに暑いのに真面目に製作なんてしていられないわよ。適当に今日の作品を仕上げて、後の時間は寝ていようかな。
そんなことを考えていると、隣の席に座っていた男子が声をかけてきた。
「葉月さん、バイト代いくらもらった?」
…は?
いきなりのことにすぐ反応できない。
そんな響歌に追い打ちをかけるように、響歌に訊いてきた男子の隣…響歌から見て隣の隣に座っていた男子が、響歌の方に身を乗り出すようにして続く。
「あのバイトって、時給は高くていいけど、店長が気分屋だからやりにくいだろ?」
…は?
「ま、まぁ、そうだけど。でも、なんで知っているの?」
響歌が気を取り直して訊き返すと、さっき『店長は気分屋』と当てた男子が言う。
「だってオレ、1週間そこでバイトしてた」
「えぇっ、本当に?」
「本当だって」
姿なんて見たことが無いんだけど!
いや、待てよ。よく思い出してみると、同い年くらいの男子がいたような気がする。すぐにいなくなったようだったけど。
ということは、あの男子が山田君だったんだ。
山田…フルネーム山田誠は4組の男子だ。響歌と同じ与田駅から乗車しているものの、出身中学が違うし、隣のクラスということもあって今まで話したことが無い。それどころか顔もはっきりと覚えていなかった。だから同じバイトであっても、今までまったく知らなかったのだ。
それなのに山田の方は響歌の存在を知っていたらしい。
この時をきっかけに、響歌は黒崎や山田と話をするようになった。
結構、山田は面食いだということが、響歌はわかった。
さっきから山田君が、黒崎君に対して私の友達のことを美人だと連発しているんだもの。当たり前な話よね。
私の幼馴染で友人の佐伯由美は、確かに可愛い。少しトロいところがあるけど、それも男性側から見れば守ってあげたいといったような感じでいいのかもしれない。
それでもその由美がバイトを始めたのって、私やあきほよりも遅かったはずなのに…山田君ってば、数日で由美のことを見初めたのかしらね?
「黒崎、本当に可愛いんだぜ、佐伯さんって!」
…まだ言っているし。
「ふ~ん」
山田に力説されている黒崎の方は、見たことが無いからなのか興味が無さそうだ。
「そういや昨日、宮内駅に新藤さんがいたんだよな」
黒崎に流されたからなのか、山田はこれまた響歌の中学からの友達で、バイト仲間でもある新藤あきほのことを話題に出した。
「そうなんだ、あの子が駅にいるなんて珍しいね。いつも自転車通学なのに」
新藤あきほが通っている大洋高校は、響歌達の地元の駅から4駅先にある海沿いの高校だ。海関係の職業を希望する人達が行くような学校で、大規模な施設も多くある。響歌達の中学からもその高校に行く人達はあきほの他にも何人かいたが、みんな電車通学だ。
4駅先とはいっても、ここは田舎の駅。1駅間の距離がかなりあり、自転車で行く人は数が限られている。片道1時間はかかるはずなのでそれは当たり前の話だろう。
それでもあきほは、電車賃節約の為に雨の日以外は自転車で通っていた。
「自転車といえば、オレが今朝チャリでゆっくり駅に向かっていたら、新藤さんにチャリで抜かされたんだよな」
立て続けにあきほの話題を出す山田。
響歌は面白くなり、少しからかってみた。
「そんなにあきほのことが気になるのなら、今度話しかけてみたら?」
「いや、あれは話しかける気にはなれない顔だ」
…………
響歌の思考が一瞬止まる。
「こら、こら、こら。そりゃ、あきほは由美に比べたら少し容姿が落ちるけど、それはあきほに失礼だから!」
あきほの味方につく響歌に、これまで黙っていた黒崎が訊いてきた。
「バイトの女の子の中で可愛い順に挙げていくと、どういった順になるの?」
「えっ、可愛い順?」
どういった感じになるのだろう。いや、そもそもそこのバイトの女子って、凄く少ないのだけど。
それでも質問されたのなら何かは答えなくてはいけない。響歌は少し考えながら答えた。
「えっ~と…ね。まず1位は由美だよね。山田君もさっきから『可愛い、可愛い』って連発しているし。それから2位があきほで、私は3位になるかな」
その瞬間、騒ぎ出す、男2名
「おぉっと、自分を3位に挙げているぞ」
「ヒュー、ヒュー、やるぅ!」
…あのねぇ。
「仕方がないでしょ、バイトの女子なんて、私含めて3人しかいないんだから。男子は結構いるけどね」
もちろん年配の女性はいるのだが、黒崎は女の子と言っていた。その辺りの層は外しているはずだ。
「男子といえば、山本は変な顔だったよな」
またもや山田が、響歌が反応に困ることを言い出した。
「変な顔って…あんたねぇ」
さっきから容姿のことを色々言っているが、山田は人の顔のことをとやかく言えるような容姿ではない。吊り目気味だし、両目の間隔が少し離れている。背も低い方だ。
それでも話してみると面白かったので、響歌は山田のことを嫌いではないのだが…
「女子から見たら、山本君もそんなに変な顔じゃないわよ。あきほなんて、山本君のことを歌手の岩西圭に似ていると言っていたんだからね」
「えっー、そうなのかよ。でも、岩西圭もよく見ると変な顔じゃん」
どうしても変な顔にしておきたいらしい。
「でも、あいつの顔は変だけど、性格は面白いんだよな。それに結構親切なんだよ。自販機でジュースを買おうと思ったら十円足りなかったんだけど、その時にすぐ貸してくれたしさ。酒井とは大違いだ」
また山田の口から新たな名前が出てきたが、酒井も響歌のバイト仲間だ。
それに…あきほが恋をしている相手なのよね。
「山田君は酒井君のことが嫌いなの?」
響歌の問いに、山田が大きく頷いた。
「あぁ、嫌いだね。なんかあいつって、スカしているんだよな。ちょっとカッコイイからって…」
山田はブツブツ言っていたが、なんてことはない。自分よりも顔がいいから嫌いなだけのようだ。
響歌は呆れたものの、同時に可笑しくなった。
つい笑ってしまうと、すかさず山田に責められる。
つまらない授業だったけど、2人のお陰でそうでもなくなったわ。
響歌は笑いながら2人に感謝をしたのだった。