それにしたって、こんなにも自分に酔いしれることができる舞はなんて幸せ者なのだろう。

 歩から見ると、響歌の恋が実る確率は低いとはいっても、舞よりは明らかに高いのだ。

 なんといっても舞は未だに川崎とロクに話ができないでいるのだから!

 しーかーも、歩の目には川崎も響歌に気がありそうに見えてしまっている。

 放課後に響歌の席にこそ行かないものの、たまに響歌に話しかけているし、橋本と一緒にからかってさえいるのだ。

 これが杞憂に終わればいいのだが、川崎はお世辞にも女性と話すのが得意なタイプではない。現に響歌以外の女子と話している姿を見たことが無い。

 それが響歌に対しては、たまにとはいえ笑顔で川崎の方から話しかけているのだ。

 歩はそれを見た時、驚きのあまり腰を抜かしそうだった。

 舞は川崎が響歌のことを『響歌ちゃん』と呼ぶ度に吊り気味の目をより一層吊らせてムッとしているのだが、川崎が響歌に惚れているというところまでは予想していなかった。

 何があっても自分と結ばれると思える精神は見事という他無い。

 それでも川崎が響歌に惚れているという可能性は中葉や橋本に比べるとまだ低いので、今はそこまで問題にしなくてもいいだろう。ただ単に、面白味のある響歌をからかって楽しんでいるだけなのかもしれないのだから。

「それよりも、これからどうするつもり?」

 歩は舞に今一番知りたいことを訊いてみた。

「えっ、どうするって?」

 歩の質問に、舞は現実に戻される。

「だからね、響ちゃんの気持ちを知った今、ムッチーは何かしてあげるつもりでいるの?」

 響歌の気持ちを知った舞が表立って響歌と黒崎の仲を取り持つとは絶対に無いとはわかるものの、何故か不安を覚えてしまう。

 もし舞が裏で何か行動をしようとしているのなら、その前にしっかりと釘を刺しておかなければいけない。舞が行動すると却ってよくない結果になるということを、これまで彼女と一緒にいた歩には十分なくらいわかっていたから。

「いやだなぁ、当たり前のことを訊いてこないでよ。私は響ちゃんの友達なのよ。協力するに決まっているじゃない。知ったからには、私も一肌脱がなくっちゃ。えぇ、響ちゃんとの友情の為にね。それなのにもしかして歩ちゃんってば、薄情にも何もしないつもり?」

 舞が上目遣いで歩を見る。

「そ、そんなはずは無いじゃない。私も響ちゃんには幸せになって欲しいもの。何かしてあげたいよ。でもね、こういうことはよく考えてから行動に移さないとダメでしょ。私達の行動によって悪い結果になるかもしれないんだから。それにこの話は、まださっちゃんとまっちゃんは知らないのよ。私達が派手に動いてしまうと、その2人にもバレるかもしれないし…」

 歩だって、知った以上は響歌に何かしてあげたい。

 だけどこのことは、紗智と真子はまだ知らない。響歌もバレるまでは話すつもりが無さそうだ。今の状況だと特に、だ。

 知られる人数が多くなるにつれて黒崎自身にバレる可能性が高まってしまう。

 下手な動きは取れない。

 だから歩は、響歌を心配しながらもいつも紗智達と一緒に先に帰っていたのだ。帰る方向が逆の歩が残ってしまうと紗智達に不審に思われてしまうから。

 だが、舞は鋭くそこを突いてきた。

「そこ、そこなのよ。なんでさっちゃんとまっちゃんに黙っているのよ。私にだって、バレるまで何も言わないつもりだったんでしょ」

「…うん、そのつもりだった」

「やっぱりね。でも、それって酷い話だよ。私は包み隠さずテツヤ君のことを話していたのに、響ちゃんの方はなんにも話してくれていないんだもの。そりゃ、今の状況だったら仕方がないのかもしれないけど、夏からだったのなら言えたはずなのに!」

「だからそれは、話すきっかけが無かっただけの話で…」

 友達だからとはいっても、皆が皆、舞のようにはいかない。誰かを好きな気持ちは友達に伝えるのでさえ勇気がいることなのだから。

 それでも怒っているように見えた舞は、すぐに涼しげな顔になった。

「そんなの、わかっているって。私のように実る恋なら堂々と言えるけど、そうじゃない場合だってあるもん。実らなければ恥をかくことになっちゃうしさ。ただね、わかっていても少し水臭いと思っただけだよ」

 何かがズレていると思ったのは歩だけではないだろう。

 それでも舞の機嫌がすぐに直ったのは幸いだ。

「でもね、今の状況のままだと、響ちゃんの恋は絶対に悲恋で終わってしまうわよ。黒崎君はただでさえ難しそうなのに、お邪魔虫が2人も付いているんだもん。これだと響ちゃんは精神を病んで終わってしまうわ。そうなる前に、あの2人には退散してもらわないとね。ということで、歩ちゃん。やっぱりさっちゃんとまっちゃんにも話して協力してもらおう。やっぱり放課後はみんなで残るべきだよ。そうすればあの2人も、居心地が悪くなって退散してくれるはずだもんね」

 舞は自分で出したその案が気に入ってしまった。両腕を組んで何回も頷いている。

 しかし歩の方は複雑そうな顔をしていた。

「まぁ、さっちゃんとまっちゃんには、私も話していいかも…とは思うけど。中葉君達を退散させる…かぁ」

 歩は小声で呟いていたが、舞の耳にはそれが届いていた。

「ということは歩ちゃんも、さっちゃんとまっちゃんには話すべきだと思っているのね!」

「あ、うん、そうだね。でもね、中葉君達を退散させるのは…」

「もしかしてダメだと言うの?って、何がダメなのよ。あの2人は響ちゃんにとって害虫じゃないの。友情の為に、私達は一刻も早く害虫駆除をしなくっちゃ!」

 気が乗らない歩の前で、舞は意気込んでいた。

「あのね、ムッチー。確かに響ちゃんは、今は黒崎君のことが好きだけど、もしかすると変わるかもしれなくて…」

「なんですって。もしかしてその相手って、テツヤ君じゃないでしょうね!」

 …なんでそうなるの。

「そうじゃなくて。橋本君に、だよ」

「…え」

「もちろんどうなるのかはまだわからないよ。でも、なんだか橋本君に変わりそうだなって、見ていて思うんだ」

 …それにムッチーも、川崎君から中葉君に変わりそうな気がするんだよね。

 むしろそっちの方が、響ちゃんよりも確実な気がする。

 歩は密かにそんな予想をしていたのだ。

 歩にそんなことを予想されているとは思ってもみない舞は、難しい顔をしていた。

「橋本君に変わる可能性もあるんだ。じゃあ、害虫扱いをするのは止めてあげようかな。でもさぁ、歩ちゃん」

 話が話なだけに、2人はこれまで小声で話していたのだが、舞の声はそれ以上に小さくなった。

「さっちゃんも、橋本君のこと…」

 歩もそこで難しい顔になる。

「それがわからないんだよ。文化祭の時は怪しいと思っていたんだけど、最近はそうでもなさそうだから」

 舞の目から見ても、紗智はそういった素振りを見せていない。文化祭の時は幻だったのかと思う程だ。

 それともやっぱり紗智は、まだ自分の気持ちに気づいていないだけなのだろうか?

「ねぇ、ムッチー。今度、みんなで好きな人のバラしっこしない?」

「バラしっこ?」

「うん、そう。本当は修学旅行の夜とかにすると盛り上がるんだけど、さすがにそれまで待てないよ。さっちゃんとまっちゃんの好きな人も、できることならやっぱり聞いてみたいしね」

 これまでの修学旅行を思い出しているのだろうか。歩はとても楽しそうだった。