年も明け、新たな1年が始まった。

 歩は最後のバイトが終わると、柏原で亜希と会った。この2週間、考えに考えて、ある計画を実行することにしたのだ。

「名づけて『テツヤ君にオセオセ作戦』と『橋本君に電話でラブラブ作戦』、おまけに『細見さんにイケイケ作戦』なの、亜希ちゃん!」

 目をキラキラ輝かせながら妙な作戦を告げる歩に、亜希は引き気味だ。

「何よ、歩ちゃん。その妙な作戦は」

 亜希は当然そう言うだろう。

 そんな亜希に、歩は目を輝かせたまま説明し始めた。


 
 要は3人がバレンタインに恋する相手にチョコをあげるのだ。舞は川崎、響歌は橋本、そして歩は細見に。

「その為だけに、そんな妙な名前をつけたんだ。で、それを私に教えてくれるのはなんで。歩ちゃんのことだから何か意味があるんだよね?」

 亜希はこの件に関してまったくといっていい程関係が無い。そもそも歩の好きな人のことはこの時まで知らなかった。

 そんな自分が駆り出された…ということは、何かがあるに決まっているではないか。

 たとえば1人で舞と響歌を説得できないから一緒に説得して欲しい。とか…いや、それ以外には考えられない。

「あっー、亜希ちゃん。もしかしなくても私と一緒にムッチー達を説得しろと言われるって思っているでしょ」

「そうなんでしょ?」

「それもあるにはあるけど、ちょっと響ちゃんと橋本君のことで協力して欲しいなぁと思っているの」

 対面に座っている歩は笑顔だった。しかしその目は笑っていない。獲物を逃すまいとしているかのように亜希を見ている。

「ちょっと…歩ちゃん、怖いんですけど。さすがに話を聞いてからじゃないと返事ができないわよ。歩ちゃんは何を企んでいるの。響ちゃんと橋本君のことに関してみたいだけど、あまり良さそうな話だとは思えないんだけど?」

 話を聞く前から怖気づく亜希を、やはり獲物を捕らえるような目で見ている歩。

「率直に言えば、橋本君に嘘電をするの」

「嘘電って…嘘の電話をするっていうこと?」

「うん、そう。ちょっと橋本君には申し訳ないんだけど、嘘の告白をして今の気持ちをさり気なく探ろうと思って」

 歩はサラッと言ったが、これはかなり悪どいことなのではないのか。いってみれば純粋な男子生徒を騙そうとしているのだから。

「あっー、そんな目で見ないでよ。私ね、ちょっと橋本君に怒っているんだ。怒る理由があるのなら、ちゃんと理由を言うべきだよ。そしたら響ちゃんだって諦められるのに。こんな状態のままなんて絶対に良くないよ。それに橋本君に響ちゃんへの気持ちを訊こうとしたところで、響ちゃんの友達である私達には絶対に教えてくれないでしょ。だって響ちゃん自身が訊いても無視しているんだもん。あれはもう本当に頑固だよ。しかもさ、あんな態度を取っておきながら『おーい、バカ響』だなんていう文書が書いてあるルーズリーフを落としているでしょ。何がしたいのかわからないよ」

 実は7月頃、響歌の靴箱に『おーい、バカ響』と書かれたルーズリーフが四つ折りにして入っていたのだ。

 その時はてっきり中葉の仕業だと思い、響歌は怒って中葉に言いに行ったのだが、犯人は中葉ではなかった。どうやらその紙は靴箱付近に落ちていたらしい。筆跡から橋本が響歌にあてたものなのだろうと思い、響歌の靴箱に入れた。中葉はそんなことを言っていた。

 そのことは橋本には確認していない。その頃には既に険悪になっていたので、訊いたところで素直に教えないだろうと思ったのだ。それに頭にはくるけど、たいしたことも書いてなかったのですぐにゴミ箱行にしたのである。

 あれが本当に橋本が書いたのかは判明していないのだが、歩は橋本のものだと決めてかかっていた。

 だが、そのルーズリーフの件が無くても、橋本の態度には亜希にも不満があった。

 亜希は橋本のことをそんなによくは知らない。クラスもコースも違うので顔を見ることすらそう無い。それでも響歌や歩とかに一連の流れを聞いているので印象はよろしくなかった。奈央は絶賛しているが、あまりそれに乗れないでいた。

 あの人が動かないと、響ちゃんが動けないでしょうが!

 亜希の意見としては、響歌は橋本のことを諦めて違う人へ目を向けた方がいい。これについては歩と意見が一緒だった。

 確かにあの人なら、少しくらい騙してもいいかもしれない。そんな気持ちにもなってきた。

「嘘告するといっても、どうやってするつもりなのよ?」

 亜希が乗ってきたことがわかり、歩の顔が輝いた。

「まずはね、手紙を出そうかと思っているんだ。差出人は比良木高校の1年生で、足達(あだち)というの」

「えっ、まさか自分が告白するのではなくて、違う人に告白してもらうの?」

 てっきり歩が橋本に嘘告するのかと思っていたので、亜希は驚いた。

「えっー、なんで私が橋本君にそんなことをしなくてはいけないの。そんなの、すぐに嘘だってバレてしまうじゃない。だからね、亜希ちゃん。架空の人物を作って、その人が橋本君に手紙で告白するの。あっ、なんでそれが足達なのかはね、比良木高校の1年生って、その苗字が多いの。だから使わせてもらおうと思ったんだ。もちろん実際に足達さんっていう人がいるわけじゃないよ。それに本気にされても困るから名前までは書かないつもり。それだと悪戯だろうって思うかもしれないでしょ」

「…で、それでなんでまた電話までしようということになっているの?」

「手紙だけだと一方通行になるじゃない。住所も書かないつもりだもん、橋本君だって返事のしようがないでしょ。でも、それだと困るから、その何日か後に足達さんの友達として私が橋本君に電話をするの。その時に色々聞けたらなぁと思って」

 なんとまぁ、大胆なことを考えているのだろう。こんな可愛らしい顔をして、いたいけな青少年を騙そうとしているなんて。

 人を見かけで判断してはダメだというのはあながち間違いではないのかもしれない。

 歩の意外過ぎる面を知った亜希は、驚きのあまり何も言葉が出なかった。

「亜希ちゃんには足達さんとして手紙を書いて欲しいんだ。ほら、私だと同じクラスだから筆跡でバレてしまうかもしれないでしょ?」

 だから橋本君と同じクラスになったことが無い自分が選ばれたというわけか。

「あっ、筆跡がどうことというだけで亜希ちゃんを選んだわけじゃないよ。ほら、私達のグループの中で、私とムッチーを除けば亜希ちゃんが響ちゃんの事情に一番詳しくなっているでしょ。それもあるんだよ」

 響歌の事情を知っているのは、他にも紗智や真子がいる。それでも亜希が選ばれたのは、響歌が5組で一番仲良くしているのが彼女だったからだ。もしかしたら2年になってからは、舞よりも亜希の方が響歌と一緒にいる時間が長いかもしれない。その分、他の人には内緒にしていることもお互いに話していた。今では紗智や真子以上に響歌のことを知っていた。

「ねぇ、亜希ちゃんも響ちゃんには幸せになって欲しいと思うでしょ。ただでさえムッチーやまっちゃんのことで、響ちゃんは苦労しているんだから」

 これを言われると断れなくなってしまう。

 それでも亜希の判断のシーソーはほとんど協力する方に傾いていたのだけど…

「わかった、私も加担する。やるからにはバレないように徹底的にしよう」

「さっすが、亜希ちゃん。乗ってくれると信じていたよ!」

 歩は満面の笑顔で亜希と固く握手をした。

 待っていて、響ちゃん。私、頑張るから!

 やはり響歌にとって、危険なのは舞よりも歩だった。