今井舞は悩んでいた。
やらなければならないことがわからない。だが、このままの状況が続くのはもう嫌だ。
溜息を吐く回数も多くなっている。
「…はぁ」
これで、今日は30回目だ。
まだ3時間目である現代文の授業が始まったばかりだ。このペースでいくと今日も軽く100回は超すだろう。
最近、舞は1日平均100回のペースで溜息を吐いていた。
これでは周囲もたまったものではない。だから最近では舞のところに友達が寄ってこなかった。すべて事情を知っている歩でさえ1日に4回くらいしか舞に話しかけていない。それでもこの回数は多い方だった。この4回という数字は歩の優しさの証だ。すべて事情を知っている響歌や紗智、そして亜希は1回くらいしか話しかけていない。これは他のグループの皆とほぼ同じ回数だった。
真子は4組に来てはいても、舞に目を合わせようともしなかった。
これが舞の悩んでいる原因の一つだった。
真子との仲を回復させようにも、真子が舞を避けていては何もできない。何もできなければ状況は打開できない。手詰まりだ。
高尾に彼女がいると判明した日から既に1週間が過ぎていた。
1週間過ぎても、真子は落ち込んでいた。それも傍から見ても一目でわかるくらいに。
そんな真子を舞は気にしながらも、どうしても自分から声をかけられない。
他の4人は真子のことを放置している。今の彼女には何を言っても無駄だということらしい。だから当然、舞と真子の間に入っている亀裂も修正しようとはしていない。
舞はそのことでかなり頭にきていた。落ち込んでいる自分にあまり話しかけてくれないことにも腹が立っている。要は響歌達に八つ当たりをしているのだ。
もちろん心の中で思っているだけで口に出してはいない。そのあたりは以前の舞そのものだった。
自分の思いを口に出すことができない。口にすれば、こんがらがっていることも一気に片づくこともあるというのに…
相手の反応が怖くて否定的な意見を口にできない。
舞の悪いところだった。
真子のことで克服できたかのように思われたが、一時的なものだったようだ。
「ふうっ~」
また、自分の知らない間に口から溜息が出る。
舞の席は前から2番目なので、その溜息は当然先生の耳にも届いている。授業が始まって3分もしないうちに舞の2度目の溜息を聞いた先生は嫌な顔を一瞬したが、この先生は穏健派で知られている。舞に注意をせず、再び教科書に目を落として朗読を始めた。
2時間目の授業は渕山だった。もちろん無事に済んではいない。『溜息が鬱陶しい!』と廊下に立たされていた。それに比べたら偉い違いだ。
「ふうっ~」
先生に注意されないことをいいことに、またもやこの時間3回目の溜息を吐く。
遠くの席では歩が自分のことのようにハラハラして舞を見ているのに、当人は気楽なものだ。溜息を吐いてボケッ~と廊下を見ていた。
しばらくそんな状態だったが、舞の表情が突然固まった。次の瞬間、自分の机の中をゴソゴソと漁り出す。
歩の目からは奇怪な行動に見えたが、当人はそんなことを微塵も感じていない。彼女は忘れていたものを思い出しただけなのだ。その手はしばらく机を漁っていたが、ようやく目当てのものを発見。今度は慎重に物音を立てないよう気をつけながら机の中からノートを出した。
ノートの表紙は赤くて分厚い。そう、今では生徒達の間で有名なものと化している『愛の交換日記』だ。歩も一目見ただけでそれがわかった。わかったと同時に歩の口からも溜息が出る。
ムッチー、いい加減にそのやり取り、止めようよ。
舞の行動に、歩は益々授業に集中できなくなった。
歩に遠くから見られていることも知らず、舞は手にした交換日記の表紙を開ける。舞の脳裏に響歌達の呆れた顔が浮かんだ。
未だに続いているこの関係に、響歌達は納得していない。中葉に返事の請求に来られても断ればいいだけだ。そう言い続けられていた。
だが、舞にはどうしてもそれができない。
本当は舞だって終わりにしたい。そんなことは言われなくてもわかっている。
わかっていても、できないものはできないのだ。仕方がないではないか。
所詮、当事者じゃないから、響ちゃん達には私の苦しみなんてわからないのよ!
舞はそんなことを思いながら日記のページを乱暴にめくった。
中葉が書くページは相変わらず文字でぎっしりと埋まっている。読み終えた後は目が疲れて仕方がない。よくもまぁ、こんなにも書けるものだ。ここまでになると呆れるよりも感心する。舞自身も文章を書くことは嫌いではないが、中葉のこの文章を見たら自分ではとても敵わないと思ってしまう。
響歌は『言いたいことがまとまっていない。脈絡の無い文章』と一蹴していたが、舞からすれば中葉には文章を書く才能があるのではないかと思う程だ。
日記にところどころ描いてあるイラストにもついつい見入ってしまう。これも中葉が描いたものだ。
舞も絵を描くことは好きだ。小学生の時には漫画も描いていた。大抵2、3ページ描いたところで飽きて終ってはいたが、今も当時描いた漫画を大切に残している。人に見せられるレベルではないとわかってはいるが、どうしても捨てられないのだ。
だが、舞は交換日記には絵を描いたことが無かった。中葉も描いているのだから自分も描けばいいとは思っていたが、自分は画力でも中葉に劣っている。それが明らかにわかっていたので描きたくても描けなかったのだ。
恥をかくのは文章だけで十分だ。
そう思い、日記では絵を描いていなかったのだが…
中葉が描いたイラストを見ていると、描きたい衝動に襲われた。
思い切って描いてみようか。
しかし寸でのところで頭を振った。
こんなことをして何になるっていうの!
それよりも今日はまだ中葉君が書いた文を読んでいなかったわ。こんなことをするよりも、早く読んでしまわないと。
文も読まなくていいだろう。そうみんなには思われるだろうが、生憎、今は授業中なのでそれを言ってくれる人はいない。
舞は躊躇うことなく中葉が書いた文章を読み始めた。
やらなければならないことがわからない。だが、このままの状況が続くのはもう嫌だ。
溜息を吐く回数も多くなっている。
「…はぁ」
これで、今日は30回目だ。
まだ3時間目である現代文の授業が始まったばかりだ。このペースでいくと今日も軽く100回は超すだろう。
最近、舞は1日平均100回のペースで溜息を吐いていた。
これでは周囲もたまったものではない。だから最近では舞のところに友達が寄ってこなかった。すべて事情を知っている歩でさえ1日に4回くらいしか舞に話しかけていない。それでもこの回数は多い方だった。この4回という数字は歩の優しさの証だ。すべて事情を知っている響歌や紗智、そして亜希は1回くらいしか話しかけていない。これは他のグループの皆とほぼ同じ回数だった。
真子は4組に来てはいても、舞に目を合わせようともしなかった。
これが舞の悩んでいる原因の一つだった。
真子との仲を回復させようにも、真子が舞を避けていては何もできない。何もできなければ状況は打開できない。手詰まりだ。
高尾に彼女がいると判明した日から既に1週間が過ぎていた。
1週間過ぎても、真子は落ち込んでいた。それも傍から見ても一目でわかるくらいに。
そんな真子を舞は気にしながらも、どうしても自分から声をかけられない。
他の4人は真子のことを放置している。今の彼女には何を言っても無駄だということらしい。だから当然、舞と真子の間に入っている亀裂も修正しようとはしていない。
舞はそのことでかなり頭にきていた。落ち込んでいる自分にあまり話しかけてくれないことにも腹が立っている。要は響歌達に八つ当たりをしているのだ。
もちろん心の中で思っているだけで口に出してはいない。そのあたりは以前の舞そのものだった。
自分の思いを口に出すことができない。口にすれば、こんがらがっていることも一気に片づくこともあるというのに…
相手の反応が怖くて否定的な意見を口にできない。
舞の悪いところだった。
真子のことで克服できたかのように思われたが、一時的なものだったようだ。
「ふうっ~」
また、自分の知らない間に口から溜息が出る。
舞の席は前から2番目なので、その溜息は当然先生の耳にも届いている。授業が始まって3分もしないうちに舞の2度目の溜息を聞いた先生は嫌な顔を一瞬したが、この先生は穏健派で知られている。舞に注意をせず、再び教科書に目を落として朗読を始めた。
2時間目の授業は渕山だった。もちろん無事に済んではいない。『溜息が鬱陶しい!』と廊下に立たされていた。それに比べたら偉い違いだ。
「ふうっ~」
先生に注意されないことをいいことに、またもやこの時間3回目の溜息を吐く。
遠くの席では歩が自分のことのようにハラハラして舞を見ているのに、当人は気楽なものだ。溜息を吐いてボケッ~と廊下を見ていた。
しばらくそんな状態だったが、舞の表情が突然固まった。次の瞬間、自分の机の中をゴソゴソと漁り出す。
歩の目からは奇怪な行動に見えたが、当人はそんなことを微塵も感じていない。彼女は忘れていたものを思い出しただけなのだ。その手はしばらく机を漁っていたが、ようやく目当てのものを発見。今度は慎重に物音を立てないよう気をつけながら机の中からノートを出した。
ノートの表紙は赤くて分厚い。そう、今では生徒達の間で有名なものと化している『愛の交換日記』だ。歩も一目見ただけでそれがわかった。わかったと同時に歩の口からも溜息が出る。
ムッチー、いい加減にそのやり取り、止めようよ。
舞の行動に、歩は益々授業に集中できなくなった。
歩に遠くから見られていることも知らず、舞は手にした交換日記の表紙を開ける。舞の脳裏に響歌達の呆れた顔が浮かんだ。
未だに続いているこの関係に、響歌達は納得していない。中葉に返事の請求に来られても断ればいいだけだ。そう言い続けられていた。
だが、舞にはどうしてもそれができない。
本当は舞だって終わりにしたい。そんなことは言われなくてもわかっている。
わかっていても、できないものはできないのだ。仕方がないではないか。
所詮、当事者じゃないから、響ちゃん達には私の苦しみなんてわからないのよ!
舞はそんなことを思いながら日記のページを乱暴にめくった。
中葉が書くページは相変わらず文字でぎっしりと埋まっている。読み終えた後は目が疲れて仕方がない。よくもまぁ、こんなにも書けるものだ。ここまでになると呆れるよりも感心する。舞自身も文章を書くことは嫌いではないが、中葉のこの文章を見たら自分ではとても敵わないと思ってしまう。
響歌は『言いたいことがまとまっていない。脈絡の無い文章』と一蹴していたが、舞からすれば中葉には文章を書く才能があるのではないかと思う程だ。
日記にところどころ描いてあるイラストにもついつい見入ってしまう。これも中葉が描いたものだ。
舞も絵を描くことは好きだ。小学生の時には漫画も描いていた。大抵2、3ページ描いたところで飽きて終ってはいたが、今も当時描いた漫画を大切に残している。人に見せられるレベルではないとわかってはいるが、どうしても捨てられないのだ。
だが、舞は交換日記には絵を描いたことが無かった。中葉も描いているのだから自分も描けばいいとは思っていたが、自分は画力でも中葉に劣っている。それが明らかにわかっていたので描きたくても描けなかったのだ。
恥をかくのは文章だけで十分だ。
そう思い、日記では絵を描いていなかったのだが…
中葉が描いたイラストを見ていると、描きたい衝動に襲われた。
思い切って描いてみようか。
しかし寸でのところで頭を振った。
こんなことをして何になるっていうの!
それよりも今日はまだ中葉君が書いた文を読んでいなかったわ。こんなことをするよりも、早く読んでしまわないと。
文も読まなくていいだろう。そうみんなには思われるだろうが、生憎、今は授業中なのでそれを言ってくれる人はいない。
舞は躊躇うことなく中葉が書いた文章を読み始めた。