ある日の授業中、また響歌のところに亜希から手紙がきた。

『あの時はまっちゃんのことから話がそれたけど、本当のところはどうなのよ。まっちゃんには好きな人がいるの。やっぱり下田君のことが好きなの?』

 どうやら今回も手紙のやりとりをしないといけないらしい。

 まぁ、話を逸らした自分が悪いのだけど。亜希ちゃんめ、覚えていたか。

 響歌は亜希に真子の恋の相手を話すかどうか迷いつつも、手紙用のペンを手にした。

『そこまで知りたいなら、教えましょう。まっちゃんには好きな人がいる。以上』

 それだけ書くと、前を見ながら手紙を後ろに渡した。

 すぐに返事が返ってくる。

『なにぃー、ちょっと、それっていつから?誰から聞いたの?どこの人?何組の人?男?女?苗字は?名前は?住所は?電話番号は?えー、私、この前、告げ口みたいになるかなぁ、まっちゃんに悪いなぁと思いつつ話したのに。知っているのなら一言『知っている』と答えてくれていれば良かったものを。このやろう』
 
 ?が異様に多かった。しかも最後が口悪くなっている。

 まぁ、一生懸命言葉を選んで話していたっぽいもんねぇ。こっちはちょっと面白かったけど。

 響歌はそう思いながら再びペンを持つ。

『そんなの、まっちゃん本人から聞いたに決まっている。でも、誰かとは言わない(書かない)。本人に訊いても、言わないだろうしねぇ。ま、このことは忘れましょー!』

 またすぐに返事が返ってくる。

『そういうわけにはいかないぞ。ここに書けとは言わないから、どうやって本人から聞いたのか、その状況というか手順というか、そういうのを教えて頂戴』

 これは長いやり取りになりそうだ。

 今の授業は家庭科。家庭科の先生は何を言っているのかよくわからない教え方なので授業を聞いていない人の方が多い。それもあって亜希も響歌と手紙のやり取りをしようと思ったのだろう。

 響歌は覚悟を決めると、亜希とのやり取りに臨んだ。

『お互いに好きな人をバラすっていうことだったかな。でも、今はもう無理そうだけど。状況が状況だからねぇ。まぁ、言ってもいいんだけど…聞かない方が、YOUの為だ』

『はぁ?なんか意味深なんだけど。特に最後の方が。そんなことを書かれると、気になって夜も眠れなくなるじゃないか。別に言ってもいいのなら、言いなさい!』

『じゃあ、これは見なかったことにしましょう』

『何を言う。書いてしまったんだからいいじゃないか。そういやこの話って、他に誰か知っているの?さっちゃんとかはどうなの?』

『1年の時の同じグループだった、さっちゃん、歩ちゃん、ムッチーは知っている。でも、3人は言わないだろうねぇ。ということで忘れてね。おしまい』

『そんなことはさせないぞ。私は忘れないぞ。絶対に聞く。5人目は私だ。ところで響ちゃんの書いたことを読んでいると『男』じゃないんじゃないかなぁ…と思ったのだけど。まっちゃん、すまん!』

『私が引きのばしているからか。そんな事情で引きのばしているわけじゃないんだけどね。じゃあ、悪い誤解をさせたくないから教えてあげるわ。この話は誰にも言ってはいけないぞ。まっちゃんの好きな人は2年の経済科の中にいる。まっちゃんは去年の4月から好きでした。完』

『完って!これだけ?それはないんじゃないの?でも、4月ということは、入ってすぐだよね。一目惚れってやつ?』

『かっこいい人はいないかなと探していて、目についたのがその人なのだそう。それで段々と好きになったらしい』

『段々ということは、1年の時に同じクラスだったの?』

『さぁ、どうなのでしょうね。そこまでは教えません。その代わりヒントをあげましょう。去年の今頃、その人がある女子を好きだという噂がありました。知っている人は知っている噂です』

『そんなことを言われても、私にはなんのヒントにもならないぞ』

『ということは知らなかったのね。結構いいヒントだったのに、残念。では、まだわからないYOUにヒント2をあげましょう。ヒント2、下級生に人気がある』

『中葉君、サトル、川崎君、橋本君、安藤君、下田君、山田君は違うと思う。ということは高尾君、黒崎君、木原君の3人の中にいる?』

『ヒントその3、小学校の時、東京から転校してきた』

『奈央ちゃんじゃないの。って、ちょっと、質問に答えていないんだけど!』

『ヒントその4、スポーツ少年クラブに入っていた』

『これって、男の子はみんな入っていそうじゃない。って、質問の答えは?って、もういい。じゃあ、私はその人を好き(これはラブではなくライクの意味)ですか?』

『ヒントその5、下田君ではない』

『その人は比良木、柏原方面の人?』

『通学中、自転車に乗っている時がある』

『おーい、全員乗っているんじゃないのかな。だから質問の答え!』

『質問にはノーコメント。ヒントその7、まっちゃんの恋のライバルは身近だ(にいる)』

『橋本君、高尾君、黒崎君、木原君、この中にいる?』

『いる』

『じゃあ、橋本君か黒崎君』

『私だったら、そうだったねぇ』

『とりあえずさ、3人くらいに絞りたいわけよ。1人だけ違う人を教えて』

『ヒントその8、黒崎君アウト。ヒントその9、中学の時、剣道部だった。その10、B型、その11、数学が得意』

『じゃあ、木原君』

『その12、中学の時のクラスでは1組の時があった』

『どちらかというと真面目、不真面目?字は綺麗?』

『授業中は真面目。でも、おしゃべりをしている時もある。字は…どうだろ。汚くはない?』

『私は現在、橋本君か木原君かと思っています。違うなら、違う。合っているなら、合っていると答えて下さい』

『どちらか1人を答えなさい』

『う~ん、やっぱり木原君かなぁ』

『木原君、中学の頃はテニス部です』

『なんだ、だったら橋本君か』

『では、正しい答えを言いましょう。この文のどこかにその人の名を加えたので探して下さい』

『本命?あだ名?』

『苗字です』

 …数十分後。

『わからん。本当に書いたのか?』

『ちゃーんと書きましたよ、私は』


 それから大分経ったが、亜希はわからなかったようだ。はっきりいって響歌は面白がっていたが、そろそろ家庭科の授業も終わりを迎える。次で教えることにした。

『わからん。どう見ても無い!』

 そりゃ、そうだろう。響歌はひねくれているのでそのまま苗字を書くわけが無い。行の最後尾に一文字ずつひらがなでつけ加えていたのだ。最初からきちんと読むと文章が変になるので気づくのだろうが、どうやら亜希は名前だけに注目して見落としていたようだ。

 響歌は違うペンの色でその文字を一つ一つ丸をした。そうした状態で亜希に渡す。

 しばらくして亜希から返事が返ってきた。

『た、か、お、だったのかい。なんだぁ』

 こうして亜希にも真子の好きな人が高尾だというのがバレたのだった。

 紗智が知ったらまた怒るだろうが、響歌は単に面白がってバラしたわけではない。さすがに高尾への悪口を真子の前で控えて欲しかったので仕方なくバラしたのだ。

 そう、仕方なく!だ。