電車に乗り、適当な場所を確保した。
「で、何を考えているの?」
いきなりの質問に、舞は面食らう。
舞と響歌がいる場所は電車の最後尾だ。みんなの帰りが集中する4時台で、しかも比良木駅から乗ったので当然座れない。それでも車両の一番後ろは空いていて、かなり快適に過ごせるのだ。
電車が停車する時に早く降りる為か、座れない人はだいたい前の方に固まって立っている。今も舞達以外は4、5人しか後ろの方に来ていない。これなら快適に過ごせる上、内緒話をしていても気に留める人はいないだろう。
安心して話ができる。
だからこそ響歌は電車が到着するなりさっさと乗り込んで車両の最後尾に行ったのだ。舞も文句を言わず響歌の後についてきた。
だが、最後尾に着いた途端、これである。何もわかっていない舞が面食らうのも当たり前だ。
自分は普通の態度だったと、舞は信じていた。
だが、舞は非常にわかりやすい性格の主だ。加えて舞が今一緒にいるのは、入学してから1年以上のつき合いになる響歌だ。
響歌は自分のことには超鈍感だが、それに反して他人のことになると超敏感だった。舞の様子に気づいていないわけがない。
「とぼけるのは無しね。中葉君のことを考えているんでしょ」
「えぇっー、なんでわかったの!」
バレないようにできるだけ冷静にしていたはずだった。
必死で自分を抑えて中葉と向き合っていた。
それなのにバレていたなんて!
響ちゃんってば、なんでこんな余計なことには鋭いのよ。
舞は額を押さえた。
自分の態度がわかりやすいことにはまったく気づいていなかった。
実際、あんなに鋭い目つきで中葉を見ていたら大抵の人はわかる。わからないのは、あんなに鋭く見られていてもまったく気づかなかった中葉くらいだ。
「まるっきり態度に出ていたよ。ま、肝心の中葉君はまったく気づいていなかったけどね。で、これからどうするつもり?」
どうするって…どうしよう。
考えていることはあるけど、それを実行する前に響歌に言うべきかどうか。
実行なら明日するつもりだ。だったら今言うのではなくて明日にしてもいいのではないのか。すべてが終わってから報告がてら話す方が二度手間にならなくていいような気がする。
だが、それだと響歌から叱られそうだ。『昨日訊いていたのに、なんで今頃になって言うの!』って。
叱られるよりも、二度手間になる方がいいのかもしれない。それに自分が響歌の立場なら、言ってくれた方がいいに決まっている。
そう思いながらも、舞はまだ迷っていた。
「中葉君と別れるつもりなんでしょ」
「っ!」
考えていることをあっさりと当てられて、舞は驚愕した。
驚きのあまり言葉を返すことができない。
「ま、あれだけ悪気無くペラペラしゃべられたらねぇ。いくら惚れていても、そりゃ、嫌になってくるわよねぇ。私だったら、初デートの報告レポートの時点で既に別れているわよ。ここまでつき合ったムッチーって、本当に凄いわ」
響歌は舞がまだ肯定していないのに、別れる前提で話している。
そんな舞も、何かが切れたように怒涛の勢いで話し始めた。
「そうなんだよ、響ちゃん。中葉君って、容赦なく人にペラペラしゃべっちゃうの。私の気持ちなんて全然考えてくれていないんだから。しかもあの人って、私と一緒にいる時もずっと寝ているんだよ。健康の為だってことらしいんだけど、その間、私は何をしておけばいいのよ。あの人と一緒に寝ておくの?そんなはずはないよね。だって私はまだピチピチの16歳なんだから。そんな老人のような生活なんてできるわけがないよ!」
舞の顔は怒りで真っ赤になっている。
中葉への鬱憤は舞の中で確実に溜まっていた。我慢して、我慢して、今まできていた。
だが、ここにきてようやくその枷が外れたのだ。
外れた後は怒涛のように悪口となって溢れ出てくるだけだ。
「それにね、響ちゃん。あの交換日記も、毎日最低1ページは書かないといけなかったんだよ。1ページ未満だと『もっと書くことがあるだろ』って言われちゃってさぁ。でもね、あれだけ毎日書いていたら、書くことだって無くなるじゃない。やっぱり書くのが面倒くさい日だってあるわけだしね。しかもできるだけ漢字を使って書かなくちゃいけなかったの。漢字を調べながら書く日々がどれだけ辛かったか。だけどそうしないと、あの人に赤ペンでチェックされるのよ。あんたは先生か!って思わない?それとあの人って、食事にもうるさいの。いつも『これは栄養が偏り過ぎて…』とか『添加物が、この食事には…』とか文句を言いながら食べているの。それなら食べなければいいでしょ。でもね、そう言いながらも、パクパクと完食していたんだよ。言っていることとやっていることが全然違うでしょ!」
「わ、わかった、わかったから。中葉君に対する不満は無茶苦茶あったんだね。で、とうとう別れることにしたんだ。でも、どうやって切り出すのよ。ムッチーは面と向かって別れ話ができるの?」
響歌は放っておくと永遠に続くであろう舞の文句を遮ると、自分が一番知りたかったことを訊ねた。
響歌の強引な遮りで、舞は正気に戻った。
あっと、いけない、いけない。中葉君への不満のせいで、私の可憐なイメージが崩れるところだったわ。今まで耐え忍ぶ女を演じていたのに、これじゃ、意味が無くなってしまう。
まったくもう、ここまで私に悪い影響を及ぼすなんて。中葉君って、なんて悪い男なの!
でも、響ちゃんの言うように、肝心なのは別れ方よね。
向かい合って別れ話をすると、なんだかんだと言い含められる気がする。中葉君って、ああ見えて口が結構達者だから。口下手な私が立ち向かえるとは思えない。
そうかといって自然消滅なんて、同じ学校でできるわけがない。
私としては、このやり方が一番手っ取り早くていいのに!
だとすると…
舞の目が響歌の方へと向く。
「な、何よ」
響歌はとても嫌な予感がした。
「響ちゃんから中葉君に、そのことを伝えてくれるっていうのは…ダメ?」
そのこと=別れることだ。
「当たり前でしょ。そんなこと人に頼むものじゃないわ。けじめは自分でしっかりとつけなさい!」
一か八かで頼んでみたものの、やはり一蹴されてしまった。
「あ~、やっぱりダメかぁ。そうだよねぇ、いくなんでも薄情な響ちゃんがOKするわけがないよねぇ。だったらずっと考えていた通り手紙で伝えるしかないかなぁ。あぁ、こんな時にスマホが故障中だなんて。さっさと直しておけば良かった!」
「あんた、そんなことを手紙で伝えるつもり?」
「うん、そうだよ」
「それで中葉君が納得するのかしらね。これはただの連絡事項じゃないのよ。手紙って、やっぱり一方通行になるし…」
響歌は賛成じゃないようだが、舞は誰に何を言われてもこの考えを崩すつもりは無かった。
今の自分には、このやり方が一番合っていると信じていたのだ。
「響ちゃんさぁ、私の性格を考えてみてよ。それに相手は、あの中葉君なんだよ。別れ話をしたところで上手く丸め込まれるに決まっているじゃない。きっと私は思っていることの半分も言えないはずよ。そして不満を抱えながら、またズルズルとつき合う日々を送らなければならなくなるの。でもね、私はもうそんな日々はごめんなのよ。だから私にとって手紙は一番いいやり方なの。だってそれだと自分の思いを全部書けるわけだし、それを読んでわかってもらえるもの。しかも渡せばすぐに終了できるしね!」
舞は既に別れたかのように嬉々として説明した。
それでも説明された響歌はまだ不納得だった。
「響ちゃんはまだ納得していないみたいだけど、このことについては何も口出せないはずだよ。だってほら、響ちゃんも橋本君に手紙を使って告白したじゃない。しかもその理由が、対面だと自分の思いを素直に伝えられないからっていうようなものだったはずだよ。それって、今の私の心境と同じだと思わない?」
「言いたいことは山のようにあるけど。まぁ、ムッチーがそれでいいのなら、いいんじゃないの?」
本当に言いたいことは山のようにある。
だが、それを言っても素直に聞きはしないだろう。
それに舞が言うことも一理あるのだ。舞と中葉だと、中葉の方が上だ。本当に上手く言い含められて…といった未来が簡単に想像できてしまう。
それに告白の時のようにメッセージのやり取りでするわけじゃない。それに比べたらまだマシなのかもしれない。
もちろん後で、中葉から何かアクションはあるだろうが…
舞は手紙を渡せば終わりだと思い込んでいる。
お気楽なものだが、響歌は舞のように単純にはできていない。手紙を渡した後でなんらかの修羅場が待っているであろう時のことを思うと、不安に思えて仕方がなかった。
「で、何を考えているの?」
いきなりの質問に、舞は面食らう。
舞と響歌がいる場所は電車の最後尾だ。みんなの帰りが集中する4時台で、しかも比良木駅から乗ったので当然座れない。それでも車両の一番後ろは空いていて、かなり快適に過ごせるのだ。
電車が停車する時に早く降りる為か、座れない人はだいたい前の方に固まって立っている。今も舞達以外は4、5人しか後ろの方に来ていない。これなら快適に過ごせる上、内緒話をしていても気に留める人はいないだろう。
安心して話ができる。
だからこそ響歌は電車が到着するなりさっさと乗り込んで車両の最後尾に行ったのだ。舞も文句を言わず響歌の後についてきた。
だが、最後尾に着いた途端、これである。何もわかっていない舞が面食らうのも当たり前だ。
自分は普通の態度だったと、舞は信じていた。
だが、舞は非常にわかりやすい性格の主だ。加えて舞が今一緒にいるのは、入学してから1年以上のつき合いになる響歌だ。
響歌は自分のことには超鈍感だが、それに反して他人のことになると超敏感だった。舞の様子に気づいていないわけがない。
「とぼけるのは無しね。中葉君のことを考えているんでしょ」
「えぇっー、なんでわかったの!」
バレないようにできるだけ冷静にしていたはずだった。
必死で自分を抑えて中葉と向き合っていた。
それなのにバレていたなんて!
響ちゃんってば、なんでこんな余計なことには鋭いのよ。
舞は額を押さえた。
自分の態度がわかりやすいことにはまったく気づいていなかった。
実際、あんなに鋭い目つきで中葉を見ていたら大抵の人はわかる。わからないのは、あんなに鋭く見られていてもまったく気づかなかった中葉くらいだ。
「まるっきり態度に出ていたよ。ま、肝心の中葉君はまったく気づいていなかったけどね。で、これからどうするつもり?」
どうするって…どうしよう。
考えていることはあるけど、それを実行する前に響歌に言うべきかどうか。
実行なら明日するつもりだ。だったら今言うのではなくて明日にしてもいいのではないのか。すべてが終わってから報告がてら話す方が二度手間にならなくていいような気がする。
だが、それだと響歌から叱られそうだ。『昨日訊いていたのに、なんで今頃になって言うの!』って。
叱られるよりも、二度手間になる方がいいのかもしれない。それに自分が響歌の立場なら、言ってくれた方がいいに決まっている。
そう思いながらも、舞はまだ迷っていた。
「中葉君と別れるつもりなんでしょ」
「っ!」
考えていることをあっさりと当てられて、舞は驚愕した。
驚きのあまり言葉を返すことができない。
「ま、あれだけ悪気無くペラペラしゃべられたらねぇ。いくら惚れていても、そりゃ、嫌になってくるわよねぇ。私だったら、初デートの報告レポートの時点で既に別れているわよ。ここまでつき合ったムッチーって、本当に凄いわ」
響歌は舞がまだ肯定していないのに、別れる前提で話している。
そんな舞も、何かが切れたように怒涛の勢いで話し始めた。
「そうなんだよ、響ちゃん。中葉君って、容赦なく人にペラペラしゃべっちゃうの。私の気持ちなんて全然考えてくれていないんだから。しかもあの人って、私と一緒にいる時もずっと寝ているんだよ。健康の為だってことらしいんだけど、その間、私は何をしておけばいいのよ。あの人と一緒に寝ておくの?そんなはずはないよね。だって私はまだピチピチの16歳なんだから。そんな老人のような生活なんてできるわけがないよ!」
舞の顔は怒りで真っ赤になっている。
中葉への鬱憤は舞の中で確実に溜まっていた。我慢して、我慢して、今まできていた。
だが、ここにきてようやくその枷が外れたのだ。
外れた後は怒涛のように悪口となって溢れ出てくるだけだ。
「それにね、響ちゃん。あの交換日記も、毎日最低1ページは書かないといけなかったんだよ。1ページ未満だと『もっと書くことがあるだろ』って言われちゃってさぁ。でもね、あれだけ毎日書いていたら、書くことだって無くなるじゃない。やっぱり書くのが面倒くさい日だってあるわけだしね。しかもできるだけ漢字を使って書かなくちゃいけなかったの。漢字を調べながら書く日々がどれだけ辛かったか。だけどそうしないと、あの人に赤ペンでチェックされるのよ。あんたは先生か!って思わない?それとあの人って、食事にもうるさいの。いつも『これは栄養が偏り過ぎて…』とか『添加物が、この食事には…』とか文句を言いながら食べているの。それなら食べなければいいでしょ。でもね、そう言いながらも、パクパクと完食していたんだよ。言っていることとやっていることが全然違うでしょ!」
「わ、わかった、わかったから。中葉君に対する不満は無茶苦茶あったんだね。で、とうとう別れることにしたんだ。でも、どうやって切り出すのよ。ムッチーは面と向かって別れ話ができるの?」
響歌は放っておくと永遠に続くであろう舞の文句を遮ると、自分が一番知りたかったことを訊ねた。
響歌の強引な遮りで、舞は正気に戻った。
あっと、いけない、いけない。中葉君への不満のせいで、私の可憐なイメージが崩れるところだったわ。今まで耐え忍ぶ女を演じていたのに、これじゃ、意味が無くなってしまう。
まったくもう、ここまで私に悪い影響を及ぼすなんて。中葉君って、なんて悪い男なの!
でも、響ちゃんの言うように、肝心なのは別れ方よね。
向かい合って別れ話をすると、なんだかんだと言い含められる気がする。中葉君って、ああ見えて口が結構達者だから。口下手な私が立ち向かえるとは思えない。
そうかといって自然消滅なんて、同じ学校でできるわけがない。
私としては、このやり方が一番手っ取り早くていいのに!
だとすると…
舞の目が響歌の方へと向く。
「な、何よ」
響歌はとても嫌な予感がした。
「響ちゃんから中葉君に、そのことを伝えてくれるっていうのは…ダメ?」
そのこと=別れることだ。
「当たり前でしょ。そんなこと人に頼むものじゃないわ。けじめは自分でしっかりとつけなさい!」
一か八かで頼んでみたものの、やはり一蹴されてしまった。
「あ~、やっぱりダメかぁ。そうだよねぇ、いくなんでも薄情な響ちゃんがOKするわけがないよねぇ。だったらずっと考えていた通り手紙で伝えるしかないかなぁ。あぁ、こんな時にスマホが故障中だなんて。さっさと直しておけば良かった!」
「あんた、そんなことを手紙で伝えるつもり?」
「うん、そうだよ」
「それで中葉君が納得するのかしらね。これはただの連絡事項じゃないのよ。手紙って、やっぱり一方通行になるし…」
響歌は賛成じゃないようだが、舞は誰に何を言われてもこの考えを崩すつもりは無かった。
今の自分には、このやり方が一番合っていると信じていたのだ。
「響ちゃんさぁ、私の性格を考えてみてよ。それに相手は、あの中葉君なんだよ。別れ話をしたところで上手く丸め込まれるに決まっているじゃない。きっと私は思っていることの半分も言えないはずよ。そして不満を抱えながら、またズルズルとつき合う日々を送らなければならなくなるの。でもね、私はもうそんな日々はごめんなのよ。だから私にとって手紙は一番いいやり方なの。だってそれだと自分の思いを全部書けるわけだし、それを読んでわかってもらえるもの。しかも渡せばすぐに終了できるしね!」
舞は既に別れたかのように嬉々として説明した。
それでも説明された響歌はまだ不納得だった。
「響ちゃんはまだ納得していないみたいだけど、このことについては何も口出せないはずだよ。だってほら、響ちゃんも橋本君に手紙を使って告白したじゃない。しかもその理由が、対面だと自分の思いを素直に伝えられないからっていうようなものだったはずだよ。それって、今の私の心境と同じだと思わない?」
「言いたいことは山のようにあるけど。まぁ、ムッチーがそれでいいのなら、いいんじゃないの?」
本当に言いたいことは山のようにある。
だが、それを言っても素直に聞きはしないだろう。
それに舞が言うことも一理あるのだ。舞と中葉だと、中葉の方が上だ。本当に上手く言い含められて…といった未来が簡単に想像できてしまう。
それに告白の時のようにメッセージのやり取りでするわけじゃない。それに比べたらまだマシなのかもしれない。
もちろん後で、中葉から何かアクションはあるだろうが…
舞は手紙を渡せば終わりだと思い込んでいる。
お気楽なものだが、響歌は舞のように単純にはできていない。手紙を渡した後でなんらかの修羅場が待っているであろう時のことを思うと、不安に思えて仕方がなかった。