響歌の姿を見つけるなり、怒涛の勢いで駆け寄る。
「響ちゃん、今日したことは許してあげるけど、今度あんなことをしたら許さないからね!」
怒鳴る舞を前に、響歌はとても楽しそうだった。
「まぁ、まぁ、そんなに怒らないで。今回は許してくれるんでしょ。でもまさか3時間目が終わるまで気づかなかったなんてねぇ。しかもそれ、橋本君に教えてもらってようやく気づいたんでしょ。鈍感にも程があるわよねぇ」
「響ちゃん!」
「ごめん、ごめん。もうしないって」
響歌は謝ったが、笑いながらだったのでどうにも怒りが収まらない。
舞はもう一度、念を押そうとする。
そんな舞を止めたのは、自分の写真を貼られた中葉だった。
「もういいじゃないか。響ちゃんも反省しているんだから」
中葉の言葉に、舞はすぐに大人しくなった。
中葉の言うことならいつもすんなりと聞きはするが、さすがにこれは早過ぎだ。
響歌が疑う目つきで舞を見たが、舞の方は自分の感情のコントロールに忙しく、その視線には気づいていない。
中葉はどちらの態度にも気づかず、呑気そうに2人に言った。
「そういえば谷村さんの好きな人って、やっぱり高尾みたいだね」
「そうなの?」
響歌が訊くと、中葉が話し始めた。
「今日、高尾と安藤と下田下田と一緒にいた時、響ちゃんが言っていたことを教えたんだ。そしたら高尾が『そういえばよく嬉しそうに話しかけられる』と言っていたから。安藤や下田も、谷村さんに話しかけられることはあるらしいけど、高尾程ではないみたいだしね」
中葉が名前を出した3人は、平井を除いた5組の男子達だ。
そのうちの1人である安藤は、榎本とつき合っている安藤繁のことだ。背はそれほど高くないが、顔もいい方だし、真面目な優等生タイプである。それを物語るように彼は2年5組のクラス委員長だ。
真子とは家が近いこともあり、保育園から一緒だった。その真子が言うには、彼は昔からクラス委員をしていた上、中学の時は生徒会役員もしていたのだそう。
まさにリーダーになるべくして生まれてきたような人だ。だから昔から女子に人気があったようだ。
もちろん今も人気がある。可愛い彼女ができてそれも少しは治まったが、フリーのままだと争奪戦で大変なことになっていただろう。
もう1人の男子である下田智之。彼は背が高尾並に高く、幅も高尾並に細い。身体的には高尾に似ていてモテそうなのだが、顔立ちが普通なのでそれほどでもない。いや、そんなに悪くはないのだが、地味な造りなのだ。
その分、性格は角が無いので女子受けはいい。そう、受けはいいのだが、『いい人』止まりで終わってしまうのが彼の悲しいところだ。
下田は自分が何故モテないか悩んでいた。亜紀と同じクラブの時には『なんでオレはモテないんだろう?』と、下校時に亜紀に相談していたくらいだ。亜紀はそれに対して『さぁ、優しくすればモテるんじゃない?』と返したみたいだが…
そんな感じで彼は自分がモテないと思い込んでいるが、実はそうでもない。彼のことをひっそりと遠くから見ている女子は多かった。
というわけで3人共女子に人気があり、谷村から話しかけられたことはあるようだが、他の2人は今週のトイレ掃除から外れるのでやはり高尾が谷村の好きな人なのだろう。
舞はうなだれた。
だから私は止めたのに!
嬉々として教えた響歌をつい睨んでしまう。
あぁ、また男子にバレてしまった。
今回は自分のグループ内ではないからまだ良かったものの、男子に谷村さんのことがバレたことをさっちゃんが知ったら、絶対に怒られちゃうよ。
舞は頭を抱えたくなったが、バラした張本人の響歌は平然としていた。
「で、わかった時の、みんなの反応は?」
「えっ~と、確か高尾が『どーしてオレって、こんなに運が悪いの!』ってわめいていたよ」
…高尾君って、やっぱり面食いなんだね。
「そういえば橋本君はどうしたの?」
響歌が話を打ち切って橋本のことを訊ねた。
「う~ん…さっきまでは一緒だったんだけどさ。4組で橋本に交換日記を見せていたら、急に橋本が日記を返して帰っていったんだ。なんか用事があるとか言っていたんだけど」
中葉はそう言いながらもあまり納得していないようだった。
「ふ~ん、いったいどうしたんだろうね、橋本君。でも、そんなに不思議がることもないでしょ。用事があることを思い出して急いで帰ったんじゃない?」
「う~ん…でも、なぁ…」
響歌に言われても、やっぱり納得できないらしく唸っている。
そんな中葉に、舞が静かな口調で訊ねた。
「…中葉君。さっきの言葉の中に『交換日記』という単語が出てきたけど、もしかしてまた人に見せていたの?」
舞の様子がいつもとは違う。中葉を見ている舞の目がとても鋭い。
響歌もそのことに気づき、驚いて彼女を見た。
だが、中葉は気づかず、舞の質問に淡々と答えた。
「あぁ、見せたよ。『また今日もいっぱい書いてあるなぁ』と橋本に言われたよ。そんなにたくさん書いていないと思うんだけどなぁ。だって今日は1ページしか書いていなかったんだよ。それでも昼休みに下田に見せた時も『ぎっしり書いてあるなぁ』と言われたからなぁ。そう考えると世間一般ではオレの書く文章って長いのかなぁ」
「さぁ、どうなんだろうね」
響歌は舞を見ながら、中葉の疑問に曖昧に答えた。
舞が表情を変えずに再び訊く。
「下田君にも見せたんだ。じゃあ、その2人に日記を見せたことがある人って、他に誰がいるの?」
やはり…おかしい。
いつもなら『日記を見せた』と聞いた時点で恥ずかしさのあまり真っ赤な顔になって騒ぐのに、今日はその気配も無い。
「そうだなぁ。確か山田にも見せたことがあるし、木原にもあったな。山田に見せたページは覚えていないけど、木原にはオレ達のデートの時のページだったかな。その後、木原に『お前ら、年寄りみたいなカップルだな』と言われたから間違いないし。だからオレは、木原に今時の若者が行くデートの場所はどこなのか質問したんだ。そしたらあいつは、公園とかの散策じゃなくてカラオケやゲーセンに行くと言っていたんだよ。そんなところはオレにはついていけない場所だから、そう考えるとやっぱりオレは精神年齢が高いんだろうなぁ」
淡々と、舞が聞いていないことまで教えてくれる。
「そう、教えてくれてありがとう。今日は用事があるから、もう帰るね」
舞は淡々と言うと、足早に帰っていった。
いきなり取り残された響歌と中葉。
舞の様子が変だと気づいている響歌は、一刻も早く追いかけたかった。
だが、中葉の方は、舞の様子に気づかずに呑気に言う。
「どうしたんだろうなぁ、舞は。今日は橋本といい、舞といい、早々と帰っちゃうなぁ。オレはこれからCGデザイン部の顧問の先生と話すことがあるから残らないといけないんだけど、響ちゃんはどうする?」
「私も今日は帰るね。今から急げば4時半の電車に乗れそうだから」
「そうかぁ。今日はみんな早々と帰るから淋しいけど、たまには仕方がないよな。じゃあ、オレはこれから職員室に行ってくるよ」
中葉は淋しそうに背中を丸めながら行ってしまった。
やはりそれしかない。それ以外には考えられない。もう限界だもの。それを実行しない限り、私の未来はお先真っ暗よ。
そんな未来、絶対にごめんなんだから!
舞は足早に歩きながらある決心をしていた。
今すぐにでも実行したい。そんな気分だったが、焦りは禁物だ。絶対に一筋縄ではいかない問題なのだから。
そうは思いながらも、気持ちは治まらない。その証拠に、歩くスピードが滅茶苦茶速くなっていた。
治まらない気持ちが歩く速さに出ているのだ。
舞は猛スピードで駅に向かっていた。
「ちょっとー、ムッチー、待ってよー!」
後ろから舞を呼ぶ声が聞こえる。
だが、舞はその声も耳に入っていない。自分の考えに夢中になっていた。夢中で考えながらも、歩くスピードは緩めない。
結局、舞を呼ぶ声の主が追いついたのは比良木駅に着いた時だった。
「ハァッ、ハァッ、まったくもう、今日はいったいどうしたのよ。中葉君の前ではいつになく冷淡だし、途中でさっさと帰るし。挙句の果てには大声で呼んでもちっとも気づかないし…」
舞に追いついた響歌は、そう言いながら息を必死に整えている。
「あっ、響ちゃんも4時台の電車で帰るんだ。って、呼んでいたの。全然気づかなかったよ」
「あのねぇ」
うなだれた響歌の前に電車が到着した。
「取り敢えず電車に乗ってから、このことについてじっくり聞かせてもらうわよ」
このことって、どういうこと?
舞は響歌の言葉が理解できなかった。
先に電車に乗り込む響歌の背中を不思議そうに見つめていた。
「響ちゃん、今日したことは許してあげるけど、今度あんなことをしたら許さないからね!」
怒鳴る舞を前に、響歌はとても楽しそうだった。
「まぁ、まぁ、そんなに怒らないで。今回は許してくれるんでしょ。でもまさか3時間目が終わるまで気づかなかったなんてねぇ。しかもそれ、橋本君に教えてもらってようやく気づいたんでしょ。鈍感にも程があるわよねぇ」
「響ちゃん!」
「ごめん、ごめん。もうしないって」
響歌は謝ったが、笑いながらだったのでどうにも怒りが収まらない。
舞はもう一度、念を押そうとする。
そんな舞を止めたのは、自分の写真を貼られた中葉だった。
「もういいじゃないか。響ちゃんも反省しているんだから」
中葉の言葉に、舞はすぐに大人しくなった。
中葉の言うことならいつもすんなりと聞きはするが、さすがにこれは早過ぎだ。
響歌が疑う目つきで舞を見たが、舞の方は自分の感情のコントロールに忙しく、その視線には気づいていない。
中葉はどちらの態度にも気づかず、呑気そうに2人に言った。
「そういえば谷村さんの好きな人って、やっぱり高尾みたいだね」
「そうなの?」
響歌が訊くと、中葉が話し始めた。
「今日、高尾と安藤と下田下田と一緒にいた時、響ちゃんが言っていたことを教えたんだ。そしたら高尾が『そういえばよく嬉しそうに話しかけられる』と言っていたから。安藤や下田も、谷村さんに話しかけられることはあるらしいけど、高尾程ではないみたいだしね」
中葉が名前を出した3人は、平井を除いた5組の男子達だ。
そのうちの1人である安藤は、榎本とつき合っている安藤繁のことだ。背はそれほど高くないが、顔もいい方だし、真面目な優等生タイプである。それを物語るように彼は2年5組のクラス委員長だ。
真子とは家が近いこともあり、保育園から一緒だった。その真子が言うには、彼は昔からクラス委員をしていた上、中学の時は生徒会役員もしていたのだそう。
まさにリーダーになるべくして生まれてきたような人だ。だから昔から女子に人気があったようだ。
もちろん今も人気がある。可愛い彼女ができてそれも少しは治まったが、フリーのままだと争奪戦で大変なことになっていただろう。
もう1人の男子である下田智之。彼は背が高尾並に高く、幅も高尾並に細い。身体的には高尾に似ていてモテそうなのだが、顔立ちが普通なのでそれほどでもない。いや、そんなに悪くはないのだが、地味な造りなのだ。
その分、性格は角が無いので女子受けはいい。そう、受けはいいのだが、『いい人』止まりで終わってしまうのが彼の悲しいところだ。
下田は自分が何故モテないか悩んでいた。亜紀と同じクラブの時には『なんでオレはモテないんだろう?』と、下校時に亜紀に相談していたくらいだ。亜紀はそれに対して『さぁ、優しくすればモテるんじゃない?』と返したみたいだが…
そんな感じで彼は自分がモテないと思い込んでいるが、実はそうでもない。彼のことをひっそりと遠くから見ている女子は多かった。
というわけで3人共女子に人気があり、谷村から話しかけられたことはあるようだが、他の2人は今週のトイレ掃除から外れるのでやはり高尾が谷村の好きな人なのだろう。
舞はうなだれた。
だから私は止めたのに!
嬉々として教えた響歌をつい睨んでしまう。
あぁ、また男子にバレてしまった。
今回は自分のグループ内ではないからまだ良かったものの、男子に谷村さんのことがバレたことをさっちゃんが知ったら、絶対に怒られちゃうよ。
舞は頭を抱えたくなったが、バラした張本人の響歌は平然としていた。
「で、わかった時の、みんなの反応は?」
「えっ~と、確か高尾が『どーしてオレって、こんなに運が悪いの!』ってわめいていたよ」
…高尾君って、やっぱり面食いなんだね。
「そういえば橋本君はどうしたの?」
響歌が話を打ち切って橋本のことを訊ねた。
「う~ん…さっきまでは一緒だったんだけどさ。4組で橋本に交換日記を見せていたら、急に橋本が日記を返して帰っていったんだ。なんか用事があるとか言っていたんだけど」
中葉はそう言いながらもあまり納得していないようだった。
「ふ~ん、いったいどうしたんだろうね、橋本君。でも、そんなに不思議がることもないでしょ。用事があることを思い出して急いで帰ったんじゃない?」
「う~ん…でも、なぁ…」
響歌に言われても、やっぱり納得できないらしく唸っている。
そんな中葉に、舞が静かな口調で訊ねた。
「…中葉君。さっきの言葉の中に『交換日記』という単語が出てきたけど、もしかしてまた人に見せていたの?」
舞の様子がいつもとは違う。中葉を見ている舞の目がとても鋭い。
響歌もそのことに気づき、驚いて彼女を見た。
だが、中葉は気づかず、舞の質問に淡々と答えた。
「あぁ、見せたよ。『また今日もいっぱい書いてあるなぁ』と橋本に言われたよ。そんなにたくさん書いていないと思うんだけどなぁ。だって今日は1ページしか書いていなかったんだよ。それでも昼休みに下田に見せた時も『ぎっしり書いてあるなぁ』と言われたからなぁ。そう考えると世間一般ではオレの書く文章って長いのかなぁ」
「さぁ、どうなんだろうね」
響歌は舞を見ながら、中葉の疑問に曖昧に答えた。
舞が表情を変えずに再び訊く。
「下田君にも見せたんだ。じゃあ、その2人に日記を見せたことがある人って、他に誰がいるの?」
やはり…おかしい。
いつもなら『日記を見せた』と聞いた時点で恥ずかしさのあまり真っ赤な顔になって騒ぐのに、今日はその気配も無い。
「そうだなぁ。確か山田にも見せたことがあるし、木原にもあったな。山田に見せたページは覚えていないけど、木原にはオレ達のデートの時のページだったかな。その後、木原に『お前ら、年寄りみたいなカップルだな』と言われたから間違いないし。だからオレは、木原に今時の若者が行くデートの場所はどこなのか質問したんだ。そしたらあいつは、公園とかの散策じゃなくてカラオケやゲーセンに行くと言っていたんだよ。そんなところはオレにはついていけない場所だから、そう考えるとやっぱりオレは精神年齢が高いんだろうなぁ」
淡々と、舞が聞いていないことまで教えてくれる。
「そう、教えてくれてありがとう。今日は用事があるから、もう帰るね」
舞は淡々と言うと、足早に帰っていった。
いきなり取り残された響歌と中葉。
舞の様子が変だと気づいている響歌は、一刻も早く追いかけたかった。
だが、中葉の方は、舞の様子に気づかずに呑気に言う。
「どうしたんだろうなぁ、舞は。今日は橋本といい、舞といい、早々と帰っちゃうなぁ。オレはこれからCGデザイン部の顧問の先生と話すことがあるから残らないといけないんだけど、響ちゃんはどうする?」
「私も今日は帰るね。今から急げば4時半の電車に乗れそうだから」
「そうかぁ。今日はみんな早々と帰るから淋しいけど、たまには仕方がないよな。じゃあ、オレはこれから職員室に行ってくるよ」
中葉は淋しそうに背中を丸めながら行ってしまった。
やはりそれしかない。それ以外には考えられない。もう限界だもの。それを実行しない限り、私の未来はお先真っ暗よ。
そんな未来、絶対にごめんなんだから!
舞は足早に歩きながらある決心をしていた。
今すぐにでも実行したい。そんな気分だったが、焦りは禁物だ。絶対に一筋縄ではいかない問題なのだから。
そうは思いながらも、気持ちは治まらない。その証拠に、歩くスピードが滅茶苦茶速くなっていた。
治まらない気持ちが歩く速さに出ているのだ。
舞は猛スピードで駅に向かっていた。
「ちょっとー、ムッチー、待ってよー!」
後ろから舞を呼ぶ声が聞こえる。
だが、舞はその声も耳に入っていない。自分の考えに夢中になっていた。夢中で考えながらも、歩くスピードは緩めない。
結局、舞を呼ぶ声の主が追いついたのは比良木駅に着いた時だった。
「ハァッ、ハァッ、まったくもう、今日はいったいどうしたのよ。中葉君の前ではいつになく冷淡だし、途中でさっさと帰るし。挙句の果てには大声で呼んでもちっとも気づかないし…」
舞に追いついた響歌は、そう言いながら息を必死に整えている。
「あっ、響ちゃんも4時台の電車で帰るんだ。って、呼んでいたの。全然気づかなかったよ」
「あのねぇ」
うなだれた響歌の前に電車が到着した。
「取り敢えず電車に乗ってから、このことについてじっくり聞かせてもらうわよ」
このことって、どういうこと?
舞は響歌の言葉が理解できなかった。
先に電車に乗り込む響歌の背中を不思議そうに見つめていた。