大嫌いで愛しいもの

『手も口も足も』



やめて,痛いよ。

どこにいても,痛いよ。

怖いから,痛いから,避けるのは当たり前。

そうしなきゃわかんないって,怒らないで。

痛いよ。

離れた立場にいても。

見てる人は,こんな気持ちかな。

目からも耳からも,嫌な情報ばかり。

とめてほしいとは思わない。

でも,あなたにはすぐに辞めてほしい。

痛いよ,怖いよ。

まるで地獄のおにみたい。

苦手なものが沢山出来る。

耳を塞いで,綺麗だと花火を見る子供。

可哀想だと思いませんか?

それでもあなたを愛してる。

大事に,宝だと思って愛してくれるあなたを。

想っているだけだと感じても,あなたには違うと知っている。

だから,全て諦めてあなたの想いだけは宝物だと胸に抱いて。

ほの暗い感情に,たまに微笑んで。

毎日幸せだと満面の笑みで,幸福に暮らしてる。

あなたのこと,嫌いじゃないから。

とても好きで,愛しているから。
『約束』



簡単に口にする言葉。

痛い人がいるなんて,信じてくれますか?

震える声で頷く子がいるのだと,気付いてくれますか?

『また明日』

これだって十分やくそく。

『明日の授業』『来週の昼休み』

楽しみと罪悪感が入れ替わるものだと,知っていましたか?

人の優しさは,いつだって痛い。

悪いものじゃない,時に救われすらするのに。

まるで消毒みたいに,胸に染みては痛みだす。

『ごめんね』

そうわざわざ口にしてはいけないのだと,ミルフィーユみたいにぴったり重ねていくのを。

その子は黙って見ています。

だけど私は



『約束だよ!』



浮かれるその子から,その言葉を奪うことは出来ないの。
『お昼の罪悪』



目が覚めて,最初に悲しくなるのは嫌。

空腹と,外にいなくてはいけないような,明るい太陽の光。

大半を無駄にしたような,ひどい消失感。

誰もいないリビングで,ひとりぼっち。

だけど,嫌いばっかりじゃないの。

独りじゃないと母の布団に勝手に包まれるのも,せめてと興味のないニュースを垂れ流すのも。

全部どうしたって好きなのだから。

皆は今頃何してる?

たまに泣いてしまう,その時が嫌いなだけ。
『センセーの電話』



電話なんて出んわ。

そんなダジャレで慰めて。

恐る恐る液晶をタップ。

その子の気持ち,分かってる?

ドキドキと嫌な汗を流して。

嫌な予感を滾らせて。

『はい』と呟くその子の気持ち。

『どうですか?』

『どうもしませんよ』

分かってるんでしょう。

それ以外は,少し困るだけでしょう。

用事はそれだけですか?

ううん

『ありがとうございます』

ピッと短い音が,心臓をようやく動かすの。

だけど私は



『私のこと,忘れてない? 怒ってる? 皆はどう? 大丈夫? ちゃんと寝て,行かなくちゃ』

『大丈夫かな,心配だな。日数もそろそろ……色々遅れちゃうよ。明日は来れるかな』



その子へ繋ぐコールを,断ち切れない。
『女だと思ってない。最早男』



その子は,女の子。

オシャレだって好き。

自分をよく分かってる。

手先も器用。

料理は趣味で,お菓子は自慢。

それが女の子かと言われたら,その子だって分からないけど。

女で生まれて嬉しいと,自分の思う女の子でいたいと。

いつも満足げに生きている。

男の子に,恋だってする。

失恋だってする。

ちょっとおませで,将来のスリーサイズを想像してどうかなって気にしてる。

そう言われて眉を寄せるの,偽りじゃないよ。

本当に心の底から,すっごく嫌がってるの。

だけど私は



『女じゃない』

『も~,生まれる前から私は女って魂に刻まれてるの! 爪の先から頭の先まで!』

『お前といるの,楽しい』



その言葉を,友情を壊そうとは思えない。
『沈黙』



どうして黙っているの?

考えても,分からないでしょ,その子の気持ち。

だからあなたは訊ねるでしょう。

だけど,その子は答えませんよ。

答えたくないから。

それだけが答え。

その子の気持ちを知りたいなら,あなたは何故その子が言いたくないのかを考えなくてはいけないし。

その子の気持ちを知りたいなら,逆に何も考えず,忘れてあげなくてはいけない。

暴きたいなら,前者。

思いやるなら,後者。

その子が話したならば,きっと何かを肯定するか,否定するでしょう。

それは,誰かを傷付けるのでしょう。

思いやられているのはどちら?

その子は誰に言われるまでもなく,口を塞がれるまでもなく。

自分でそっと,口に手を当てています。

せめてもと,シンプルな問いにじっと目線だけ返しています。

あなたが,諦めてくれるまで。

怒られても,呆れられても。

嫌われるところまで行き着いても。

黙っています。

だけど私は



『私はこうとしか思えないから。どうか,お願い。聞かないで』



口を開くだけで済む言葉を,その子にプレゼントは出来ないのです。
『涙』



悲しみを誘う涙。

まるでそれが不幸を連れてきたみたい。

その子から流れ落ちないで。

悔しくても流すものかとふんばるその子から,落ちてくれないで。

その他に,そんなのはズルいと必死に瞬きをするその子から。

だけど私は



『ばいばい』

『苦しいよ』

『ありがとう』



その1滴を,ハンカチで止めてしまいたくはない。
『人生100年』



先人達に,良くもやってくれたなと怒り泣く子。

短くたって,幸せならいいじゃない。

何もしなければ,私もそうあれたはずなのに。

だけど私は



『まだ早いよ』

『ひ孫の顔を見るまでは』

『産まれてきてくれて,ありがとう』



人の手で止めてあげたいとは,思わない。
『判断』



『もしあなたがこうしてくれないなら』

『もう,いいかな』



その子に命を押し付けないで。

自分でちゃんと考えて。

脅しの道具に,自分を使わないで。

承認欲求を,脅しで満たさないで。

その子を,縛り付けないで。

心配を,かけさせないで。

簡単に

『そろそろ死ぬ』

と,口にしないで。

だけど私は



『苦しい』

『痛い』

『他の人なんて知らないよ。私は嫌だ』



ねえ生きていてって,止められる言葉をきっと持ってはいない。