校庭にある花壇の前までやって来た。

迷いそうになったけど、なんとか辿り着くことができた。

名前は分からない、色とりどりの花がたくさん咲いていた。

心が浄化されていく。

『かわいい…。』

『綺麗だろ?オレが気持ちをこめて世話してっからな。』

後ろから声がした。

驚いて振り返ると、茶髪で細身の男の子が私に話しかけてきた。

軍手を着用して、水やり用のホースを持っている。

今、新入生達は最初のホームルームの授業を受けているはずだ。

ということは恐らく、この話しかけてきた人は先輩のようだ。

花壇のお世話もしているようだし。

制服を着ているので、用務員さんではない。

『そうなんですね!どの花も綺麗だから愛がこもってますよ!』

お世辞ではなく、本当に綺麗だと思った。

大変だろうな。

植物をお世話するの。

『ありがと。ってか、見た感じキミ、新入生っしょ?こんなトコいていーの?』

『はは…。外の空気が吸いたくて…。』

本当の理由なんか言えるはずがない。

冷静に考えると、屋上で知らん不良にキスされましたとか、信じてもらえるとは思えないけどね。

しかし、見知らぬ先輩から追及はされることはなかった。

『んま。入学式って疲れるよな。ちなみに俺は2年のサクヤ!よろしくぅ!』

『わたしはヤヨイっていいます!よろしくお願いします。』

よく見ると、この人も整った顔をしていた。

しかも、高身長。

花壇よりも顔が華やかだ。

一言で言うと、アイドルグループのメンバーにいそう。

もう一言だけ言わせて貰うとイケメン。

そうか。

この先輩と仲良くなる為に、この学校にやって来たんだ。

物語はここから始まるんだ。

この花壇の前から私達のラブストーリーはスタートする。

ふと、屋上の出来事が頭の中をよぎって、悲しくなってきた。

『あれ。どしたよ?』

『…!』

自分でも無意識の内に、泣いてしまっていたようだ。

先輩との会話によって、緊張が解けたせいかもしれない。

『なんでもないんです…!大丈夫です。先輩は関係ないんです…。』

先輩に余計な心配をかけたくはない。

私の涙。

早く引っこんでよ!

『大丈夫じゃねぇだろ?何かあったんか?オレにできることなら何でもするよ?』

先輩は、私の目を真っ直ぐに力強く見つめながら言った。

なんて心優しき人なんだろう。

イケメンなだけじゃなくて、中身まで完璧なんて。

この人になら相談してもいいかもしれない。

屋上で起きた事件を。

さっきからずっと、力強く私の目を見つめてくれるサクヤさんになら。

『実は…。』

話し始めようとした瞬間だった。

突然、先輩は軍手を外して、私の頬の辺りに手を伸ばして涙に触れた。

そして、その触れた指を自身の口の中に入れたのだ。

見間違いじゃないなら、涙を食べたように見えた。

『な。何をしてるんですか?』

『あっ…。これは…。』

口の中に入れた直後、満面の笑みを浮かべたかと思えば、しまったという顔でこちらを見ている。

気のせいだよね…?

いま目にしたものは。

しばらくの間、沈黙が訪れた。

やがて何かを覚悟したような表情を浮かべたサクヤさんが、口を開いた。

『正直に言うしかねぇ…か。オレ、女の子の泣き顔が好きなんだ。涙が好きだ。んで。ヤヨイちゃんの泣き顔がマジで好みだった!だからさ。涙を舐めた!』

『…は?』

脳の情報処理能力が限界を迎えた。

頭がフリーズしたおかげで涙は止まった。

泣き顔が好き?好き?舐めた…?

かなりのマニアックな方ですね。

舐めたよね?

いやいや。

ただの変態じゃん!

先輩が変態だったなんて。

泣き顔が好きとか意味が分からない。

『オレって、顔は良いからよく告られるんだけどさ。女の子の泣き顔が見たくて。めっちゃ泣かせちゃうんよ。だから全く長続きしなくて。』

『えっ…?キモ…。』

変態な上にクズじゃん。

最悪だ。

せっかくのイケメンをここまで台無しにするなんて。

『ってことで、オレ達付き合わね?相性良さそうだし。アリじゃね?』

『…はぁっ!?』

『ってか、先輩と付き合うってポイント高くね?』

『what’s!?』

あまりのショックにその場で硬直した。

この学校にまともな男の子はいないのかな。

どうやら、ずっと夢に見てた学園生活は幻だったらしい。

旧姓が田中のイケメンと青春にライドすることもない。

正体がネズミのイケメンと一緒に屋敷に住むこともない。(実現を目指して、一人暮らし用のテントは買ってある。)

高校生になったら、自動的に素敵な出会いが訪れるものだと思っていた。

だけど私が出会えたのは、顔は良くても、内面に大きな問題がある人達だけ。

世の中そんなに甘くない。

それを学べただけでも、今日は良い日だったと思うことにしよう。

とりあえず、先輩の意味不明な告白は断ろう。

『今の話を聞いて、この流れで付き合うと思いますか?わたし、変態は無理!』

しかし、先輩は簡単に引き下がってくれない。

『もう変態やめるわ。マジで!マジで興奮しない。だから付き合おうよ?』 

『いや…。普通に無理です!』

これ以上、話すことはない。

幸いこのパターンは2度目だ。

既に学習している。

とにかく速く逃げることが大切だ。

『無理なんで教室帰ります!さよなら!』

先輩に別れの挨拶を告げて、花壇から離れようとした時だった。

『お。こんな所にいたのか。』

嘘でしょ。

屋上の事件の犯人、シュンが襲来した。