予想は的中して、男の子は屋上にいた。

落下防止用のフェンスにもたれて、胡座をかき、ぼんやりと空をみていた。

どうやら、退屈な俺ってやつに酔いしれているようだ。

『あの。すみません…。』

『ん?』

私は男の子に近づいた。

いざ話しかけるてみると、想像以上に緊張した。

冷静に考えたら、不良だし、しかも男子。

緊張しないはずがない。

近づいて気がついたけど、舌にもピヤスが空いていた。

勇気と声を絞り出した。

『えーと。あなたと同じクラスの者なんですけど、これあなたのですよね?』

キーホルダーの付いた鍵を渡した。

すると驚いたのか、男の子は目を見開いた。

『わりぃ。あんがとな。』

この様子だと、鍵を落としていたことに気づいていなかったようだ。

そんなことより、失礼かもしれないけど、普通にお礼を言われたことに私は驚いた。

そうだよね。

風貌が悪い感じでも、お礼は言うよね。

人は見かけによらないよね。

私は安堵した。

でも、緊張が収まった訳ではなかった。

『よかった!っていうかこんな所いて大丈夫なんですか?ホームルーム始まっちゃいますよ?最初のホームルームですよ!うっかりクラス委員とか押しつけられたら大変!クラス委員とか名ばかりで先生の雑用係になるだけだし!後、ここ結構寒くないですか?めっちゃ風が吹いてるし!まだ寒いし。4月の前半ってまだ春じゃない気がして…。あっ…。』

中途半端な安心感により、緊張がピークへと達した。

そのせいで、どうでもいいことをペラペラと喋り過ぎてしまった。

緊張が限界になると、数秒間でどうでもいいことをたくさん喋ってしまうことが、私の悪い癖だ。

馴れ馴れしい奴だと思われて、殴られるかもしれない。

恐る恐る、男の子の方を向いた。

しかし、私の心配とは裏腹に男の子は笑い始めた。

『ふっ、はは。おもしれー女。落とし物を拾ってくれたと思ったら、よくわからん心配しやがって。』

『そ、そんなに笑わないでくださいよ!緊張したんですよ!』

おもしろいっていうか、ただ馬鹿にされているだけだ。

恥ずかしいが過ぎる。

顔から火が出るじゃ済まない。

顔から大噴火だ。

『ふっ、そうか。なあ、おまえ。』

男の子は唐突に立ち上がり、私のことをじっと見下ろした。

私達の視線がぶつかった。

その瞬間、嫌な予感がした。

だって、この人。

さっき、おもしれー女って言ってたよね?

おもしれー女を枕詞にした時、その後に起こる出来事は…。

殴られるよりももっと大変なことが起こる?

『わ…。わたしは教室にもどります…。』

『ちょっ、まてよ。』

そそくさと教室に戻ろうとした私を、男の子は逃してはくれなかった。

私は二の腕の辺りを掴まれた。

痛くはないけど、しっかりと掴まれている。

『俺と付き合わねぇか?』

『…は?』

『だから。俺達、付き合わねぇか?』

嫌な予感は的中。

はっきりと聞こえた。

付き合おうって言われた。

『いやいや!なんで?会ったばかりの人にそんなことを…。』

『一目惚れ。かわいいし、おもしれーし、ちっこいし。おまえしかいないと思った。』

私の言葉を遮るように、男の子は言い放った。

えっ、一目惚れ?

何ですか、この急展開は。

私だけが置いていかれている。

っていうか、もし一目惚れをされるんだとしたら、10歳年上の天才ベーシストにされたい。

街中で一目惚れって信じますかって言われて、コンタクトレンズのくだりをやるんだ。

とりあえず、早く断らないと。

『おかしいって!名前も知らないし…。』

『俺はシュン。お前は?』

『名乗りません!わたしはふんわりイケメンと愛を育くんで、strawberryな日々を過ごすっていう予定があります!無理です!』

『そんな予定は無い。顔だけなら俺で十分だろ。』

『た、確かにそうですけど…。』

『認めたな?』

私の予定は無視をして、シュンと名乗る男の子は力強く言った。

悲しいことに、イケメンなのは事実だ。

頭と頭の中身はおかしいけど、顔立ちは整っている。

鼻は高いし、目元はキリっとしている。

おまけに背も高い。

特に目力が物凄く、3秒以上は見ていられない気がする。

正直、入学式の前にこの男の子が話題になっていた理由は、圧倒的に顔が良いからだと思う。

クラスのみんなは口に出さないけど。

ヤンキーっぽい格好をしているだけなら、そこまで話題にはしないし、興味も持たない。

『とにかく!ムリなものはムリなの!』

『…いいから黙って俺と付き合えよ。』

『嫌です。もう行きますね。』

私は冷たく言った。

もう逃げるしかない。

今朝、イケメンな彼氏が欲しいと願ったところだ。

でも、こんなのは望んでいない。

掴まれている手を振り解き、この場を離れようした瞬間、シュンが動き出した。

『その生意気な口、塞いでやろうか?』

『んっ…!』

腰の辺りに違和感を感じた瞬間、私の体は少しだけ宙に浮いた。

その直後、唇に生暖かい感触が広がった。

もしかして私。

こいつに抱き抱えられてキスされた…?

『やめてよ!』

私はシュンを突き飛ばし、距離を取った。

びっくりしたぁっ!

鼓動が激しくなった。

『な…なんてことするんですか!』

『ナメたことを言うからだ。俺から逃げられるとでも思ってんのか?』

ヤバ過ぎる。

普通、初対面の相手にキスする?

どうやら、とんでもない奴に目をつけられてしまった。 

『…この事は黙っておくから。もうわたしと関わらないで!いいね!?』

私はそう言い放ち、走ってその場から逃げ出した。

横暴だ。

めちゃくちゃだ。

しかもキスしてくるなんて。

耳まで熱い。

呼吸が乱れているのは、全速力で走ったからという理由だけではない。

あんな奴にキスされて、心臓が高鳴っている。

そんな自分が嫌だった。

『どうして…?』