『…これ。』

『…ありがと。』

シュンは、自動販売機でお汁粉の缶を2つ買ってきた。

片方を私に渡してくれた。

缶が熱くて、落としそうになった。

私達は学校から歩いて10分くらいの所にある公園に移動した。

今はその公園のベンチに座っている。

ベンチの周りには背の高い木がたくさん並んでいる。

そのせいで日陰になっているから、少し寒い。

私達以外には、おじいさんが1人だけベンチに座って新聞を読んでいる。

広場の方では、小学生達がボール遊びをしているから、賑やかな声が聞こえる。

この静かなベンチに、小学生達は用なんてなさそうだ。

『…おいしい。』

『そうか。』

私のお汁粉の感想に対しても素っ気ない。

沈黙が訪れた。

ボール遊びをする小学生の声に混ざって、カラスの鳴き声も聞こえてきた。

夕方だなぁって感覚を存分に味わっている。

やがてシュンが口を開いた。

『別に、園芸部嫌いじゃねぇよ。』

『そうなんだ。』

『…部長に誘われたんだ。1年前。一緒に部活やらないかって。』

『ええっ?そうだったの?誘われてたの?自分で入部したんじゃなかったの?ってかシュン、わたしのこと追いかけて入ったとか言ってたじゃん!』

『それも嘘じゃない。でも、きっかけは部長に誘われたからだ。』

『えー!そうだったんだ!知らなかった!』

意外な事実が1年越しに判明した。

サクヤさん、シュンにも声かけてたんだ。

なんとなくだけど、嬉しかった。

後、シュンが園芸部のこと嫌いじゃなくて良かった。

『そもそも、部活なんてやるつもりなかったしな。』

『あー。たしかにやらなそう!サクヤさんからはなんて言って誘われたの?』

『何でもいいだろ。』

『えー!教えてよ!やっぱり、力仕事を任せたいからとか?』

『それも言われたな。』

『やっぱそうなんだ!一番の理由はなんて?』

『趣味が合うからだって。多分、力仕事を押し付けたかっただけだろーが。』

『なんじゃそれ!』

私は笑いながら、お汁粉を飲み干した。

同時に、シュンもお汁粉を飲み干したようだ。

缶を潰しながら、シュンが口を開いた。

『さっき、悪かったな。』

『…やっぱりなんか知ってるの?』

『何も知らない。サクヤのヤローになんか興味ねぇし。』

『えっ?知らないの…?』

『知らない。けど、俺達があの場にいたって、何もできないだろ?あのまま部室に入っても、気まずいだけだ。』

『そうだけど…。でもさ!せめて事情くらい教えてくれても…。力になりたいし!』

『別に、事情何か知らなくていいだろ。』

『なんで?力になりたいのに!』

『人付き合いが上手くない俺が言うのも変な話だが。事情を知っているから、力になれるとは限らんだろ。』

『そうかもしれないけど…。』

私が力無く答えると、シュンが優しく答えた。

優しい声を初めて聞いた気がする。

『そうじゃなくて、出来ないことはやらなくていいんじゃねーのってこと。無理に誰かの力になろうとする必要は無い。』

『…。』

『余計なことは言わなくても良い。大体、そういう時は空回りするしな。』

『今日のわたしみたいに?』

『ははっ。そうだな。何があったかは知らんけど、問題の解決は当事者がやんだろ。』

『笑わないでよ!でも、そうだね。』

『あぁ。部長には部長でいて欲しい。ダセぇ姿なんて見たくもない。余裕あるままでいて欲しいだろ。』

『うんうん!わたしもそう思う!』

『好きな奴の前で余裕が無い姿なんか。そんなの、見られたくねぇだろーし。』

『それはどうなんだろ…?』

『だから無理やり、ヤヨイを連れていった。あのままだと、部室に飛び込みそうだったからな。』

ここまで話を聞いて、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

知らなかった。

シュンが、色々と考えてくれていたなんて。

興味なさそうな態度が印象的な人だったから、気がつかなかった。

『そんなに考えてくれてたんだね!ごめんね。辞めたらとか言っちゃって…。ほんと、ごめんね?』

『いや。それはもういい。』

再び沈黙が訪れた。

先程とは違って、穏やかなものだったけど。

辺りが薄暗くなってきた。

夕方から夜に変わる、ちょうど間の時だ。

ふと、最近気にはなっていたけど、聞けなかったことを尋ねようと思った。

こんなにもおかしなテンションじゃないと、聞けない気がして。

『ねえ。』

『ん?』

『最近は…。その、あれだね。』

『何?』

『その…。ちゅーとかしないんだね。色々と落ち着いたんだね。』

『したいのか?』

『ちがう!ちがう!単純に、最近はしないんだねって!』

『無理やりしたら、怒るからだろ。』

『あっ、そういうことか!なるほど。なるほどね!ごめんね!深い意味なんかなくて!うんうん。なるほど!』

『…誘ってんのか?』

『そういうわけじゃないわけじゃないわけでもない様な気がしないわけでもないような気がしないわけじゃなくて…。』

『…うるせぇ。』

『んんっ…。』

あーあ。

私って単純だなと思った。

シュンの熱い吐息がかかる。

肌寒い夕方の公園だってことを忘れてしまうくらいには、体も熱い。

遠くの方から、あいつらちゅーしてるぜ、っていう声が聞こえた。

多分、ずっとボール遊びをしていた小学生の声だ。

でも、そんなことどうでもいいやって思ってしまっている。

理想とは違うけど…。

今だけは、この熱さに身を委ねていたかった。