翔は今回も手持ち無沙汰が否めない。
男の準備はこういう時、女性に比べ微々たる時間しか、かからない。
主要な人物への挨拶回りも済ませ、
特にやる事も無くなった翔は、果穂の支度を見つめるだけに留まる。
果穂が会場に入ってからずっと、泣きそうなほどの緊張感と不安な顔で見てくるのが気になり、側にいる事に徹する。
こんな時に仕事をするのもどうかと思い、
果穂の支度を見守りながらとある本を読み始める。
翔にとって人前に出る事は慣れている。
例え海外からの要人でも、芸能人でも一般人でも変わらぬ心持ちで接する事が出来るから、今日も至って平常心だ。
今までどんな時が一番緊張したか、以前に果穂に問われた事があるが、
いろいろ思い返してみても、
果穂の実家に結婚の挨拶をしに行った時だと思う。
ある意味、果穂の父には頭が上がらないし、
果穂の兄には歯向かう事があまり出来ない…。
それほどまでに間宮家は翔にとって、どんな重鎮よりも大切にしたい人々である。
そして、果穂の兄である亮太の妻がただいま妊娠6ヶ月になる。
お腹の膨らみも分かるようになり、今まで身近に妊婦を見た事が無かった翔からしたら、その姿は神秘そのものである。
女性の神秘を目の前にして、どう対応するべきか迷い、そして凄く尊いものを感じる。
果穂もいつか自分の子をその細い身体に宿すのだろうか……。
そう思うだけで、心が震え今よりももっと、果穂の事を大切にしなくてはと思う。
そして、亮太から渡されたこの本、
『父親になると言う事は』
何故いま、俺が読まなければならないのか?
まだ、今時点で果穂は妊婦では無い。
確かに近い将来そうなってもおかしくは無いが……果穂の兄から渡されて拒む事も出来ず、受け取りはしたが困惑でしか無い。
どう言う意図があるのか…と、深く探ろうとしたが、亮太に深い意図はないだろうと考え直す。
ただ、彼の直感力は優れている。
何かを感じて、俺にこの本を読むべきだと直感したのだろう。
そう、勝手に解釈して読み始めるが、
…意外となるほどなと思う節があって面白い。
幼少期からの自分と父の関係を思い出しながら、読み進める。