「他に用がないなら帰るぞ。
こっちは仕事を抜け出して来てるんだ。」
そう言って、翔が立ち上がる。

果穂も慌てて立ち上がるが、父は少し寂しく思う。

「ああ、そうだった。
果穂さんは甘いものが好きだと聞いて、有名なケーキ屋の新作なんだが、カヌレならぬパヌレは知っているか?」

果穂はその言葉に反応して、目を輝かせる。

「私は先日TVで観て、初めて知った所です。
お義父様はご存じなんですね。」
思った通りに飛び付いてくれて、父は嬉しくなる。

「先程、秘書に頼んで用意して置いたんだ。
せっかくだから食べて言ってくれ。」
そう言って、すかさず秘書に内線をして持って来させる。

いささか翔が胡散臭そうな目を向けてくるが、父は気にしない事にする。

物で釣るとはありきたりな手だが、女性には1番有効な方法だと思っている。

翔も、仕方なくソファに座り直す。
嬉しそうな果穂を見ると何も言えない。

「何で親父がパヌレなんて知ってるんだ?
洋菓子好きでもないのに。」

鋭い指摘をしてくる可愛げのない息子はこの先放っておいて、初めて出来たこの可愛い義娘と仲良くなろうと父は頑張る。

「果穂さんは洋菓子と和菓子だったらどちらが好きか?」

「甘い物は何でも好きです。
翔さんもいろいろ買って帰って来てくれるので、最近は食べ過ぎて太らないか心配なんですけど…。」

「果穂さんはもう少しふっくらした方が良いくらいだ。翔が忙しく振り回してるんじゃないかと、心配なくらいだ。」

やたらと上手いことを言う父親の意図が読めず、訝しげな翔は渋い顔を向けるだけで、あえて一言も発しない。

果穂はそんな翔の態度を気にしながら、

「翔さん、お忙しかったらお先に会社に戻ってくれても大丈夫ですよ。」
そっと、翔にそう言う。

「そうか。予定が詰まっているなら、
果穂さんはこちらでちゃんと責任を持って家に帰すから、お前は先に帰っても良いぞ。」
とすかさず父も言う。

それが狙いか?と翔は思い、

「いや、俺もパヌレに興味があるから食べてみたい。」
そう言って、絶対に1人じゃ帰らないぞと居座る事に決める。

果穂はそんな男達のやり取りに気付く事も無く、秘書が持って来たパヌレに興味津々の様子だ。