「やっと来たか。」

部屋の奥から義父の声が聞こえて、
果穂はさすがに繋いでいる手を、パッと離そうとする。

けれど翔は離してくれず、そのまま部屋の中まで果穂を導いてくれた。

そこでやっと離してくれる。

「この忙しい平日に、何の用ですか?」
翔は挨拶もそこそこに、
不機嫌そうにそう父に向かって言う。

それを父はチラッと見ただけで気にも止めず、果穂の前に歩み寄り、
 
「急に呼び出して悪かったね。」
と、言ってくれるので、

慌てて果穂は、
「ご無沙汰しております。」
と、深々頭を下げる。

父はソファに座る様に勧め、秘書は一礼して部屋を去って行く。

「翔は、あの後帰ってから大丈夫だったか?
やたら酔っていた様だったが?」
そう言って、父はやっと翔に目を向ける。

「飲まずにはやっていられなかったので……
その節はご迷惑をお掛けしました…。」
翔は無愛想ながら筋を通して、素直に頭を下げる。

「いや、お前に説教される日が来ようとは、あれはあれで楽しかったよ。」
父はそう言って可笑しそうに笑う。

果穂はホッと胸を撫で下ろす。

「…で、何なんですか今日は?」
翔は、そう言い先を促す。

「いや、披露宴がもうすぐだから、果穂さんはどうしてるかと気になって。
翔からの要望ばかりで、果穂さんの意見が聞けて無いなと思ってな。今日は呼んでみたんだ。」

「何だそんな事か…
平日の昼間に会社に2人で呼び出されて、何事かと来て見れば…別に休日でもよかったんじゃ無いですか?」
翔は不機嫌さを隠す事無くそう言う。

これは、もしかして彼なりの不器用な愛情表現なんだと、そこで果穂は気付く。

結婚前の翔さんだったら、感情も顔色も変えず終始にこやかに他人行儀に話していた気がする。
 
こうやって分かりやすく感情を出す事で、
親子として歩み寄ろうとしているのかな。

そう思うと、なんだか可愛くなってふふっと笑ってしまう。

急に笑った果穂を同じ様な顔で父と子は見つめて来るから、また可笑しくて果穂はふふふっと笑う。

「ごめんなさい。
なんだかやっぱり親子なんだなと安心してしまいました。」
果穂がそう言って謝るから、
2人の男は怪訝な顔で当惑する。

「別に笑えるような面白い事…言って無いけど?」
翔もそう言いながら、ははっとつられて笑う。

果穂も笑った事で良い具合に緊張がほぐれる。