悪い鬼を退治して凱旋(がいせん)した桃太郎は、

【桃太郎さ~ん、お帰り~♪】

 の横断幕(おうだんまく)で、大勢の村人から迎えられた。

「桃太郎さん、どんな鬼を倒したの?」

 幼なじみの女の子が尋ねた。

身体中(からだじゅう)真っ赤っかでさ、富士の山ぐれぇでっけぇの」

「わぁー、スゴ~。一人で倒したの?」

「んにゃあ。犬と猿と(きじ)が手伝ってくれてさ。日本一の吉備団子(きびだんご)食ってっから千人力よ。鬼を目掛けて上から下から攻撃してくれた」

「じゃ、桃太郎さんはどこから攻撃したの?」

「えっ? ……決まってるじゃねぇか、(もも)からさ」

「うまいっ! 座布団一枚」

 そんな光景を見ながら、おじいさんとおばあさんは顔をほころばせた。

「立派な息子を持って、わしらも鼻が高いわい。なあ、ばあさん」

「ほんとですね、じいさん。こんなに立派に育ってくれて、親孝行な息子です」

「じいちゃんもばあちゃんも、あんまりポメラニアン。照れるジャンヌダルク」

「……ちと、駄洒落(だじゃれ)が過ぎるが。トホホ」

 おじいさんは、桃太郎の駄洒落を嘆きながらも、その勇姿に破顔一笑(はがんいっしょう)したのであった。



 一躍時の人となった桃太郎は、近所の人気者だけに留まらず、日本全国にその名を()せた。

 間もなく、津々浦々(つつうらうら)から山のようなファンレターが届いた。



〔桃太郎さま、お帰りあそばせ。鬼を退治されたご褒美(ほうび)に、わたくしの白い羽根で綺麗な布を織って差し上げたいわ。
 お鶴(仮名)/18歳〕



〔桃さん、やるじゃん。どんな鬼だった? おいらも、酒呑童子(しゅてんどうじ)って鬼を倒したよ~
 坂田金時(幼名:金太郎)/21歳〕



〔桃太郎殿、無事にご帰還されたとの事、何よりでござる。拙者(せっしゃ)も鬼を成敗し、その鬼が落としていった打出(うちで)小槌(こづち)により、お陰様で背が伸びて(そうろう)
 一寸法師/20歳〕



〔桃太郎さ~ん、素敵っ♪モモッチって呼んでいい? モモッチは桃から生まれたんでしょ? あたいは竹から生まれたのよ。よろしく~
 かぐや姫/17歳〕



 それから10年の月日が流れた。

 何度か恋愛を経験した桃太郎は、ついに伴侶(はんりょ)を得た。

「じいちゃん、ばあちゃん。嫁さんゲットしちゃった」

「おこわと申します。よろしゅうお頼み申しまする」

 おこわは沈魚落雁(ちんぎょらくがん)のごとく(しと)やかで、それはそれは美しい女性であった。



 それからまた10年の月日が流れた。

「ちょっと、あんた! 何よ、このかぐや姫ってふざけた名前のガキ。モモッチって呼んでいい? だって。なんでこんな古い手紙、いつまでも持ってんのよっ!」

「……昔の栄光よ、永久(とわ)にみたいな?」

「何が昔の栄光よ永久だよ! 十和田湖みたいな顔して」

 あのお淑やかだったおこわは、この10年で変貌(へんぼう)を遂げ、桃太郎に感化されたのか、駄洒落を言うまでになっていた。

「と、十和田湖って、どんな顔だよ?」

「あんたみたいな二重カルデラ顔よっ!」

「…………?」

 鬼のような形相(ぎょうそう)(まく)し立てるおこわに、桃太郎は閉口した。

「おー! こわ~」

 おこわは、その名のとおり怖かった。

 栄耀栄華(えいようえいが)を極めた桃太郎ではあったが、20年を経た今日(こんにち)、持ち帰った金銀財宝はすでに使い果たし、今はしがない平民。

 鬼を退治した当時の勇ましさは微塵(みじん)もなかったが、時々頭にツノが生える嫁という名の鬼と、今もなお闘っていたのであった。


 完