深紅の復讐~イジメの悪夢~


あたしは、そういう生活とは無縁だった。


白神麗華

清澄彩綾

松本聖理奈

白波柑奈


美人で明るくて優しくて…

素敵な4人………




ん?





ちょっと待った。


もう一度、視線を麗華のまわりへ。

周りにいるのは、彩綾、聖理奈、柑奈…


ここまでは問題ない。


問題は、




「奈々美ぃぃい!?」



そう、その人たちに溶け込んで、奈々美がいた。



どういうことか説明しよう。

渡辺奈々美。

元、あたしと同じ地味でも派手でもない人たち。

あたしと百合香も奈々美とは仲が良くて、よく一緒に遊んだりしていた。

あたしと同じく、麗華たちとは縁のない人…



の、ハズなんだけど!



今、目の前にいる奈々美は、

すごく派手になっている。



スカート丈が、とても短いし、クルクル巻いた髪の毛、バッチリメイクした顔。

…この子、本当に奈々美…?



「おはよう、愛香、百合香!」

…身振りが完全にギャルになっているのだが…?


隣で百合香も絶句している。

「お…おはよ…う?」


なぜか疑問形になってしまうあいさつ。


うん、色々飲み込めないのだが。


「清水さん、佐野さん、おはよう。」

この状況で落ち着いた声で挨拶してきたのは

         麗華。

「お…おはようご…ざ…います?」

おなじく語尾が疑問形になった百合香が慌ててあいさつする。



「麗華姫はねぇ、ななみんのことが気に入ったんだって!」


笑顔でそういうのは柑奈。


——ななみん?

あたし、そんなあだ名知らない。

奈々美は、『ナナちゃん』とか『なな助』とか呼ばれていた。

奈々美、いつからそんな関係だったの…?



「奈々美ちゃんは、きっと、もっと可愛くなるわ!あたしが保証する!!」


麗華が奈々美の手をとってにっこり笑った。

天使のような微笑みだった。


「ありがとう。麗華姫!」


奈々美がにっこり笑って答えて、あたし達の方に顔を向けた。


「あたし、これから麗華姫たちと行動するの!」


どこか、薄っぺらい、満面の笑みだった。

奈々美と過ごせなくなることは、寂しいけど、あたしには奈々美にどうこう言う権利はない。

だから、


「よかったじゃん、奈々美。」


にっこり笑って答えるしかなかったんだ。



その時、あたしは奈々美の髪の毛の先がかすかに震えていることに気づかなかった。





座席は、出席番号順。

百合香の後ろにあたし、あたしの後ろに麗華、麗華の後ろに柑奈というかんじだ。

奈々美は窓側の1番後ろの席。



そして、教室に入ってくる我らが担任の…



—————誰?



ぎょろりとした目のやせた、気の弱そうな若い男の先生。

あたしは、初見だ。


「どーも。この学校にーは、新しく入ってきまーした。佐藤と申しーます。しーたの名前は、力二と申しーます。」


この先生の名前は、佐藤力二というらしい。

「かに」じゃなくて「りきじ」って読むんだって。


それより、気になるのが、謎のアクセント。

なんか喋り方が外国人。


「先生!」


後ろから澄んだ声が上がった。


「えーっと、君ーは、白神さんだーね。なにーかな?」


麗華がスッと立ち上がって言った。


「先生の担当教科って何ですか?もしかして外国語教師ですか?」


さすがだ!

一番聞きづらいことを言ってのけた!


「私ーは、体育きょーしだーよ。ちーなみに、この話し方ーは、ほーげんだからね。せんせーは、日本人ーだよ。」


——っは?

いやいや、どこの方言だよそれ。


最初のホームルームは変な雰囲気のまま終わった。


「さー、ことーしも、やって参りました!委員会ぎーめ!」

訛りがちょっとだけ少なくなった佐藤先生がビシッとポーズを決めて言う。


「イエ————イ!!」


ノリのいい人たちが叫ぶ。


なんか、佐藤先生、頭大丈夫かな?とか最初は思っていたけど、意外と明るくていい先生っぽい。


「さー、さー、がっきゅー委員やりたい人ーは!?」


でも、今日の佐藤先生のテンションはおかしい。

頭のネジが飛んだのだろうか?


「はいっ!!」


響き渡る澄んだ声。

誰もやりたがらない学級委員に立候補したのは、

麗華だった。

教室の女子からは一斉に安堵のため息が漏れる。

これで他の女子は学級委員をやらなくて済む。


「Hey hey hey!!男子ーはどーかな!?」


……本当に佐藤先生、テンションおかしい気がする。


男子にはピリリとした緊張が走る。

お互い横目で他の男子をうかがっている。



「おい、池田、やれよ。」

「無理無理!」

「吉田は?お前去年やってただろ?」

「もう懲りたって!」

「神崎は?」

「いやいやいや!俺は無理!伏見はどうだ!?」

「伏見か!」

「いいよな、あいつ。」



周りにこんな会話が飛び交う。

そうこうしているうちに、会話の方向は一つにまとまっていく。



「伏見だろ。」

「伏見しかいねーだろ。」

「伏見かな。」

「伏見やってみれば?」



————伏見亜希。

あたしの隣の席の人。

なんというか、すごくイケメン。

そして運動ができて、なおかつリーダーシップがある。

みんなに頼られるのは必然的で……


「助けて、清水!!」


おっと、そんなこと言われましても…


「いいんじゃない?やってみれば、学級委員。」

「げっ!!」


あたしは、伏見くんが学級委員になることに大賛成!

あたしは音の出るほどにっこり笑って言った。

そして、伏見くん、あなたが立候補しないとこのホームルーム、気まずくなっちゃうじゃない?

私は全力で圧を込めて、微笑んだ。

伏見くんはしばらくあたしと睨み合っていた。

ニコニコ笑うあたしと、真顔であたしの顔を見つめる伏見くん。



負けられない戦い!!



「………ッ!わーったよ!やるよ、学級委員!!!」


伏見くんが顔をちょっと赤くしてプイと横を向き、言う。

ワーッと歓声が上がる。


勝った!


この戦いを制したのはあたし!

あたしはなんとも言えない優越感に浸っていた。

伏見くんの方を見ると、汗をかきながらニコニコと笑っていた。


ごめんね伏見くん!
でも、伏見くんは絶対学級委員似合ってるって!

あたしは伏見くんに心の声で呼びかけた。


「がっきゅー委員にりっこーほーする人はー、前ーに出てきてねー!」


佐藤先生もニコニコしながら2人を手招きする。

伏見くんは嫌々という感じで席を立つ。


「がんばれ!」


あたしは小声で伏見くんに言った。


「………いじわる。」


ぽそっと呟いた伏見くんの顔は赤くて…




——————キュンッ




え…?

いまキュンって…?

あたしは胸に手を当てた。

今、心臓の辺りが…ときめいた…?



ちょっと…可愛いかも…伏見くん。



席替えをして離れてしまった百合香がこちらを見て、バチコーン⭐︎と音のしそうなウィンクをし、親指を立てていた。



なに、その意味深な……



あたしが百合香に気を取られているうちに、2人は教壇に立っていた。

「さー、伏見くんかーら、意気込みをきーかせてーいっただきましょー」


相変わらずテンションのバグっている佐藤先生が、手を拳にして、伏見くんの口元に持っていく。


「えー、えっと、俺は…いや、僕は、こんな目立つのが得意な性格ではないんですが…」


どうした!伏見くん!

伏見くんのPRは随分たどたどしい始まり方だった。

あたしは、心配になって伏見くんに目でエールを送っていた。


伏見くんのフラフラした眼差しは、あたしを見て止まった。

その瞬間、伏見くんはにっこりと笑って背筋を伸ばした。


「僕は、こう見えて細かい作業が得意だったりします。
記憶力にも自信があるので、補佐役というかんじが僕には合っていると思います。
僕は、白神さんの秘書役のように、影でこのクラスを支えていきたいと思います。
学級委員に立候補してしまった以上、仕方ありません。
僕は、僕の責務を全うします!」


パチパチと拍手が沸き起こる。

あたしも拍手をして、伏見くんに笑いかけた。


「立派だよ。」


あたしは口パクで伏見くんに伝えた。

伏見くんは胸の前で小さくピースをして、応えてくれた。


…なんか、伏見くんの仕草、可愛いかも…


「次ーは、白神さーんだねー。頑張ってーね!」


麗華は伏見くんと違って、落ち着いていた。


「この度、学級委員に立候補させていただきました、白神です。
そうですねぇ…簡潔に言うと、私は、このクラスを、学校一仲の良い、楽しいクラスにします!
そして、文化祭では、みんなの憧れ、カフェを実現させます!!」


わぁー!っと歓声が上がる。

カフェは、男女問わず、やりたいと思っている人がたくさんいる。

でも、校長が金銭トラブルや、衛生観念を理由に、許可していない。


でも、麗華がやると言ったものはほぼ実現される。


…それが財閥の令嬢の力なんだ。


———ガタンッ!

椅子が鳴り、みんなが静かになる。

立ち上がったのは、奈々美だった。


立ち上がった奈々美は、にっこり笑って言った。


「どうせなら、男女逆転にしません?もっと男女の仲の良いクラスになるのではないでしょうか?」


男女逆転!

漫画でしか見たことのないワードだった。


「いいな!伏見女装似合いそうだな!」
「面白そう!」
「メニューにチーズケーキは絶対に入れたい!」


あっという間に教室がガヤガヤする。


「Hey!みーなさん!!今はそーゆー時間じゃーありーません!おちーついてきださい!渡辺さーんも、発言には気をつけーなさい。」


1番テンションの高い佐藤先生がみんなを黙らせる。


「えへへっ、ごめんなさい。みんなごめんねぇ!」

「もー、何やってんのよななみん!」


テヘッと舌を出して笑った奈々美を後ろの聖理奈が軽く叩く。

みんな、楽しそうに笑っている。

奈々美も。

———すごく、すごく楽しそうに笑っている。


…でも。

奈々美は前はそんな思い切った発言をする子じゃなかった。

シャイで、どちらかというと内気な子だった。



……『奈々美』が、どんどん『ななみん』になっていく。



放課後、あたしと百合香は体育館へ向かった。


「百合香〜、部活の活動日数多くない〜?」

「あはは…のんびり屋さんの愛香にとってはキツイかな?」



あたしと百合香はダンス部に入っている。

なんとなく、夏でも涼しそうだなー、くらいの感覚で入ったら思いのほかキツくて…

ちなみに、これは完全に偶然なんだけど、麗華とその取り巻き、そして奈々美もダンス部である。



体育館にはもうほとんどの生徒が集まり、練習していた。


麗華とその取り巻きたちも、「かもめのワルツ」という創作ダンスを練習していた。



「麗華姫ぇ〜!ここ、ステップ早過ぎて分かんない〜!」


奈々美がCDを何度も巻き戻しながら言う。


「ああ、ここ、ななみんも苦手なんだね!えっとね、ここ、ゆっくりやってみようか。」


麗華がその横で親身になって教えている。


その甲斐があってか奈々美のダンスはメキメキと上達していく。




「できた!!できたよ麗華姫ぇぇ〜!!」

「さすがななみん!才能あるんじゃない?」

「うんうん。すごくよかった〜!」

「えへっ…でも、麗華姫には敵わないよ〜!」

「そりゃあね!麗華姫はあたしたちとは次元が違うもん!!」

「もぉ〜、みんな、やめてよ〜。」



あたしは彼女たちのチームワークに感心してしまった。

適度に姫をほめて、機嫌をとっている。

それもすごくさりげなく。



「ねえ…愛香?」

「ん?なあに?」



百合香が寂しげな表情であたしの手を握る。



「奈々美が、どんどん遠くに行っちゃうね…」

「そうだね。」



確かに奈々美はどんどん麗華たちのグループに溶け込んでいっている。




「あのさ、愛香はさ……」








     

  ずっと、あたしのそばにいてね。








この約束が、もうすぐ、破られることなんて…

あたしの運命が狂い始めるなんて…

この時、あたしは考えもしていなかった。