深紅の復讐~イジメの悪夢~



そう……そうだよ。


これは、きっと悪い偶然だ。

聖理奈は自殺、柑奈は事故、彩綾も自殺。

そうじゃないの…?


だって、そうでしょ?

警察も、言っているじゃん。

これは、自殺だって。


きっときっと、悪い夢だ。

こんなことはない。

そう信じたい。



……だって…

そう信じないと…。






『次は自分かもしれない』







その疑念が心にこびりつき、頭がおかしくなりそう。

恐怖でどうかしてしまいそう。

そんなのいや。

死にたくないから。


だから、あたしは現実から目を背ける。


これは、偶然なんだ。

絶対に、絶対に……。




信じない。




麗華姫に蹴られていることも忘れて、あたしは歯を食いしばった。


力任せに、何かを吐き出すように、ぶつけるように暴力を浴びせる麗華姫。



……最初から信じていなかった。



不本意だった。

あたしはこのグループに入るつもりはなかった………!


信じられない。

胡散臭い。


昔から、ほのかに感じていた。


だけど、憧れの気持ちの方が強かった。

羨ましかった。

キラキラした人生が。




あたしが浅はかだったっんだ……!


「死ね。」



あたしを痛ぶることに飽きたのか、麗華姫はその言葉をぶつけると、くるりとあたしに背を向けた。

グラグラと揺れる視界の端で、麗華姫の細い脚が一歩ずつ遠ざかっていった。

ふらふらと立ち上がるあたしの目から涙は出なかった。

なんでだろう、どこで間違えたのかな。

最初は、いじめなんてしたくなかった。
こんなことになるなんて、そんなつもりじゃなかった。

半ば脅されるようにして、半ば自主的に、グループに入った。
そんなつもりじゃなかった。
愛香を、百合香を、あんなに、追い詰めることになるなんて。

それにあたしが加担することになるなんて。
そんなの想定していなかった。

最初はただただ辛くて苦しくて……


嫌だったのに。


それを快楽と感じる自分がいたことが怖かった。
それなのに、いつからだろう。

人をいじめることに疑問を持たなくなったのは。
だんだんと、あたしたちは麗華色に染まっていくんだ。

麗華姫無しでは生活できないように、麗華姫を女王として、周りに這いつくばるように。

いつからそんなことになっていたのかな……

昔、愛香と百合香と笑い合っていた頃。


…………楽しかったな。


あたしの生活は、前から崩れていたんだね。




『奈々美ちゃーん!ねぇねぇ、前から思っていたんだけど、奈々美ちゃんってめっちゃ可愛いよね!!』


春休み前。
突然麗華姫に声をかけられて、混乱した。


『え…?あたし、ブスだよ??何を言っているのですか…?』


あまりにもキッパリとあっさりと自分がブスであると宣言してしまった…
麗華姫がびっくりした顔をした。


『ぷっ……あははははは、奈々美ちゃん、おもしろーい!!』


笑い転げる麗華姫。

だって、事実だもん。
細くて一重の糸目。
手入れの行き届いていない肌。
カサカサの厚い唇。
大きな鼻。

あたしの顔に「美人」の要素なんてかけらも無い。

「ブス」の部類だ。
愛香や百合香はまだしも、あたしは全然可愛くない、


『奈々美ちゃんは、メイクすれば絶対に変わる!!顔のパーツ配置はめちゃめちゃ整っているんだよ!!それにさ…』


麗華姫はあたしを横に向かせた。


『奈々美ちゃん、Eラインがすごく綺麗なんだよ!横顔美人!自信持って!!』


E……ラインってなんだろう…


『メイクもしたら、絶対に化けるから!!』


麗華姫とその取り巻きたちに押されて、あたしは、頷いた。


実際、よく分からなかった。
軽い気持ちだった。

麗華姫たちのグループへの憧れ、嫉妬に近い羨望はずっとあった。

またとないチャンスだった。
麗華姫たちと近ければ近いほど、スクールカーストは上がる。
みんなの、あたしへの待遇もガラリと変わるはず。

愛香や百合香とも、これから先も一緒にいるはずだった。

昔からの友情を大切にしながらも、麗華姫たちと仲良くなって……
幸せな毎日を送れるんじゃないか。

そうやって、安易に考えていた。

ずっとずっと、今まで、ずっと。
身内以外に「可愛い」なんて言われたことなんてなかった。
それなのに、麗華姫に言われた。
美人で、完璧な麗華姫に認められた。

その事実で舞い上がっていた。
嫌いだった自分が少しだけ、好きになれた。

外見を肯定してくれた麗華姫が神に見えた。


『やった〜〜!春休み、みんなで遊ぼうよ!』

『え、えぇ……!』


麗華姫があたしの手を握って言った。
細められた目が綺麗だった。


『あ、あたしなんかが…』

『ほら、自信持って!遊びに行こ!』

『………はい、是非。』


麗華姫の勢いに押されて、首を縦の振った。
正直、すごくすごく嬉しかった。


声をかけられるどころか、遊びに誘われるなんて。

本当に本当に嬉しかったっんだ……。

ルンルンの気分で春休みを迎え、あたしは待ち合わせのショッピングモールへと急いだ。




『ななみん、お待たせ!』


雑音の中で誰かが言っている。
環境音のように聞き流していた。


『ななみん!』

『お〜いななみん?』


だんだん近づいてくる声。


『な、な、み、ん?』


ポンと肩を叩かれる。


『ひゃっ…!』


びくりと肩が跳ねた。
振り向くと、4人の女子たちが立っていた。

麗華姫たちだ。


『お、おはようございます白神さん!清澄さん!松本さん!白波さん!』


ぺこりと頭を下げた。


『もぉ〜なんで答えてくれなかったの!』


清澄彩綾が頬を膨らませた。


『す、すみません!』


な、ななみんって、あたしのことだったの!?
そんな…
ななみんなんて呼ばれたことないから分からなかった。


『そんな固くならないでよ〜。あたしたち友達なんだから!ね!タメでいいんだよ。あたしのことは柑奈って呼んでいいから。』


白波柑奈が言った。
あたしは絶賛混乱していた。
こんなにいきなり距離が縮まると思っていなかった。
とりあえず微笑んでみて、声を絞り出した。。


『わかった!彩綾ちゃん、聖理奈ちゃん、柑奈ちゃん………えっと……麗華…姫…?』


あってる……よね…?
これでいいんだよね?

どくどくと心臓が鳴った。


『さっすが、ななみん!麗華姫のこともちゃんと姫付けで呼べるなんて、わかってるじゃん!!』


聖理奈が微笑んで、あたしの背中を叩いた。

つられて、あたしも笑った。
いいんだ、これでよかったんだ。
ほっとした。

麗華姫も、笑っていた。


『じゃあ、行こうか。』


柑奈が先頭を歩き始めた。

その時、心に余裕ができたが故に、あたしはハッとした。

あたしの外見は、みんなと全然違う。
みんな、ヘアアレンジをきちんとしていて、可愛い服を着ていて、厚底の靴を履いている……

あたしは…髪を後ろで束ね、親から借りたジーンズとカーディガンを着ていて、スニーカー……

急に、自分自身が恥ずかしくなり、俯いて、歩みを止めた。

1番後ろを歩いていた聖理奈ちゃんがあたしに気づいて振り返る。


『……ななみん?』


ツン、と鼻の奥が痛くなった。
あたしは、この人たちと一緒にいるのに相応しくない。


『ごめんなさい……あたしだけ、全然オシャレじゃなくて…可愛くなくて……』


顔が赤くなるのがわかる。
フードコートの雑音がパタリと消えたような感覚がした。

なんで、誘われたんだろう。

もしかして……
あたしがいることで他の4人が輝いて見えるから…?

思考がショートしそうになった時、ぽん、と肩に重みを感じた。

顔を上げると、麗華姫があたしを覗き込んでいた。


「何言ってんの!!あたし、最初に言ったでしょ?ななみんは可愛いって!それに、これからもっと可愛くなれるんだから。そのためにここに来たんだよ!」


麗華姫の笑顔があたしの心を温めた。
彩綾ちゃん、柑奈ちゃん、聖理奈ちゃんも微笑んだ。


「さ、メイク用品買いに行こっ!」


麗華姫があたしの手を引いた。
引っ張られるようにして足が動く。
気づいたら、涙が出ていた。
紛れもない嬉し涙。

今まで、こんなに肯定されたことが無かった。

普通の家庭、普通の友達、普通の顔、普通の体、普通の学力、普通の趣味。
大した取り柄もないのに、彼女たちはあたしを肯定してくれる。

こんなに気持ちがいいことなんだ。

彼女たちの笑顔に心を救われる。

中毒性があった。

あたしは、この頃から麗華姫の沼にハマり始めていた。

百合香、愛香のことが頭の中から不思議なほどスルスルと抜け出していく。

麗華姫についていけば良い。


あたしの平凡な人生に光が見え始めた、と思った。


メイク売り場に向かうあたしの足取りは、羽が生えたように軽かった。