あたしたちの笑い声が、校舎に反響した。
「あはは!楽しかったねぇ!彩綾ちゃん。」
「うんっ!!」
通学路。
あたしたちは笑いながら歩いた。
麗華ちゃんがあたしを見る。
「ねえ、彩綾。」
うふふ…、麗華ちゃんがあたしのこと、呼び捨てで呼んでくれた。
思わず頬が緩む。
「あたし、自分を偽るのやめる。彩綾ちゃんの言う通りだよ。あたしは、人の上に立つべき人だもんね!」
麗華ちゃんがはしゃいで言った。
「もちろんだよ!麗華ちゃんは……ううん、麗華姫は、あたしのお姫様だもん!!」
「あはは!麗華姫っていいね!!」
それから、あたしはずーっと彼女に、麗華姫に付き従った。
麗華姫が右を向けと言ったら右を向く。
靴を舐めろと言ったら靴を舐める。
麗華姫が望むような、忠実な配下になった。
麗華姫があたしをいじめても、なんとも思わない。
逆に、嬉しかった。
麗華姫に気に入られるように、いじめられている時は、いじめられっ子みたいに泣き叫んだ。
麗華姫がこれで楽しんでくれていると思うと、嬉しかった。
……あたしたちは恋人どうし。
それは、秘密のお付き合い。
誰にも言っていない。
もちろん、柑奈にも、聖理奈にも、ななみんにも、ぶーちゃんにも、八神にも、裕二たちにも。
秘密の恋人……。
それからあたしたちは、相手を求め合うようになった。
高校生になったって、関係は崩れていない。
校舎裏で、秘密のキスをしたこともある。
いじめられて…手にフォークを突き刺されたって…。
泣き叫んだのは、全て、演技。
麗華姫を楽しませるための、演技。
いつのまにか、いじめられっ子の演技が上手くなっていた。
心の中の声まで、いじめられっ子そっくりになった。
ふふ…すごいでしょ?
でもね、心に染みのように残る点。
ぶーちゃんの復讐……。
それだけは、どうしても忘れられない…。
☆…………………☆
気づいたら、朝だった。
あれから寝てしまっていたらしい。
時計を見て、ギョッとする。
9時!!
大遅刻だっ!
慌てて飛び起きた途端、理解する。
………今日も休校だったんだ…。
立て続けに2人も死者が出て、1人が行方不明。
学校は2日間の臨時休校になっていた。
「はぁ〜、よかった。」
あたしは、スマホを開く。
そこには、麗華姫からメッセージが届いていた。
Reika:彩綾〜、会おう?
一言の文章だった。
だけど、それだけであたしの胸は高鳴った。
麗華姫が送ってきたのは、個人メッセージ。
あたしと一対一で会おうということだ。
Saaya:いいよ!どこで会う?
すぐに返信が来る。
Rrika:浅葱駅の前の公園で会おう。
あたしはクローゼットを開ける。
ふふふ。
麗華姫と二人で会うなら、話は別だ。
攻めた服で行きたい。
あたしはクローゼットを念入りに漁った。
恋人がいる人ならわかるでしょ?
恋人に会う時は、普通の時よりもオシャレするでしょう?
あたしも、同じ。
麗華姫は、あたしの彼女なんだから。
ふふ、露出度の高い服がいいかな?
女の子らしい可愛い服がいいな。
何度も着直して、結局決めたのは、30分後。
ミニスカートと、やっぱりノースリーブの服を合わせる。
帽子と鞄を持ち、家を出た。
「麗華姫ーーー!!!」
公園の隅の人気のないところに、彼女はいた。
「彩綾〜!うふふ〜。」
麗華姫が微笑む。
ふふ…、かわいいなぁ…
短いパンツにヒラヒラした白いTシャツ。
長い髪の毛は、ポニーテールにしていた。
麗華姫はあたしに手を振っている。
あたしの心は喜びに満たされる。
ああ、この人なら。
この人なら、一生添い遂げてもいいな。
そう思った。
あたしは、麗華姫のすぐ近くに行く。
「ふふふ…、大好き、麗華ちゃん。」
あたしは彼女に抱きつく。
彼女も、あたしの背中に腕を回す。
あたしたちは、自然と唇を重ね合わせる。
角度を変えながら、キスをする。
唇が触れるたびに、心が満たされていく。
大好き。
貴方が、大好き。
あなたがあたしを好き勝手にしても、あたしはそれで満足。
だって。
大好きだから。
もう一度唇を重ねようとした時。
———グイッ!
「きゃっ!」
あたしは無理矢理麗華姫から引き剥がされた。
「な、なに!?」
相手の顔を見る。
その途端、背中に嫌な汗が流れる。
何……この人たち…?
そこには、いかにもガラの悪そうな男が3人。
裕二が絡んでいた大輔たちよりもガラが悪そうだ。
その男たちが一様にニヤニヤした表情を浮かべている。
「困るなぁ〜、彩綾ちゃん。約束しただろう〜?」
ボスのようなガタイの大きい人があたしの肩を掴んで引っ張る。
「え………?」
し、知らない…
あたし、約束なんてしていない。
こんな人たち、知らない……。
だ……れ…?
あたしの表情が硬直する。
意味が分からない…。
どういう…こと…??
「彩綾ちゃ〜ん、俺らにヤらせてくれるんでしょ?」
ロン毛の男がニタニタ笑って言う。
その途端、あたしの腕に鳥肌がたった。
キモい…。
無理だっ!
あたしは手を伸ばして麗華姫の手を掴もうとする。
麗華姫の手に触れた……、途端に、振り払われる。
「麗華……ちゃん…?」
麗華姫は、男の人たちを見て、露骨に嫌そうな顔をした。
「彩綾、だれ、この人たち?」
吐き捨てるように冷たい口調だった。
あたしの背中にゾッと鳥肌が立つ。
やめて…麗華姫。
裏切らないで…?
助けて…!
恋人でしょ??
ねぇっ!
「最悪、あんた、マジなんなの?」
やめてっ…!
麗華…姫…。
どうし…て…。
「この女の子とイチャつかれちゃあ困るなぁ〜。彩綾ちゃんの相手は俺たちだろう?」
男があたしの腕を強く引っ張る。
「麗華ちゃんっ!」
あたしは麗華姫から離される。
「彩綾ちゃ〜ん、困るよ〜?誘ったのはそっちじゃないか。」
男の一人が、スマホをかざす。
そこには、出会い系アプリのようなものが表示されていた。
「うそ…でしょ。」
あたしの顔が歪む。
そこに表示されているアカウント。
「彩綾」
あたしの本名。
アイコンは、正真正銘、あたしの顔だった。
男が画面をスクロールする。
チャット画面のようなものが出てくる。
そこで「あたし」が送ったことになっているメッセージを見て、絶句した。
「今日、会えない??浅葱公園で待ってるよ♡」
側から見たら下心丸出しの文章。
でも、あたしはこんなの書いた覚えはない…。
そもそも、なんでアカウントが勝手にできているの…?
手が、脚が、震える。
これから、何をされるのか。
怖い…。
とても怖かった…。