あたしの頬がなる。
麗華姫に平手打ちされていた。
「いっ……。」
「あんたは、バカなんだからさ。黙っていなさいよ。てか、百合香??なに言ってんの?百合香は入院しているんだよ?手伝えるわけないじゃん。」
麗華姫に冷たい目を向けられ、あたしは俯いた。
「じゃあ……。八神。それか、ふ……。ううん、なんでもない。」
ななみんが言う。
「ん、またまたせいかーい!」
麗華姫が微笑む。
ななみんが言いかけたこと。
それは、「伏見亜希」だろう。
でも、麗華姫は亜希のことが好きだ。
ぶーちゃんの復讐に加担しているなんて言ったら何をされるかわからない。
「怪しいのは、八神一択なんだよねぇ〜。」
麗華姫がニヤニヤ笑って言う。
「八神って、ウチらにいじめられてたじゃん?それに、八神がぶーちゃんの復讐に協力しているとすれば、さっき、ファミレスにいたことが説明できる。」
麗華姫はゆっくりと人差し指を上げる。
「あとねぇ、あたしたちが出たすぐ後に八神が出たってことも、説明がつく。」
クスクスという笑い声があたしの鼓膜を揺さぶる。
……すごい。
麗華姫は、そこまで見ていたんだ。
あたしなんかより、ずっとすごい。
頭がいい。
「だぁかぁら〜!」
麗華姫は人差し指であたしの額をちょんと突いて言った。
「八神があたしたちの話盗み聞きしているかもしれないでしょ?だから、あたしは彩綾に送るって言いながらななみんに送ったの。あたしたち証拠写真持っていること知ったら、ウイルスでもなんでも使って削除しにくるわよ。」
麗華姫はクスクス笑う。
「え…、じゃあ、今のうちに拡散しといたほうがいいんじゃない?」
ななみんがびっくりした顔で言う。
麗華姫の眉が下がった。
「さすがななみん、う〜ん、そうなんだけどねぇ。不用意にばら撒くと、ウチらが疑われる可能性があるんだよ?もう一度言うけどね、現場には、ぶーちゃんだけじゃなくてあたしも、いたの。」
麗華姫が悔しそうに顔を歪める。
「出火時刻にアリバイがあったらよかったんだけどなぁ…。」
麗華姫の顔はすぐに天使の微笑みに戻った。
「ま、いいや。あんたたち、殺されたくなければ守ってあげてもいいけど?」
ニヤリと麗華姫が笑う。
早く選択しろと迫ってくる顔。
あたしは、考えた。
この状況ではどれが一番有利?
それは、決まっている。
それ以前にあたしもななみんも麗華姫から離れられなくなっている。
だから、選択肢はひとつしかないんだ。
あたしも、ななみんも、首を縦に振った…。
あたしは、少し安心して家に帰った。
麗華姫が守ってくれる。
根拠はないけど、自信に満ちていた。
「ただいま。」
あたしは家のドアを開ける。
一応挨拶もする。
……ま、今日は平日だから親はいないんだけどね。
「はぁ…もう、服がベトベト。早くシャワー浴びよ。」
麗華姫に久しぶりに嫌がらせをされた。
昔だったら…ジュースの件なんてしょっちゅうだったけど。
仲間が次々に消えていって、麗華姫も気が立っているのかな…。
あたしは、出来るだけ余計なところは触らないように、風呂に直行した。
あたしは、汚れた服を脱ぎ、水に浸ける。
綺麗になるといいんだけど…
あたしは、シャワーの蛇口を捻ってお湯を出す。
頭からお湯を浴びる。
その時……。
「いった………!?」
手に激痛が走る。
見ると、やはり四つの傷。
血は止まっているけど、お湯が少し触れるだけで尋常じゃない痛みが襲う。
「くっ……。」
でも、汚いのは嫌だから。
あたしは、無理に傷口を洗った。
痛い痛い痛い痛い!
痛いけど…。
これくらいの痛みなら、昔は毎日経験していた。
ずっとずっと、痛みを我慢していた。
だけど……。
痛みに慣れた。
出来るだけ痛みを感じないように、うまく立ち回るようになった。
新しいターゲットは、積極的にいじめた。
すこし、昔話をしようか。
あたしが麗華姫と出会った頃の話———————。
【過去の思い出】
「こんにちは、白神麗華です。早く皆さんと仲良くなりたいです。よろしくお願いします。」
約5年前、あたしが小学6年生の時、彼女は転校してきた。
「あたしのお父さんは、会社の社長をやっています。お母さんは、とても優しいです。みんなとも、たくさんお話ししたいです。」
微笑みながら鈴のような声で言う少女。
ウェーブのかかったふわふわの茶色い髪の毛。
白い肌、クリッとした茶色い瞳。
教室からはざわめきが起きる。
あたしは、ただただ見惚れていた。
彼女の美しさに。
その頃の麗華姫の会社は、経営が鰻登りだった。
しかし、まだそこまで強い力を持つわけではなかったらしい。
でも、そんなことは関係なかった。
「会社の社長」
その言葉は、小学生のあたしたちにとっては、かなりのパワーワードだった。
この子とは、仲良くしていた方がいい。
あたしの心が、体が、そう叫んでいた。
あたしは迷わなかった。
彼女と一緒にいれば、いつか、いいことがある。
一種の勘だった。
こんなに心躍ることはなかった。
「麗華…ちゃん!あたし、彩綾っていうの!!よろしくね!」
あたしは彼女の机に一番乗りで寄っていった。
にっこりと微笑むことも忘れなかった。
彼女は、微笑み返してくれた。
天使のような、純粋な美しい微笑み。
とても素敵だった。
「こちらこそ、よろしく。彩綾ちゃん!」
彼女は、あたしへ向けて、破顔した。
あたしと彼女は、すぐに仲良くなった。
あたしは、彼女の言うことをなんでも聞いた。
彼女の言うことには、反対しなかった。
あたしは、自ら進んで奴隷のようになった。
最初、彼女は戸惑っていた。
「なんで、彩綾ちゃんって、自分の意見を言わないの?」
彼女は、怪訝な顔であたしを見つめた。
意見を言わない?
なんでかって?
…決まってるじゃん!
「麗華ちゃんは、あたしの憧れの人なんだよ!あたしは、麗華ちゃんの言うことならなんでも聞く!」
あたしは、迷わずにっこり言った。
彼女は困ったように微笑んだ。
「う〜〜ん。でもねぇ…あたしは、彩綾ちゃんの意見も聞きたいな。あたしが彩綾ちゃんを支配しているみたいじゃん。」
彼女は人差し指で髪の毛をクルクルと巻く。
その、全ての動作が美しかった。
「いいんだよ、それで。あたしは麗華ちゃんの奴隷でもいいんだから!」
あたしは、少しおどけて言ってみた。
彼女はふふっと笑う。
あたしがふざけていると思っているのだろう。
「う〜ん、それってイジメ?みたいじゃん。あたしはそんなこと、やりたくないなぁ…。」
彼女は、とても心の綺麗な人なんだなって思った。
その全てが好きだった。
あたしは彼女に心酔していた。
「イジメ?何がいけないの?麗華ちゃんがイジメをするのは、悪いことじゃないと思うな。」
あたしは顎に人差し指を当てて首を傾げた。
彼女がギョッとした顔をする。
「そ、そんな、何言ってんの、彩綾ちゃん。イジメは、いけないこと。たとえあたしがどんな立場であろうと、イジメなんて醜いこと、絶対にやらない。」
彼女はキッパリと言い切った。
「え……?どうして、麗華ちゃん?麗華ちゃんは、人の上に立つべき人なんだよ?イジメて、何が悪いの?」
あたしは、素直に疑問だった。
あたしと彼女の意見が、初めて対立した。
彼女の顔が曇る。
「もう、この話はやめよう?あたしと彩綾ちゃんの意見が対立するのは仕方ない。もう、この話題には触れないようにしよう。」
彼女はそう言って飴を口の中に入れた。
コロコロと舌で飴を転がしながらはにかむ。
あたしの視線は彼女の唇に集中した。
柔らかく動く唇。
ああ……。
その唇を奪いたいなって。
そう思ったのは、あの時が最初だったなぁ…。
☆………☆