しかし。

「でも、それは『万が一』のことが起きたと仮定しての話だろ?」 

ほう?

「アシュトーリアさんが目を覚ましたら?アイズの身に何も起きず、このまま首領に就任したら?セルテリシアが必ず首領になれる保証なんてないだろ」
 
もしセルテリシアが首領になれる保証があるなら、すぐにでもOKすると言わんばかりですね。

えぇ、全くその通りですとも。

「そこはルルシー、二枚舌を使うんですよ」

「二枚舌?」

「セルテリシアに媚びを売っておいて、もしセルテリシアが首領になれなかったら見限って、『脅されていて仕方なく敵対する振りをしてただけです』とか言うんですよ」

「ふーん…。お前最低だな…」

ちょっと。それは褒め言葉だと思って良いんですよね?

必要な二枚舌ですよ、これは。

つまり、状況がどちらに転んでも困らないように、予防線を張っておきたいだけだ。

何事も起こらず、このまま新『青薔薇連合会』派のアシュトーリアさんやアイズレンシアが首領の座につくなら、現状維持で良し。

しかし、もし二人の身に万が一のことが起きて、セルテリシアが『青薔薇連合会』の覇権を握ることになったら。

そのとき俺は、俺とルルシーの居場所を守りたいだけだ。

それ以上に大切なことが何処にある?

アイズ達への義理立てなど知ったことか。

俺が『青薔薇連合会』に入ったのは、アイズ達がいるからではない。

そこにルルシーがいたからだ。

ルルシーがいるなら、そこがサナリ派の組織だろうが、帝国自警団だろうが、地獄の底だろうが何処でも良い。

何処までも一緒にいるだけだ。

俺にとって大事なのはそれだけ。それ以上に大切なことはない。

俺は身を乗り出して、ルルシーの耳元で囁いた。

「それに、これはセルテリシアに恩を売るチャンスですよ」

「…恩を売る…」

「ここで素直に寝返っておけば、セルテリシアも俺達に強く出ることは出来ないでしょう」

俺は、新しい首領様に偉そうに命令されるのは気に食わないからな。

首領の方針には従うが、細かくあれこれ命令されるのは不快だ。
 
しかし、ここでセルテリシアの申し出を素直に受けて、彼女に恩を売っておけば。

いざセルテリシアの部下になったとき、彼女も俺とルルシーに強く命令することは出来まい。

まぁ、元々強い言葉で命令するタチではなさそうだが…念の為にな。

「他社からの引き抜きとしては、最高の条件だと思いますよ」
 
「…」

「意を決して、ここはセルテリシアの手を取っておきましょう。…俺達がこれからも、ずっと一緒にいる為に」

俺は、ルルシーに向かって手を差し伸べた。

…必要なことですよ、これは。

裏切りではない。薄情だと思いたければ思え。

俺は組織を裏切った訳ではない。ただ自分の正直な気持ちを偽らなかっただけだ。

ただルルシーとの居場所を守りたいという、その一縷の望みの為に。

そして…その気持ちは、ルルシーとて同じはずだ。