――――――…襲撃に失敗した。
忸怩たる思いで、俺は廊下を走り抜けた。
すると。
「こっち!」
廊下の途中の部屋、普段は施錠されているはずの通信室の扉を少しだけ開けて。
俺の理解者の女が顔を出し、手招きをしていた。
俺がその部屋に滑り込むと、急いで彼女は内鍵を施錠した。
緊急退避場所を決めておいて、正解だったな。
さもなければ、ターゲットを逃しただけではなく、俺が許可なくレーザー銃を発砲したことさえバレてしまうところだった。
今捕まることだけは、避けなくては。
復讐という目的を果たすまでは…決して何者にも邪魔されてはいけない。
俺はあらかじめ決めていた通り、レーザー銃を段ボール箱の中に詰め、数々の通信機器の影に押し込んだ。
これでひとまず、証拠隠滅。
勿論、こんなお粗末な隠し方では、すぐに見つかるのは分かりきっている。
たちまち、今だけ凶器を隠せればそれで良い。
ほとぼりが冷めたら、すぐに回収に来るつもりだった。
「どうだった?」
彼女は興奮した様子で俺に尋ねた。
ターゲット…ルレイア・ティシェリーを仕留めることが出来たのか、と聞いているのだ。
…俺がもし奇襲に成功していたら、彼女の望む朗報を報告出来たのに。
「…駄目だった」
俺は力なく首を横に振って、残念な知らせを告げた。
彼女もあからさまに落胆して、意気消沈していた。
…千載一遇のチャンスだったんだがな。
そもそも…ブロテ団長があの男と取引をしたことが、俺達にとって想定外だった。
あの男とブロテ団長が敵対し、戦火を交えた。そこまでは良かった。
さすがにあの人数差なら、しかもこちらは虎の子のレーザー銃を持っているのだから、非常に有利な立場だった。
これなら勝てる。あの男を仕留めることが出来る。
そう思って、俺としたことがかなり興奮して、成り行きを見つめていた。
しかし…あの男は全く怯むことなく、不利を覆してあの場所を制圧してしまった。
あれは想定外だった。
あの人数差で、こちらには新兵器があるというのに、それでも負けた。
負けただけではなく…ブロテ団長の口から、あの男にバレてしまった。
『M.T.S社』のリーダーと幹部を帝国自警団で匿っているという情報。あれが偽情報だったと。
この事実がバレてしまった以上、最早あの男と帝国自警団が敵対する理由はなかった。
あっという間に武器はしまわれ、あろうことか取引が始まってしまった。
そう。傲慢にも、奴はブロテ団長に取引を持ちかけたのだ。
レーザー銃のことを黙っている代わりに、自分達を見逃せと。
図々しいにも程がある。
きっと何か裏があるに違いない。あの男の口車に乗って、良いことなど何もない。
俺はブロテ団長が取引を断り、あの男に対して厳正な処罰を下すことを期待していた。
しかし、ブロテ団長はあっさりと奴の口車に乗ってしまった。
レーザー銃の秘密を隠したいが為に、あの男を無罪放免したのだ。
そんな弱腰なブロテ団長に失望したが、しかしこのまま奴を逃がすことは出来なかった。
今なら奴も気づいてない。
正面から戦って、奴に勝つのは至難の業だ。
しかし、不意をついて奇襲すれば?
俺にも充分勝ち目がある。
そう判断し、俺は奴を一撃のもとに仕留める為に、廊下の影からレーザー銃を撃った。
上手く行けば、それで俺達の復讐は達成されるところだった。
…でも、結果は惨敗だった。
俺達の渾身の作戦は、結局何も得られないまま…あまりにも口惜しい結果に終わってしまった。
「そう…駄目だったの」
彼女は酷く落胆して、溜め息混じりにそう言った。
「あぁ…。狙いは悪くなかったんだが…奴の相棒とかいう男に阻まれた」
ルルシー・エンタルーシア、とかいったか。
あの男を「相棒」などと呼び、手を組んでいる愚か者。
あんな奴を殺したからって、俺達にとっては何の得にもならない。
俺達のターゲットは、ルレイア・ティシェリーただ一人だ。
しかも、あの相棒も、レーザー銃を当てることは出来たが殺すには至らなかった。
片脚を掠めただけだ。あれでは死なない。
あいつに邪魔をされなければ、今頃ルレイア・ティシェリーをあの世に送り込んでやれたのに…。
…余計な真似をしてくれた。
お陰で、俺達の計画は振り出しに戻った。
それどころか、後退したと言っても良い。
さすがの俺達も、今回は派手に動き過ぎた。
「しばらくは…大人しくしておいた方が良いだろう」
「そうね…。しばらくお預けね」
まだ当分の間は、帝国自警団を隠れ蓑に使わせてもらうつもりなのだ。
これ以上派手に動いて、ブロテ団長に勘付かれたくはなかった。
悔しいが、ほとぼりが冷めるまでは動けない。
「もう一人の協力者」にも…そのように伝えなければなるまい。
「…大丈夫だ。焦る必要はない」
幸い、あの男は並大抵のことでは死なない。
俺達が再び牙を研ぎ、奴を地獄送りにする準備を整えるまでは生きているはずだ。
焦らず機を待ち…次こそは仕留める。
「そうだね。次こそ必ず…この腕のお礼をしてやる」
彼女は、肘より先がなくなった片腕を、そっと撫でた。
――――――…一方、その頃。
『青薔薇連合会』系列の病院にて。
「ルルシーが撃たれたって、本当なの!?」
「ルル公ーっ!無事かーっ!」
「大丈夫?今どうなってるの?」
処置室の前にいた、俺とルリシヤとルーチェスのもとに。
知らせを聞いたのであろう。シュノさん、アリューシャ、アイズの三人が急遽駆けつけた。
「ルルシー先輩は今、治療中だ。安心してくれ、命に別条はない」
と、俺の代わりにルリシヤが答えてくれた。
そう、命に別条はない。
この一言のお陰で、俺はかろうじて冷静でいられるのだ。
「よ、良かった…」
シュノさんは涙を流さんばかりに、ホッと胸を撫で下ろしていた。
「ったくあいつよー、心配かけやがってよー!」
アリューシャも、文句を言いながらも安心したような顔をしていた。
「そう…。ひとまず安心したよ。でも…油断は出来ないね。『M.T.S社』の新兵器…レーザー銃だっけ、それを使われたんだよね?」
と、アイズが尋ねた。
「そうだな」
「レーザー銃の銃創を治療するなんて、医師達も初めてだろうからね。大丈夫だとは思うけど…」
「お、おいおいアイ公。こえーこと言うなよ」
「念の為に注意しておこう、ってだけだよ。大丈夫」
…。
…大丈夫だと思いますよ。
ルルシーにもしものことがあったら、医療スタッフ全員ただでは済まさない、って脅してあるし。
何が何でも、ルルシーを助けてくれるだろう。
「レーザー銃…。それが『M.T.S社』の所有していた新兵器の正体だったのね。全然想像出来ないけど…」
と、シュノさんが言った。
シュノさん達は実物を見ていないから、イメージするのは難しいだろうな。
「アリューシャ、知ってる?レーザー銃なんて…」
「さぁ、アリューシャは自分の使ってるライフルのことしか知らねーわ。そんな武器があんのか」
「何が出てくるかと思ったら、また奇抜な武器を考えついたものだよ」
全くだ。
事前に知っていれば、もっと対策の立てようもあったのだが…。
…なんて、出来なかったことを愚痴っても仕方ないか。
「しかも、『M.T.S社』のリーダーと幹部達を匿っているという情報は偽物だったと来た」
「その件はどうなったんです?アイズ総長お抱えの情報屋だったんですよね?」
ルーチェスがアイズに尋ねた。
あぁ、是非とも聞きたいものだな。
俺達に偽情報を掴ませた情報屋が、なんという言い訳をするのか。
…しかし。
「うん。すぐに連絡を取ったんだけど…梨のつぶて」
「…」
「行方も分からない。私達から追及を受ける前に、夜逃げ同然で行方を眩ませたらしいね」
「…ってことは、情報屋は悪意を持って、僕達に偽情報を掴ませたんですね」
「そうなるね」
…世の中、ムカつく奴が多過ぎる。
『青薔薇連合会』に偽情報を掴ませた情報屋も。
帝国自警団のブロテも。
そして何より、ルルシーに傷を負わせた自警団員も。
ルルシーを撃ったのが誰なのか、ブロテに探させているが。
今のところ、ブロテから犯人を捕まえたという連絡はない。
ってことは逃したか…あるいは、ブロテが庇っているのだろう。
本当にムカつく。
「…あの…ルレイア、大丈夫…?」
恐る恐るといった風に、シュノさんが俺に声をかけてきた。
…はい?
「その…ずっと怖い顔してるから…」
「…」
でしょうね。
恐らく今俺は、今年一番不機嫌な顔をしていることだろう。
だって俺、今、今年一番不機嫌だから。
「ルレイア…。気持ちは分かるけど、少し落ち着こうか」
シュノさんは俺が怖いのか、恐る恐る話しかけるのが精一杯だったが。
アイズだけは恐れることなく、冷静に俺を宥めようとした。
あなたは度胸のある人ですよ。さすが『青薔薇連合会』次期首領。
「俺は落ち着いてますよ」
「だな。ルレ公とは思えないくらい落ち着いてんぞ」
と、真顔のアリューシャ。
でしょう?
「いつもなら、今頃帝国自警団絶対潰すマンになってるところだろ。何でルレ公、こんな大人しいの?」
帝国自警団絶対潰すマンか…。
…是非ともなりたいですね。
「それは…だって、さすがに帝国自警団という組織そのものを敵に回すのは、ルレイアの手に余るから…じゃないの?」
シュノさん。それはお人好しな解釈ですよ。
俺が今かろうじて平静を装っているのは、そんな優しい理由ではない。
すると。
「言われたんですよ、ここに運ばれてくるときに、ルルシーさんから。『帝国自警団を敵に回すな。くれぐれも大人しくしてろ』って」
俺の代わりに、ルーチェスが説明してくれた。
…そうなんだよ。
「『俺の為を思うならそうしてくれ』とまで言われてたんで。ルレイア師匠とて、愛する人の頼みを聞かない訳にはいきませんから」
「…えぇ、そういうことです」
つまるところ、ルルシーが「大人しくしてろ」と言ったから、頑張って大人しくしているだけだ。
ルルシーもよく分かっている。
釘を刺しておかなければ、俺が暴走機関車と化すことを。
だからこそ救急車の中で、痛みに呻く代わりに、俺を諌めたのだ。
そんなに必死になって止められて、それでもなお暴走する訳にはいかないじゃないですか。
ルルシーを愛するがこそ、彼の頼みを聞かない訳にはいかないじゃないですか。
これがルルシーの頼みじゃなかったら、今頃ブロテの生首は、胴体と泣き別れになっているところだ。
…よくも、俺のルルシーを…。
「そっか…。…賢明な判断だ。ルレイア、辛いとは思うけど…ルルシーの為にも頑張って堪らえて」
「…分かりましたよ」
「ルルシーの為」とは。アイズもズルいことを言う。
ルルシーをダシに使われたら、俺だって耳を貸さない訳にはいかない。
他でもないルルシーの為なら…。
正直、今すぐ鎌を持って帝国自警団の本部をズタズタにしてやりたい。
その衝動に駆られている。
それでも俺が必死に堪えているのは、全部ルルシーの為。
ルルシーが治療を終えて目を覚ましたとき、彼の隣にいる為だ。
そう思えばこそ、何とか衝動を抑えることが出来る。
「逃げた情報屋の居場所、そして『M.T.S社』のリーダーと幹部…。分からないことだらけだけど、一つずつ調べて対処していこう」
この場をまとめる為に、アイズがそう言った。
…それが分かるのはいつになるやら。
「それに、悪いことばかりではないよ」
あ?
「少なくとも、『M.T.S社』の新兵器の正体は分かったんだ。正体さえ分かれば、いくらでも対処法を考えることが出来る。これは不幸中の幸いだよ」
あぁ。そう言われればそうか。
ルルシーを傷つけてくれた、あの忌々しいレーザー銃。
次目にしたら、粉々にしてやる。
…処置室の前で待機すること、およそ二時間。
そろそろ痺れを切らしてきた頃に、処置室の扉が開いた。
「!ルル公!終わったのか?」
半分居眠りしていたアリューシャが、それを見て飛び起きた。
扉の向こうから、看護師の手でストレッチャーが運ばれてきた。
ルルシーはストレッチャーに横たわって、酸素マスクを嵌められ、両腕に点滴の針を刺され、身体中に包帯を巻いて…、
…と、いうことはなく。
「あれ…。お前ら、揃いも揃ってそこで待ってたのか?」
それどころかぱっちりと目を開けて、何てことない顔をして、普通に喋っていた。
まぁ、それはそうですよね。
怪我したのは足ですから。頭の方は無事ですよ。
色々堪えて我慢していたけど、ルルシーの顔を見ると、もう我慢出来なかった。
俺は無言で、ルルシーの身体に抱きついた。
痛かったですかね。ごめんなさい。
でも、どうしても我慢出来なくて。
「…ルルシー…。…大丈夫ですか?」
「ルレイア…。大丈夫だ、心配するな」
『青薔薇連合会』で一番心配性のあなたに、心配するなと言われる日が来るとは。
なんという皮肉だ。
「お前が暴走してなくて、俺は安心したよ」
「…ルルシーの頼みですから。本当は今すぐ走り出したいですけど」
「走り出すなよ。一人で暴走するな。俺は今一緒に行けないんだから、お前も何処にも行くな。ここにいろ」
…はい。
ルルシーがそう願うなら、その通りにしますよ。
だって、その怪我は俺が…。俺のせいで…。
「こちらのことは、何も心配しなくて大丈夫だからね、ルルシー」
アイズが、ルルシーを安心させるように言った。
こちらのこと…。
つまり、俺達がさっき話していたような…『M.T.S社』のリーダーと幹部の行方とか。
偽情報を掴ませてきた情報屋の行方とか、そういうことだ。
「私達で上手くやるよ。君はとにかく、身体を癒やすことだけを考えて」
「…悪いな」
「謝る必要なんてないよ。ちょっとした臨時休暇だと思って、ゆっくりしてて。…ルレイアとね」
さりげなく俺を入れてきた。
俺が暴走しないように見張っててね、って意味だろう。
…分かってますよ。
怒りに任せて帝国自警団を攻撃して、メリットなんて一つもないってことは。
俺の気が晴れるだけだ。
ルルシーも「ここにいろ」と言うし、アイズも止めるし…。
ますます、俺が暴走する理由がなくなってきた。
…勿論、ルルシーにこんな怪我を負わせてくれた帝国自警団を許すつもりはない。
だが…今は大人しくしておいてやろう。
他ならぬルルシーの頼みだから。
ルルシーを心配させて、傷の治りを遅くしたくはない。
「ルルシーも、ルレイアも。しばらくゆっくり休むと良いよ。…捜査に何か進展があったら、逐一報告するから」
と、アイズに言われ。
ひとまず、この場は解散ということになった。
解散されたけど、俺は帰らなかった。
当たり前だけど。
ルルシーが病室に移動したので、俺も一緒についていった。
「ルレイア、お前…いつまでいるつもりだ?」
と、ルルシーが聞いてきた。
「ここにいろって言ったじゃないですか」
「それもそうか…。じゃ、そこにいてくれ。今の俺じゃ、お前を羽交い締めにして止めることが出来ないからな」
「…」
…脚、怪我してるんですもんね。
医者が言うには、二週間も経てば普通に歩けるようになる、一ヶ月もあれば完治するとのことだったが。
アイズの言う通り。だからって安心は出来ない。
あのレーザー光線の中に、人体に有害な物質が含まれていないとも言い切れない。
検査はしているとのことだったが、その結果が出るまでにはまだかかるし…。
…実際に完治して、元気いっぱいのルルシーを見るまでは…とてもじゃないが、心から安心なんて出来ない。
「…」
「…?どうした、ルレイア」
「…いえ…」
「…珍しくしょげた顔してるな。お前らしくもない」
そうですか?
俺だってたまには、しょげた顔くらいしますよ。
繊細な乙女ですから。
「…お前はまさか、俺が怪我したのは自分のせいだとか思ってないか?」
ぎくっ。
ルルシー、あなたさすが鋭いですね。
俺のことよく分かってる。
「…実際俺のせいですよね、済みません」
「何謝ってんだ。俺が勝手に怪我しただけだろ」
「でも…庇われてしまって。俺がもっと早く気づいていれば…」
俺がもっと周囲をよく見ていれば、ルルシーが怪我をすることは…。
「…ルレイア、ちょっと来い」
「はい?」
ちょいちょい、とベッドの上のルルシーに手招きされ。
傍に行ってみると、顔面にルルシー渾身のデコピンを食らった。
ピコンっ、てなもんだ。
「あ痛っ」
「アホ。背負う必要ないものを背負うな。お前のせいじゃない」
ルルシーなら、そう言うんじゃないかと思った。
その気持ちは嬉しいけど…。
「でも…ルルシー…」
「でも、じゃない。俺が良いって言ってんだから、良いんだ」
結構な暴論ですよね、それ。
「お前が怪我するより百倍はマシだ」
「それはズルいですよ。俺だってルルシーには怪我して欲しくないんですからね」
「残念だったな。じゃあ今回は俺の勝ちだ」
何ですか、それは。
怪我したのはルルシーなのに、ルルシーが勝ちで俺が負け?
…変な話だ。
「アイズの言う通り、休暇だと思ってゆっくりするよ。ついでにお前も休め」
「休めって言われても…。帝国自警団に囚われている間、休暇みたいなものでしたし…」
「俺の目の届く範囲にいろよ。目を離したら、何処で何するか分からないからな」
「そんな、あなた…言うこと聞かない子供に言い聞かせるみたいに…」
「違うのか?」
違いますよ。失礼な。
俺はいつだって素直に言うこと聞くでしょうが。
「…分かりました。じゃあ、ここにいます」
「あぁ。そうしろ」
「ルルシーに添い寝します」
「そこまではせんで良い」
酷い。
傍にいろって言ったじゃないですか。添い寝は駄目ってどういうことだ。
…ま、良いか。
ルルシーが動けるようになるまでは、俺も動けないし…。
逃げた『M.T.S社』のリーダーと幹部達の件は、アイズ達に任せ。
俺はここで、ルルシーとイチャイチャのんびり過ごすことにしますよ。
――――――…情けなくも、脚にレーザー光線を食らって入院することになった俺だが。
色々な人に迷惑をかけてしまっているのは別にして、俺としては意外に気が楽だった。
ルレイアにも言ったが、他の誰かが怪我するより…ましてやルレイアが怪我をするより…自分が怪我した方がよっぽど良い。
自分が怪我するだけなら、自分が痛い思いするだけで済むからな。
脚の痛みが何だと言うのだ。
怪我したのがもしルレイアだとして、そのとき俺を襲うであろう胃痛の痛みに比べれば、全然マシ。
ルレイアじゃなくて良かった。本当に。
と、俺は自分の脚に巻かれた包帯を見て、むしろホッとしていたのだが…。
「はい、ルルシー。あーんしてください。あーん」
「…」
…俺は確かに、ルレイアに「目の届くところにいろ」とは言った。
が、入院中の世話までしろとは言ってない。
「しなくて良いから、箸を返せよ」
「え?だってルルシーにあーんして食べさせてあげようと…」
「結構だ」
怪我をしたのは脚だけで、それ以外はピンピンしてるんだから。
いちいちそんな…小っ恥ずかしい方法で食べさせてもらわなくても、自分で食べられる。
ちなみにこのやり取り、食事の時間になる度に繰り返されている。
自分で食べるっての。何やろうとしてんだお前は。
ここが個室で良かった。もし相部屋だったら、あまりの恥ずかしさに、いたたまれなくなるところだった。
いや、個室でも嫌だよ。やめろ。
「ルルシーは怪我人なんですよ?大人しくお世話されなきゃいけないでしょう?」
それはそうなのかもしれないが。
「自分のことくらい、自分でやるよ」
わざわざ食べさせてもらわなくてもさ。
しかもこれ、今は食事の時間だけど。
食事以外でも、服を着替えるときは「俺が着替えさせてあげます!」とか言って、妙な世話を焼き。
着替えを手伝うとは名ばかり、身体のあちこちをベタベタ触ってくるわ。
入浴の時間になれば、「お風呂…?俺も同行します!」とか言って、看護師さんの度肝を抜き。
まぁそれはさすがに追い返したけど、非常に恥ずかしい思いをすることになった。
いい加減にしろよ、マジで。
こんなことなら、「目の届く範囲にいろ」なんて言わなきゃ良かったかもしれない。
顔見せてくれるだけで良いよ。
「あのな。俺はお前に看護を要請した覚えはないぞ。お前が世話を焼く必要はないんだ」
「でも俺は、ルルシーのお世話をしたいんですよ」
何で意地張ってんの?
「必要ない。自分で食べられるし、着替えだって自分で出来るし」
「そんな無理しなくて良いんですよ?俺に任せてくれれば」
「別に無理はしてねぇよ」
ちょっと脚を庇えば良いだけだ。
職業柄、このような傷や怪我には慣れている。
…まぁ、レーザー銃創を負ったのは初めてだけど。