The previous night of the world revolution7~P.D.~

――――――…襲撃に失敗した。

忸怩たる思いで、俺は廊下を走り抜けた。

すると。

「こっち!」

廊下の途中の部屋、普段は施錠されているはずの通信室の扉を少しだけ開けて。

俺の理解者の女が顔を出し、手招きをしていた。

俺がその部屋に滑り込むと、急いで彼女は内鍵を施錠した。
 
緊急退避場所を決めておいて、正解だったな。

さもなければ、ターゲットを逃しただけではなく、俺が許可なくレーザー銃を発砲したことさえバレてしまうところだった。

今捕まることだけは、避けなくては。

復讐という目的を果たすまでは…決して何者にも邪魔されてはいけない。

俺はあらかじめ決めていた通り、レーザー銃を段ボール箱の中に詰め、数々の通信機器の影に押し込んだ。

これでひとまず、証拠隠滅。

勿論、こんなお粗末な隠し方では、すぐに見つかるのは分かりきっている。

たちまち、今だけ凶器を隠せればそれで良い。

ほとぼりが冷めたら、すぐに回収に来るつもりだった。

「どうだった?」

彼女は興奮した様子で俺に尋ねた。

ターゲット…ルレイア・ティシェリーを仕留めることが出来たのか、と聞いているのだ。

…俺がもし奇襲に成功していたら、彼女の望む朗報を報告出来たのに。

「…駄目だった」

俺は力なく首を横に振って、残念な知らせを告げた。

彼女もあからさまに落胆して、意気消沈していた。

…千載一遇のチャンスだったんだがな。

そもそも…ブロテ団長があの男と取引をしたことが、俺達にとって想定外だった。

あの男とブロテ団長が敵対し、戦火を交えた。そこまでは良かった。

さすがにあの人数差なら、しかもこちらは虎の子のレーザー銃を持っているのだから、非常に有利な立場だった。

これなら勝てる。あの男を仕留めることが出来る。

そう思って、俺としたことがかなり興奮して、成り行きを見つめていた。

しかし…あの男は全く怯むことなく、不利を覆してあの場所を制圧してしまった。

あれは想定外だった。

あの人数差で、こちらには新兵器があるというのに、それでも負けた。

負けただけではなく…ブロテ団長の口から、あの男にバレてしまった。

『M.T.S社』のリーダーと幹部を帝国自警団で匿っているという情報。あれが偽情報だったと。

この事実がバレてしまった以上、最早あの男と帝国自警団が敵対する理由はなかった。

あっという間に武器はしまわれ、あろうことか取引が始まってしまった。

そう。傲慢にも、奴はブロテ団長に取引を持ちかけたのだ。

レーザー銃のことを黙っている代わりに、自分達を見逃せと。

図々しいにも程がある。

きっと何か裏があるに違いない。あの男の口車に乗って、良いことなど何もない。

俺はブロテ団長が取引を断り、あの男に対して厳正な処罰を下すことを期待していた。

しかし、ブロテ団長はあっさりと奴の口車に乗ってしまった。

レーザー銃の秘密を隠したいが為に、あの男を無罪放免したのだ。

そんな弱腰なブロテ団長に失望したが、しかしこのまま奴を逃がすことは出来なかった。

今なら奴も気づいてない。

正面から戦って、奴に勝つのは至難の業だ。

しかし、不意をついて奇襲すれば?

俺にも充分勝ち目がある。

そう判断し、俺は奴を一撃のもとに仕留める為に、廊下の影からレーザー銃を撃った。

上手く行けば、それで俺達の復讐は達成されるところだった。

…でも、結果は惨敗だった。

俺達の渾身の作戦は、結局何も得られないまま…あまりにも口惜しい結果に終わってしまった。
「そう…駄目だったの」

彼女は酷く落胆して、溜め息混じりにそう言った。

「あぁ…。狙いは悪くなかったんだが…奴の相棒とかいう男に阻まれた」

ルルシー・エンタルーシア、とかいったか。

あの男を「相棒」などと呼び、手を組んでいる愚か者。

あんな奴を殺したからって、俺達にとっては何の得にもならない。

俺達のターゲットは、ルレイア・ティシェリーただ一人だ。

しかも、あの相棒も、レーザー銃を当てることは出来たが殺すには至らなかった。

片脚を掠めただけだ。あれでは死なない。

あいつに邪魔をされなければ、今頃ルレイア・ティシェリーをあの世に送り込んでやれたのに…。

…余計な真似をしてくれた。

お陰で、俺達の計画は振り出しに戻った。

それどころか、後退したと言っても良い。

さすがの俺達も、今回は派手に動き過ぎた。

「しばらくは…大人しくしておいた方が良いだろう」

「そうね…。しばらくお預けね」

まだ当分の間は、帝国自警団を隠れ蓑に使わせてもらうつもりなのだ。

これ以上派手に動いて、ブロテ団長に勘付かれたくはなかった。

悔しいが、ほとぼりが冷めるまでは動けない。

「もう一人の協力者」にも…そのように伝えなければなるまい。

「…大丈夫だ。焦る必要はない」

幸い、あの男は並大抵のことでは死なない。

俺達が再び牙を研ぎ、奴を地獄送りにする準備を整えるまでは生きているはずだ。

焦らず機を待ち…次こそは仕留める。

「そうだね。次こそ必ず…この腕のお礼をしてやる」

彼女は、肘より先がなくなった片腕を、そっと撫でた。
――――――…一方、その頃。

『青薔薇連合会』系列の病院にて。


 



「ルルシーが撃たれたって、本当なの!?」

「ルル公ーっ!無事かーっ!」

「大丈夫?今どうなってるの?」

処置室の前にいた、俺とルリシヤとルーチェスのもとに。

知らせを聞いたのであろう。シュノさん、アリューシャ、アイズの三人が急遽駆けつけた。








「ルルシー先輩は今、治療中だ。安心してくれ、命に別条はない」

と、俺の代わりにルリシヤが答えてくれた。

そう、命に別条はない。

この一言のお陰で、俺はかろうじて冷静でいられるのだ。

「よ、良かった…」

シュノさんは涙を流さんばかりに、ホッと胸を撫で下ろしていた。

「ったくあいつよー、心配かけやがってよー!」

アリューシャも、文句を言いながらも安心したような顔をしていた。

「そう…。ひとまず安心したよ。でも…油断は出来ないね。『M.T.S社』の新兵器…レーザー銃だっけ、それを使われたんだよね?」

と、アイズが尋ねた。

「そうだな」

「レーザー銃の銃創を治療するなんて、医師達も初めてだろうからね。大丈夫だとは思うけど…」

「お、おいおいアイ公。こえーこと言うなよ」

「念の為に注意しておこう、ってだけだよ。大丈夫」

…。 

…大丈夫だと思いますよ。

ルルシーにもしものことがあったら、医療スタッフ全員ただでは済まさない、って脅してあるし。

何が何でも、ルルシーを助けてくれるだろう。

「レーザー銃…。それが『M.T.S社』の所有していた新兵器の正体だったのね。全然想像出来ないけど…」

と、シュノさんが言った。

シュノさん達は実物を見ていないから、イメージするのは難しいだろうな。

「アリューシャ、知ってる?レーザー銃なんて…」

「さぁ、アリューシャは自分の使ってるライフルのことしか知らねーわ。そんな武器があんのか」

「何が出てくるかと思ったら、また奇抜な武器を考えついたものだよ」

全くだ。

事前に知っていれば、もっと対策の立てようもあったのだが…。

…なんて、出来なかったことを愚痴っても仕方ないか。

「しかも、『M.T.S社』のリーダーと幹部達を匿っているという情報は偽物だったと来た」

「その件はどうなったんです?アイズ総長お抱えの情報屋だったんですよね?」

ルーチェスがアイズに尋ねた。

あぁ、是非とも聞きたいものだな。

俺達に偽情報を掴ませた情報屋が、なんという言い訳をするのか。

…しかし。

「うん。すぐに連絡を取ったんだけど…梨のつぶて」

「…」

「行方も分からない。私達から追及を受ける前に、夜逃げ同然で行方を眩ませたらしいね」

「…ってことは、情報屋は悪意を持って、僕達に偽情報を掴ませたんですね」

「そうなるね」

…世の中、ムカつく奴が多過ぎる。

『青薔薇連合会』に偽情報を掴ませた情報屋も。

帝国自警団のブロテも。

そして何より、ルルシーに傷を負わせた自警団員も。

ルルシーを撃ったのが誰なのか、ブロテに探させているが。

今のところ、ブロテから犯人を捕まえたという連絡はない。

ってことは逃したか…あるいは、ブロテが庇っているのだろう。

本当にムカつく。

「…あの…ルレイア、大丈夫…?」

恐る恐るといった風に、シュノさんが俺に声をかけてきた。

…はい?
「その…ずっと怖い顔してるから…」

「…」

でしょうね。

恐らく今俺は、今年一番不機嫌な顔をしていることだろう。

だって俺、今、今年一番不機嫌だから。

「ルレイア…。気持ちは分かるけど、少し落ち着こうか」

シュノさんは俺が怖いのか、恐る恐る話しかけるのが精一杯だったが。

アイズだけは恐れることなく、冷静に俺を宥めようとした。

あなたは度胸のある人ですよ。さすが『青薔薇連合会』次期首領。

「俺は落ち着いてますよ」

「だな。ルレ公とは思えないくらい落ち着いてんぞ」

と、真顔のアリューシャ。

でしょう?

「いつもなら、今頃帝国自警団絶対潰すマンになってるところだろ。何でルレ公、こんな大人しいの?」

帝国自警団絶対潰すマンか…。

…是非ともなりたいですね。

「それは…だって、さすがに帝国自警団という組織そのものを敵に回すのは、ルレイアの手に余るから…じゃないの?」

シュノさん。それはお人好しな解釈ですよ。

俺が今かろうじて平静を装っているのは、そんな優しい理由ではない。

すると。

「言われたんですよ、ここに運ばれてくるときに、ルルシーさんから。『帝国自警団を敵に回すな。くれぐれも大人しくしてろ』って」

俺の代わりに、ルーチェスが説明してくれた。

…そうなんだよ。

「『俺の為を思うならそうしてくれ』とまで言われてたんで。ルレイア師匠とて、愛する人の頼みを聞かない訳にはいきませんから」

「…えぇ、そういうことです」

つまるところ、ルルシーが「大人しくしてろ」と言ったから、頑張って大人しくしているだけだ。

ルルシーもよく分かっている。

釘を刺しておかなければ、俺が暴走機関車と化すことを。

だからこそ救急車の中で、痛みに呻く代わりに、俺を諌めたのだ。

そんなに必死になって止められて、それでもなお暴走する訳にはいかないじゃないですか。

ルルシーを愛するがこそ、彼の頼みを聞かない訳にはいかないじゃないですか。

これがルルシーの頼みじゃなかったら、今頃ブロテの生首は、胴体と泣き別れになっているところだ。

…よくも、俺のルルシーを…。

「そっか…。…賢明な判断だ。ルレイア、辛いとは思うけど…ルルシーの為にも頑張って堪らえて」

「…分かりましたよ」

「ルルシーの為」とは。アイズもズルいことを言う。

ルルシーをダシに使われたら、俺だって耳を貸さない訳にはいかない。

他でもないルルシーの為なら…。

正直、今すぐ鎌を持って帝国自警団の本部をズタズタにしてやりたい。

その衝動に駆られている。

それでも俺が必死に堪えているのは、全部ルルシーの為。

ルルシーが治療を終えて目を覚ましたとき、彼の隣にいる為だ。

そう思えばこそ、何とか衝動を抑えることが出来る。

「逃げた情報屋の居場所、そして『M.T.S社』のリーダーと幹部…。分からないことだらけだけど、一つずつ調べて対処していこう」

この場をまとめる為に、アイズがそう言った。

…それが分かるのはいつになるやら。

「それに、悪いことばかりではないよ」

あ?

「少なくとも、『M.T.S社』の新兵器の正体は分かったんだ。正体さえ分かれば、いくらでも対処法を考えることが出来る。これは不幸中の幸いだよ」

あぁ。そう言われればそうか。

ルルシーを傷つけてくれた、あの忌々しいレーザー銃。 

次目にしたら、粉々にしてやる。
…処置室の前で待機すること、およそ二時間。

そろそろ痺れを切らしてきた頃に、処置室の扉が開いた。

「!ルル公!終わったのか?」

半分居眠りしていたアリューシャが、それを見て飛び起きた。

扉の向こうから、看護師の手でストレッチャーが運ばれてきた。

ルルシーはストレッチャーに横たわって、酸素マスクを嵌められ、両腕に点滴の針を刺され、身体中に包帯を巻いて…、

…と、いうことはなく。

「あれ…。お前ら、揃いも揃ってそこで待ってたのか?」

それどころかぱっちりと目を開けて、何てことない顔をして、普通に喋っていた。

まぁ、それはそうですよね。

怪我したのは足ですから。頭の方は無事ですよ。

色々堪えて我慢していたけど、ルルシーの顔を見ると、もう我慢出来なかった。

俺は無言で、ルルシーの身体に抱きついた。

痛かったですかね。ごめんなさい。

でも、どうしても我慢出来なくて。

「…ルルシー…。…大丈夫ですか?」

「ルレイア…。大丈夫だ、心配するな」

『青薔薇連合会』で一番心配性のあなたに、心配するなと言われる日が来るとは。

なんという皮肉だ。

「お前が暴走してなくて、俺は安心したよ」

「…ルルシーの頼みですから。本当は今すぐ走り出したいですけど」

「走り出すなよ。一人で暴走するな。俺は今一緒に行けないんだから、お前も何処にも行くな。ここにいろ」

…はい。

ルルシーがそう願うなら、その通りにしますよ。

だって、その怪我は俺が…。俺のせいで…。

「こちらのことは、何も心配しなくて大丈夫だからね、ルルシー」

アイズが、ルルシーを安心させるように言った。

こちらのこと…。

つまり、俺達がさっき話していたような…『M.T.S社』のリーダーと幹部の行方とか。

偽情報を掴ませてきた情報屋の行方とか、そういうことだ。

「私達で上手くやるよ。君はとにかく、身体を癒やすことだけを考えて」

「…悪いな」

「謝る必要なんてないよ。ちょっとした臨時休暇だと思って、ゆっくりしてて。…ルレイアとね」

さりげなく俺を入れてきた。

俺が暴走しないように見張っててね、って意味だろう。

…分かってますよ。

怒りに任せて帝国自警団を攻撃して、メリットなんて一つもないってことは。

俺の気が晴れるだけだ。

ルルシーも「ここにいろ」と言うし、アイズも止めるし…。

ますます、俺が暴走する理由がなくなってきた。

…勿論、ルルシーにこんな怪我を負わせてくれた帝国自警団を許すつもりはない。

だが…今は大人しくしておいてやろう。

他ならぬルルシーの頼みだから。

ルルシーを心配させて、傷の治りを遅くしたくはない。

「ルルシーも、ルレイアも。しばらくゆっくり休むと良いよ。…捜査に何か進展があったら、逐一報告するから」

と、アイズに言われ。

ひとまず、この場は解散ということになった。
解散されたけど、俺は帰らなかった。

当たり前だけど。

ルルシーが病室に移動したので、俺も一緒についていった。

「ルレイア、お前…いつまでいるつもりだ?」

と、ルルシーが聞いてきた。

「ここにいろって言ったじゃないですか」

「それもそうか…。じゃ、そこにいてくれ。今の俺じゃ、お前を羽交い締めにして止めることが出来ないからな」

「…」

…脚、怪我してるんですもんね。

医者が言うには、二週間も経てば普通に歩けるようになる、一ヶ月もあれば完治するとのことだったが。

アイズの言う通り。だからって安心は出来ない。

あのレーザー光線の中に、人体に有害な物質が含まれていないとも言い切れない。

検査はしているとのことだったが、その結果が出るまでにはまだかかるし…。

…実際に完治して、元気いっぱいのルルシーを見るまでは…とてもじゃないが、心から安心なんて出来ない。

「…」

「…?どうした、ルレイア」

「…いえ…」

「…珍しくしょげた顔してるな。お前らしくもない」

そうですか?

俺だってたまには、しょげた顔くらいしますよ。

繊細な乙女ですから。

「…お前はまさか、俺が怪我したのは自分のせいだとか思ってないか?」

ぎくっ。

ルルシー、あなたさすが鋭いですね。

俺のことよく分かってる。

「…実際俺のせいですよね、済みません」

「何謝ってんだ。俺が勝手に怪我しただけだろ」

「でも…庇われてしまって。俺がもっと早く気づいていれば…」

俺がもっと周囲をよく見ていれば、ルルシーが怪我をすることは…。

「…ルレイア、ちょっと来い」

「はい?」

ちょいちょい、とベッドの上のルルシーに手招きされ。

傍に行ってみると、顔面にルルシー渾身のデコピンを食らった。

ピコンっ、てなもんだ。

「あ痛っ」

「アホ。背負う必要ないものを背負うな。お前のせいじゃない」

ルルシーなら、そう言うんじゃないかと思った。

その気持ちは嬉しいけど…。

「でも…ルルシー…」

「でも、じゃない。俺が良いって言ってんだから、良いんだ」

結構な暴論ですよね、それ。

「お前が怪我するより百倍はマシだ」

「それはズルいですよ。俺だってルルシーには怪我して欲しくないんですからね」

「残念だったな。じゃあ今回は俺の勝ちだ」

何ですか、それは。

怪我したのはルルシーなのに、ルルシーが勝ちで俺が負け?

…変な話だ。

「アイズの言う通り、休暇だと思ってゆっくりするよ。ついでにお前も休め」

「休めって言われても…。帝国自警団に囚われている間、休暇みたいなものでしたし…」

「俺の目の届く範囲にいろよ。目を離したら、何処で何するか分からないからな」

「そんな、あなた…言うこと聞かない子供に言い聞かせるみたいに…」

「違うのか?」

違いますよ。失礼な。

俺はいつだって素直に言うこと聞くでしょうが。

「…分かりました。じゃあ、ここにいます」

「あぁ。そうしろ」

「ルルシーに添い寝します」

「そこまではせんで良い」

酷い。

傍にいろって言ったじゃないですか。添い寝は駄目ってどういうことだ。

…ま、良いか。

ルルシーが動けるようになるまでは、俺も動けないし…。

逃げた『M.T.S社』のリーダーと幹部達の件は、アイズ達に任せ。

俺はここで、ルルシーとイチャイチャのんびり過ごすことにしますよ。
――――――…情けなくも、脚にレーザー光線を食らって入院することになった俺だが。

色々な人に迷惑をかけてしまっているのは別にして、俺としては意外に気が楽だった。

ルレイアにも言ったが、他の誰かが怪我するより…ましてやルレイアが怪我をするより…自分が怪我した方がよっぽど良い。

自分が怪我するだけなら、自分が痛い思いするだけで済むからな。

脚の痛みが何だと言うのだ。

怪我したのがもしルレイアだとして、そのとき俺を襲うであろう胃痛の痛みに比べれば、全然マシ。

ルレイアじゃなくて良かった。本当に。

と、俺は自分の脚に巻かれた包帯を見て、むしろホッとしていたのだが…。





「はい、ルルシー。あーんしてください。あーん」

「…」

…俺は確かに、ルレイアに「目の届くところにいろ」とは言った。

が、入院中の世話までしろとは言ってない。




「しなくて良いから、箸を返せよ」

「え?だってルルシーにあーんして食べさせてあげようと…」

「結構だ」

怪我をしたのは脚だけで、それ以外はピンピンしてるんだから。

いちいちそんな…小っ恥ずかしい方法で食べさせてもらわなくても、自分で食べられる。

ちなみにこのやり取り、食事の時間になる度に繰り返されている。

自分で食べるっての。何やろうとしてんだお前は。

ここが個室で良かった。もし相部屋だったら、あまりの恥ずかしさに、いたたまれなくなるところだった。

いや、個室でも嫌だよ。やめろ。

「ルルシーは怪我人なんですよ?大人しくお世話されなきゃいけないでしょう?」

それはそうなのかもしれないが。

「自分のことくらい、自分でやるよ」

わざわざ食べさせてもらわなくてもさ。

しかもこれ、今は食事の時間だけど。

食事以外でも、服を着替えるときは「俺が着替えさせてあげます!」とか言って、妙な世話を焼き。

着替えを手伝うとは名ばかり、身体のあちこちをベタベタ触ってくるわ。

入浴の時間になれば、「お風呂…?俺も同行します!」とか言って、看護師さんの度肝を抜き。

まぁそれはさすがに追い返したけど、非常に恥ずかしい思いをすることになった。

いい加減にしろよ、マジで。

こんなことなら、「目の届く範囲にいろ」なんて言わなきゃ良かったかもしれない。

顔見せてくれるだけで良いよ。

「あのな。俺はお前に看護を要請した覚えはないぞ。お前が世話を焼く必要はないんだ」

「でも俺は、ルルシーのお世話をしたいんですよ」

何で意地張ってんの?

「必要ない。自分で食べられるし、着替えだって自分で出来るし」

「そんな無理しなくて良いんですよ?俺に任せてくれれば」

「別に無理はしてねぇよ」

ちょっと脚を庇えば良いだけだ。

職業柄、このような傷や怪我には慣れている。

…まぁ、レーザー銃創を負ったのは初めてだけど。