The previous night of the world revolution7~P.D.~

…ところで。

「ねぇ、ねぇルルシー」

「お前、無事なんだな?怪我はしてないんだよな?」

「大丈夫ですって。ねぇ、それよりルルシー」

「それよりって何だ。今他に優先事項があるって言うのか?」

そんな怒らないでくださいよ。

俺にとっては大事なことなんです。

「ルリシヤとデートしてたって本当ですか?」

「ぶはっ」

ちょっと。何故吹き出す?

まさか疚しいことが?何か疚しいことがあるから焦ってるんですか?

「俺はルルシー欠乏症になっても、必死に我慢していたというのに…!」

「いや、あのな。お前何言っ、」

「悪いなルレイア先輩。ルルシー先輩に強引に誘われてしまって…。一夜の過ちなんだ。許してくれ」

「お前も何を言ってるんだよ!?」

…ほう、成程。

よく分かりました。

寂しい気持ちは理解出来ますよ。俺だってルルシーに会えなくて、超絶寂しかったから。

…でもだからって、ルリシヤで妥協するとは。

ルルシー…あなた、意外と隅に置けないですね…?

「おい、ルレイア。言っておくが、お前の想像しているようなことは何もないからな」

「これがリアルNTRですね…!?」

「おい、そこの腐男子。お前の想像しているようなことも何もないからな」

目をきらきら輝かせるルーチェスであった。

ルルシーは、必死に浮気を否定しているけども…。

「でも、今日もルリシヤと出掛けてたんでしょう?」

それはデートなのでは?

俺がいないのを良いことに、こっそりデートしてませんでした?

「出掛けてたけど、それは任務だ。…まぁ、すっぽかして帰ってきたけどな」

「すっぽかした?」

ルルシーらしからぬ失態なのでは?

「私がすぐにメールを送ったんだよ。ルレイアが戻ってきたよってね」

と、アイズがスマホを片手に言った。

あ、そうだったんですね。

「まさか、任務をすっぽかしてまですぐに帰ってくるとは思わなかったけど」

「あぁ。ルルシー先輩と来たら、メールを見るなり速攻Uターンするものだから、俺も驚いたぞ」

「仕方ないだろ。優先順位ってものがあるんだよ」

アイズとルリシヤに言われ、ルルシーは口を尖らせた。

ルルシー…あなたって人は…。

「…分かりましたよ、ルルシー」

「…何が?」

そんなに、俺のことを思ってくれてたんですね。

だったら俺がするべきことは。

「あなたの浮気を許します。大丈夫ですよ、一晩じっくり俺色に染め直してあげますから…」

「…急いで帰ってきたけど、やっぱり仕事に戻って良いか?」

いやん。そんなつれないこと言わないで。

折角ルルシーのもとに戻ってきたんだから、今日は素直に祝杯をあげましょうよ。
その後、俺はアシュトーリアさんに挨拶に行った。

「無事で良かったわ。しばらくはゆっくりしてね」との、有り難いお言葉を頂いた。

俺が不在の間、仕事の方は華弦が上手いことやってくれていた。

華弦で代理出来ないことは、ルーチェスやルリシヤが替わってくれていたようだ。

有り難いばかりである。

正直、この一ヶ月の間ずーっとのんびりしていたので、今更ゆっくりしたい…とは思わないのだが。

まぁ、折角のんびりして良いと言われたので…有り難くのんびりさせてもらおう。

場所を改めて、俺達はルルシーの執務室にやって来た。

「はぁ〜…。安心と信頼の、ルルシーの執務室だぁ…」

嬉しくなりますよね。

ここに来るだけで、実家のような安心感を覚える。

まぁ俺は実家で安心感を覚えたことはないので、あくまで例えだが。

「全くだぜ。ルレ公も帰ってきたし、昼寝のし甲斐があるぜ!」

「良かったねぇ、アリューシャ亅

アリューシャは満足そうに、くまちゃんの毛布を引っ被ってソファに寝そべった。

アリューシャの昼寝は、平和を象徴してますね。

世界は鳩じゃなくて、アリューシャの昼寝を正式に平和の象徴に認定すべきだと思います。

「無事で良かった、ルレイア」

さっきまで大号泣だったシュノさんも、今ではにっこにこ。

やっぱり、シュノさんは笑ってる方が可愛いですね。

「ルレイア師匠がいない間、僭越ながら僕と華弦さんが『ブラック・カフェ』の期間限定新メニューを考えさせて頂きました」

と、ルーチェス。

ほう?

ルーチェスの決めたことなら、心配は要らないだろうが…。

「どんな新メニューですか?」

「ブラッククレープです。生地もクリームもフルーツも、勿論全て真っ黒ですよ」

「それは素晴らしい」

爆売れ間違いなしですね。

更に、ルリシヤは。

「ルレイア先輩が戻ってきてくれて何よりだ。如何せん、一人でルルシー先輩の部屋に忍び込んでも喜びは半減だからな」

そう言いながら、ルルシーの執務室の机の隅に、ドライバーで盗聴器を仕掛けていた。

「アリューシャ先輩じゃないが、盗聴器の仕掛け甲斐があるというものだ」

「…家主の前で、お前は何を堂々と盗聴器を仕掛けてるんだ?」

いやん、ルルシー。それは言わないお約束。

でも、こんなやり取りが懐かしかった。

何せ一ヶ月ぶりですもんね。

長期休暇をもらったと思えば聞こえは良いが、仲間達に会えなかったのだから、ちっとも楽しくなかった。

「どうする?ルレイア。監禁明けだし、しばらくゆっくりする?」

アイズがそう尋ねた。

アシュトーリアさんもそう言ってくれたけど…。

「いえ。一ヶ月の間、ハーレム会員を『お預け』状態にしちゃいましたからね。まずは奴らに餌を与えないと」

「そっか。減ってないと良いね、ハーレム会員」

「ふっ、まさか。この俺が躾けてるんですよ?」

たかが一ヶ月留守にしたところで、洗脳が解けるはずがない。

そんな生易しい「調教」はしていない。

「むしろ、ちょっと遠距離したことで、良いスパイスになりましたよ。さぁて、早速連絡を…」

「…おい、ちょっと待てお前」

スマホを取り出そうとした俺を、ルルシーが止めた。

ん?
「どうしたんですか?ルルシー…」

「…どうしたんですか、じゃない」

あれ?

なんか、ルルシーがちょっと怒ってる?

「ハーレム会員がどうしたって?そんなことどうでも良いだろ」

「そりゃあ、ルルシーに比べたら大概のことはどうでも良いですけど…」

でも、ルレイア・ハーレムを維持するのは俺の義務でして…。

あっ、それともルルシーったら。

「分かりましたよ、ルルシー」

「何が?」

俺はなまめかしく、ルルシーの腕を抱き締めた。

「ハーレム会員より前に、自分に餌を与えてくれってことですね?もう、正直に言ってくださいよ。大丈夫ですよ、ルルシーは特別ですから。会えなかった分、ベッドでたっぷりと…」

「…殴られたいか?」

ちょ、ルルシー真顔。真顔はやめて。

本当に殴られるかと思った。避けますけど。

「どうしたんですか?ルルシー…」

「あのな、皆して脳天気な頭して、誰も聞かないから俺が聞いてやる」

「何を?」

「お前、帝国自警団でブロテに何をされた?」

…お?

…それ聞く?聞いちゃう?

誰も聞かなかったから、言わなくて良いものだと思っていた。

特に愉快な体験をした訳じゃないしな。語るような面白い話もないし。

「何をと言われましても…」

「ブロテに、『青薔薇連合会』から足を洗うよう説得されたんだろう?」

え?

「何でルルシーがそれを?」

「えっ…!?」

俺が尋ね返すと、ルルシーより先にシュノさんが絶句した。

何なら、アリューシャも飛び起きて口をあんぐり開けていた。

起きたんですか、アリューシャ。さっきまで寝てませんでした?

突然起きましたね。何か危機を察知したんでしょうか。

その辺の嗅覚は、さすがアリーシャもマフィアの幹部なだけありますよね。
「る、ルレ公『青薔薇連合会』やめんのか!?出ていくのか!?」

「い、嫌…!ルレイア、行かないで!行っちゃ駄目。ここにいて、お願い!」

アリューシャは声を荒らげ、シュノさんは再び涙を滲ませて、俺の両手を掴んだ。

おっと。何だか驚かせちゃいましたね。

「僕はルレイア師匠が何処に行っても、ついていきますよ。弟子ですからね」

ルーチェスは、特に驚くこともなくそう言った。

頼もしいですね。

でも、その心配は要らない。

「大丈夫ですよ、アリューシャ、シュノさん。俺は何処にも行きませんから」

ルルシーのいるところが、俺のいるところ。

ルルシーは『青薔薇連合会』をやめることはない。だったら俺も、いつまでも『青薔薇連合会』にいる。

「ほ、本当…?やめないのね?」
 
「やめませんよ。『青薔薇連合会』は、帝国騎士団より帝国自警団より、遥かに居心地が良いですからね」

「…!良かった…!」

「何だよ、ったく…心配させやがって、ちくしょー」

シュノさんもアリューシャも、ホッとしたような顔になった。

何ならアリューシャはそのまま、再びくまちゃん毛布を被って夢の中。

…で、話を戻すとして。

「確かに俺は、『青薔薇連合会』をやめて帝国自警団に寝返るよう誘われましたよ」

「…!『青薔薇連合会』をやめるだけじゃなくて、自警団に勧誘されたのか?あの女…」

あの女?

ルルシー、そういやブロテに会ったことあるんだっけ。

「…勿論断ったんだよな?」

「当たり前ですよ。ブロテが勝手にそう喚いてただけで、俺は全く相手にしませんでしたよ」

一瞬たりとも考えなかったね。『青薔薇連合会』をやめて帝国自警団に入ろうか、なんて。

俺にそんな誘いをするなんて、時間の無駄でしかない。

つくづく、ブロテも馬鹿なことを思いついたものだ。
「俺が『青薔薇連合会』に戻る前に、ルルシーもブロテに呼び出されたんですよね」

「あぁ。俺の口からルレイアを説得すれば、聞く耳を持つんじゃないかってな」

「…」

確かに、俺はルルシーの言葉なら素直に聞くけれど。

それにしたって卑怯な女だ。

俺のみならず、ルルシーまで巻き込むとは…。

そういやあいつ、ルアリスにも声をかけてたんだっけ?

それで相手にされなかったから、ついにルルシーに頼もうとした訳か。

「全く、あのときは驚いたよ」

と、アイズが言った。

「驚いた?」

「ルルシーから突然メールが来たんだよ。『帝国自警団の団長に会ってくる』って」

突然、何の脈絡もなくそんなメールが届いたら、そりゃ驚きますね。

「一方的なメールを送ってきただけで、いくら電話で折り返しても出てくれないし…」

「ルルシー先輩はとうとう、ルレイア先輩欠乏症の末期症状を迎えて、自警団の団長に果たし合いを申し込んだのかと思った」

「僕も思いました。それなら僕も誘ってくれれば良かったのに、って」

アイズとルリシヤとルーチェスの三人が、口々に愚痴った。

ルルシーはそれを聞き、ちょっとバツが悪いのか、視線を逸らしていた。

「だって…。事前にお前達に相談したら、止められると思って…」

「そりゃ止めるよ。どんな罠が仕掛けられてるか、分かったものじゃないからね」

俺に関することになると、ルルシーも大概、暴走機関車ですよね。

俺のこと、とやかく言えないじゃないですか。

それもこれも、ルルシーが俺を心配してくれていたからこそ。

それに、ブロテは敵を騙して罠に嵌める…というコスいことをするタイプじゃない。

罠の可能性は考慮しなくて良いだろう。

「ちなみに、俺を説得してくれと言われて…ルルシーは何て言ったんですか?」

「クソ食らえって言ってやったよ」

俺と同じじゃないですか。

あれ?俺達似た者夫婦?

最後の方ブロテが諦めムードだったのは、説得を頼んだルルシーににべもなく断られたからなんだな?

ざまぁ。

ルルシーは俺の味方ですから。

「でもまぁ、そのくそったれな勧誘のお陰か、手荒な扱いは受けませんでしたし…」

「拘束されてたのか?手錠とか…」

「まさか。部屋の中から出られない不自由と、外部に連絡を取れない不自由を除けば、やりたい放題でしたよ」

あと、ルルシーに会えない不自由もな。

それだけで酷い拷問ではあったけど、肉体的な拷問は何もなかった。

『frontier』の曲とか聴いてたし。

ファッション誌も読んだし。

紅茶やお菓子も差し入れしてくれたし。

監禁されているにしては、非常に快適な環境だった。

「そうか…。…それなら良かった」

と、ルルシーはホッと胸を撫で下ろしてあた。

心配かけましたね、本当に。
俺がどんな監禁生活を送っていたか、について詳しく話しても良いのだが…。

それより、俺がさっきから気になっているのは。

「シェルドニア王国のときみたいに、お前が洗脳でもされていたらどうしようかと…」

「ねぇルルシー、それより」

「それより、じゃねぇ。心配してたんだぞ」

もう。いい加減言わせてくださいよ。

ルルシーが俺のことをたくさん心配してくれてのは、よく分かりましたから。

「ルルシーとルリシヤは、今日は任務があったんじゃないんですか?」

「…」

…ルルシー、忘れてない?

俺が帰ってきたと聞いて、任務放棄して帰ってきたんでしょう?

「そういえばそうだったな。ルレイア先輩が戻ってきた喜びの方が勝って、それどころじゃなかったが」

と、ルリシヤ。

おいおい。本当に忘れてたのか。

ルルシーもルルシーで、「あ、やべ…」みたいな顔になってたから、忘れてたんだろう。

もー、ルルシーったらおっちょこちょい。

でもそんなところも好き。

「良いんですか?任務放棄して」

今からでも行ってくるべきなのでは?

と、思ったが。

「まぁ、後日でも良いだろう…。アシュトーリアさんもルレイアの帰りを喜んでたから…多分許してくれるだろうし…」

とのこと。

「そこまで急ぐ用事でもなかったしな」

ふーん…。

「何の用事だったんですか?」

冷静に考えてみると、ルルシーとルリシヤが共同任務に当たることって珍しいですよね。

いや、シェルドニア王国のときのような例もありましたけど。

あれは本当特例みたいなもので、普段は滅多に一緒に組むことはないはず。

ルルシーは俺の相棒ですから。

あ、俺が不在だったからか?本来なら俺とルルシーが行くところを、俺の代理でルリシヤが務めてくれたとか?

「視察だよ、視察」

ルルシーがそう答えた。

「視察?」

「あぁ、『青薔薇連合会』系列組織の視察。『霧塵会』って知ってるか?」

「『霧塵会』ですか…。聞いたことはありますけど。確かサナリ派の…」

「それだ」

ふーん…『霧塵会』の視察…。

「何でまたいきなり?」

「あいつら、どうも近頃俺達に黙ってコソコソ動いてるようで、その真偽を確かめる為に、俺とルリシヤが派遣されたんだが…」

…結果的にその任務、サボっちゃった訳ですね?

まぁ、系列組織が『青薔薇連合会』に不義なことをしないよう見張るのは、いつもの仕事だが…。

『霧塵会』は『青薔薇連合会』でも、サナリ派の組織。

キナ臭い動きが見られるのなら、一応、目を光らせておいた方が良いだろう。

「明日、明日行くよ。改めて」

今日視察に来ると言われていたのにすっぽかされて、『霧塵会』の奴らも拍子抜けだろうな。

まぁ、そのくらいルーズでも問題ない。

『霧塵会』は取引相手ではなく、『青薔薇連合会』の下部組織の一つなのだから。

「じゃあ、俺もついていきますよ」

「ルレイアも?いや、お前はしばらくゆっくりしてろよ」

「えぇ〜?だって、ルルシーとルリシヤを二人にしたら、過ちを犯すんじゃないかって心配で」

「あーはいはい。良いからお前は休んでろ」

ルルシーったら、酷い。

仕方ない。ここはルルシーの言う通りにしようか。




…などと。

呑気にしていられたのは、その日までだった。



――――――…ルレイアが帝国自警団から解放された、その翌日。

俺は改めて、ルリシヤと共に視察任務に出ていた。

「絶好調だな、ルルシー先輩」

まだ何もやってないのに、ルリシヤは俺を見てそう言った。

「何処がそう見えるんだよ?」

まだ『霧塵会』本部に辿り着いてさえいないぞ。

しかし。

「いや、昨日までのルルシー先輩と比べると、見違えるようだぞ」

「そうか…?」

「あぁ。雲の上でも歩いてるんじゃないかと思うほどだ」

…そこまでか。

そんな…ポテチに浮かれるアリューシャじゃあるまいに…。

でも、我ながら浮かれている自覚はある。

ここ数週間、ずっと気分悪かったから、余計に。

無理もないだろう。

何と言っても、ルレイアが戻ってきたのだから。

これ以上大切なことはない。

ようやく胸のつかえが取れたと言うか、肩の荷が下りたと言うか…。

とにかくホッとした。

昨日の夜、案の定俺の家にまで忍び込んできて。

「久々のルルシーのご飯〜♪」とか言いながら、飯をタカられたけども。

それさえも愛おしく思えるほどだった。

ルレイアが帰ってきたんだ。飯作ってやるくらいなんだ。

無事に戻ってきてくれて良かった。

雲の上を歩いていると言われても、否定出来ない。

「ルルシー先輩は、ルレイア先輩がいないとダメダメだな」

「…全くだ」

自分でもそう思うよ。

情けないかもしれないが。

ルレイア曰く、ブロテの妙な数々の誤解を解いてきたとか。

更に、自分のしていた恥ずかしい誤解が解けて、土下座せんばかりに謝られたとか。

結構なことだ。

これでしばらくの間は、ブロテも大人しいだろう。

何なら、もう一生『青薔薇連合会』に関わらないでくれ。

「浮かれるのは良いが、ルルシー先輩。視察任務は真面目にやってくれよ」

「分かってるよ。…『霧塵会』だったな」

「あぁ、そうだ」

『青薔薇連合会』には、数々の系列組織が存在している。

あまりにたくさんあるから、俺も名前を全て覚えている訳じゃないが…。

『霧塵会』と言えば、『青薔薇連合会』サナリ派に所属する組織で。

『風塵会』という別組織が母体になっていて、『霧塵会』は『風塵会』の子分みたいなものだ。

そして、今回『霧塵会』について問題となっているのが…。

「怪しい兵器の製造に関わっている恐れがある…だったか」

「あぁ、そうだ」

『青薔薇連合会』が、系列組織に定期的に派遣している偵察員から、そのような連絡を受けた。

俺達が今日こうして視察に赴いているのは、それが原因だ。
怪しい兵器というのがどういうものなのかについては、全く報告があがっていない。

ただ「怪しい兵器があるかもしれない」と聞かされただけだ。

その正体が何なのかは勿論、本当にそんな兵器が存在するのかも分からない。

少なくとも『霧塵会』の連中は、「怪しい兵器なんてとんでもない」と否定してきた。

しかし、誰も実物を見た訳ではないのだ。

見てみないことには、存在するのかしないのかも分からない。

そこで、俺とルリシヤが派遣されることになった。

本来なら、このような仕事は幹部ではなく、一般構成員の仕事だ。

それなのに、俺達幹部が…しかも、二人も派遣されているのは。

ひとえに。

「怪しい兵器か…。…『光の灯台』を思い出して、気分が悪いな」

「そうだな。まさか『霧塵会』が『光の灯台』に辿り着けるとは思えないが…」

でも、もしものことがあるだろう?

ついこの間までルティス帝国では、サシャ・バールレンの監督のもと、『帝国の光』が『光の灯台』の研究をしていた。

『帝国の光』の研究室にあった『光の灯台』もどきは勿論。

関連する研究資料は、全てあの場で塵にした。

そんなことがあったのだ。

「怪しい兵器が…」と言われたら、どうしても『光の灯台』を思い出してしまうだろう?

何かがまかり間違って、『光の灯台』の研究が『霧塵会』に漏れていた…という可能性は、ゼロではない。

可能性がゼロではないなら、警戒するに越したことはない。

そこで、『光の灯台』に詳しいルリシヤと、ついでに俺も派遣された訳だ。

本来なら、ルリシヤと同じく『光の灯台』の研究に携わったルレイアの方が適役なのかもしれないが…。

あいつは、しばらく休んでいてもらわないと困る。

偵察任務くらい、代わりに俺が行く。

「怪しい兵器があるかもしれない」という未確定情報があるだけで、本当に存在すると断定出来ている訳じゃないしな。

まだ、ただの噂である可能性も残っていることだし…。

俺としては、それほど事態を重く見てはいなかったのだが…。

「…ふむ」

ルリシヤは、仮面の上からでも分かるこの思案顔である。

…どうしたんだ。

お前が難しい顔をしていると、何だか不安になるのだが?
「どうした。何か気になるのか?」

「あぁ。俺の仮面の勘がそう言ってる」

そりゃ大変だ。

何処に根拠があるのか知らないが、ルリシヤの仮面の勘は当たる。

今のところ百発百中では?アリューシャかよ。

「本当に怪しい兵器…とやらが存在するのか?」

「存在しないで欲しいがな。『光の灯台』を見ているから、余計そう思うのかもしれない」

あぁ…そうか。ルリシヤはそうだよな。

「怪しい兵器…。どんな兵器なんだろうな…」

怪しい、という言葉の定義が曖昧だよな。

ルレイアの持っている死神の鎌だって、傍目から見たら相当怪しいと思うぞ。

ルリシヤのカラーボールシリーズだって、一見するとめちゃくちゃ怪しいしな。

「さて。しかし『光の灯台』という、怪しさ百点満点の兵器を目にした身としては…。他にも怪しい兵器が存在しても驚くには値しないな」

そうだろうな。

「シェルドニア王国に存在する兵器が、ルティス帝国で造れない…なんてことはないだろう。技術力も資金力も、ルティス帝国とシェルドニア王国はほぼ同等だからな」

「…それは…」

「『光の灯台』だって、まともな技術者とまともな環境があれば、再現するのは夢ではなかったぞ」

『光の灯台』の研究に、実際に関わったルリシヤがこう言うのだ。

言葉の信憑性が段違いだ。

あまり不安を煽られると…何だか気分が落ち込むのだが…。

「じゃあお前は、『霧塵会』が『光の灯台』や…それに匹敵する謎の兵器を所有してるんじゃないかって、そう思ってるのか?」

もしそうなら、悪夢だな。

しかし。

「そこまで考えている訳じゃないさ」

と、ルリシヤは言った。