…ところで。
「ねぇ、ねぇルルシー」
「お前、無事なんだな?怪我はしてないんだよな?」
「大丈夫ですって。ねぇ、それよりルルシー」
「それよりって何だ。今他に優先事項があるって言うのか?」
そんな怒らないでくださいよ。
俺にとっては大事なことなんです。
「ルリシヤとデートしてたって本当ですか?」
「ぶはっ」
ちょっと。何故吹き出す?
まさか疚しいことが?何か疚しいことがあるから焦ってるんですか?
「俺はルルシー欠乏症になっても、必死に我慢していたというのに…!」
「いや、あのな。お前何言っ、」
「悪いなルレイア先輩。ルルシー先輩に強引に誘われてしまって…。一夜の過ちなんだ。許してくれ」
「お前も何を言ってるんだよ!?」
…ほう、成程。
よく分かりました。
寂しい気持ちは理解出来ますよ。俺だってルルシーに会えなくて、超絶寂しかったから。
…でもだからって、ルリシヤで妥協するとは。
ルルシー…あなた、意外と隅に置けないですね…?
「おい、ルレイア。言っておくが、お前の想像しているようなことは何もないからな」
「これがリアルNTRですね…!?」
「おい、そこの腐男子。お前の想像しているようなことも何もないからな」
目をきらきら輝かせるルーチェスであった。
ルルシーは、必死に浮気を否定しているけども…。
「でも、今日もルリシヤと出掛けてたんでしょう?」
それはデートなのでは?
俺がいないのを良いことに、こっそりデートしてませんでした?
「出掛けてたけど、それは任務だ。…まぁ、すっぽかして帰ってきたけどな」
「すっぽかした?」
ルルシーらしからぬ失態なのでは?
「私がすぐにメールを送ったんだよ。ルレイアが戻ってきたよってね」
と、アイズがスマホを片手に言った。
あ、そうだったんですね。
「まさか、任務をすっぽかしてまですぐに帰ってくるとは思わなかったけど」
「あぁ。ルルシー先輩と来たら、メールを見るなり速攻Uターンするものだから、俺も驚いたぞ」
「仕方ないだろ。優先順位ってものがあるんだよ」
アイズとルリシヤに言われ、ルルシーは口を尖らせた。
ルルシー…あなたって人は…。
「…分かりましたよ、ルルシー」
「…何が?」
そんなに、俺のことを思ってくれてたんですね。
だったら俺がするべきことは。
「あなたの浮気を許します。大丈夫ですよ、一晩じっくり俺色に染め直してあげますから…」
「…急いで帰ってきたけど、やっぱり仕事に戻って良いか?」
いやん。そんなつれないこと言わないで。
折角ルルシーのもとに戻ってきたんだから、今日は素直に祝杯をあげましょうよ。
その後、俺はアシュトーリアさんに挨拶に行った。
「無事で良かったわ。しばらくはゆっくりしてね」との、有り難いお言葉を頂いた。
俺が不在の間、仕事の方は華弦が上手いことやってくれていた。
華弦で代理出来ないことは、ルーチェスやルリシヤが替わってくれていたようだ。
有り難いばかりである。
正直、この一ヶ月の間ずーっとのんびりしていたので、今更ゆっくりしたい…とは思わないのだが。
まぁ、折角のんびりして良いと言われたので…有り難くのんびりさせてもらおう。
場所を改めて、俺達はルルシーの執務室にやって来た。
「はぁ〜…。安心と信頼の、ルルシーの執務室だぁ…」
嬉しくなりますよね。
ここに来るだけで、実家のような安心感を覚える。
まぁ俺は実家で安心感を覚えたことはないので、あくまで例えだが。
「全くだぜ。ルレ公も帰ってきたし、昼寝のし甲斐があるぜ!」
「良かったねぇ、アリューシャ亅
アリューシャは満足そうに、くまちゃんの毛布を引っ被ってソファに寝そべった。
アリューシャの昼寝は、平和を象徴してますね。
世界は鳩じゃなくて、アリューシャの昼寝を正式に平和の象徴に認定すべきだと思います。
「無事で良かった、ルレイア」
さっきまで大号泣だったシュノさんも、今ではにっこにこ。
やっぱり、シュノさんは笑ってる方が可愛いですね。
「ルレイア師匠がいない間、僭越ながら僕と華弦さんが『ブラック・カフェ』の期間限定新メニューを考えさせて頂きました」
と、ルーチェス。
ほう?
ルーチェスの決めたことなら、心配は要らないだろうが…。
「どんな新メニューですか?」
「ブラッククレープです。生地もクリームもフルーツも、勿論全て真っ黒ですよ」
「それは素晴らしい」
爆売れ間違いなしですね。
更に、ルリシヤは。
「ルレイア先輩が戻ってきてくれて何よりだ。如何せん、一人でルルシー先輩の部屋に忍び込んでも喜びは半減だからな」
そう言いながら、ルルシーの執務室の机の隅に、ドライバーで盗聴器を仕掛けていた。
「アリューシャ先輩じゃないが、盗聴器の仕掛け甲斐があるというものだ」
「…家主の前で、お前は何を堂々と盗聴器を仕掛けてるんだ?」
いやん、ルルシー。それは言わないお約束。
でも、こんなやり取りが懐かしかった。
何せ一ヶ月ぶりですもんね。
長期休暇をもらったと思えば聞こえは良いが、仲間達に会えなかったのだから、ちっとも楽しくなかった。
「どうする?ルレイア。監禁明けだし、しばらくゆっくりする?」
アイズがそう尋ねた。
アシュトーリアさんもそう言ってくれたけど…。
「いえ。一ヶ月の間、ハーレム会員を『お預け』状態にしちゃいましたからね。まずは奴らに餌を与えないと」
「そっか。減ってないと良いね、ハーレム会員」
「ふっ、まさか。この俺が躾けてるんですよ?」
たかが一ヶ月留守にしたところで、洗脳が解けるはずがない。
そんな生易しい「調教」はしていない。
「むしろ、ちょっと遠距離したことで、良いスパイスになりましたよ。さぁて、早速連絡を…」
「…おい、ちょっと待てお前」
スマホを取り出そうとした俺を、ルルシーが止めた。
ん?
「どうしたんですか?ルルシー…」
「…どうしたんですか、じゃない」
あれ?
なんか、ルルシーがちょっと怒ってる?
「ハーレム会員がどうしたって?そんなことどうでも良いだろ」
「そりゃあ、ルルシーに比べたら大概のことはどうでも良いですけど…」
でも、ルレイア・ハーレムを維持するのは俺の義務でして…。
あっ、それともルルシーったら。
「分かりましたよ、ルルシー」
「何が?」
俺はなまめかしく、ルルシーの腕を抱き締めた。
「ハーレム会員より前に、自分に餌を与えてくれってことですね?もう、正直に言ってくださいよ。大丈夫ですよ、ルルシーは特別ですから。会えなかった分、ベッドでたっぷりと…」
「…殴られたいか?」
ちょ、ルルシー真顔。真顔はやめて。
本当に殴られるかと思った。避けますけど。
「どうしたんですか?ルルシー…」
「あのな、皆して脳天気な頭して、誰も聞かないから俺が聞いてやる」
「何を?」
「お前、帝国自警団でブロテに何をされた?」
…お?
…それ聞く?聞いちゃう?
誰も聞かなかったから、言わなくて良いものだと思っていた。
特に愉快な体験をした訳じゃないしな。語るような面白い話もないし。
「何をと言われましても…」
「ブロテに、『青薔薇連合会』から足を洗うよう説得されたんだろう?」
え?
「何でルルシーがそれを?」
「えっ…!?」
俺が尋ね返すと、ルルシーより先にシュノさんが絶句した。
何なら、アリューシャも飛び起きて口をあんぐり開けていた。
起きたんですか、アリューシャ。さっきまで寝てませんでした?
突然起きましたね。何か危機を察知したんでしょうか。
その辺の嗅覚は、さすがアリーシャもマフィアの幹部なだけありますよね。
「る、ルレ公『青薔薇連合会』やめんのか!?出ていくのか!?」
「い、嫌…!ルレイア、行かないで!行っちゃ駄目。ここにいて、お願い!」
アリューシャは声を荒らげ、シュノさんは再び涙を滲ませて、俺の両手を掴んだ。
おっと。何だか驚かせちゃいましたね。
「僕はルレイア師匠が何処に行っても、ついていきますよ。弟子ですからね」
ルーチェスは、特に驚くこともなくそう言った。
頼もしいですね。
でも、その心配は要らない。
「大丈夫ですよ、アリューシャ、シュノさん。俺は何処にも行きませんから」
ルルシーのいるところが、俺のいるところ。
ルルシーは『青薔薇連合会』をやめることはない。だったら俺も、いつまでも『青薔薇連合会』にいる。
「ほ、本当…?やめないのね?」
「やめませんよ。『青薔薇連合会』は、帝国騎士団より帝国自警団より、遥かに居心地が良いですからね」
「…!良かった…!」
「何だよ、ったく…心配させやがって、ちくしょー」
シュノさんもアリューシャも、ホッとしたような顔になった。
何ならアリューシャはそのまま、再びくまちゃん毛布を被って夢の中。
…で、話を戻すとして。
「確かに俺は、『青薔薇連合会』をやめて帝国自警団に寝返るよう誘われましたよ」
「…!『青薔薇連合会』をやめるだけじゃなくて、自警団に勧誘されたのか?あの女…」
あの女?
ルルシー、そういやブロテに会ったことあるんだっけ。
「…勿論断ったんだよな?」
「当たり前ですよ。ブロテが勝手にそう喚いてただけで、俺は全く相手にしませんでしたよ」
一瞬たりとも考えなかったね。『青薔薇連合会』をやめて帝国自警団に入ろうか、なんて。
俺にそんな誘いをするなんて、時間の無駄でしかない。
つくづく、ブロテも馬鹿なことを思いついたものだ。
「俺が『青薔薇連合会』に戻る前に、ルルシーもブロテに呼び出されたんですよね」
「あぁ。俺の口からルレイアを説得すれば、聞く耳を持つんじゃないかってな」
「…」
確かに、俺はルルシーの言葉なら素直に聞くけれど。
それにしたって卑怯な女だ。
俺のみならず、ルルシーまで巻き込むとは…。
そういやあいつ、ルアリスにも声をかけてたんだっけ?
それで相手にされなかったから、ついにルルシーに頼もうとした訳か。
「全く、あのときは驚いたよ」
と、アイズが言った。
「驚いた?」
「ルルシーから突然メールが来たんだよ。『帝国自警団の団長に会ってくる』って」
突然、何の脈絡もなくそんなメールが届いたら、そりゃ驚きますね。
「一方的なメールを送ってきただけで、いくら電話で折り返しても出てくれないし…」
「ルルシー先輩はとうとう、ルレイア先輩欠乏症の末期症状を迎えて、自警団の団長に果たし合いを申し込んだのかと思った」
「僕も思いました。それなら僕も誘ってくれれば良かったのに、って」
アイズとルリシヤとルーチェスの三人が、口々に愚痴った。
ルルシーはそれを聞き、ちょっとバツが悪いのか、視線を逸らしていた。
「だって…。事前にお前達に相談したら、止められると思って…」
「そりゃ止めるよ。どんな罠が仕掛けられてるか、分かったものじゃないからね」
俺に関することになると、ルルシーも大概、暴走機関車ですよね。
俺のこと、とやかく言えないじゃないですか。
それもこれも、ルルシーが俺を心配してくれていたからこそ。
それに、ブロテは敵を騙して罠に嵌める…というコスいことをするタイプじゃない。
罠の可能性は考慮しなくて良いだろう。
「ちなみに、俺を説得してくれと言われて…ルルシーは何て言ったんですか?」
「クソ食らえって言ってやったよ」
俺と同じじゃないですか。
あれ?俺達似た者夫婦?
最後の方ブロテが諦めムードだったのは、説得を頼んだルルシーににべもなく断られたからなんだな?
ざまぁ。
ルルシーは俺の味方ですから。
「でもまぁ、そのくそったれな勧誘のお陰か、手荒な扱いは受けませんでしたし…」
「拘束されてたのか?手錠とか…」
「まさか。部屋の中から出られない不自由と、外部に連絡を取れない不自由を除けば、やりたい放題でしたよ」
あと、ルルシーに会えない不自由もな。
それだけで酷い拷問ではあったけど、肉体的な拷問は何もなかった。
『frontier』の曲とか聴いてたし。
ファッション誌も読んだし。
紅茶やお菓子も差し入れしてくれたし。
監禁されているにしては、非常に快適な環境だった。
「そうか…。…それなら良かった」
と、ルルシーはホッと胸を撫で下ろしてあた。
心配かけましたね、本当に。
俺がどんな監禁生活を送っていたか、について詳しく話しても良いのだが…。
それより、俺がさっきから気になっているのは。
「シェルドニア王国のときみたいに、お前が洗脳でもされていたらどうしようかと…」
「ねぇルルシー、それより」
「それより、じゃねぇ。心配してたんだぞ」
もう。いい加減言わせてくださいよ。
ルルシーが俺のことをたくさん心配してくれてのは、よく分かりましたから。
「ルルシーとルリシヤは、今日は任務があったんじゃないんですか?」
「…」
…ルルシー、忘れてない?
俺が帰ってきたと聞いて、任務放棄して帰ってきたんでしょう?
「そういえばそうだったな。ルレイア先輩が戻ってきた喜びの方が勝って、それどころじゃなかったが」
と、ルリシヤ。
おいおい。本当に忘れてたのか。
ルルシーもルルシーで、「あ、やべ…」みたいな顔になってたから、忘れてたんだろう。
もー、ルルシーったらおっちょこちょい。
でもそんなところも好き。
「良いんですか?任務放棄して」
今からでも行ってくるべきなのでは?
と、思ったが。
「まぁ、後日でも良いだろう…。アシュトーリアさんもルレイアの帰りを喜んでたから…多分許してくれるだろうし…」
とのこと。
「そこまで急ぐ用事でもなかったしな」
ふーん…。
「何の用事だったんですか?」
冷静に考えてみると、ルルシーとルリシヤが共同任務に当たることって珍しいですよね。
いや、シェルドニア王国のときのような例もありましたけど。
あれは本当特例みたいなもので、普段は滅多に一緒に組むことはないはず。
ルルシーは俺の相棒ですから。
あ、俺が不在だったからか?本来なら俺とルルシーが行くところを、俺の代理でルリシヤが務めてくれたとか?
「視察だよ、視察」
ルルシーがそう答えた。
「視察?」
「あぁ、『青薔薇連合会』系列組織の視察。『霧塵会』って知ってるか?」
「『霧塵会』ですか…。聞いたことはありますけど。確かサナリ派の…」
「それだ」
ふーん…『霧塵会』の視察…。
「何でまたいきなり?」
「あいつら、どうも近頃俺達に黙ってコソコソ動いてるようで、その真偽を確かめる為に、俺とルリシヤが派遣されたんだが…」
…結果的にその任務、サボっちゃった訳ですね?
まぁ、系列組織が『青薔薇連合会』に不義なことをしないよう見張るのは、いつもの仕事だが…。
『霧塵会』は『青薔薇連合会』でも、サナリ派の組織。
キナ臭い動きが見られるのなら、一応、目を光らせておいた方が良いだろう。
「明日、明日行くよ。改めて」
今日視察に来ると言われていたのにすっぽかされて、『霧塵会』の奴らも拍子抜けだろうな。
まぁ、そのくらいルーズでも問題ない。
『霧塵会』は取引相手ではなく、『青薔薇連合会』の下部組織の一つなのだから。
「じゃあ、俺もついていきますよ」
「ルレイアも?いや、お前はしばらくゆっくりしてろよ」
「えぇ〜?だって、ルルシーとルリシヤを二人にしたら、過ちを犯すんじゃないかって心配で」
「あーはいはい。良いからお前は休んでろ」
ルルシーったら、酷い。
仕方ない。ここはルルシーの言う通りにしようか。
…などと。
呑気にしていられたのは、その日までだった。
――――――…ルレイアが帝国自警団から解放された、その翌日。
俺は改めて、ルリシヤと共に視察任務に出ていた。
「絶好調だな、ルルシー先輩」
まだ何もやってないのに、ルリシヤは俺を見てそう言った。
「何処がそう見えるんだよ?」
まだ『霧塵会』本部に辿り着いてさえいないぞ。
しかし。
「いや、昨日までのルルシー先輩と比べると、見違えるようだぞ」
「そうか…?」
「あぁ。雲の上でも歩いてるんじゃないかと思うほどだ」
…そこまでか。
そんな…ポテチに浮かれるアリューシャじゃあるまいに…。
でも、我ながら浮かれている自覚はある。
ここ数週間、ずっと気分悪かったから、余計に。
無理もないだろう。
何と言っても、ルレイアが戻ってきたのだから。
これ以上大切なことはない。
ようやく胸のつかえが取れたと言うか、肩の荷が下りたと言うか…。
とにかくホッとした。
昨日の夜、案の定俺の家にまで忍び込んできて。
「久々のルルシーのご飯〜♪」とか言いながら、飯をタカられたけども。
それさえも愛おしく思えるほどだった。
ルレイアが帰ってきたんだ。飯作ってやるくらいなんだ。
無事に戻ってきてくれて良かった。
雲の上を歩いていると言われても、否定出来ない。
「ルルシー先輩は、ルレイア先輩がいないとダメダメだな」
「…全くだ」
自分でもそう思うよ。
情けないかもしれないが。
ルレイア曰く、ブロテの妙な数々の誤解を解いてきたとか。
更に、自分のしていた恥ずかしい誤解が解けて、土下座せんばかりに謝られたとか。
結構なことだ。
これでしばらくの間は、ブロテも大人しいだろう。
何なら、もう一生『青薔薇連合会』に関わらないでくれ。
「浮かれるのは良いが、ルルシー先輩。視察任務は真面目にやってくれよ」
「分かってるよ。…『霧塵会』だったな」
「あぁ、そうだ」
『青薔薇連合会』には、数々の系列組織が存在している。
あまりにたくさんあるから、俺も名前を全て覚えている訳じゃないが…。
『霧塵会』と言えば、『青薔薇連合会』サナリ派に所属する組織で。
『風塵会』という別組織が母体になっていて、『霧塵会』は『風塵会』の子分みたいなものだ。
そして、今回『霧塵会』について問題となっているのが…。
「怪しい兵器の製造に関わっている恐れがある…だったか」
「あぁ、そうだ」
『青薔薇連合会』が、系列組織に定期的に派遣している偵察員から、そのような連絡を受けた。
俺達が今日こうして視察に赴いているのは、それが原因だ。
怪しい兵器というのがどういうものなのかについては、全く報告があがっていない。
ただ「怪しい兵器があるかもしれない」と聞かされただけだ。
その正体が何なのかは勿論、本当にそんな兵器が存在するのかも分からない。
少なくとも『霧塵会』の連中は、「怪しい兵器なんてとんでもない」と否定してきた。
しかし、誰も実物を見た訳ではないのだ。
見てみないことには、存在するのかしないのかも分からない。
そこで、俺とルリシヤが派遣されることになった。
本来なら、このような仕事は幹部ではなく、一般構成員の仕事だ。
それなのに、俺達幹部が…しかも、二人も派遣されているのは。
ひとえに。
「怪しい兵器か…。…『光の灯台』を思い出して、気分が悪いな」
「そうだな。まさか『霧塵会』が『光の灯台』に辿り着けるとは思えないが…」
でも、もしものことがあるだろう?
ついこの間までルティス帝国では、サシャ・バールレンの監督のもと、『帝国の光』が『光の灯台』の研究をしていた。
『帝国の光』の研究室にあった『光の灯台』もどきは勿論。
関連する研究資料は、全てあの場で塵にした。
そんなことがあったのだ。
「怪しい兵器が…」と言われたら、どうしても『光の灯台』を思い出してしまうだろう?
何かがまかり間違って、『光の灯台』の研究が『霧塵会』に漏れていた…という可能性は、ゼロではない。
可能性がゼロではないなら、警戒するに越したことはない。
そこで、『光の灯台』に詳しいルリシヤと、ついでに俺も派遣された訳だ。
本来なら、ルリシヤと同じく『光の灯台』の研究に携わったルレイアの方が適役なのかもしれないが…。
あいつは、しばらく休んでいてもらわないと困る。
偵察任務くらい、代わりに俺が行く。
「怪しい兵器があるかもしれない」という未確定情報があるだけで、本当に存在すると断定出来ている訳じゃないしな。
まだ、ただの噂である可能性も残っていることだし…。
俺としては、それほど事態を重く見てはいなかったのだが…。
「…ふむ」
ルリシヤは、仮面の上からでも分かるこの思案顔である。
…どうしたんだ。
お前が難しい顔をしていると、何だか不安になるのだが?
「どうした。何か気になるのか?」
「あぁ。俺の仮面の勘がそう言ってる」
そりゃ大変だ。
何処に根拠があるのか知らないが、ルリシヤの仮面の勘は当たる。
今のところ百発百中では?アリューシャかよ。
「本当に怪しい兵器…とやらが存在するのか?」
「存在しないで欲しいがな。『光の灯台』を見ているから、余計そう思うのかもしれない」
あぁ…そうか。ルリシヤはそうだよな。
「怪しい兵器…。どんな兵器なんだろうな…」
怪しい、という言葉の定義が曖昧だよな。
ルレイアの持っている死神の鎌だって、傍目から見たら相当怪しいと思うぞ。
ルリシヤのカラーボールシリーズだって、一見するとめちゃくちゃ怪しいしな。
「さて。しかし『光の灯台』という、怪しさ百点満点の兵器を目にした身としては…。他にも怪しい兵器が存在しても驚くには値しないな」
そうだろうな。
「シェルドニア王国に存在する兵器が、ルティス帝国で造れない…なんてことはないだろう。技術力も資金力も、ルティス帝国とシェルドニア王国はほぼ同等だからな」
「…それは…」
「『光の灯台』だって、まともな技術者とまともな環境があれば、再現するのは夢ではなかったぞ」
『光の灯台』の研究に、実際に関わったルリシヤがこう言うのだ。
言葉の信憑性が段違いだ。
あまり不安を煽られると…何だか気分が落ち込むのだが…。
「じゃあお前は、『霧塵会』が『光の灯台』や…それに匹敵する謎の兵器を所有してるんじゃないかって、そう思ってるのか?」
もしそうなら、悪夢だな。
しかし。
「そこまで考えている訳じゃないさ」
と、ルリシヤは言った。