The previous night of the world revolution7~P.D.~

――――――…帝国自警団で、どっかの誰かが並々ならぬ憎しみを抱いているとも知らず。

俺はおよそ一ヶ月ぶりに、『青薔薇連合会』に帰還した。

「こんにちはー。ルレイアが華々しく凱旋しましたよー」

皆を驚かせようと思って、俺は特に予告なく戻ってきた。

すると。

「あっ…!ルレイアさん…!」

「良かった。戻ってきたんですね…!」

エントランスにいた部下達が、俺の姿を見て喜びの声をあげた。

いやぁ人気者は辛い。

「早速ですが、ルルシーいます?他の幹部組は?」

「ルルシーさんは任務で出掛けています。他の幹部の方は…」

と、部下が言いかけたそのとき。

「あっ…!ルレイア…!」

お?この声は。

振り向くと、そこにいたのは。

「おっと。シュノさんじゃないですか」

シュノさんは硬直して、立ち止まってぶるぶる震えていた。

手に持っていた書類の束が、バサッ、と床に落下。

しかし、シュノさんはそんなことにも気づいていないご様子。

おいおい。大丈夫ですか。

「る、ルレイアなの…?」

「えぇ、ルレイアですよ」

「か、帰ってきたの…?」

「帰ってきましたよ」

俺は笑顔で、両腕を広げてみせた。

「るっ、ルレイア…。ルレイア〜っ!!」

ぶわっ、と涙を浮かべたシュノさんが、俺の両腕の中に飛び込んできた。

「…うぇぇぇん、ルレイア、ルレイアっ…。良かった、良かったよぅ…」

「ご心配お掛けしましたね、シュノさん」

えぐえぐと泣くシュノさんの頭を、俺はポンポンと撫でてあげた。

部下の前では常に凛々しいシュノさんも、今ばかりは型無しである。

涙で美人が台無しだが、それも俺のことを心配してくれていたからこそだと思うと、感慨もひとしおというものだ。

「け、け、怪我は?怪我はしてないの?」

「してないですよ。無傷です」

「何処も痛くないのね?乱暴なことはされなかった?」

「えぇ。お客様待遇でした」

殴られもしなかったし、鎖で繋がれもしなかったよ。

まぁ、そんなことしたら人権侵害でブロテを訴えてやるつもりだったが。

「よかっ…。良かったぁぁぁ、ルレイアぁぁぁ」

「あらあら…」

再度涙を浮かべて、俺にしがみついてくるシュノさんである。

また泣かせちゃいましたね。

女性を啼かせるのは俺の趣味だが、泣かせるのは本意ではないのだが?

すると、そこに。

「こっちだアイ公!シュー公が泣いてる声がする!」

「本当だ。それは大変だね」

「待ってろシュー公!シュー公を泣かす輩は、アリューシャが脳天貫いっ…て…」

「おっと。これは…」

アリューシャとアイズの二人が、本部エントランスにご到着。

俺の姿を認めて、二人共一瞬時が止まっていた。

「どうも。ただいま帰還しました」

シュノさんの頭を撫でながら、俺は二人にも挨拶をした。

すると。

「おかえり。無事で良かったよ」

アイズはさすがの貫禄を見せ、すぐに状況を理解して、笑顔でそう言った。

シュノさんが大号泣している理由も、これで分かってくれましたかね。
…しかし、一方のアリューシャは。

「へ?へ?…る…ルレ公?」

きょとんとした顔で、俺を見つめていた。

まだ状況が理解出来ていないらしい。

良いですよ。時間をかけて、ゆっくり理解してください。

「こんにちは、アリューシャ。ルレイアが帰ってきましたよ」

「ま…。…それマ!?」

「えぇ。マです」

冗談でも夢でもありませんよ。本物です。

「うぉぉぉぉ!帰ってきやがったか〜!どの面下げて帰ってきやがった!」

「この面下げて帰ってきました」

「そうか!なら仕方ねぇな!おけぇり!」

ただいま。

感動の再会が続いていて、何だか嬉しいですね。

やっぱり自分の居場所はここだなぁ、と感じる。

こんな居心地の良い場所を捨てて、帝国自警団に入れなど。

ブロテは何を血迷ったことを言ってたんだろうな。

「ほらほら、シュノさん。もう泣かないでくださいよ」

「うぅ、ふぇ…。だって…だって…」

「俺は大丈夫ですから。帰ってきましたから。ね、もう泣かないで」
 
「ふぇ…。ふぇぇぇ…」

あぁ、駄目そう。

優しくすればするほどに、涙が出てしまうようだ。

仕方ない。もう少し、好きなように泣かせてあげよう。

「ったくおめーと来たら、まーたシュー公泣かせやがって!」

「シュノを泣かせられるのは、ルレイアくらいだもんね」

それを見たアリューシャが口を尖らせ、アイズがフォローを入れたが。

二人共口元が緩んでいるので、微笑ましいと思ってるんだろう。

いやぁ仲間って良いもんだなぁ。

と、思っていたそのとき。

別の仲間が、その場にやって来た。

「ルレイア師匠、お帰りなさい」

「お、ルーチェスじゃないですか」

俺の弟子であり、つい先日までブロテの勘違いの種であった元ベルガモット王家の皇太子、ルーチェスがやって来た。

「何だか騒がしいから、これはルレイア師匠の華々しい凱旋かと思いまして、迎えに来ました」

成程。さすがルーチェス、分かってる。

「手荒く扱われることはないと思ってましたが…お元気そうで何よりです」

「ルーチェスこそ。変わりないですか?」

「えぇ、それはもう。むしろルレイア師匠が不在の間に、第二のルレイアとしてここぞとばかりに名を上げていたところです」
 
ほほう。それはそれは。 

さすがは俺の弟子。抜け目がない。

俺の自慢の弟子ですからね。
 
「帰ってきて早々、シュノ姐さんを大号泣させるとは…。さすがルレイア師匠ですね」

「でしょう?もっと褒めてくれても良いんですよ」

「はい。僕も見習います」

ここにルルシーがいたら、間違いなくツッコミが入っていただろうが。

残念ながら、ルルシーは今いない。

「ルーチェス。ルルシーは今いないんですよね?それから…ルリシヤの姿も見えないようですが」

彼らの顔も見なければ、まだ『青薔薇連合会』に帰ってきた実感が沸かない。

しかし。

「残念ですね、ルレイア師匠…。ルルシーさんとルリシヤさんは、今二人でデート中です」

「…ほう…?」

それはまた…聞き捨てならないことを聞いたな。
「デートですか」

「はい。ルレイア師匠がいないから、ルルシーさんも魔が差したんだと思います」

それは仕方ない。そういうこともある。

俺は寛容の塊みたいな人間ですからね。一度や二度の浮気くらい、広い心で許しますよ。

…でも、許す前に。

「再度、俺色に染めてあげないといけませんね。そして俺のルルシー欠乏症も治、」

と、言いかけたそのとき。

「待て待て、そう走るなルルシー先輩」

外から、聞き覚えのある声がした。

この声は…。

そして、ドタドタと走ってくる音が聞こえたかと思うと。

「ルレイア!!」

エントランスに、息を切らしたルルシーが飛び込んできた。

大きな声で、俺の名前を呼びながら。

血相を変えたその顔を見て、俺はルルシーがどれだけ自分を心配してくれていたか知った。

…全くもう、あなたという人は。

「…ただいま、ルルシー」

俺は笑顔でルルシーに手を振った。
 
俺としては、陽気に再会を祝いたかったのだが…。

ルルシーの方は、そうは行かなかった。

「ルレイア…。お前…」

俺の顔をじっと見つめ、まるで確かめるように一歩、二歩とルルシーは俺に近づき。

そして、ガバっと俺を抱き締めた。

いやん。大胆。

「無事だったんだな…。良かった…本当に…」

「ルルシーったら…。俺を誰だと思ってるんですか?無事に決まってるでしょう?」

「うるせぇ…。俺を心配させるな」

全くですね。

「済みません。心配かけましたね」

「あぁ、めちゃくちゃ心配した」

「それと…迷惑もたくさんかけましたね」

「迷惑はかかってない。心配だけだ」

そうですか。

それは大変申し訳無いことをしました。

でも、こうしてちゃんと、無事に帰ってきたのだから。
 
それで良し、ということにして欲しい。
 
「戻ってきたか、ルレイア先輩。元気そうで何よりだ」

ルルシー遅れてやって来たルリシヤが、俺を見てそう言った。

「えぇ、元気ですよ。長いこと留守にして済みません」

「大丈夫だ。今に帰ってきてくれると信じていたからな」

それは良かった。

まぁ、ルルシーの心配性が重症過ぎるだけなんですけど。

案の定、ルルシーは。

「お前が帰ってこないんじゃないかって…俺はずっと…」

そんな心配してたんですか?ルルシーったら。

「帰ってくるに決まってるじゃないですか…。俺の居場所はいつだって、あなたの隣ですよ」

帝国騎士団でも、帝国自警団でもない。

『青薔薇連合会』の幹部という称号でさえ、俺にとっては大した意味を持たない。

ルルシーの隣。それこそ、俺の居るべき場所だ。

それ以外の場所で、俺が安息を得ることはない。

「…そうだな、良かった。帰ってきてくれて…」

「えぇ、ただいま。ルルシー」

「…お帰り、ルレイア」

と、いう俺とルルシーの感動的な再会シーンを、ルーチェスはきらきらした目で見つめて一言。

「…ご飯が進む…!」

「…お前、本当ぶっ飛ばすぞ」

ぶちギレたルルシーの一言に、皆が微笑みを溢した。
…ところで。

「ねぇ、ねぇルルシー」

「お前、無事なんだな?怪我はしてないんだよな?」

「大丈夫ですって。ねぇ、それよりルルシー」

「それよりって何だ。今他に優先事項があるって言うのか?」

そんな怒らないでくださいよ。

俺にとっては大事なことなんです。

「ルリシヤとデートしてたって本当ですか?」

「ぶはっ」

ちょっと。何故吹き出す?

まさか疚しいことが?何か疚しいことがあるから焦ってるんですか?

「俺はルルシー欠乏症になっても、必死に我慢していたというのに…!」

「いや、あのな。お前何言っ、」

「悪いなルレイア先輩。ルルシー先輩に強引に誘われてしまって…。一夜の過ちなんだ。許してくれ」

「お前も何を言ってるんだよ!?」

…ほう、成程。

よく分かりました。

寂しい気持ちは理解出来ますよ。俺だってルルシーに会えなくて、超絶寂しかったから。

…でもだからって、ルリシヤで妥協するとは。

ルルシー…あなた、意外と隅に置けないですね…?

「おい、ルレイア。言っておくが、お前の想像しているようなことは何もないからな」

「これがリアルNTRですね…!?」

「おい、そこの腐男子。お前の想像しているようなことも何もないからな」

目をきらきら輝かせるルーチェスであった。

ルルシーは、必死に浮気を否定しているけども…。

「でも、今日もルリシヤと出掛けてたんでしょう?」

それはデートなのでは?

俺がいないのを良いことに、こっそりデートしてませんでした?

「出掛けてたけど、それは任務だ。…まぁ、すっぽかして帰ってきたけどな」

「すっぽかした?」

ルルシーらしからぬ失態なのでは?

「私がすぐにメールを送ったんだよ。ルレイアが戻ってきたよってね」

と、アイズがスマホを片手に言った。

あ、そうだったんですね。

「まさか、任務をすっぽかしてまですぐに帰ってくるとは思わなかったけど」

「あぁ。ルルシー先輩と来たら、メールを見るなり速攻Uターンするものだから、俺も驚いたぞ」

「仕方ないだろ。優先順位ってものがあるんだよ」

アイズとルリシヤに言われ、ルルシーは口を尖らせた。

ルルシー…あなたって人は…。

「…分かりましたよ、ルルシー」

「…何が?」

そんなに、俺のことを思ってくれてたんですね。

だったら俺がするべきことは。

「あなたの浮気を許します。大丈夫ですよ、一晩じっくり俺色に染め直してあげますから…」

「…急いで帰ってきたけど、やっぱり仕事に戻って良いか?」

いやん。そんなつれないこと言わないで。

折角ルルシーのもとに戻ってきたんだから、今日は素直に祝杯をあげましょうよ。
その後、俺はアシュトーリアさんに挨拶に行った。

「無事で良かったわ。しばらくはゆっくりしてね」との、有り難いお言葉を頂いた。

俺が不在の間、仕事の方は華弦が上手いことやってくれていた。

華弦で代理出来ないことは、ルーチェスやルリシヤが替わってくれていたようだ。

有り難いばかりである。

正直、この一ヶ月の間ずーっとのんびりしていたので、今更ゆっくりしたい…とは思わないのだが。

まぁ、折角のんびりして良いと言われたので…有り難くのんびりさせてもらおう。

場所を改めて、俺達はルルシーの執務室にやって来た。

「はぁ〜…。安心と信頼の、ルルシーの執務室だぁ…」

嬉しくなりますよね。

ここに来るだけで、実家のような安心感を覚える。

まぁ俺は実家で安心感を覚えたことはないので、あくまで例えだが。

「全くだぜ。ルレ公も帰ってきたし、昼寝のし甲斐があるぜ!」

「良かったねぇ、アリューシャ亅

アリューシャは満足そうに、くまちゃんの毛布を引っ被ってソファに寝そべった。

アリューシャの昼寝は、平和を象徴してますね。

世界は鳩じゃなくて、アリューシャの昼寝を正式に平和の象徴に認定すべきだと思います。

「無事で良かった、ルレイア」

さっきまで大号泣だったシュノさんも、今ではにっこにこ。

やっぱり、シュノさんは笑ってる方が可愛いですね。

「ルレイア師匠がいない間、僭越ながら僕と華弦さんが『ブラック・カフェ』の期間限定新メニューを考えさせて頂きました」

と、ルーチェス。

ほう?

ルーチェスの決めたことなら、心配は要らないだろうが…。

「どんな新メニューですか?」

「ブラッククレープです。生地もクリームもフルーツも、勿論全て真っ黒ですよ」

「それは素晴らしい」

爆売れ間違いなしですね。

更に、ルリシヤは。

「ルレイア先輩が戻ってきてくれて何よりだ。如何せん、一人でルルシー先輩の部屋に忍び込んでも喜びは半減だからな」

そう言いながら、ルルシーの執務室の机の隅に、ドライバーで盗聴器を仕掛けていた。

「アリューシャ先輩じゃないが、盗聴器の仕掛け甲斐があるというものだ」

「…家主の前で、お前は何を堂々と盗聴器を仕掛けてるんだ?」

いやん、ルルシー。それは言わないお約束。

でも、こんなやり取りが懐かしかった。

何せ一ヶ月ぶりですもんね。

長期休暇をもらったと思えば聞こえは良いが、仲間達に会えなかったのだから、ちっとも楽しくなかった。

「どうする?ルレイア。監禁明けだし、しばらくゆっくりする?」

アイズがそう尋ねた。

アシュトーリアさんもそう言ってくれたけど…。

「いえ。一ヶ月の間、ハーレム会員を『お預け』状態にしちゃいましたからね。まずは奴らに餌を与えないと」

「そっか。減ってないと良いね、ハーレム会員」

「ふっ、まさか。この俺が躾けてるんですよ?」

たかが一ヶ月留守にしたところで、洗脳が解けるはずがない。

そんな生易しい「調教」はしていない。

「むしろ、ちょっと遠距離したことで、良いスパイスになりましたよ。さぁて、早速連絡を…」

「…おい、ちょっと待てお前」

スマホを取り出そうとした俺を、ルルシーが止めた。

ん?
「どうしたんですか?ルルシー…」

「…どうしたんですか、じゃない」

あれ?

なんか、ルルシーがちょっと怒ってる?

「ハーレム会員がどうしたって?そんなことどうでも良いだろ」

「そりゃあ、ルルシーに比べたら大概のことはどうでも良いですけど…」

でも、ルレイア・ハーレムを維持するのは俺の義務でして…。

あっ、それともルルシーったら。

「分かりましたよ、ルルシー」

「何が?」

俺はなまめかしく、ルルシーの腕を抱き締めた。

「ハーレム会員より前に、自分に餌を与えてくれってことですね?もう、正直に言ってくださいよ。大丈夫ですよ、ルルシーは特別ですから。会えなかった分、ベッドでたっぷりと…」

「…殴られたいか?」

ちょ、ルルシー真顔。真顔はやめて。

本当に殴られるかと思った。避けますけど。

「どうしたんですか?ルルシー…」

「あのな、皆して脳天気な頭して、誰も聞かないから俺が聞いてやる」

「何を?」

「お前、帝国自警団でブロテに何をされた?」

…お?

…それ聞く?聞いちゃう?

誰も聞かなかったから、言わなくて良いものだと思っていた。

特に愉快な体験をした訳じゃないしな。語るような面白い話もないし。

「何をと言われましても…」

「ブロテに、『青薔薇連合会』から足を洗うよう説得されたんだろう?」

え?

「何でルルシーがそれを?」

「えっ…!?」

俺が尋ね返すと、ルルシーより先にシュノさんが絶句した。

何なら、アリューシャも飛び起きて口をあんぐり開けていた。

起きたんですか、アリューシャ。さっきまで寝てませんでした?

突然起きましたね。何か危機を察知したんでしょうか。

その辺の嗅覚は、さすがアリーシャもマフィアの幹部なだけありますよね。
「る、ルレ公『青薔薇連合会』やめんのか!?出ていくのか!?」

「い、嫌…!ルレイア、行かないで!行っちゃ駄目。ここにいて、お願い!」

アリューシャは声を荒らげ、シュノさんは再び涙を滲ませて、俺の両手を掴んだ。

おっと。何だか驚かせちゃいましたね。

「僕はルレイア師匠が何処に行っても、ついていきますよ。弟子ですからね」

ルーチェスは、特に驚くこともなくそう言った。

頼もしいですね。

でも、その心配は要らない。

「大丈夫ですよ、アリューシャ、シュノさん。俺は何処にも行きませんから」

ルルシーのいるところが、俺のいるところ。

ルルシーは『青薔薇連合会』をやめることはない。だったら俺も、いつまでも『青薔薇連合会』にいる。

「ほ、本当…?やめないのね?」
 
「やめませんよ。『青薔薇連合会』は、帝国騎士団より帝国自警団より、遥かに居心地が良いですからね」

「…!良かった…!」

「何だよ、ったく…心配させやがって、ちくしょー」

シュノさんもアリューシャも、ホッとしたような顔になった。

何ならアリューシャはそのまま、再びくまちゃん毛布を被って夢の中。

…で、話を戻すとして。

「確かに俺は、『青薔薇連合会』をやめて帝国自警団に寝返るよう誘われましたよ」

「…!『青薔薇連合会』をやめるだけじゃなくて、自警団に勧誘されたのか?あの女…」

あの女?

ルルシー、そういやブロテに会ったことあるんだっけ。

「…勿論断ったんだよな?」

「当たり前ですよ。ブロテが勝手にそう喚いてただけで、俺は全く相手にしませんでしたよ」

一瞬たりとも考えなかったね。『青薔薇連合会』をやめて帝国自警団に入ろうか、なんて。

俺にそんな誘いをするなんて、時間の無駄でしかない。

つくづく、ブロテも馬鹿なことを思いついたものだ。
「俺が『青薔薇連合会』に戻る前に、ルルシーもブロテに呼び出されたんですよね」

「あぁ。俺の口からルレイアを説得すれば、聞く耳を持つんじゃないかってな」

「…」

確かに、俺はルルシーの言葉なら素直に聞くけれど。

それにしたって卑怯な女だ。

俺のみならず、ルルシーまで巻き込むとは…。

そういやあいつ、ルアリスにも声をかけてたんだっけ?

それで相手にされなかったから、ついにルルシーに頼もうとした訳か。

「全く、あのときは驚いたよ」

と、アイズが言った。

「驚いた?」

「ルルシーから突然メールが来たんだよ。『帝国自警団の団長に会ってくる』って」

突然、何の脈絡もなくそんなメールが届いたら、そりゃ驚きますね。

「一方的なメールを送ってきただけで、いくら電話で折り返しても出てくれないし…」

「ルルシー先輩はとうとう、ルレイア先輩欠乏症の末期症状を迎えて、自警団の団長に果たし合いを申し込んだのかと思った」

「僕も思いました。それなら僕も誘ってくれれば良かったのに、って」

アイズとルリシヤとルーチェスの三人が、口々に愚痴った。

ルルシーはそれを聞き、ちょっとバツが悪いのか、視線を逸らしていた。

「だって…。事前にお前達に相談したら、止められると思って…」

「そりゃ止めるよ。どんな罠が仕掛けられてるか、分かったものじゃないからね」

俺に関することになると、ルルシーも大概、暴走機関車ですよね。

俺のこと、とやかく言えないじゃないですか。

それもこれも、ルルシーが俺を心配してくれていたからこそ。

それに、ブロテは敵を騙して罠に嵌める…というコスいことをするタイプじゃない。

罠の可能性は考慮しなくて良いだろう。

「ちなみに、俺を説得してくれと言われて…ルルシーは何て言ったんですか?」

「クソ食らえって言ってやったよ」

俺と同じじゃないですか。

あれ?俺達似た者夫婦?

最後の方ブロテが諦めムードだったのは、説得を頼んだルルシーににべもなく断られたからなんだな?

ざまぁ。

ルルシーは俺の味方ですから。

「でもまぁ、そのくそったれな勧誘のお陰か、手荒な扱いは受けませんでしたし…」

「拘束されてたのか?手錠とか…」

「まさか。部屋の中から出られない不自由と、外部に連絡を取れない不自由を除けば、やりたい放題でしたよ」

あと、ルルシーに会えない不自由もな。

それだけで酷い拷問ではあったけど、肉体的な拷問は何もなかった。

『frontier』の曲とか聴いてたし。

ファッション誌も読んだし。

紅茶やお菓子も差し入れしてくれたし。

監禁されているにしては、非常に快適な環境だった。

「そうか…。…それなら良かった」

と、ルルシーはホッと胸を撫で下ろしてあた。

心配かけましたね、本当に。
俺がどんな監禁生活を送っていたか、について詳しく話しても良いのだが…。

それより、俺がさっきから気になっているのは。

「シェルドニア王国のときみたいに、お前が洗脳でもされていたらどうしようかと…」

「ねぇルルシー、それより」

「それより、じゃねぇ。心配してたんだぞ」

もう。いい加減言わせてくださいよ。

ルルシーが俺のことをたくさん心配してくれてのは、よく分かりましたから。

「ルルシーとルリシヤは、今日は任務があったんじゃないんですか?」

「…」

…ルルシー、忘れてない?

俺が帰ってきたと聞いて、任務放棄して帰ってきたんでしょう?

「そういえばそうだったな。ルレイア先輩が戻ってきた喜びの方が勝って、それどころじゃなかったが」

と、ルリシヤ。

おいおい。本当に忘れてたのか。

ルルシーもルルシーで、「あ、やべ…」みたいな顔になってたから、忘れてたんだろう。

もー、ルルシーったらおっちょこちょい。

でもそんなところも好き。

「良いんですか?任務放棄して」

今からでも行ってくるべきなのでは?

と、思ったが。

「まぁ、後日でも良いだろう…。アシュトーリアさんもルレイアの帰りを喜んでたから…多分許してくれるだろうし…」

とのこと。

「そこまで急ぐ用事でもなかったしな」

ふーん…。

「何の用事だったんですか?」

冷静に考えてみると、ルルシーとルリシヤが共同任務に当たることって珍しいですよね。

いや、シェルドニア王国のときのような例もありましたけど。

あれは本当特例みたいなもので、普段は滅多に一緒に組むことはないはず。

ルルシーは俺の相棒ですから。

あ、俺が不在だったからか?本来なら俺とルルシーが行くところを、俺の代理でルリシヤが務めてくれたとか?

「視察だよ、視察」

ルルシーがそう答えた。

「視察?」

「あぁ、『青薔薇連合会』系列組織の視察。『霧塵会』って知ってるか?」

「『霧塵会』ですか…。聞いたことはありますけど。確かサナリ派の…」

「それだ」

ふーん…『霧塵会』の視察…。

「何でまたいきなり?」

「あいつら、どうも近頃俺達に黙ってコソコソ動いてるようで、その真偽を確かめる為に、俺とルリシヤが派遣されたんだが…」

…結果的にその任務、サボっちゃった訳ですね?

まぁ、系列組織が『青薔薇連合会』に不義なことをしないよう見張るのは、いつもの仕事だが…。

『霧塵会』は『青薔薇連合会』でも、サナリ派の組織。

キナ臭い動きが見られるのなら、一応、目を光らせておいた方が良いだろう。

「明日、明日行くよ。改めて」

今日視察に来ると言われていたのにすっぽかされて、『霧塵会』の奴らも拍子抜けだろうな。

まぁ、そのくらいルーズでも問題ない。

『霧塵会』は取引相手ではなく、『青薔薇連合会』の下部組織の一つなのだから。

「じゃあ、俺もついていきますよ」

「ルレイアも?いや、お前はしばらくゆっくりしてろよ」

「えぇ〜?だって、ルルシーとルリシヤを二人にしたら、過ちを犯すんじゃないかって心配で」

「あーはいはい。良いからお前は休んでろ」

ルルシーったら、酷い。

仕方ない。ここはルルシーの言う通りにしようか。




…などと。

呑気にしていられたのは、その日までだった。