実は。

帝国自警団が独自に調べた、ルレイア・ティシェリーの過去について知っている者は、自警団の中でもごく僅かである。

全ての自警団団員に伝えた訳じゃない。

ルレイア・ティシェリー卿の過去を知っているのは、私と私の側近の団員のみ。

私の他は、マリアーネ、ユナ、シャニー、セルニア、アンブロの五人だけだ。

他の団員には、詳しいことは何も言っていない。

『青薔薇連合会』から手を引くのは、彼らが違法な献金を巻き上げているという噂が嘘だったからだ、としか説明していない。

ルレイア・ティシェリー卿が元帝国騎士団隊長であったこと…。彼が冤罪の為に帝国騎士団を追い出されたこと…。

これらの悲しい過去について、みだりに吹聴して回ることは出来なかった。

本人もきっと…隠しておきたいだろうから。誰にも知られたくないだろうから。

そして、今目の前にいる「彼」は、ルレイア卿の過去について知らない。

知らないが故に、ルレイア卿を根っからの悪人であると信じ込んでいるのだろう。

…どうしよう?教えるべきなのだろうか?

でも…教えたところで、それでルレイア卿への認識を改めるだろうか。

それに…「彼」だけを特別扱いして、他の団員を蔑ろにしたくはなかった。

「…ルレイア・ティシェリー卿に関しては、これからも要注意人物として目を光らせておく。これが帝国自警団の正式な決定だよ」

私は、静かにそう言った。

この決定を覆すつもりはない。今のところは。

「それじゃ遅い。今すぐにでも拘束しないと」

「拘束する理由がない。彼らのことだから…いくら叩かれても、埃は出ないよ」

最初の頃行った、あの立ち入り調査を思い出すと良い。

ほとんど前置きもなく、突然飛び入りで立ち入りを実施したのに。

彼らを咎める理由になるようなものは、何も見つけられなかった。

逮捕したくても、する理由がない。

ましてや今の私は、『青薔薇連合会』を排除するのではなく。

彼らと上手く、このルティス帝国で共存していく道を考えていた。

埃が出るまで叩きまくって、そのせいで『青薔薇連合会』との関係を悪くしたくはない。

…しかし、「彼」は納得しなかった。

「…あなたはまだ知らないだけです。『青薔薇連合会』…ルレイア・ティシェリーがどういう人間であるか」

「…」

「それを知れば、あなただって大人しくはしていられないでしょう」

…むしろ、君に聞きたい。

君は一体、ルレイア・ティシェリー卿の何を知っているのか。

「いつか分かりますよ。『青薔薇連合会』の危険性…ルレイア・ティシェリーの危険性が。それを知ってからでも遅くないでしょう」

「…それは…」

「失礼します」

「彼」は強引に話を終わらせ、くるりと踵を返した。

『青薔薇連合会』から手を引くという私の決定を、「彼」が納得していないのは明らかだった。

だけど、私は決定を覆すつもりはなかった。

きっといつか分かってくれるだろう。理解してくれるだろう。

そう思っていた。

…しかし。

私の見通しは甘かった。

私がこんなにも呑気でいられたのは、このときまでだった。

その後私は、奇しくも「彼」が指摘したように。

『青薔薇連合会』…マフィアというものの恐ろしさを知ることになる。