「ルレイア・ティシェリーから手を引くって、本当ですか」

「彼」は前置きも挨拶もなく、挑むような視線で私を睨んだ。

あまりの剣幕、あまりの気迫に、私も少したじろいでしまった。

「そのつもりだけど…」

「何故そんな決定を?」

「それは…説明した通りだよ。『青薔薇連合会』は私達が誤解していたような組織じゃなかった」

「…」

「帝国騎士団や諸国からお金を巻き上げてなんかいないし、ベルガモット王室の皇太子を人質に取ってもいなかった。となると…彼らを取り締まる理由はなくなるでしょ?」

「…甘いな」

「彼」は憎々しげに、そう呟いた。

甘いって…言われても。

「それがルレイア・ティシェリーの魂胆でしょう。自分は悪くないと主張して、相手を納得させて…。その裏で他人を傷つけ、平気な顔をしているんだ」

…。

その口調は、まるで実際にその現場を見てきたかのようだった。

「献金や人質の事実がなかったとしても、あの危険な男を野放しにしては危険です。何故不用意に拘束を解いたんですか」

「だって、私達はルレイア卿のことを誤解していただけだよ。彼は私達が思っていたような悪事を働いてはいなかっ…」

「あの男が悪事を働いてないだって?馬鹿なことを言わないでください!」

いきなり声を荒らげられて、私は思わずびっくりしてしまった。

…どうして、そこまで?

私が呆然としているのを見て、「彼」は少しバツの悪そうな顔をした。

しかし、自分の言ったことを訂正したりはしなかった。

「悪いことをしていない訳がない。相手はマフィアなんですよ。ルレイア・ティシェリーはマフィアの幹部なんですよ?表沙汰になってないだけで、裏では後ろ暗いことをしているに決まっています」

「…それは…」

私だって…そこまで確かめた訳じゃないから、分からないけど。

勿論、その可能性がゼロという訳じゃない。

彼らが巧妙に証拠を隠蔽し、明らかになっていないだけで…。

後ろ暗いことをしても、それを隠しているだけ…という可能性は、当然ある。

と言うか、多分そうしているだろう。

「彼」の言う通り。『青薔薇連合会』はルティス帝国のマフィアであり、ルレイア・ティシェリーは、その『青薔薇連合会』の幹部なのだから。

何も悪いことをしていない…とは言えないだろう。

それは…分かるけど。

「あの男を取り締まるのに、理由は必要ないでしょう。マフィアの幹部であるという事実だけで充分、取り締まりの理由になるです」

「…」

「すぐにでも行動すべきです。これ以上…あの男に苦しめられ、傷つけられる人間を生まない為にも」

と、「彼」は力強く言った。

…分からなくもない、その意見は。

少し前の私だったら、きっと同意していたと思う。

…けど…。

私はどうしても、ルレイア・ティシェリーを根っからの悪人だとは思えなかった。

だって、帝国騎士団で四番隊隊長を務めた経歴のある人が。

あんな悲しい理由で…帝国騎士団を追い出され、自分の実家からも追い出され。

そのせいで心を病んだルレイア卿が、どうして生まれながらの悪人であると思える?

例えマフィアの幹部だとしても、私はルレイア卿の良心というものを信じたかった。

彼の過去、『青薔薇連合会』の幹部就任に至るまでの経歴を聞いてからというもの。

私はどうしても、ルレイア卿を心から憎めなくなってしまったのである。

甘いと思われるかもしれないけど…。