監禁部屋に入ってきたブロテは、いつになく真剣な表情であった。

テーブルを挟んで、俺の向かい側のソファに腰を下ろした。

ブロテが喋るまで黙ってようと思っていたら。

「…何か不便はない?足りないものとか…」

俺を気遣ったつもりなのか、そう尋ねてきた。

閉じ込められている人に対して、「何か不便はない?」とは。

面白い冗談だ。

「足りないものと言えば…ルルシー成分ですね。ルルシーに会ってなさ過ぎて、そろそろルルシー欠乏症が重度に進行しそうです」

「…」

何故黙る?

甘く見るなよ。ルルシー欠乏症を。

ルルシーに会わないことによって、僅か一週間足らずで罹患し、その進行は癌より早く。

しかも「ルルシーに会う」こと以外に特効薬もない。

一ヶ月もすれば末期症状を迎え、地獄のような苦しみを味わうことになる。

そして、罹患して二ヶ月足らずで命を落とす。

なんて恐ろしい病気だ。

「あなたには分からないかもしれませんが、ルルシーは俺にとって酸素みたいな存在なんですよ。酸素ないと死ぬでしょ?」

そういうことです。

息を止めていられる時間にも限界がある。

俺はそろそろ限界だ。

「…そうか。ルレイア卿とルルシー卿は、互いのことを本当に大事に思ってるんだね」

などという、超絶当たり前のことを言われた。

何言ってるんだ…。

「それが何か?」

「さっき会ってきたんだ。ルルシー・エンタルーシア卿と」

「…へぇ…」

それはまた…思い切ったことをしましたね。

羨ましい。そして妬ましい。

俺がルルシーに会えなくて苦しんでいるというのに、俺をここに閉じ込めた張本人が、ルルシーに会ってきただと?

俺を差し置いて?

首捩じ切ってやりたくなった。

「君を説得してもらおうと思ってんだ。色々な人に連絡を取って、ルレイア卿の説得に力を貸してもらおうとした。でも、誰も君を説得出来るとは言わなかった」

でしょうね。

誰に、そんな馬鹿みたいな頼み事をしたんだ?

ルアリスとか?縦ロールお嬢様(笑)とか?

にべもなく断られただろうな。

アシミムなんて、話も聞かずに撥ね付けてきたんじゃないのか?

ルアリスはお人好しだから、相談に乗るくらいはしただろうけど。

「そして皆が口を揃えて言ったんだ。君の心に届くのは、ルルシー卿の言葉だけだって」

成程。

皆さん、俺のことよく分かってますね。その通りだ。

「だからルルシー卿に会って、彼の口から君を説得してもらおうと思ったんだけど…」

「上手く行かなかった訳ですね?」

「…残念ながら」

そうでしょうよ。

むしろ、何故それが成功すると思ったのか。

ルルシーが俺を『青薔薇連合会』から追い出す訳ないでしょうが。

逆もまた然り。

「四方八方手を尽くし、俺を強引に監禁してまで寝返らせようと努力したのに、全く成果が得られなかったどころか、相手にもしてもらえなかった…今の気分はどうですか?」

俺は意地悪く、ブロテに聞いてやった。

愉快な気分ではなさそうだな。

お前の全ての努力は、徒労に終わった。

「良くはないね。君の心に届く言葉を見つけられなくて…残念だよ」

言葉を弄して負け惜しみしないのは、ブロテの長所だな。

意外と潔く負けを認めるタイプだ。

だからって同情はしないけどな。