「はいっ、それじゃあまずは飲み物から配りますね〜」
ルレイアはクーラーボックスを開けて、早速何やら始めようとしていたが。
そうは行くか。
俺はまだ何の説明も受けていないぞ。
「おい、こらルレイア」
「はいはい、すぐ用意しますから待ってください」
ちげーよ。遅いからって催促してるんじゃねぇ。
「そうじゃなくて、ルレイア。お前今日は何を企んでる?何なんだ『ブラック・カフェ』って」
「お客さん困りますよ。営業妨害は」
ブチッ。
営業妨害も何も、俺はこの部屋で営業することを許可した覚えはないぞ。
「事情を説明しろ。これはどういうことなんだ?」
「ちょっと落ち着けルルシー先輩。開店初日に夫婦喧嘩は良くないぞ」
お前も何を言ってんだ。
勝手に謎のカフェを開店させるんじゃない。
「ルレイアがね、今度帝都に新感覚のカフェをオープンさせるつもりらしくて」
と、アイズが説明してくれた。
何?
「そのお店で出すメニューの試作品を、私達に振る舞ってくれるって約束なんだよ」
「評判の良かった料理を、メニューに加えようかな〜と思いまして」
アイズの説明に、ルレイアが補足を入れた。
…成程、そういうことだったのか。
つまり、ルレイアは今度事業の一環で、新感覚(?)の喫茶店を開く予定で。
その喫茶店で出すメニューの試作品を、今日ここで幹部組に振る舞って、反応を見たいと。
…納得した。
それならそうと、最初から言ってくれよ。
つーか、やっぱり俺の部屋でやる必要ないじゃん。
よそでやれ、よそで。
って今更言っても遅いけどさ。
それから…気になることがもう一つ。
「…華弦がいるのは何でなんだ?」
俺は、直接華弦本人に尋ねた。
すると。
「今回、新しいカフェのメニューを監修したのは私ですから」
「華弦が…?」
「私が作った訳ではありませんよ。ただ、アイデアを出しただけです」
…そうなんだ。
それで、華弦まで巻き込まれているのか…。
ルレイアのしょうもない企画に、華弦まで付き合わされて気の毒な…。
アイデアねぇ…。華弦の出すアイデアって、どんな感じなんだろう。
結局ラーメン屋じゃなかったな。カフェ…喫茶店か。
それに、さっき妙なこと言ってたよな?
ただの喫茶店じゃなくて…新感覚の喫茶店だって。
何がどう新感覚なんだ?
「はい、じゃあまずは飲み物を…こちら、ブラックホットミルクになります」
そう言って、ルレイアは俺の前に黒いマグカップを差し出した。
マグカップの中身は、白くて良い匂いのするホットミルク…ではなく。
ほかほかと湯気の立つ、黒い液体が並々と入っていた。
…。
…!?
…俺に、これを飲めと?
「…ルレイア」
「はい、何ですかお客様」
「これは何なんだ?」
お前は客に何を飲ませようとしてるんだ?
…ブラックコーヒー?ブラックコーヒーなのか?
その割には、コーヒーの香ばしい匂いは全く感じない…。
「何って、ホットミルクですよ」
ホットミルクだと?
この黒々とした液体が、ホットミルク?
「飲んでみてください。美味しいですよ」
「いや…。ちょっと待て。これ…何でこんなに黒いんだ?本当に牛乳か?これ…」
「正しくは、それは牛乳ではありません。ヤギのミルクです」
ルレイアの代わりに、傍に立っていた華弦が答えた。
…これヤギなのか?
ゴートミルクって奴?
俺はゴートミルクなんて飲んだことないけど、何となく臭いがきつそうなイメージ…。
しかし飲んでみると、意外とさらっとして癖もなくて飲みやすい。
まろやかな甘みもあって、かなり美味しい。でも黒い。それだけが意味分からん。
「ヤギのミルクって…こんなに黒いのか…?」
牛乳と同じく、白いんじゃないのか?
何でこんなに真っ黒な…。
「それは一般的に市販されているヤギミルクではなく、シェルドニア王国から輸入したヤギミルクなんです」
「あ、そうなんだ…」
「価格は、1杯1200円を想定しています」
「…高くね?」
いくらヤギ乳だからって、ホットミルクで1杯1200円はぼったくり過ぎだろう。
どんな高級カフェだよ?
「仕方ありません。シェルドニア王国からの輸送費がかなりかかりますから」
「それは分かるけど…」
「それに、その黒いミルクを出すシェルドニアクロチチヤギは、シェルドニア王国でも稀少な動物ですから。生産が少ないんです」
…へぇ。
シェルドニア王国って、そんなヤギいるのか?
その名の通りそのヤギは、黒いミルクを出すんだろう。
で、そのシェルドニア王国でしか取れない稀少な黒いゴートミルクを特別に輸入して、商品として提供すると…。
成程、それらの手間暇を思うと…1杯1200円も仕方ないのかもしれない。
それにしてもホットミルクで1000円越えは高いわ。
「シェルドニア人は、黒い色は嫌いますからね。黒い食材はあまり出回らないんです」
と、華弦。
そうだろうな。
シェルドニア人は、何と言っても白が大好きだもんな。
スーパーに置いてあった食材も、カラフルではあったけど、黒い食材はほとんどなかった。
多分、本能的に黒い色はあまり好きじゃないんだろう。
とことんまで、ルレイアとは趣味が合わない国だ。
「ふーん…。それでブラックホットミルクか…。まぁ不味くはないけど…」
正直、普通にスーパーで売ってる白い牛乳温めて、1杯500円くらいで売った方が売れるんじゃね?とは思う。
口にはしないけど。
すると。
「どうぞ、シュノさん。こちらはミックスジュースです」
「ありがとう」
シュノの前に、黒いガラスのコップが置かれた。
今度はホットミルクではなく、ミックスジュースらしい。
カフェでは定番メニューだよな。ミックスジュース。
…まぁ。
…真っ黒なミックスジュースは、全然定番ではないけどな。
シュノの前に置かれた黒いグラスには、これまた黒々とした液体が並々と入っていた。
…グロッ…。
何と何をミックスしたら、そんな気色悪いミックスジュースが出来上がるんだ?
「おい…。大丈夫かそれ?腐ってるんじゃないよな…?」
飲んでも大丈夫なんだろうな?
シュノの胃袋に異常をきたす恐れがある。
「大丈夫だよ、凄くトロピカルな良い匂いがする」
シュノは勇敢にもグラスに顔を近づけ、匂いを嗅いでいた。
勇気あり過ぎだろう、シュノ。
とてもトロピカルな色には見えないんだが。それ本当に果物入ってるか?
シュノは特に躊躇うこともなく、黒いストローでミックスジュースを啜った。
…。
…大丈夫か?
すると、シュノの顔がぱっと輝いた。
「どうですか?シュノさん。味の方は」
「美味しい…!ルレイア、これ凄く美味しい」
マジで?
ルレイアを喜ばせようと思って、無理してないか?
「何味なんだ?それ…」
恐る恐る、シュノに聞いてみる。
「色んな果物の味がするよ。りんごと、パイナップル…バナナの味もするかな?」
…至って普通のミックスジュースのようだ。
「正解です。そのミックスジュースに使われている果物は、シェルドニアクロリンゴ、シェルドニアクロパイン、シェルドニアクロバナナ、それからシェルドニアクロシャインマスカットも入っています」
「へぇ〜、そうなんだ。美味しい」
華弦の説明に頷いて、シュノは更にミックスジュースを啜っていた。
…どうやら、お世辞ではなく本当に美味しいらしいな。
でなければ、こんな気持ち悪い色のジュースをごくごく飲めるはずがない。
つーか、シェルドニアってそんな果物あるのか?
何で黒いんだよ。リンゴと言えば赤、パイナップルと言えば黄色、バナナも黄色、シャインマスカットと言えば黄緑だろ?
「ルレ公、アリューシャも飲み物欲しい」
と、ルレイアにせがむアリューシャである。
「分かりました。ではアリューシャには…こちらを」
「おう、さんきゅ!…ごくごく」
アリューシャは、手渡されたそれが何なのか聞くこともなく。
何の躊躇いもなしに、一気に呷っていた。
おい。
お前、もう少し躊躇しろよ。変な飲み物だったらどうすんだ?
…しかし。
「味は如何ですか?」
「おぉ、美味ぇ!何だこれ。メロンソーダ?」
「正解です。そちらはブラックメロンソーダになります」
メロンソーダ。こちらも喫茶店定番メニューだが。
何度も言うが、メロンソーダはそんなに真っ黒な飲み物ではない。
しゅわしゅわと泡の立つソーダも、そこに浮かんでいるアイスクリームも、何もかも真っ黒。
そして。
「ルリシヤには、これを」
「ほう、良い匂いだ。これは?」
「ブラックロイヤルミルクティーです」
「ルレイア師匠、これは何ですか?」
「ルーチェスのは、ブラックキャラメルマキアートです」
「これは美味しいね。カプチーノだね」
「えぇ。アイズのはブラックカプチーノコーヒーです」
あれもこれも。どれもこれも。
飲み物全部、見事に真っ黒であった。
…段々分かってきたぞ。
ルレイアの言う新感覚カフェっていうのは、もしかして…。
「それじゃ、飲み物も配りましたし…。次はフードメニューに行きますね」
「…なぁ、ルレイア」
「はい?何か?」
「…そのフードメニューっていうのも、もしかして…全部黒いのか?」
「えぇ、勿論!」
そんな当然のように言うなよ。
そうなのか。そういうことなのか。ようやく分かった。
ルレイアの言う、新感覚っていうのは…つまり。
…メニューの全てが真っ黒な喫茶店。
故に、「ブラック・カフェ」。
…そういうことなんだな?
なんつーか…安直だよな。考えることがさ。
ルレイアらしいって言えばらしいんだけど。
「…一応聞いておくけど、それは一部の商品のみが黒くて、他の商品は普通…って訳じゃないんだよな?」
「当然です。カフェの全商品、全メニューが真っ黒です。中途半端は一番良くないですからね」
どやぁ、とドヤ顔のルレイアである。
俺は例え中途半端でも、普通の白いホットミルクが飲みたかったよ。
シェルドニアの謎ヤギミルクじゃなくてさ。
「何なら、店の内装、カーテンや絨毯、テーブル、椅子、皿、ナイフやフォーク、ウェイトレスの制服に至るまで、全てが黒です」
「あ、そ…」
本当に…徹底的に黒を追求した店であるらしい。
嬉しそうに言ってるけど…それってちゃんと売れるのか…?
「その店、本当に流行るのか?」
「え?だってこんなに良い色なんですから、皆喜んで来店するでしょう?」
誰もがお前みたいに黒を好きだと思ったら、大きな間違いだぞ。
中には白を好きな人だっているんだよ。シェルドニア王国の国民とかな。
「『frontier』の夏フェスのとき販売したブラックフード、予想以上に好評でしたからね。これはビジネスチャンスだと思ったんですよ」
やっぱりそうか。
あれに味を占めたんだな?気持ちは分かるが…。
でも、あれは『frontier』が宣伝をしたから売れたのであって、黒い食べ物が万民にウケているからではないのでは?
まだ出店もしていないのに、出鼻を挫くのは気の毒だから言わないが…。
まぁ、ルレイアなりに色々経営戦略を考えた上での出店なのだろうから、そんなに心配はしていない。
他にも、ルレイアが経営してるゴスロリブティックとかも。
誰が買うんだと言うような商品ラインナップだが、あれだって黒字を叩き出している訳で。
…案外世の中には、ルレイアと同じ趣味の人間が多いのかもしれない。
…世も末だな。
「それにほら、こういう奇をてらった奇抜な発想のお店を作ったら、SNS大好きな蝿共がうじゃうじゃ集まってくるでしょう?」
とのこと。
面白いもの見たさってことか?
まぁ、それはあるかもな。
「蝿って言うなよ…」
「最悪食べてもらえなくても良いんです。注文して、写真撮って、拡散して、金払って帰ってくれるんなら、それで」
切ねぇ。
折角商品を提供するなら、美味しいって言って食べて欲しいだろ。
「そういう訳ですから、ルルシーも是非試食してみてください。評判良かったらメニューに入れますから」
「あ、そう…」
「夏フェスで好評だった、ブラックサンドイッチとブラックソフトクリームは、既にメニュー入り決定してるんですけど。それ以外をどうするか考えてるんですよね〜」
…あれ、メニュー入りするのか。
あんな恐ろしい見た目の食べ物が、好評だなんて…。やっぱり世も末だな。
「それでは早速、一品目。こちら、ブラックかき氷になります」
かき氷。
喫茶店の夏限定メニューとしては、定番だよな。
…まぁ、こんな真っ黒なかき氷は定番ではないけど。
透明なはずの氷は真っ黒、上にかかっているシロップも黒、付け合わせのアイスクリームも黒かった。
まさにブラックかき氷。
まるで墨汁をぶち撒けたかのような色だ。
「これって食べられるのか…?」
「食べられますよ。原材料は確か…」
「氷にはシェルドニアクロヒキガエルの唾液を混ぜ、シロップはシェルドニアクロオオスズメバチの蜂蜜で作っています」
華弦がご丁寧に説明してくれた。
蜂蜜はともかく…カエルの唾液か…。
…って言うか。
「珍しく華弦が絡んでるのは、原材料がシェルドニア産だからか…?」
「はい。ルティス帝国では、なかなかこのような食材は見つかりませんから」
…やっぱり。
それで華弦がいたんだな…。納得。
こんなことに付き合わされて、華弦も大変だな…。
カエルの唾液は気持ち悪いが、俺はスプーンを取って、かき氷をすくってみた。
…食べてみると、意外と普通のかき氷の味。
むしろ、スズメバチの蜂蜜がこってりと濃厚で、結構美味い。
氷もさらさらで、唾液が混じっているというのに、信じられないほど何の癖もない。
見た目のインパクトの割には、味は普通に美味しいんだよな…悔しいことに。
「これ…売価はいくらなんだ?」
「1杯2000円です」
「…高くね?」
そんなにすんの?かき氷なのに?
俺の中でかき氷のイメージと言ったら、夏祭りなんかで、屋台で300円くらいで売ってるアレなんだけど。
それに比べたら、およそ7倍の価格。
いくらなんでも高くね?
「なんか、唾液を採取するのが大変らしいです」
また原材料の都合か。
だったらもう、唾液なんか使うなよ。
「そんな気持ち悪いもの使わなくても…着色料使えば黒くなるんじゃないのか?」
全部着色料だったら、それはそれで気持ち悪いけど…。
少しくらい使っても良いのでは?
少なくとも、唾液で黒くするよりマシだと思うが。
しかし。
「駄目です。着色料で黒くするのではなく、天然素材で無添加の黒をお届けしたいんです」
何だ?そのこだわり。
「それにほら、『全メニュー着色料不使用!』ってテロップを入れたいじゃないですか」
「あ、そう…」
まぁ…気持ちが分からなくもない。
着色料で色を付けたんじゃ、夢がないもんな。
いかに天然素材だけを使って、この黒を再現出来るかってところが重要なのであって…。
…でもだからって、よりによってカエルの唾液のかき氷は食べたくないんだけど。
着色料入りのかき氷と、カエルの唾液入りのかき氷。どっちが良いよ?
どう考えても、俺は前者だと思うね。
…しかし、ルレイアはそうは思わないようで。
「もぐもぐ。これうめぇ」
「…アリューシャ…」
なかなかスプーンが動かない俺に反して、アリューシャは何の抵抗もなく、シャクシャクとかき氷を食べていた。
「お前それ…。唾液なんだぞ?カエルの…分かってるか?」
「え?カエルは美味いだろ?」
あまりに当たり前のように言われてしまって、俺としてはもう何も言えなかった。
逞しい奴だよアリューシャ、お前は。
「それじゃあ次の商品。ブラックナポリタンです」
これまた、喫茶店の定番メニュー、ナポリタン。
しかし、俺達の前に出てきた皿に乗っているのは、ナポリタンとは程遠い色をした何かだった。
…ナポリタンって言ったら、普通赤いよな。
ケチャップの良い匂いがしてさ。
それなのに、今目の前にある…通称ブラックナポリタンは。
その名の通り、真っ黒なナポリタンだった。
「…ナポリタンじゃなくても、普通にイカスミパスタ売れば?」
黒い食べ物って、あんまり万人に知られていないけど。
イカスミパスタなら、既に誰もが公認している食べ物なんだろう。
見た目のインパクトは結構強いけど、食べると美味いよな、あれ。
それなのに。
「それじゃ駄目なんです」
オーナールレイア、謎のこだわりを見せていく。
何で駄目なんだよ…。良いだろ?イカスミパスタ…。
「このカフェでは、いかに『元々黒くない食べ物を黒くするか』が肝なんですよ」
「…あ、そ…」
何でそんなところにこだわってるのか知らんが…。
「これは…何で黒くしてるんだ?華弦…」
「シェルドニアクロトマトと、シェルドニアクロストカゲの内臓をすり潰して撹ぜています」
トマトは良い。
しかし、トカゲの内臓。お前は駄目だ。
聞かなきゃ良かった。気持ち悪っ…。
誰が望んで、トカゲの内臓を食べたがるよ?
…イカスミパスタだと思えば、抵抗なく食べられると思ったけど…。
食欲失せるわぁ…。
…一方で。
「うめーぞこれ」
「…アリューシャ…」
アリューシャだけは、相変わらず何の躊躇いもなく、もぐもぐとナポリタンを頬張っていた。
「お前それ、トカゲの内臓なんだぞ?」
「あ?トカゲも美味いだろ」
「…」
駄目だ。アリューシャの食生活についていけない。
アリューシャは、『青薔薇連合会』に入る前の路地裏生活が長いからな…。
「普通に美味しいですけどね」
「あぁ。味はナポリタンだな」
「…お前らもか…」
ルーチェスとルリシヤの二人も、平気な顔をして食っていた。
ルリシヤはともかく…ルーチェス、お前は元皇太子で、それなりの美食家だろうに。
そんなお前が、トカゲの内臓を食って喜ぶなよ。
王宮のシェフが泣いてるぞ。
「さぁ、ルルシーもどうぞ。味見してみてください」
「…分かったよ…」
仕方なく、フォークを使ってナポリタンを口に入れる。
これはイカスミ。イカスミパスタ。自分にそう暗示をかけながら。
「どうですか?美味しいですか?」
「…うん、美味しいよ」
イカスミパスタだと思えば、トカゲナポリタンも意外とイケるな。
「それじゃ次です」
「…まだあるのかよ…」
いい加減飽きてきたので、そろそろ終わりにしてくれないか。
「まぁそう言わず。次の商品は自信作なんですよ」
何だと?
これまでの商品も、かなりの自信作のように見えたが?
「こちらはかなり研究しましてね…作るのに苦労したんです」
「…」
…そういえば。
今更ながら、一つ疑問が浮かんだんだが。
「あのさ、ルレイア…。今回の『ブラック・カフェ』のメニューって…」
「はい?」
「ルレイアが作った訳じゃないよな?誰が作ってるんだ?これ…華弦か?」
「いいえ、私ではありません」
と、答える華弦。
だよな。忙しい準幹部に、そんなことしてる時間はないはず…。
じゃあ誰が、この奇抜な黒メニュー作りに協力してくれたのか…。
「それは勿論、俺のハーレム会員ですよ。調理師の資格を持つハーレム会員を集めて、作らせました」
「…お前って奴は…」
そうなんじゃないかと危惧していたが、本当にそうだった。
そんなあっけらかんとして…。
「良いかルレイア、ハーレム会員はお前の奴隷じゃないんだぞ?」
「『俺の為に手伝ってください』って言ったら、皆大喜びで協力してくれましたよ?」
「…」
洗脳済み、という訳か。
末恐ろしい、ハーレムの王。
本人達が幸せなら、それで良いと言うのか…。
「それでルレイア、自信作って何なの?」
と、シュノが尋ねた。
そうだな。
罪のないハーレム会員さん達が、苦労して作ったメニューだもんな。
せめて美味しく食べてあげないと、彼女達が報われない。
「よくぞ聞いてくださいました。こちらが当店のおすすめメニュー…。ブラックオムライスです」
オムライスだって。
これも、喫茶店としては定番のメニューだが…。
「ブラック・カフェ」にかかると、美しい黄色のオムライスが…。
…真っ黒のブラックオムライスに変貌していた。
これはまた…見事に黒い。
黄色いはずの卵が、何でこんなに真っ黒になってるのか。
「さぁどうぞ、食べてみてください」
「…」
俺はにわかには返事をせず、しばし皿の上のブラックオムライスをじっと見つめた。
…匂い…は、悪くない。普通に美味しそうな匂いがする。
しかし、このオムライスとは思えないグロテスクな色は、どうしたものか…。
食欲失せるなぁ…。
それなのに、スプーンが動かない俺に反して。
「見て、これ。ふわとろオムライスだね」
「本当だ。中身のチキンライスも黒いよ」
アイズとシュノは、好奇心いっぱいの顔でスプーンを動かしていた。
卵にスプーンを入れると、ふわふわとろとろの卵が、チキンライスの上にとろっと流れ出た。
どろりとした卵液もまた、見事に真っ黒。
そして、卵に包まれたチキンライスもまた…当然のごとく、黒かった。
これが普通の…黄色い卵に赤いチキンライスだったら、めちゃくちゃ美味しそうだったろうに…。
何故何もかも黒いのか…。「ブラック・カフェ」だから当然なのかもしれないが…。
そして、何故俺以外の幹部組は、何の抵抗もなく食べられるのか。
気味悪がってる俺の方が、ビビりみたいじゃないか…。
…分かったよ。
覚悟を決めて、俺もこのオムライス、食べるよ。
その前に、一つ聞かせてもらっても良いだろうか。
「…華弦。この黒い卵は…何を混ぜてるんだ?またカエルの唾液…?」
「いいえ、それはシェルドニアクロヒキガエルの唾液ではありません」
そうなんだ。ちょっと安心した。
そうだよな。いくら天然素材だからって、何でもかんでもカエルの唾液を混ぜるのは気持ち悪いよな。
すると。
「そのオムライスは、何かを混ぜて黒くしたのではありません。元々黒い卵を使用しているんです」
と、華弦が教えてくれた。
へぇ…黒い卵…。
「…そんなのあるのか?」
「はい。シェルドニアクロコモドドラゴンの卵ですね」
おぇぇぇ。
「チキンライスは、シェルドニアクロハシボソガラスの血を混ぜ、使っている肉も同様、シェルドニアクロハシボソガラスの肉です」
もっとおぇぇぇ。
食べてないのに。まだ食べてないのに吐きそうになった。
この…このふわふわとろとろのオムレツが、コモドドラゴンの卵から作られているだと?
あまりに気持ち悪くて、皿をひっくり返したくなる。
理性で何とか堪えているが。
「キモッ…!何でそんなもの使うんだよ!?」
「何でと言われましても…。色々試行錯誤した結果、これが一番美味しかったので…」
料理って、味だけじゃないと思うんだよ。俺。
見た目も大事だし、匂いも大事だし、何より原材料が大事だと思う。
誰がオムライスに、コモドドラゴンの卵を使うよ?
「ちなみに、一皿4000円です」
そして高い。
それオムライスの値段かよ?
「シェルドニアクロコモドドラゴンの卵は、貴重ですからね」
やっぱり原材料の問題なんだな?
もう普通のオムライスにしてくれ。黒くなくて良い。
着色料混ぜても良いから、コモドドラゴンだのカラスの血だのはやめてくれ。
つーか、カラスの肉って食べられるのか…?
俺はドン引きで、自信作のオムライスを全く食べられなかったが。
「もぐもぐ。うめぇ。もぐもぐ」
アリューシャは、口いっぱいにグロオムライスを詰め込んでいた。
「アリューシャ…。大丈夫なのか…?」
「何が?」
「いや、それ…。コモドドラゴンの卵だぞ?」
「ドラゴンの卵?なんか格好良いじゃん」
あっ。
アリューシャ、コモドドラゴンを知らなかった。
「コモドドラゴンっていうのはね、アリューシャ。物凄く大きなトカゲだよ」
と、アイズがアリューシャに教えてやっていた。
そう、ワニみたいなトカゲだよ。
しかし、コモドドラゴンの正体を知っても、アリューシャが気持ち悪がることはなく。
「トカゲ?トカゲは美味いだろ」
「それに、その中身…カラスの肉なんだぞ?」
「カラスも美味いだろ」
平然ともぐもぐ。
…。
…今ばかりは、俺、お前のことめちゃくちゃ逞しいと思ってるよ。
悪いが俺は、このオムライスは食べられなかった。
その他、俺達は次々と出てくる黒い料理の試作品を食べさせられた。
見た目のインパクトは凄いが、食べてみると以外と普通で、美味しい。
しかし原材料を聞くと、途端に吐き気を催す。
ついでに、その原材料の稀少性故に、どれもこれも値段が高い。
ルレイア。お前の「ブラック・カフェ」さぁ…本当に流行るのか?
大丈夫か?心配になってきたんだけど。
つーか、冷静に考えてみて思うのは。
…シェルドニア王国の食材って、本当…何て言うか…。
…凄いよな。
俺はルティス帝国出身で良かったと、心から思うよ。
食文化は大切だ。食文化は。
「さて、そろそろ本日の『ブラック・カフェ』の営業は終了します。皆さん、どうでしたか?」
「すげー美味かった!」
アリューシャには大好評。
良かったな。
野菜以外だったら、お前はカエルの唾液だろうが、コモドドラゴンの卵だろうが、平然と食うんだな。
「面白いよね。どれもこれも黒くて」
「格好良くて流行ると思う」
「高級感のある色だからな。バズること間違いなしだ」
「さすがルレイア師匠ですよね〜。僕も見習わないと」
何故か、俺以外の幹部組は皆好印象。
お前ら頭大丈夫か?それとも俺がおかしいのか?
俺が過敏に反応してるだけで、世の中の一般人は、平気でコモドドラゴンの卵を食べられるのか?
…。
…いや、騙されるな。やっぱり俺の方が正常だよ。
こいつらがまとめて全員おかしいんだ。そうに違いない。
「ルルシーは、どう思います?」
と、尋ねるルレイア。
…うん…。言いたいことは色々あるけど…。
とりあえず、一番言いたいことを先に言っておくよ。
「あのな、ルレイア。お前がどんな喫茶店を経営しようが、俺は応援するつもりだけどさ」
「はい」
見た目のインパクトの強さ。そして安定した味。
値段がちょっと高いのが玉に瑕だが…。ルリシヤの言う通り、一定層にはバズるだろう。
でも、それ故に…心からお前にアドバイスする。
お前と、そしてこのメニューを食べることになるお客さんの為にも。
「今日出したメニュー、全部…。原材料を一切明記するな。それさえ守れば、きっと売れるよ」
…要するに。
世の中、大抵のことは…知らぬが仏、ってことだ。