――――――…『青薔薇連合会』にシェルドニア王国からの大使がやって来た、その一週間後。
こちらは、帝国自警団本部。
丁度私のもとに、再び衝撃的なニュースが届いたところだった。
「何だって?シェルドニア王国の大使が、『青薔薇連合会』に…?」
「えぇ、そうみたい」
自警団の仲間であるユナが、意気消沈して頷いた。
そんな、まさか…。
「それは…確かな情報なの?」
「確かな情報だよ。『青薔薇連合会』本部から出てくるところを、見たっていう団員がいて…」
「…」
…じゃあ、本当なんだ。
『青薔薇連合会』は、大国シェルドニア王国を脅し、物資やお金、交易権を巻き上げているという…あの噂は。
まさか…あの大国であるシェルドニア王国が、『青薔薇連合会』に屈するなんて…。
「自警団の権限で、空港に照会して確かめた。『青薔薇連合会』の本部に呼び出されたのは、シェルドニア王国女王、アシミム・ヘールシュミット様の、一番の腹心の男だったそうよ」
「…そう…」
間違いない。
シェルドニア王国の女王様が一番信頼の置ける部下を派遣して、『青薔薇連合会』にやって来た。
それだけ、『青薔薇連合会』と深い関わりがあるということだ。
「それに、その数日後…『青薔薇連合会』宛てに、シェルドニア王国王室から何度も手紙が届いてるみたい」
「それって…女王様が直々に、『青薔薇連合会』に手紙を送ったってこと?」
「恐らく…」
「…」
シェルドニア王国の女王自ら…『青薔薇連合会』宛てに…。
やはり、両者は少なからぬ癒着があるのだ。
ベルガモット王家だけじゃない。
『青薔薇連合会』は、シェルドニア王国女王、アシミム様とも繋がっているのだ。
なんてこと…。『青薔薇連合会』という組織は、一体何処まで…。
「でも、どうして…?何がきっかけで、シェルドニア王国王室と…」
元々、ルティス帝国とシェルドニア王国は、それほど国交の深い仲ではなかった。
私でさえ、シェルドニア王国のことはよく知らないくらいだ。
シェルドニア王国よりは、隣国のアシスファルト帝国とか、最近では箱庭帝国との国交も深まっているけど…。
ルティス帝国の友好国は、周辺国のみに限られていたはず。
それなのに、最近になって突然シェルドニア王国との貿易を始めたり。
こうして、シェルドニア王国の大使がルティス帝国を訪れるようになった。
…もしかして。
もしかしてそれも…『青薔薇連合会』が関わっているのだろうか。
…充分有り得る話だ。
『青薔薇連合会』。
そして、『青薔薇連合会』を実質的なリーダー、ルレイア・ティシェリー。
あの男のやることだ。大体想像はつく。
「シェルドニアの人達は、争いを好まない、穏やかな国民性だって聞いたよ」
「うん。そう言われてるね」
「そんな人々が、自ら『青薔薇連合会』に…他国の非合法組織と関わりを持つとは考えられない」
シェルドニア王国側から、声をかけた訳じゃないだろう。
先にコンタクトを取ったのは、『青薔薇連合会』に違いない。
あのルレイア・ティシェリーが、更なる資源と資金を求めて、シェルドニア王国に目をつけたのだ。
シェルドニア王国は、ルティス帝国と負けず劣らずの大国。
従えることが出来れば、有力な「資金源」になるに違いないと。
そして、シェルドニア王国の人々を一方的に脅しつけたのだ。
突然の「奇襲」をかけられたシェルドニア王国は、ルレイアに舌先三寸で丸め込まれ。
このような争い事に慣れないシェルドニア王国側は、不躾なルレイアの要求を、毅然として断ることも出来ず。
あれよあれよと流されて、主従関係を結ぶ羽目になったのだ。
…なんて卑劣な。
抵抗の出来ない相手に、無理矢理カツアゲするようなものだ。
「ルレイア・ティシェリーが脅したんだ。シェルドニア王国の女王様を…」
「…」
「許せない。何の罪もないシェルドニア王国の人々から、お金を巻き上げるなんて…!」
何処まで卑劣だったら、そんなことが出来るのだ。
「…ルティス帝国とシェルドニア王国との貿易も、今でこそだいぶマシになってるけど…始まった当初は、もっと不平等な貿易だったんだよ」
と、ユナが教えてくれた。
ルティス帝国とシェルドニア王国との貿易…。
「あのとき、ルティス帝国は不況の折で…。『青薔薇連合会』も、国内で商売するのが難しかったんだと思う」
「…それで、豊かなシェルドニア王国に活路を見出して…。不平等な条件で、貿易を始めさせた訳だね?」
「うん…」
…そんなの、もう貿易じゃない。
ただシェルドニア王国を脅して、押し売りしてるようなものだ。
今でこそ、かなり貿易の条件は対等になってきているが…。
それでも、ルティス帝国に有利な交易であることに変わりはない。
それはルレイア・ティシェリーが、シェルドニア王国の女王様を脅して、そのように仕向けているから。
そう考えれば、辻褄が合う。
全ては、あのルレイア・ティシェリーが仕組んだことなのだ。
「国内のみならず、他国の人まで巻き込むなんて…」
こんなことを、いつまでも続けさせてはいけない。
シェルドニア王国の富は、シェルドニア王国のものだ。
シェルドニア王国の国民の為に使われるべきであって、決して『青薔薇連合会』に貢がせる為に存在している訳じゃない。
このままでは、シェルドニア王国は徐々に疲弊し、最悪経済が成り立たない事態に発展しかねない。
そうなるかもしれないって、分かっているのか?ルレイア・ティシェリーは。
何の罪もないシェルドニアの人々を苦しませて、何とも思わないのか。
…思わないんだろうね。
だからこそ、こんな卑劣なことが出来るのだ。
「止めないと…。シェルドニア王国の為にも、ルレイア・ティシェリーを…」
私がそう呟いた、そのとき。
「大変だ、ブロテ」
「アンブロ…?どうしたの?」
同じく自警団仲間のアンブロが、険しい顔をして部屋に入ってきた。
その表情を見ただけで、愉快な話ではないことは明白だった。
そして、案の定。
「たった今、報告が入った。『青薔薇連合会』の複数の口座に、同時に多額の金が振り込まれたらしい」
何だって…?
「それは…もしかして…」
「送金したのは海外の口座で…。調べてみたら、シェルドニア王国からの送金だった」
「…!」
シェルドニア王国から、『青薔薇連合会』の口座に入金があった。
…最早、どのような言い訳も通じない。
事実なのだ。
本当に『青薔薇連合会』は、ルレイア・ティシェリーは…シェルドニア王国からお金を巻き上げているのだ。
先日、『青薔薇連合会』にシェルドニア王国の大使が来ていたのも。
その後続けざまに、シェルドニア王国から『青薔薇連合会』宛に手紙が届いていたのも。
全ては、そのお金の為…。
「詳しい金額までは分からないけど、相当の金額だそうだ」
「…そうだろうね」
強請れば強請るだけ、お金を払ってくれるんだもんね。
いくらでも要求するよね。恥知らずなあの男は。
ルティス帝国国内のみならず、シェルドニア王国までその毒牙が…。
「…許せない」
何が何でも、早急に、ルレイア・ティシェリーを止めなくては。
これ以上奴の暴挙を許したら、今度は誰が被害に遭うか…。
…と、思った矢先。
「ブロテ、大変よ!」
先程のアンブロと同じように。
今度はシャニーが、慌てて部屋に駆け込んできた。
「どうしたの、シャニー?」
「『青薔薇連合会』が…」
…また、『青薔薇連合会』。
シェルドニア王国からお金を巻き上げて、それで次は何をするつもりなんだ。
少しは大人しくしていられないのか、あの男…!
「ルレイア・ティシェリーとその側近が、ルティス帝国を出たそうよ」
シャニーの報告に、私は目を点にした。
「え…?何処に…行ったの?」
「箱庭帝国行きの飛行機に乗り込んだ、って…」
「…!」
…シェルドニア王国だけでは満足出来ない、とでも言うつもりか。
ルレイア・ティシェリーは、私が止める暇もなく。
今度は、箱庭帝国にその悪手を伸ばしていた。
――――――…時は少し遡る。
ルシードがシェルドニア王国に帰り、正式に『青薔薇連合会』に賠償金が振り込まれ。
懐が豊かになって、満足していたところに。
箱庭帝国から、一通の書簡が届いた。
…突然で申し訳ないが、ここで一つ悲報がある。
「スーツケースはどれにします?」
「こっちの黒にしますか?」
「いや、確かそれより大きいスーツケースが、この押し入れに…ほら、あった」
「おっ、じゃあそれに詰めましょうか」
…。
「まず何から入れる?」
「そりゃあ、まずは着替えでしょう。ルルシーの為にオーダーメイドした、俺とお揃いのゴスロリスーツを入れて…」
「ルルシーさんのクローゼットって、なんか良い匂いしますね。男らしい匂いって言うか…いつまでも嗅いでいられる匂い」
「でしょう!?俺もそう思います!」
…。
「洗面用具と、衛生用品…。匠の気遣いで、生理用品も入れておくか。ルルシー先輩がいつ生理になっても良いように」
「大きいスーツケースを選んだだけに、まだ結構スペースありますね。俺のコスメグッズも入れて良いですか?」
「あ、じゃあ僕のエロ本も入れてください。向こうでムラムラしたら困りますからね」
…。
…状況を説明しよう。
今日、一日の仕事を終えて自宅に帰ってきてみたら。
何故か俺のマンションに、ルレイアとルリシヤとルーチェスの三人がいた。
それだけでもビビるのに、何故かこの三人は、俺の部屋の押し入れから、大きなスーツケースを引っ張り出し。
そのスーツケースの中に、俺の服やら何やらを詰め、荷造りしていた。
家主の目の前で、思いっきり家探ししてやがる。
しかも。
ルリシヤは、生理用ナプキンの入ったポーチを。
ルレイアは、自分の化粧道具を。
ルーチェスは、数冊のエロ本(しかもBL本)を、それぞれ俺のスーツケースに詰めていた。
ルリシヤとルレイアはまだ良い。
しかしルーチェス、お前は駄目だ。
いや、生理用品もだいぶふざけてると思うけどな。
そんな匠の気遣いは要らねーよ。絶対使わないから。
つーか、人のスーツケースに入れるな。自分で持ってけ。
それ以前にお前らは、何で俺の部屋に上がり込んで、勝手に荷造りをしてるんだよ?
今日の午後、珍しくルレイア達が俺の執務室に来なかったから、今日は平和だと思っていたが。
今日こいつらが来なかったのは、これのせいなのか?
…あぁ、もう頭が痛い。
「はい、準備終わりました」
「ばっちりですね!」
「これで、いつでも出発出来るな」
…勝手に荷造り終えてるし。
とりあえず、俺がやるべきことは一つだけ。
上着のポケットから、スマートフォンを取り出した。
「…もしもし警察ですか。うちに空き巣が入ったので、すぐ捕まえに来てください」
そこでようやく、ルレイアが俺の帰宅に気がついた。
「ちょ、ルルシー?何してるんですかっ?」
何してるんですか、だと?
それはこっちの台詞だ。
「お前が何をやってんだ。俺の部屋で」
「見ての通り、荷造りですよ。ルルシーは忙しいだろうと思って、俺達が代わりにやってたんです」
成程、俺の為か。
そりゃどうも、気遣いありがとうございますね。
余計なお世話過ぎるから、ちょっと今すぐ出ていってもらって良いか?
「俺を警察に突き出そうなんて、ルルシー酷い!俺が捕まっても良いんですか?」
「…冗談だよ」
本当に警察に連絡した訳じゃない。
ただ、そうすれば少しはビビるかなって思っただけだ。
…さて、それじゃあ気を取り直して。
「…お前ら、並んでそこに正座しろ」
話はそれからだ。
「えっ、何々?SMプレイですか!?」
ずっこけるかと思った。
目を輝かせて何言ってんだ、ルレイアは。
「違う。良いから座れ」
「普通に考えたら俺が攻めだと思いますけど、ルルシーが相手なら、受けも楽しめそうですね!」
「…!これが、噂のリバですか…!確かに、たまには良いかもしれませんね!」
ルーチェスも何言ってんだ?
この中で唯一まともなのは、最早ルリシヤのみ…。
「大丈夫だ、ルルシー先輩。生理痛に備えて、痛み止めとカイロも入れておいたから」
ぐっ、と親指を立てるルリシヤ。
「…お前も全然まともじゃなかったわ。ごめん」
誰が生理痛の心配をしたよ。
デリケートな話はやめろ。
「良いから座れ、さっさと」
「はいはい、分かりましたよ〜」
ルレイア、ルリシヤ、ルーチェスの三人が、床にちょこんと体育座り。
何で体育座りしてんの?正座しろって言っただろ。
反省の色が全く見えない。
あぁ、もう良い。この際座り方なんてどうでも良い。
ひとまず、この状況について説明が欲しい。
「何をやってたんだ、お前らは」
「何をって…。ルルシーの為に荷造りを」
それはさっき聞いたよ。
「何で荷造りの必要があるんだ?」
わざわざ俺の部屋に侵入してきてまで。
当然鍵かかってたはずなんだけど、どうやって侵入してきたんだよ?
ここは、『青薔薇連合会』所有のマンション。
カードキーのみならず、パスワードと指紋認証が必要なんだが?
まぁ、不法侵入のプロフェッショナルであるお前達に、侵入の方法を聞くなんて愚問だな。
この際侵入方法については、目を瞑ってやる。
まずは動機を話せ。
「ルルシーと一緒に、旅行に行こうと思いまして」
と、ルレイア。
「…旅行?」
「この四人だけじゃないですよ。シュノさんも、アイズもアリューシャも一緒です」
他の幹部組も?
「それから、ルヴィアさん夫婦と華弦も一緒です」
「僕の嫁も一緒ですよ!」
ルレイアとルーチェスが言った。
クランチェスカ夫妻と華弦、それにルーチェス嫁まで?
オールスター勢揃いじゃないか。収拾つくのか?
「そんなに大人数で…何処に行くんだ?」
「箱庭帝国ですよ。ルアリスから手紙が来たんです」
箱庭帝国?手紙?
何のことやら…。
自分が、何か面倒なことに巻き込まれつつあることはよく分かる。
この三人が自宅に忍び込んでいた時点で、既にお察しだがな。
――――――…その頃、帝国騎士団隊舎では。
「…そうか…。それは…残念だ」
「えぇと…申し訳ありません…」
「…」
…先程から。
俺の上司であり、帝国騎士団団長であるオルタンス殿は、両手を組んでしょんぼりと俯いていた。
…えぇと。
何だか悪いことをしてしまったみたいで、とても申し訳ない…のだが。
こればかりはその…他にどうしようもない…と言うか。
…我慢してもらうしかない、と言うか。
何と言って慰めたら良いものかと、頭を悩ませていたところに。
「…ん?ルーシッド、いたのか」
「あ…。アドルファス殿…」
こちらも俺の上司であり、帝国騎士団三番隊隊長のアドルファス殿が、オルタンス殿の執務室にやって来た。
アドルファス殿も、オルタンス殿に用事があるのだろう。片手に書類を持っていた。
「悪いな。取り込み中だったか」
「いえ、その…。俺の用事はその…一応終わってはいるのですが」
「あ?」
「その…オルタンス殿が、まだあまり…納得して頂けてないようで…」
「…」
アドルファス殿は、しょんぼりと落ち込むオルタンス殿を見つめた。
そして、一言。
「何やってんだ?こいつ」
アドルファス殿にとっても上司のはずなのだが、既にこいつ呼ばわり。
それだけ気心の知れた仲…ということにしておこう。
「実は、その…。えぇと、オルタンス殿がこうなったのは、自分の責任でして…」
「お前が?何をしたんだ?」
…。
…アドルファス殿にも、話しておくべきだろうな。
不在中は、彼にも世話になるだろうし…。
「来週から三日間、暇をいただこうと思いまして…」
「お前がか?珍しいな」
はい。
「突然のことで申し訳ないのですが…」
「別に良いだろ。お前、普段から働き過ぎなくらいだからな。今はそれほど忙しい訳でもないし、休めるうちに休んでおけ」
「ありがとうございます」
自分は休みを取らないのに、お前だけちゃっかり休むのか、と嫌味の一つでも言われてもおかしくなかったが。
アドルファス殿は、あっけらかんとしてそう言ってくれた。
有り難いことだ。
これがアストラエア殿やユリギウス殿だったら、眉の一つはしかめられたことだろう。
「ひいては、アドルファス殿にお願いしたいことが…」
「何だ?」
「留守中のことは、副隊長に任せてありますが…。万が一俺の不在中、四番隊に何か有事がありましたら…そのときは…」
「あぁ、そういうことか。分かったよ」
厚かましい頼み事だったが、こちらもあっさりと引き受けてくれた。
何もない…とは思うが、万が一ということも有り得る。
アドルファス殿に託しておけるなら、心強い。
あとは…。
…オルタンス殿が、後腐れなく送り出してくれたら、非常に助かるのだが。
「羨ましい…。俺はお前が心底羨ましい、ルーシッド」
「は、はぁ…」
そう言われても…。どうにもしてあげられないと言いますか…。
納得してもらうしかないのですが…。
「ルレイアと一緒に旅行に行くなど…。羨ましい限りだ」
「いえ…。別にルレイア殿と旅行に行く訳では…」
「まさかお前に先を越されるとはな。真の敵は味方にあり、とはよく言ったものだ」
誰が言ったんですか、そんなこと。
それから…俺はルレイア殿と旅行に行くのではない。
「オルタンスがこうなってるってことは、ルレイア絡みなんだろうと思ってたが…。旅行?」
事情を知らないアドルファス殿が、首を傾げた。
当然の疑問である。
「はい。実は…来週の休暇を使って、旅行に行こうと思っていまして」
「へぇ。何処に?」
「箱庭帝国です。『青薔薇委員会』の委員長、ルアリス殿から直々に、招待状をいただきまして」
「あぁ、そういうことか」
理解していただけたようで、何よりです。
「箱庭帝国で大きな式典が開かれるので、是非参加して欲しいと頼まれたのです」
ルアリス殿から、招待状が同封された手紙を受け取った。
ルアリス殿とは、箱庭帝国の革命時に知り合った。
あのときの縁を、ルアリス殿は未だに忘れていないらしい。
有り難い誘いだ。
断る理由も特にないので、今回は参加させてもらうことにした。
…で、その為の休暇をもらおうと、こうしてオルタンス殿の執務室にやって来て。
休暇そのものは、驚くほどあっさりともらえたのだが…。
ルアリス殿に誘われて箱庭帝国に旅行に行くと言うと、オルタンス殿はこのように、頭を抱えてしまった。
…今更だが、言わなければ良かったと後悔。
ルアリス殿から誘いをもらったのは、当然俺だけではない。
同じく『青薔薇十字軍』と共に、箱庭帝国の革命に協力した、『青薔薇連合会』の面々も。
俺と同じように、招待状を受け取っているそうだ。
勿論、その中にはルレイア殿も含まれる。
ルレイア殿がいると聞いて、オルタンス殿は…何と言うか、スイッチが入ってしまったらしい。
やっぱり言わなければ良かった。
「…ルレイアが絡むと、途端にこれだ。面倒臭い奴だな」
アドルファス殿が一刀両断。
「ルーシッド、この馬鹿のことは気にせず行ってこいよ」
「は、はい…」
「俺も行きたい…」
というオルタンス殿の呟きは、申し訳ないが聞こえなかったことにした。
さすがに、オルタンス殿は滅多なことがない限り、ルティス帝国を留守にする訳にはいかないので。
「…ルーシッド。こんなことを言うのは無粋かもしれないが」
と、アドルファス殿。
「はい?」
「可能なら、『青薔薇連合会』の様子を探ってきてもらえるか」
…これは意外な頼みだった。
「『青薔薇連合会』の様子…ですか」
「あいつら、まだ帝国自警団にちょっかい出されてるんだろうから。今『青薔薇連合会』がどんな状況なのか、知っておきたい」
あぁ、成程。
「まぁ、箱庭帝国の旅行に参加するくらいなら、それなりに余裕はあるんだろうが…」
帝国自警団が『青薔薇連合会』に何をしているのか。
立ち入り調査をしたことまでは知っているが、それ以降のことは知らない。
不干渉の原則がある限り、こちらから口を挟む訳にもいかない。
帝国自警団…か。
個人的には、彼らのことは悪い印象を持っていない。
ルティス帝国の正義を守り、秩序を守る存在。
俺だって、帝国騎士団に入れなかったら帝国自警団に入ろうと思っていたこともある。
…しかし、今の帝国自警団は…。
…どんな風に振る舞ったら良いのか、分からないな。
「ルレイア殿に尋ねても、返事は期待出来ないと思いますが…」
「聞く必要はないさ。ただ、あいつらがどんな様子か見てきてくれるだけで良い。お前の主観で構わない」
「…分かりました」
俺は、ルレイア殿と一つ屋根の下、同居していたときのことを思い出した。
今でも、自分が「あの」ルレイア殿と半年あまりに渡って、同じ部屋に同居していたなんて信じられない。
半年間も、どうやって凌いだんだろうと疑問に思うくらいだ。
「まぁ、あいつなら何があろうが、余裕綽々だろうけどな…」
「…俺もそう思います」
何なら、天国からお迎えが来ても、余裕たっぷりの顔で待ち受けてそうだ。
それどころか、お迎えを撃退してしまいそうな勢い。
帝国自警団が『青薔薇連合会』に何をしようと、ルレイア殿達は動じないだろう。
…そういう意味では、帝国自警団が少し気の毒になってしまう。
『青薔薇連合会』を敵に回すのは、非常に難しい。
自分が失敗したから、よく分かる。
帝国自警団は、ルティス帝国でもっとも厄介な組織を相手にしているのだ。
…正直、これまで長い間空気のような存在だった帝国自警団に、今の『青薔薇連合会』を…そして。
あのルレイア殿を、御しきれるとは思えない。
…あまりに無謀だ。
不干渉の原則があるから、俺が口を出すことは出来ないが…。
…帝国自警団は、まだ『青薔薇連合会』の本当の脅威を知らないのだろう。
かつて、俺がそうだったように…。
…すると。
「…よし、分かった。ルーシッド」
と、オルタンス殿が言った。
お。
ようやく納得してくれましたか。
良かった。これで、俺も後腐れなく箱庭帝国に、
「スーツケースに俺を入れてくれ。荷物としてついていく。それなら良いだろう?」
ずっこけるかと思った。
オルタンス殿、あなたはそれで満足なんですか?
「…申し訳ないですが、それは無理です」
「…無理なのか?」
「無理です」
「…」
そんなしょんぼりされると、罪悪感が。
「ルーシッドを困らせるんじゃねぇよ、いい加減諦めろ」
と、アドルファス殿が言ってくれた。
ここにアドルファス殿がいてくれて、本当に良かったと思った。
「…仕方がない。じゃあ、毎時間ルレイアの写真を俺に送ってくれ。それで納得するから」
とんでもないお願いをされてしまった。
「いや、あの…」
「だから、ルーシッドを困らせるなっての。ルーシッド、気にするな。この馬鹿のことは」
「…はい…」
「あぁ、ルレイア…。ルレイアと旅行に行きたい…」
「駄々っ子かよ」
…えぇと。
何だかカオスな状況になってきたんだが…何も見なかったことにして、箱庭帝国に行ってきて良いだろうか。