俺のルティス語は、生粋のルティス人にも充分通用したようで、入国審査は恙無く終わり。

その後『青薔薇薇連合会』本部のある帝都に向かう為、タクシーに乗り込んだ際も。

運転手に目的地を告げると、すぐに頷いて車を出発させた。

俺は車の中でサングラスをかけ、黒いマスクをつけた。

今回の来訪は、公式のものではない。

まさか、シェルドニア王国の貴族が起こした不祥事に関する事後報告に来た…などと、声を大にして言う訳にはいかない。
 
その為、こうして隠れるように『青薔薇連合会』本部に向かっているのだ。

とはいえ…この国で俺の顔を知っている者は、ごく少人数に限られる。

そこまで挙動不審になる必要は、ないと思うが…。

念の為にな。
 
すると。

「お兄さん、何処から?」

車を走らせながら、運転手が聞いてきた。

…答える義務はないので、眠っている振りをして無視しようかとも思ったのだが…。

「シェルドニア王国から」

このくらいの他愛ない世間話なら、許されるだろうと思った。

空港から『青薔薇連合会』本部のある都市まで、どれくらい離れているのか詳しくは知らないが。

目的地まで、気まずい空気のまま向かうのは憚られる。

「シェルドニア王国…。それは珍しいですね」

そのようだな。

シェルドニア王国には、ルティス帝国からの観光客など、滅多に見かけない。

逆もまた然り、だ。

最近は、ルティス帝国とシェルドニア王国の国交も深まってきたが…。

まだまだ、二つの国を隔てる壁は高い。

「観光ですか?」

「えぇ、そうです」

本当は観光などではないが、俺はそう言って頷いておいた。

その方が都合が良かろう。

まさか、本当のことを話す訳にはいかないからな。

「そうですか。ちなみに、何処を観光する予定なんですか?」

返答に困る質問だな。

ルティス帝国の観光地など、俺が知る由もない。

「行ってみてから決めるつもりなんです」

仕方なく、俺はそう答えておいた。

「そうですか、それは良いですね」

「何かおすすめの観光地はありますか?」

「色々あるよ。帝都は歴史の深い街だからね」

そうだろう。

シェルドニア王国の王都に負けず劣らず、だと聞いている。

どんな観光地があるのかは知らないが…。

「美術館なんか良いんじゃないですか?ルティス帝国帝立美術館。何日いても飽きませんよ」

美術館か。

興味はないが、定番の観光スポットだと言えるだろう。

「そうですか。じゃあ足を運んでみます」

「えぇ、是非」

全く興味はなかったが、適当に返事をしておいた。

本当に観光の為に来られたなら、もっと気は楽だったろうな。

美術館どころか、俺は今から、危うく命を落としかけない危険な場所に行くのだ…などと。

この運転手には、関係のない話だな。