…こんなところに、ルレイア・ティシェリーが現れるとは。
それに…この周りに写ってる人達。
「『青薔薇連合会』の幹部仲間だね」
「あぁ、そのようだ」
ルレイア・ティシェリーの隣に写っているこの男、見覚えがある。
立ち入り調査に行ったときも、ルレイアの隣にいた人だ。
名前は確か…ルルシーだったか?
それに、立ち入り調査に行ったとき、私達を出迎えた男も一緒だ。
他にも何人か、ルレイアの周りに一緒に写っていた。
これらは誰だろう…。ルレイアのお付きの人だろうか?
部下を何人も引き連れて歩くなんて、随分なご身分じゃない。
それより…この写真。
「ここでイベントがあったって言ったよね?何のイベント…?」
あのルレイア・ティシェリーが、部下を引き連れてわざわざ足を運ぶほどなのだ。
きっと、ただの催事では…。
「聞いたところによると、『frontier』っていうアーティストのイベントらしい」
セルニアは、困ったような顔でそう答えた。
…『frontier』?アーティスト?
「…聞いたことがあるような、ないような…。セルニア、知ってる?」
「さぁ…。僕も、ほとんど…。確か、動画サイトで有名なアイドルらしいね」
「…」
…そんなアイドルのイベントに、何故ルレイアが?
分からない…まさかそのアーティストのファンだとでも言うのだろうか?
マフィアの幹部が、まさか巷で噂のアイドルに夢中になるなんて…とても信じられない。
「きっと、何か魂胆があるに違いないよ」
あのルレイアともあろう男が、純粋にイベントを楽しみに来たはずがない。
何かを企んでいるのだ。無辜の人々を苦しめる何かを。
「僕もそう思って、少し調べてみたんだ。この…『frontier』っていうアーティストのこと」
と、セルニア。
「何か分かったの?」
「うん。どうやら『frontier』っていうアーティストが所属している事務所の親玉が、『青薔薇連合会』らしいね」
…やっぱり、そういうことなんだ。
つまりこのアーティストは、『青薔薇連合会』の息が…ルレイア・ティシェリーの息がかかっているんだ。
ルレイアがこの会場にいたのも、それが理由か。
「始めから、このアーティストは『青薔薇連合会』が作らせたものなのか…。それとも、元々いたアーティストに、『青薔薇連合会』が声をかけたのか…」
「…『青薔薇連合会』が作らせたんだと思うよ、私は」
そして、金に物を言わせ、権力に物を言わせ。
あらゆる汚い手口を使って、『frontier』というアーティストを有名人に仕立て上げたのだ。
『frontier』の人々は、ルレイア・ティシェリーの金儲けの為に使われているのだ。
可哀想に…。
あの男は、どれほど罪のない人々を苦しめたら気が済むのか…。
…やはり、何としてもルレイアだけは逮捕しなくては。
これ以上、罪のない人々を苦しめることがないように。
「…それだけじゃないんだよ、ブロテ」
「…え?」
セルニアは、酷く深刻な顔で私を見つめていた。
それだけじゃない、って…。
ルレイア・ティシェリーが『frontier』というアーティストを従わせて、金儲けをしている。
それ以上に問題なことが、他にあると?
「どういうこと?セルニア…」
「ここに写ってる写真の人物を、帝国騎士団と共有しているデータベースと照らし合わせて、該当する人物を調べてみたんだ」
そこまでしてくれたんだ。
さすがセルニア、仕事が早い。
「それで?誰なの?」
「この写真に写ってる人物の中で、身元が分かったのは二人だけだった」
「二人…?ルレイアと、もう一人は誰?」
「いや、ルレイアは含まずに二人だ。正確に言えば、ルレイアもまだ身元が割れた訳じゃない。彼らは闇の戸籍を持ってるから」
あ、そうか…。
『青薔薇連合会』は、裏社会に所属する非合法組織。
まともな戸籍を持たず、闇から流れてきた、あるいは不法に購入した戸籍を使っている者も多い。
そういう者は、当然ながら帝国騎士団が管理する戸籍リストに載っていない。
ルレイアもその一人だっけ…。
お陰で私達は、ルレイア・ティシェリーが何処で生まれ、何処から来た、どのような身分の出自なのか、未だに分かってないのだ。
何処かに親兄弟はいるはずだが、それが何処なのか分からない。
ルティス帝国の生まれだとは思うのだが…。それだってあくまで推測だし。
…いや、今はそれよりも。
身元が判明した二人、というのが誰なのかを確認しよう。
「一人は、普通にルティス帝国市民権を持つ一般人の女性だった」
…一般人の女性?
何だか拍子抜けしてしまった。
何で一般人の女性が、『青薔薇連合会』の幹部達と一緒にいるの…?
「どれ?どの人?」
私は写真を覗き込んだ。
「この人だよ」
セルニアが、写真に写っている一人の女性を指差した。
この人が…。
顔はぼやけていて、どんな表情をしているのかよく見えない。
一体どういう関係で、『青薔薇連合会』なんかと一緒に…。
「名前は、セカイ・アンブローシア。帝都に住む一般女性。職業は主婦」
「『青薔薇連合会』との関係は?」
「元々は帝都の歓楽街で、長い間水商売をしていたみたいなんだけど…」
成程、夜の仕事をしている人だったんだね。
じゃあもしかして、『青薔薇連合会』との繫がりはそこで…。
「…どうもその人、亡くなった母親が相当借金を残していたらしくてね。その借金が、まるまる彼女に押し付けられたらしい」
「借金…?その借金って…。まさか…」
私は、一つの可能性に思い至った。
まさか。『青薔薇連合会』はそんな汚いことを。
しかし、セルニアのこの表情を見るに。
私の推測が当たっていることは、明白だった。
「うん。借金をした相手は、『青薔薇連合会』の下部組織の一つ。恐らく…この女性は『青薔薇連合会』への借金のカタに、こうして従わされてるんだと思う」
「…!」
やはり…やはり、そうなのか。
ルレイア・ティシェリー…なんという卑劣なことを。
借金を背負わされ、身動きの取れない一般女性を脅し、無理矢理言うことを聞かせ。
こうして自分の傍に侍らせて、奴隷のように扱っているなんて。
私は、写真に写っているセカイ・アンブローシアさんの顔を見た。
ぼやけていて、表情は分からない。
でもきっと…酷く悲しい顔をしているに違いない。
借金に縛り付けられ、望んでもいない相手に無理矢理従わされて…。
今すぐに写真の中に飛び込んで、彼女を救ってあげたい衝動にさえ駆られた。
それが出来たら、どんなに良かったか…。
「…気の毒に…。何とかして救ってあげられたら…」
「…確かにその人も気の毒だけど、その人の隣に写っている人も」
「え?」
…そういえば。
写真の中で、身元が分かったのは二人だって言ってたね。
セカイさんと、それからもう一人は…。
「セカイ・アンブローシアさんの隣に写っている人、その人の身元が分かった」
相変わらず堅い表情で、セルニアが言った。
『青薔薇連合会』への多額の借金のカタに、無理矢理従わされている一般女性。
それだけでも、あまりに気の毒だというのに。
隣に写っているこの男性は、それ以上だというのか?
「この人?この男の人?」
「そうだよ」
私が写真の中を指差すと、セルニアは頷いた。
…こちらも、ぼやけていて表情は読めないが。
どうやら、かなり若い男性だということは分かる。
こんな若い人が、どうして『青薔薇連合会』なんかと…。
…すると。
「…その人なんだよ、ブロテ」
「え…?」
その人、って…?
「『青薔薇連合会』に脅されて、人質にされているベルガモット王家の皇太子」
セルニアがそう言ったとき、私は頭を殴られたようなショックを受けた。
…そんな、まさか。
「ローゼリア様とアルティシア様の弟君らしい。名前はルーチェス殿下と言って…」
「この人が…!あ、いや…この御方が、ベルガモット王家の皇太子…!?」
「あぁ。一般に顔は知られていないから…でも、データベースには載っていた。僕も驚いたよ…」
…この御方が、『青薔薇連合会』に人質に取られた皇太子。
ルーチェス殿下。
「なんと…お労しい。こんなところに連れてこられて…」
あの男。ルレイア・ティシェリーは、どれほど卑劣なのだ。
人質に取ったルーチェス殿下を、小間使いのように自分に従わせ、好き勝手に連れ回すなんて。
命を脅かされているルーチェス殿下には、逆らうという選択肢が取れない。
こうして、ルレイア・ティシェリーに奴隷のように従うしかない。
本来なら、ベルガモット王家の王位を継ぐべき方が…このような憐れな姿に。
王家の威信と権威を何だと思っているのだ。あの卑劣な男は…!
牢獄に閉じ込めている訳じゃないのだから、まだマシだとでも言うつもりか?
…それなら、この写真に写っている人は…。
「…戸籍が見つからなかっただけで、他にもルレイアの周りに写っている人は皆、ルレイアに弱みを握られて、従わせられているんだろうね」
「…僕もそう思う」
このルルシーという人も、他にルレイアの周りに写っている人も。
何らかの理由でルレイアに弱みを握られ、無理矢理言うことを聞かされている。
それで自分は、王様のように侍従を従え、左団扇で満足していると。
本当に…何処まで卑劣なんだ、この男は。
無辜の人々を…そして、ベルガモット王家の皇太子殿下を、まるで自分の奴隷のように…。
「…許せない。私…この人を許せないよ」
「同感だ。絶対に許しちゃいけない…」
「詳しいことを、もっとよく調べよう。二の足を踏んではいられない」
悠長にしている暇はない。今すぐにでも動いて、少しでもたくさん情報を集める。
そして、こうしてルレイアのもとで苦しんでいる人を…少しでも早く、地獄から救ってあげなくては。
―――――…どっかのアホが、とんでもない誤解と勘違いの沼に、ずぶずぶと足を踏み入れているその頃。
そんなことは、全く意に介さない俺達は。
「…どうです?ルリシヤ。進捗状況は?」
「あぁ。任せてくれ、もう少しだ」
「楽しみですね〜」
…『frontier』の夏フェスを終わった、その翌週。
今日も今日とて、当たり前のようにルレイアとルリシヤは、俺の執務室にやって来て、楽しくお喋り。
…してるだけなら、まぁ可愛いもんだ。いつものことだからな。
しかし、今日はいつもとは違った。
何故なら。
今日はこの二人、実験用ゴーグルをつけて、何やら怪しい実験をやっていた。
「…」
…なぁ。
…別に良いよ。お前らが何の実験をしようと。
危険がないなら、俺は口を出すつもりはない。
…でもな、これだけは言わせてもらうぞ。
俺の部屋でやるな。よそでやれ、と。
こいつら、俺の執務室を何だと思ってるんだ?
いつでも遊びに来て良い、公園みたいなものだと思ってるだろ。
公園感覚で訪ねてくるだけならともかく、そこで謎の実験を始めるんじゃない。
挙げ句、こいつら俺に無断で実験を始めたからな。
せめて家主の許可を取ってからにしろ。
これが本当に公園だとしても、勝手に実験をしたら怒られるぞ。
…しかも、顕微鏡を覗くとか、標本箱を眺めるとか、そんな可愛らしい実験ならまだしも。
「ルレイア先輩、そこの粉末ドラゴンズ・ブレスを取ってくれるか」
「はい、これですね」
「あぁ。これをビーカーに入れて、先程のハバネロペーストと…」
見てみろ。聞くにおぞましい実験をしてやがる。
ドラゴン?何だ?その無駄に格好良い材料は。
ちらりとルリシヤの手元を見ると、マグマのような赤い液体が入ったビーカーがあった。
なんか目がチリチリするんだが。気のせいか?
絶対近寄らない方が良い。本能で分かる。
何でそんな危険な実験を、俺の部屋でやるのか。
俺の部屋は実験室じゃないんだぞ。
すぐに出て行け!と叫びたいところだが…あまりにも奴らが危険な実験をしているせいで、声もかけづらい。
何で俺の部屋なのに、俺が遠慮しなければならないのか。
理不尽極まりない。
何を、何の為に作ってるんだか…。
まぁ、大体予想はつく。
あの実験材料を見るに、恐らくまた…ルリシヤの激辛カラーボールの改良版なんだろう。
あのシリーズ、もういい加減にした方が良いと思うんだが。ルリシヤはまだ満足していないらしいな。
…しかし、気になるのはルレイアだ。
ルリシヤが、あの悪趣味な自作カラーボールシリーズを開発するのはいつものことだが。
今回は何故か、そんなルリシヤの隣にルレイアがいる。
普段、ルレイアがルリシヤの実験に付き合うことはないはずだが…。
今日はまた、どういう風の吹き回しだ?
「ドラゴンズ・ブレスカラーボールの方はこれで良いとして…。他のブツは?」
他のブツ…?
ドラゴンズ・ブレスの時点で相当ヤバそうなんだが、他にもあるのか?
「色々考えてあるぞ。やはり母国の素材の方が馴染みがあるだろうと思って、調べてみたんだ」
「匠の気遣いですね!」
「ありがとう。ルレイア先輩に褒められると照れるな」
…何言ってんだ?お前らは。
匠の気遣い…?
「そういう訳で、こっちがシェルドニア王国で最も辛いと言われる、シェルドニアジゴクトウガラシだ」
シェルドニアジゴクトウガラシ…?
「こっちが、シェルドニア王国で最も酸っぱいと言われる、シェルドニアジゴクレモン。こっちがシェルドニア王国で最も甘い、シェルドニアジゴクザラメだ」
…そんな種類が…?
シェルドニア王国の名産物って…俺もそんなに詳しくないけどさ。
本当、突飛な食べ物が多いよな。
ルティス帝国の食文化に慣れていたら、カルチャーショックが半端じゃない。
…で、ルリシヤとルレイアは、そのシェルドニア王国の謎の特産物で、何をたくらん、
「これでカラーボールを作って、ルシードにぶん投げてやりましょうね!」
「ちょっと待て。何考えてんだお前」
これ以上、黙って静観しておけなかった。
ルレイアの相棒兼、お目付け役として。
今のは聞き捨てならなかったぞ、おい。
「…?どうしたんですか、ルルシー」
どうしたんですかじゃない。
お前がどうしたんだよ。
ちょっと色々聞き捨てならないから、1から説明してもらおうか。
「何やろうとしてんだ?お前らは。ちょっと目を離したら…」
絶対ろくなことじゃないに決まってる。
椅子から立ち上がって、ルレイアに近づこうとしたら。
「あ、ルルシーゴーグル無しで近づいたら、」
「うっ…」
「あー…。言わんこっちゃない」
ドラゴンズ・ブレスの凄まじい威力に、ゴーグルをつけていなかった俺は、後ろにひっくり返りそうになった。
目が燃える。
「大丈夫ですか?ルルシー」
「迂闊に近寄ると、痛い目を見るぞ。ルルシー先輩。これはかの名高きドラゴンズ・ブレスだからな」
そんな危険物を、俺の部屋に持ち込むんじゃねぇ。
ルレイアが、俺に真っ黒のレース付きハンカチを差し出してくれたので。
有り難くそれを借りて、両目を押さえた。
はぁ…危ないところだった…。
…。
…って、一息ついてる場合じゃない。
「お前ら、何を企んでるんだ?」
「はい?」
とぼけたって無駄だぞ。
さっき聞いたからな、俺。
お前今、聞き捨てならないことを言ってただろう。
「お前ら、さっきから俺の部屋で何をやってるんだ」
「嫌がらせカラーボールを作ってます」
潔いな。やっぱり嫌がらせ目的なのか。
まぁ、それ以外に用途なんてないわな…。
「何か駄目でした?」
「…駄目ではない」
勘違いしないで欲しいが、俺は別に、カラーボールを作ってることに文句を言っている訳ではない。
別に良い。嫌がらせカラーボールを作る行為自体は。
馬鹿馬鹿しいように見えて、意外と有事には役に立つと知ってるからな。
これまで何度も、ルリシヤのお手製カラーボールに助けられてきた。
だから、カラーボールを作る行為そのものは別に良い。
問題は、その開発を俺の部屋でやるなってことと…。
「…誰にぶつけるって?」
「はい?」
「それを誰に投げつけるって?」
「ルシードです」
大問題。
聞き捨てならない大問題だ。
覚えているだろうか、ルシード・キルシュテンという人物を。
彼はシェルドニア王国の女王、縦ロールおばさんこと、アシミム・ヘールシュミットの腹心である。
ルレイアに言わせれば、アシミムの腰巾着…らしいが。
あれでかなりの実力者であり、アシミムにとっては頼りになるボディーガードだろう。
シェルドニア王国で一悶着あった相手だが、何故その人物に、激辛カラーボールをぶん投げるという事態になるんだ。
「何でそんなことをするんだ?」
「え?だってムカつくじゃないですか」
「…」
…そんな適当な理由で。
ルシードはドラゴンズ・ブレスやら、シェルドニアジゴク何たらいう素材で作った、嫌がらせカラーボールを投げられるのか。
たまったもんじゃないな。気の毒に。
…だが。
俺がいる限りは、そのような無礼を働かせる訳にはいかない。
「…ルレイア」
「あいつ、いつも澄ましていてムカつきますからねー。一回痛い目を見せてやりたいと思ってたんですよ」
「前王の暗殺事件で、奴らには随分『世話に』なったからな。そのお礼をするには良い機会だ」
「話を聞け、お前ら」
勝手に和気あいあいしてるんじゃない。
「確かに、あいつらに世話になったのは事実だが…」
俺だって、アシミムやルシードには思うところがある。
今も許した訳じゃないからな。俺は。
あのとき、あいつらがルレイアにしたことを思うと…腹が立ちもする。
多分一生許せないだろう。
でも、だからって…攻撃された訳でもない相手に、殺人カラーボールをぶん投げて良い訳ではない。
大体そんなものぶん投げたら、投げられたルシードのみならず。
周囲にいる人間や、後でその現場を掃除する人間にも被害が及ぶだろ。
敵陣地のど真ん中で投げるなら良いけど、自分のテリトリーでやるのはやめろ。
危険が過ぎる。
「だからって、そんな嫌がらせをするんじゃない。子供じゃあるまいに」
「ほら、俺は心が少年なので…」
「アホなこと言ってないで、すぐに実験はやめろ」
それから、俺の部屋でやるな。
よそでやれ、よそで。
「もー…仕方ないですね、ルルシーったら…」
と、溜め息をつくルレイア。
何で俺が我儘言ったみたいになってるんだ。
我儘なのはお前だろ。
「仕方ありません。今回はルルシーに免じて…許してやるとしましょう」
「そうか…分かった」
「でも、そのカラーボールはいつか何かに使えそうなので…」
「そうだな。開発は続けよう」
続けんで良い。やめろ。
百歩譲って続けるにしても、俺の前でやるんじゃない。
ルレイアとルリシヤは、渋々といった風に実験道具を片付け。
危険な嫌がらせカラーボールの試作品を、ようやく俺の前から撤去してくれた。
ホッ。
自分の部屋なのに、まともに呼吸も出来ないなんて。どんな悪夢だ。
ようやく普通に息が出来る。
「はい、ルルシー。片付けましたよ」
「よし」
これで、俺の部屋に平和が戻ってきた。
…と、思ったけど。
まだ、全ての疑問が解決した訳ではない。
「…ルレイア」
「何ですか?」
「そういえば…何でルシードなんだ?」
お前ら、ルシードに嫌がらせカラーボール投げるって言ってたよな?
何故今、唐突に、ルシードの名前が出てくるんだ?
彼はルティス帝国から大海を挟んだ向こう側、シェルドニア王国にいるはずだろう。
まさか、俺達がシェルドニア王国を訪ねる訳ではなかろう?
あの洗脳大国に、そう何度も足を踏み入れるほど…俺は無謀ではないぞ。
「まさか、シェルドニア王国に行くんじゃないだろうな?」
「行きませんよ。あんな目に悪い国」
と、ルレイアはあっさり答えた。
あぁ、そう…。それなら安心した。
目に悪い国って、お前…。
シェルドニア王国は、右を見ても左を見ても、何処もかしこも真っ白だからな。
白い花、白い壁、白い道路…。
そして…国中に乱立する、恐ろしい白い塔。
知る人ぞ知る…悪名高き『白亜の塔』。
あんなものを見せられたら、ルレイアじゃなくても気分が悪くなる。
正直、俺ももう二度と見たくない。
『帝国の光』が作っていた『白亜の塔』の紛い物…『光の灯台』ですら、思い出しただけで眉をひそめる有り様なのに。
本家の『白亜の塔』を見に行くなんて、有り得ない。
俺は行かないし、ルレイアにも行かせない。
もう二度とな。
…しかし…。
「それなら、何でルシードの名前が…」
「こっちが行くんじゃないですよ。向こうが来るんです」
ルレイアにそう言われて、俺はようやく納得した。
そうか。
ルレイアがシェルドニア王国に行くんじゃなく、ルシードがルティス帝国に来るのか。
それなら安心じゃないか。
「俺だって、あんな目に悪い国には行きたくないですからね。『用があるならお前らが来い』って、アシミムに言ってやったんですよ」
お前って奴は、仮にも大国の女王に向かって…。
態度かデカいにも程があるが、ルレイアは自分が弱みを握った相手には、容赦なく強気に出るからな…。
シェルドニア王国の女王を顎で使うのは、ルティス帝国広しと言えど、お前くらいだよ。
我が相棒ながら、恐ろしくなってくるが…。
「そうしたら、ルシードを派遣するとのことです」
「アシミム本人じゃなかったのが残念だったな、ルレイア先輩」
「全くですよ。元縦ロールおばさん本人が来たら、頭に縦ロールのカツラをぶん投げてやったのに…」
失礼過ぎるだろ、ルレイア。
他国とはいえ、相手は女王なんだぞ。
万が一報復されたらどうするんだ…と思うが。
アシミム達は、『白亜の塔』の秘密やら、前王暗殺事件の秘密やらを握っているルレイアに、滅多なことはすまい。
絶対大丈夫だって分かってるから、ルレイアもここまで強気に出るんだろうし…。
…だからって、いくらでも失礼を働いて良い訳ではないからな。
人としての礼儀ってものがあるだろ。礼儀ってものが。
まぁ、アシミムやルシードを憎んでいるのは、俺も同じだが…。
「それで?何でルシードは、ルティス帝国に来るんだ?」
何か用事があるんだろう?わざわざアシミムが腹心を派遣するほどの理由が。
「簡単に言えば、事後報告ですね」
…とのこと。
「事後報告?」
「シェルドニア王国には『帝国の光』…及び、『光の灯台』建設に手を貸した馬鹿がいるでしょう?」
あぁ、いるな。
誰のことかなど、言わずとも分かる。
シェルドニア王国の重要な秘密を知る、上流貴族であるにも関わらず。
子供っぽい動機で、家宝である『白亜の塔』の資料を持ち出し、ルティス帝国に飛び。
そこで『帝国の光』…そしてヒイラ・ディートハットに手を貸し、『白亜の塔』の模倣品、『光の灯台』の建設に関わった、ドラ息子。
「あのハゲ野郎が起こした騒動のせいで、シェルドニア王国でも若干揉めたらしくて」
「そうなのか?」
それは珍しいな。
シェルドニア王国は、犯罪発生率が最も低い国として有名だ。
まぁ、それにはからくりがあるのだが…。
国民の気性は穏やかで、争い事を好まず、平和主義を体現したような国だ。
揉め事が起きるなんて、滅多にないはず。
それなのに…。
さすがのシェルドニア王国でも、今回のハゲ野郎の暴走には、目を瞑ることが出来なかったか?