The previous night of the world revolution7~P.D.~

その後、夏フェス最終日のメインイベント。

『frontier』以下、ゲストアーティストとのコラボライブが始まった。

語るべきことは多くない。

いつも通り素晴らしかった、とだけ言っておこう。

いや…今回はいつも以上か?

なんと言っても今回は、『frontier』の単独ライブではない。

あの『ポテサラーズ』を始め、他にも豪華アーティストとの合同ライブだからな。

ライブはずっと盛り上がっていたが、特に『ポテサラーズ』が『frontier』の曲を歌ったときは、大歓声、拍手喝采だった。

そして、それ以上に盛り上がったのは。

『frontier』が、『ポテサラーズ』の曲を歌ったとき。

いやはや、天地が割れそうなほどの大歓声でしたよ。

「もう『frontier』は、『ポテサラーズ』を超えてるかもね」

と、アイズが認めるほどだ。

「俺もそう思いますよ。…本人達は認めないでしょうけどね」

『ポテサラーズ』も良いけど、『frontier』は今や、それ以上のアーティストだと思う。

身内贔屓かもしれないが。

まぁ、俺のマネジメントのお陰ですね。

そして。

「普通に歌ってるな…。全然緊張してるように見えない」

舞台に立つルトリアさんを見て、ルルシーが呟いた。

ね?言ったでしょう?

ルトリアさんなら大丈夫だって。

「きっと今頃彼は、誰よりも舞台を楽しんでると思いますよ」

自分が楽しくないと、人を楽しませることなんて出来ないからな。

それがルトリアさんの、一番の強みだと思う。






…そして。

そんなルトリアさんの努力の甲斐あって。

夏フェス最終日を飾る屋外ライブは、大成功、大盛況で終わった。
「いやはや、楽しかったですね〜」

「あぁ。さすが『frontier』だな」

「どうでした?セカイさん」

「凄く面白かった!また連れてきてね、ルーチェス君」

「今日も可愛かったなぁ、ベーシュちゃん…」

「アリューシャ、疲れた?眠い?」

「んにゃ〜…。…zzz…」

「…お前ら…」

上から。

俺、ルルシー、ルーチェス、ルーチェス嫁、シュノさん、アイズ、アリューシャ、ルルシーの順である。

皆、思い思い楽しんでくれたようで何より。

ライブで騒ぎ疲れたらしいアリューシャは、既に寝落ちしてしまったので。

「よいしょっと…」

アイズが背中にアリューシャをおんぶして、運んであげていた。

「その馬鹿、会場に置いて帰れ」

ルルシーったら、過激なんだから。

…さて、それはそうと。

「ルリシヤ、後でオムライスとチュロスとフラッペ、届けさせますね」

「あぁ、頼む」

「シュノさんも。アクスタ、明日まで待ってもらって良いですか?」

「うん、急がなくて良いよ。ありがとう」

…それから、これは皆に。

「皆さんに後日、プレゼントをお渡ししますね」

「プレゼント…?何だ?」

何だと思う?

聞いて驚け、ですよ。

「今日のライブに参加した、全アーティストの直筆サイン入り色紙です」

「えっ…!」

これには、ルルシーもびっくり。

「本来は、会場でCDを購入した人限定で、抽選100名に送られる超レアアイテムなんですが…」

「お前、まさかそれもスポンサー権限で…」

「…てへっ」

そういうことです、ルルシー。

「てへっじゃないんだよ。てへっじゃ。そんな不正を…」

「抽選100名に配られるのは事実ですよ。ただ、予備に10枚くらい多めに用意しておいたので」

俺達がもらうのは、その予備分だ。

会場でCDを買った、幸運な100人のもとにも、ちゃんと届けられますよ。

「凄い…!ありがとう、ルレイア。大事にするよ」

シュノさん、大喜び。

いえいえ、とんでもない。

今日は皆さんが来てくれたお陰で、俺も楽しかったですからね。

ちょっとしたお土産みたいなものだ。

「全く…。権力の濫用だ…」

まぁ、ルルシーはぶつぶつ言ってましたけど。

別にこれくらい、可愛いものじゃないですか…と。

言おうとした、そのとき。

何処からか視線を感じて、俺は振り向いた。

「…?」

…誰もいなかった。

何だ、今の…。誰か…。

「…ルレイア?どうした?」

ふと立ち止まった俺を、ルルシーが呼んだ。

「あ、いえ…何でもないです」

そう言って、俺は視線を感じた方向に背中を向けた。

…何事もないとは思うが。

あまり、気にし過ぎてもな。

何より、今日くらいは…余計なことに煩わることなく、楽しく一日を終えたかった。
――――――…『青薔薇連合会』に立ち入り調査を行ってからというもの。

私達帝国自警団は、絶えず『青薔薇連合会』の動きを見張っていた。

何か怪しい動きがないものかと。

しかし、これまで私達は…『青薔薇連合会』を検挙するに足る証拠を、何も掴めずにいた。

…不甲斐ないばかりである。

私がルティス帝国に帰ってきたからには、『青薔薇連合会』にこれ以上、好き勝手なことはさせない。

そう誓ったはずなのに…。

現状私は、二の足を踏んでいる状態だった。

各方面から『青薔薇連合会』について…そして、ルレイア・ティシェリーについて調べているのだが…。

あの狡猾な男、噂だけはごまんとあるのだが…確かな証拠は何も残していない。

…厄介だな。

でも、例え噂だけだったとしても、それは大事な情報だ。

その噂を辿って、『青薔薇連合会』の…ルレイア・ティシェリーの実態を掴む。

焦る必要はない。いずれは必ず、『青薔薇連合会』を止めてみせる。

帝国騎士団と『青薔薇連合会』の癒着を暴き、人質になっているベルガモット王家の皇太子を解放するのだ。

それが、帝国自警団のリーダーである私の使命だ。

…そして、この日。

帝国自警団に、また一つ有益な情報がもたらされた。

…と、いうのも。

「…帝都で開かれた屋外イベントに、ルレイア・ティシェリーが参加してる?」
 
「あぁ。非番の団員が偶然、このイベントに参加して…。そこでルレイアを見つけたらしい」

「…そんな偶然が…」 

ルレイア・ティシェリーは神出鬼没。何処に現れるか分からないのに。

偶然、非番の団員が見つけたとは…。

これはお手柄だね。

「でも、それは本当にルレイアなの?確かな情報?」

話しかけて確認した訳じゃないんだよね?

遠目から見ただけなら、ただ似ているだけの別人という可能性も…。

「見間違えるはずがないよ。ブロテも見ただろう?…あんな男は、ルティス帝国に二人といないよ」

と、報告に来たセルニアが言った。

…そうだったね。

忘れようと思っても、忘れられるはずがない。

「それに、証拠として…写真を撮ってきたって」

「写真?」

「遠くから、スマホで拡大して撮った写真。一枚しかないけど…」

「見せて」

そう言うと思ったとばかりに、セルニアはすぐに、クリアファイルに入っていた写真を見せてくれた。

若干ぼやけた写真だったが、そこに写っている顔は…間違いなかった。

「…ルレイア・ティシェリー…」

疑う余地もなく、私達が追っている人物その人であった。
…こんなところに、ルレイア・ティシェリーが現れるとは。

それに…この周りに写ってる人達。

「『青薔薇連合会』の幹部仲間だね」

「あぁ、そのようだ」

ルレイア・ティシェリーの隣に写っているこの男、見覚えがある。

立ち入り調査に行ったときも、ルレイアの隣にいた人だ。

名前は確か…ルルシーだったか?

それに、立ち入り調査に行ったとき、私達を出迎えた男も一緒だ。

他にも何人か、ルレイアの周りに一緒に写っていた。

これらは誰だろう…。ルレイアのお付きの人だろうか?

部下を何人も引き連れて歩くなんて、随分なご身分じゃない。

それより…この写真。

「ここでイベントがあったって言ったよね?何のイベント…?」 

あのルレイア・ティシェリーが、部下を引き連れてわざわざ足を運ぶほどなのだ。

きっと、ただの催事では…。

「聞いたところによると、『frontier』っていうアーティストのイベントらしい」

セルニアは、困ったような顔でそう答えた。

…『frontier』?アーティスト?

「…聞いたことがあるような、ないような…。セルニア、知ってる?」

「さぁ…。僕も、ほとんど…。確か、動画サイトで有名なアイドルらしいね」

「…」

…そんなアイドルのイベントに、何故ルレイアが?

分からない…まさかそのアーティストのファンだとでも言うのだろうか?

マフィアの幹部が、まさか巷で噂のアイドルに夢中になるなんて…とても信じられない。

「きっと、何か魂胆があるに違いないよ」

あのルレイアともあろう男が、純粋にイベントを楽しみに来たはずがない。

何かを企んでいるのだ。無辜の人々を苦しめる何かを。

「僕もそう思って、少し調べてみたんだ。この…『frontier』っていうアーティストのこと」

と、セルニア。

「何か分かったの?」

「うん。どうやら『frontier』っていうアーティストが所属している事務所の親玉が、『青薔薇連合会』らしいね」

…やっぱり、そういうことなんだ。

つまりこのアーティストは、『青薔薇連合会』の息が…ルレイア・ティシェリーの息がかかっているんだ。

ルレイアがこの会場にいたのも、それが理由か。

「始めから、このアーティストは『青薔薇連合会』が作らせたものなのか…。それとも、元々いたアーティストに、『青薔薇連合会』が声をかけたのか…」

「…『青薔薇連合会』が作らせたんだと思うよ、私は」

そして、金に物を言わせ、権力に物を言わせ。

あらゆる汚い手口を使って、『frontier』というアーティストを有名人に仕立て上げたのだ。

『frontier』の人々は、ルレイア・ティシェリーの金儲けの為に使われているのだ。

可哀想に…。

あの男は、どれほど罪のない人々を苦しめたら気が済むのか…。

…やはり、何としてもルレイアだけは逮捕しなくては。

これ以上、罪のない人々を苦しめることがないように。

「…それだけじゃないんだよ、ブロテ」

「…え?」

セルニアは、酷く深刻な顔で私を見つめていた。

それだけじゃない、って…。

ルレイア・ティシェリーが『frontier』というアーティストを従わせて、金儲けをしている。

それ以上に問題なことが、他にあると?
「どういうこと?セルニア…」

「ここに写ってる写真の人物を、帝国騎士団と共有しているデータベースと照らし合わせて、該当する人物を調べてみたんだ」

そこまでしてくれたんだ。

さすがセルニア、仕事が早い。

「それで?誰なの?」

「この写真に写ってる人物の中で、身元が分かったのは二人だけだった」

「二人…?ルレイアと、もう一人は誰?」

「いや、ルレイアは含まずに二人だ。正確に言えば、ルレイアもまだ身元が割れた訳じゃない。彼らは闇の戸籍を持ってるから」

あ、そうか…。

『青薔薇連合会』は、裏社会に所属する非合法組織。

まともな戸籍を持たず、闇から流れてきた、あるいは不法に購入した戸籍を使っている者も多い。

そういう者は、当然ながら帝国騎士団が管理する戸籍リストに載っていない。

ルレイアもその一人だっけ…。

お陰で私達は、ルレイア・ティシェリーが何処で生まれ、何処から来た、どのような身分の出自なのか、未だに分かってないのだ。

何処かに親兄弟はいるはずだが、それが何処なのか分からない。

ルティス帝国の生まれだとは思うのだが…。それだってあくまで推測だし。

…いや、今はそれよりも。

身元が判明した二人、というのが誰なのかを確認しよう。

「一人は、普通にルティス帝国市民権を持つ一般人の女性だった」

…一般人の女性?

何だか拍子抜けしてしまった。

何で一般人の女性が、『青薔薇連合会』の幹部達と一緒にいるの…?

「どれ?どの人?」

私は写真を覗き込んだ。

「この人だよ」

セルニアが、写真に写っている一人の女性を指差した。

この人が…。

顔はぼやけていて、どんな表情をしているのかよく見えない。

一体どういう関係で、『青薔薇連合会』なんかと一緒に…。

「名前は、セカイ・アンブローシア。帝都に住む一般女性。職業は主婦」

「『青薔薇連合会』との関係は?」

「元々は帝都の歓楽街で、長い間水商売をしていたみたいなんだけど…」 

成程、夜の仕事をしている人だったんだね。

じゃあもしかして、『青薔薇連合会』との繫がりはそこで…。

「…どうもその人、亡くなった母親が相当借金を残していたらしくてね。その借金が、まるまる彼女に押し付けられたらしい」

「借金…?その借金って…。まさか…」

私は、一つの可能性に思い至った。

まさか。『青薔薇連合会』はそんな汚いことを。

しかし、セルニアのこの表情を見るに。

私の推測が当たっていることは、明白だった。

「うん。借金をした相手は、『青薔薇連合会』の下部組織の一つ。恐らく…この女性は『青薔薇連合会』への借金のカタに、こうして従わされてるんだと思う」

「…!」

やはり…やはり、そうなのか。

ルレイア・ティシェリー…なんという卑劣なことを。

借金を背負わされ、身動きの取れない一般女性を脅し、無理矢理言うことを聞かせ。

こうして自分の傍に侍らせて、奴隷のように扱っているなんて。

私は、写真に写っているセカイ・アンブローシアさんの顔を見た。

ぼやけていて、表情は分からない。

でもきっと…酷く悲しい顔をしているに違いない。

借金に縛り付けられ、望んでもいない相手に無理矢理従わされて…。

今すぐに写真の中に飛び込んで、彼女を救ってあげたい衝動にさえ駆られた。

それが出来たら、どんなに良かったか…。

「…気の毒に…。何とかして救ってあげられたら…」

「…確かにその人も気の毒だけど、その人の隣に写っている人も」

「え?」

…そういえば。

写真の中で、身元が分かったのは二人だって言ってたね。

セカイさんと、それからもう一人は…。

「セカイ・アンブローシアさんの隣に写っている人、その人の身元が分かった」

相変わらず堅い表情で、セルニアが言った。
『青薔薇連合会』への多額の借金のカタに、無理矢理従わされている一般女性。

それだけでも、あまりに気の毒だというのに。

隣に写っているこの男性は、それ以上だというのか?

「この人?この男の人?」

「そうだよ」

私が写真の中を指差すと、セルニアは頷いた。

…こちらも、ぼやけていて表情は読めないが。

どうやら、かなり若い男性だということは分かる。

こんな若い人が、どうして『青薔薇連合会』なんかと…。

…すると。

「…その人なんだよ、ブロテ」

「え…?」

その人、って…?

「『青薔薇連合会』に脅されて、人質にされているベルガモット王家の皇太子」

セルニアがそう言ったとき、私は頭を殴られたようなショックを受けた。

…そんな、まさか。

「ローゼリア様とアルティシア様の弟君らしい。名前はルーチェス殿下と言って…」

「この人が…!あ、いや…この御方が、ベルガモット王家の皇太子…!?」

「あぁ。一般に顔は知られていないから…でも、データベースには載っていた。僕も驚いたよ…」

…この御方が、『青薔薇連合会』に人質に取られた皇太子。

ルーチェス殿下。

「なんと…お労しい。こんなところに連れてこられて…」

あの男。ルレイア・ティシェリーは、どれほど卑劣なのだ。

人質に取ったルーチェス殿下を、小間使いのように自分に従わせ、好き勝手に連れ回すなんて。

命を脅かされているルーチェス殿下には、逆らうという選択肢が取れない。

こうして、ルレイア・ティシェリーに奴隷のように従うしかない。

本来なら、ベルガモット王家の王位を継ぐべき方が…このような憐れな姿に。

王家の威信と権威を何だと思っているのだ。あの卑劣な男は…!

牢獄に閉じ込めている訳じゃないのだから、まだマシだとでも言うつもりか?

…それなら、この写真に写っている人は…。

「…戸籍が見つからなかっただけで、他にもルレイアの周りに写っている人は皆、ルレイアに弱みを握られて、従わせられているんだろうね」

「…僕もそう思う」

このルルシーという人も、他にルレイアの周りに写っている人も。

何らかの理由でルレイアに弱みを握られ、無理矢理言うことを聞かされている。

それで自分は、王様のように侍従を従え、左団扇で満足していると。

本当に…何処まで卑劣なんだ、この男は。

無辜の人々を…そして、ベルガモット王家の皇太子殿下を、まるで自分の奴隷のように…。

「…許せない。私…この人を許せないよ」

「同感だ。絶対に許しちゃいけない…」

「詳しいことを、もっとよく調べよう。二の足を踏んではいられない」

悠長にしている暇はない。今すぐにでも動いて、少しでもたくさん情報を集める。

そして、こうしてルレイアのもとで苦しんでいる人を…少しでも早く、地獄から救ってあげなくては。
―――――…どっかのアホが、とんでもない誤解と勘違いの沼に、ずぶずぶと足を踏み入れているその頃。

そんなことは、全く意に介さない俺達は。






「…どうです?ルリシヤ。進捗状況は?」

「あぁ。任せてくれ、もう少しだ」

「楽しみですね〜」

…『frontier』の夏フェスを終わった、その翌週。

今日も今日とて、当たり前のようにルレイアとルリシヤは、俺の執務室にやって来て、楽しくお喋り。

…してるだけなら、まぁ可愛いもんだ。いつものことだからな。

しかし、今日はいつもとは違った。

何故なら。

今日はこの二人、実験用ゴーグルをつけて、何やら怪しい実験をやっていた。

「…」

…なぁ。

…別に良いよ。お前らが何の実験をしようと。

危険がないなら、俺は口を出すつもりはない。

…でもな、これだけは言わせてもらうぞ。

俺の部屋でやるな。よそでやれ、と。






こいつら、俺の執務室を何だと思ってるんだ?

いつでも遊びに来て良い、公園みたいなものだと思ってるだろ。

公園感覚で訪ねてくるだけならともかく、そこで謎の実験を始めるんじゃない。

挙げ句、こいつら俺に無断で実験を始めたからな。

せめて家主の許可を取ってからにしろ。

これが本当に公園だとしても、勝手に実験をしたら怒られるぞ。

…しかも、顕微鏡を覗くとか、標本箱を眺めるとか、そんな可愛らしい実験ならまだしも。

「ルレイア先輩、そこの粉末ドラゴンズ・ブレスを取ってくれるか」

「はい、これですね」

「あぁ。これをビーカーに入れて、先程のハバネロペーストと…」

見てみろ。聞くにおぞましい実験をしてやがる。

ドラゴン?何だ?その無駄に格好良い材料は。

ちらりとルリシヤの手元を見ると、マグマのような赤い液体が入ったビーカーがあった。

なんか目がチリチリするんだが。気のせいか?

絶対近寄らない方が良い。本能で分かる。

何でそんな危険な実験を、俺の部屋でやるのか。

俺の部屋は実験室じゃないんだぞ。

すぐに出て行け!と叫びたいところだが…あまりにも奴らが危険な実験をしているせいで、声もかけづらい。

何で俺の部屋なのに、俺が遠慮しなければならないのか。

理不尽極まりない。

何を、何の為に作ってるんだか…。

まぁ、大体予想はつく。

あの実験材料を見るに、恐らくまた…ルリシヤの激辛カラーボールの改良版なんだろう。

あのシリーズ、もういい加減にした方が良いと思うんだが。ルリシヤはまだ満足していないらしいな。

…しかし、気になるのはルレイアだ。

ルリシヤが、あの悪趣味な自作カラーボールシリーズを開発するのはいつものことだが。

今回は何故か、そんなルリシヤの隣にルレイアがいる。

普段、ルレイアがルリシヤの実験に付き合うことはないはずだが…。

今日はまた、どういう風の吹き回しだ?

「ドラゴンズ・ブレスカラーボールの方はこれで良いとして…。他のブツは?」

他のブツ…?

ドラゴンズ・ブレスの時点で相当ヤバそうなんだが、他にもあるのか?

「色々考えてあるぞ。やはり母国の素材の方が馴染みがあるだろうと思って、調べてみたんだ」

「匠の気遣いですね!」

「ありがとう。ルレイア先輩に褒められると照れるな」

…何言ってんだ?お前らは。

匠の気遣い…?

「そういう訳で、こっちがシェルドニア王国で最も辛いと言われる、シェルドニアジゴクトウガラシだ」

シェルドニアジゴクトウガラシ…?

「こっちが、シェルドニア王国で最も酸っぱいと言われる、シェルドニアジゴクレモン。こっちがシェルドニア王国で最も甘い、シェルドニアジゴクザラメだ」

…そんな種類が…?

シェルドニア王国の名産物って…俺もそんなに詳しくないけどさ。

本当、突飛な食べ物が多いよな。

ルティス帝国の食文化に慣れていたら、カルチャーショックが半端じゃない。

…で、ルリシヤとルレイアは、そのシェルドニア王国の謎の特産物で、何をたくらん、

「これでカラーボールを作って、ルシードにぶん投げてやりましょうね!」

「ちょっと待て。何考えてんだお前」

これ以上、黙って静観しておけなかった。

ルレイアの相棒兼、お目付け役として。

今のは聞き捨てならなかったぞ、おい。
「…?どうしたんですか、ルルシー」

どうしたんですかじゃない。 

お前がどうしたんだよ。

ちょっと色々聞き捨てならないから、1から説明してもらおうか。

「何やろうとしてんだ?お前らは。ちょっと目を離したら…」
 
絶対ろくなことじゃないに決まってる。

椅子から立ち上がって、ルレイアに近づこうとしたら。

「あ、ルルシーゴーグル無しで近づいたら、」

「うっ…」

「あー…。言わんこっちゃない」

ドラゴンズ・ブレスの凄まじい威力に、ゴーグルをつけていなかった俺は、後ろにひっくり返りそうになった。

目が燃える。

「大丈夫ですか?ルルシー」

「迂闊に近寄ると、痛い目を見るぞ。ルルシー先輩。これはかの名高きドラゴンズ・ブレスだからな」

そんな危険物を、俺の部屋に持ち込むんじゃねぇ。

ルレイアが、俺に真っ黒のレース付きハンカチを差し出してくれたので。

有り難くそれを借りて、両目を押さえた。

はぁ…危ないところだった…。

…。

…って、一息ついてる場合じゃない。

「お前ら、何を企んでるんだ?」

「はい?」

とぼけたって無駄だぞ。

さっき聞いたからな、俺。

お前今、聞き捨てならないことを言ってただろう。

「お前ら、さっきから俺の部屋で何をやってるんだ」

「嫌がらせカラーボールを作ってます」

潔いな。やっぱり嫌がらせ目的なのか。

まぁ、それ以外に用途なんてないわな…。

「何か駄目でした?」

「…駄目ではない」

勘違いしないで欲しいが、俺は別に、カラーボールを作ってることに文句を言っている訳ではない。

別に良い。嫌がらせカラーボールを作る行為自体は。

馬鹿馬鹿しいように見えて、意外と有事には役に立つと知ってるからな。

これまで何度も、ルリシヤのお手製カラーボールに助けられてきた。

だから、カラーボールを作る行為そのものは別に良い。 

問題は、その開発を俺の部屋でやるなってことと…。

「…誰にぶつけるって?」

「はい?」

「それを誰に投げつけるって?」

「ルシードです」

大問題。

聞き捨てならない大問題だ。

覚えているだろうか、ルシード・キルシュテンという人物を。

彼はシェルドニア王国の女王、縦ロールおばさんこと、アシミム・ヘールシュミットの腹心である。

ルレイアに言わせれば、アシミムの腰巾着…らしいが。

あれでかなりの実力者であり、アシミムにとっては頼りになるボディーガードだろう。

シェルドニア王国で一悶着あった相手だが、何故その人物に、激辛カラーボールをぶん投げるという事態になるんだ。

「何でそんなことをするんだ?」

「え?だってムカつくじゃないですか」

「…」

…そんな適当な理由で。

ルシードはドラゴンズ・ブレスやら、シェルドニアジゴク何たらいう素材で作った、嫌がらせカラーボールを投げられるのか。

たまったもんじゃないな。気の毒に。