静乃は人形を作るのが好きだった。
六畳の部屋には、色とりどりの着物を着た人形が、所狭しと並べられていた。
静乃の作る人形は、綿と布切れでできた、手のひらサイズの女の子ばかり。
肌色の端切れに綿を詰め、頭部、胴体、手足を形作る。その上に端切れで縫った着物を着せて、帯を結ぶ。
「リコちゃん、黄色いおべべがよく似合う。ふふふ……」
静乃は、出来上がった人形に名前をつけると、大事そうに抱きしめた。
「私のもの」
髪の毛は、頭のてっぺんに接着した絹糸をおかっぱにカット。ツヤツヤのサラサラ。
顔は、母親の形見の眉墨と口紅で仕上げる。
「はい、リコちゃんできあがり。とってもキレイだよ」
交通事故で二親を一度に亡くした小学五年の静乃は、遠い親戚に預けられていた。
ガタッ!
突然、襖が開いた。びっくりして振り向くと、そこに居たのは、この家の兄妹、数夫と笙子だった。
「げっ。なんだよ、この小汚ない人形は!」
「ぐえっ。気色悪い」
いきなり入ってきた数夫と笙子は、人形を蹴っ飛ばしたり、踏みつぶしたりした。
ブヂャ! グヂャ! ブヂャ! グヂャ!
「やめてーーーっ!」
静乃は叫ぶと、二人の服を引っ張った。だが、二人はやめなかった。
人形たちは、次から次と、ボロボロになっていった。
「イヤーーーッ!」
静乃は悲鳴とともに泣き崩れた。
「バーカぁ。おまえなんか出ていけっ!」
「気味が悪いんだよ。親無しっ子」
数夫と笙子は、静乃の頭をこづいて出ていくと、
バタンッ!
と、激しく襖を閉めた。
人形たちは、髪が剥がれ、首がちぎれ、手足がもがれ、まるでバラバラ殺人のようで、見るも無惨な姿だった。
静乃は人形たちを抱き抱えると、
「……ごめんね……アコもミコも、みんな、ごめんね。……いま、直してあげるからね」
何度も謝りながら、人形たちの顔を撫でてやった。
静乃の涙が、髪を剥がされたリコの瞳に落ちたその時。一瞬、リコが瞬きしたように、静乃には見えた。
人形たちを修繕していると、
ガチャン!
廊下で物音がした。
「ほらっ、めしだっ!」
数夫たちの母親の声が、襖の向こうからした。
静かに襖を開けると、ご飯と二切れの沢庵と味噌汁が載ったお盆が置いてあった。
静乃はそれを手にすると、机の上に置いた。
泣きながら食べた。知らず知らずに涙が溢れた。
……お父さん、お母さん。どうして、私を残して死んじゃったの? 私も、……お父さんとお母さんのとこに行きたいよ……。
その夜、静乃は自殺を図った。
静乃の手首から流れる真っ赤な血が、一体の人形の着物を染めていた。
その血は徐々に衿元まで染み渡り、着物の色を変えた瞬間、
『クックック……』
人形が嗤った。
そして瞬きをすると、ヒョイと立ち上がり、近くにあったビニール袋を掴むと、流血している静乃の手首に被せ、ランドセルを重しにした。
次に静乃が手にしたカミソリを取ると、部屋を出ていった。
『もちもち、たちゅけて、かじ』
人形は電話をすると、受話器を外したままで、数夫と笙子の部屋へ行った。
『クックック……』
ぐっすり眠っている二人の喉を、なんの躊躇もなく、ジョリーっとカミソリで切り裂いた。
「グエッ」
「ウェッ」
数夫と笙子は短い唸り声を発すると、いとも簡単に息絶えた。
顔に血を浴びた人形は次に、数夫たちの両親の部屋に行くと、二人をも同様に殺した。
『クックック……』
そして、玄関の鍵を開けると、四人の死体がある棟に火を放った。
渡り廊下を走って、静乃の部屋に戻ると、静乃が流した血の上にうつ伏せになって、消防車を待った。
「……気がついたかな」
知らないおじさんの声がした。
「……私、どうしたの?」
静乃の意識はまだ、はっきりしていなかった。
そのおじさんの後ろには、若い男が立っていた。
「家が火事になったんだよ。助かって良かったね」
「火事? ……他の人たちは?」
「……みんな亡くなった。四人とも」
「…………」
「電話で通報があって、逆探知で消防車が駆けつけたんだよ。受話器を外していたから住所が分かったんだ。家族に怨みを持つ顔見知りの犯行だろ、鍵が開いてたからね。全員、首を切られて死んでた」
「……首?」
「ああ。あなたは手首で良かった。首だったら――」
「! 私の人形たちは?」
「ああ、無事だ。あなたが居た部屋は燃えなかったよ」
「ホントに?」
静乃は嬉しそうに瞳を輝かせると、白い歯を覗かせた。
「……ただ」
「…………」
「一つの人形だけが、血まみれだった」
「……何色の着物?」
「うむ……何色と言うのかな……綺麗な赤でもなく、……えんじ色と言うのかな?」
「…………」
静乃は思った。着物は全部、淡い色のパステルカラーか原色の柄物だ。えんじ色の着物を着た人形なんていない、と。
「……どうして、あの子だけ手首なんでしょうね? 他の四人は首を切られたのに」
病院から出てきた若い刑事が訊ねた。
「うむ……分からんが、人形の顔についていた血は、あの子の手首から流れたのがついたのだろ。人形はうつ伏せになってたから」
ベテラン刑事が推測した。
「それと、通報したのも、あの子じゃなかったですね? 録音の声と違うし」
「ああ。通報してきたのは、もっと小さな子だ。感情のない、なんか、機械的なしゃべり方だった」
「って、ことは、あの家にもう一人、女の子が居るってことですか?」
若い刑事が興奮した。
「とは限らん。玄関の鍵が開いてたんだ、外から入って通報したとか、犯人の連れという可能性もある」
「真夜中に子連れで、殺人ですか?」
解せない顔をした。
「うむ……“烏有に帰す”だ。物証は灰と化した」
ベテラン刑事は深いため息を吐き、落胆の色を隠せなかった。
――退院した静乃は離れ家に帰ると、手首に包帯を巻いた手で、顔を赤く染めたリコを抱きしめた。
「リコ、ありがとう。私を助けてくれたのね? いま、キレイにしてあげるからね。一緒にお風呂入ろ。リコ、大好きだよ」
『あたちも』