「かぐや姫もそうなの? 恋をしにきたの?」
はじめは朔にたずねる。
「そうですね、地球人への強い憧れがあったとは聞いています」
「でもかぐや姫はさんざん男を選りすぐったあげく、帝すらフッて帰っていっただろ? 本当に地球人に恋してたのか?」
零が不思議そうに腕を組む。はじめも、かぐや姫が恋をしにきたとは到底思えないので、朔をぐっと見つめる。
「月の人間から見れば、地球人はすごく魅力的に映ります。ですが、かぐや姫さまの場合は、素直な人がいなかったとおっしゃって帰還されたと聞きました」
「素直な人がいなかった? なんだそれ」
「無理難題をつきつけられて、素直にできなかったと言ってくれる人がいなかった、嘘までついて取り繕うので嫌気がしたと、嘆いていたそうです」「なかなかの拗らせ具合だな。無理難題を突きつけられたら、死にもの狂いでやり遂げようとするだろう。好きであれば好きであるほど。それが気に入らないって言われちゃ、もうしょうがねぇよな。その努力を認めて欲しくてやってんのに」
零の冷静な分析に、ふんふんとはじめは首を縦に振る。
「その拗らせ具合が、月では謹慎処分に相当するとされています。あまり心が乱されることのない月では、葛藤は忌み嫌われます」
「はぁ……なんかすげぇな」
「ちょっとね……」
「思いが届かない経験をした分、通じ合う喜びはひとしお。月へ帰還して、幸せなご結婚をされる方がほとんどですね」
月っていうところはいったいどんなところだろう。他にも何人か月からきているのかな? 葛藤もないということは、穏やかで喧嘩もないのだろうか。はじめはなんだか味気ないような気がした。
「じゃあゆめも、恋を浄化? しに来たんだ?」
「……はい、そうなります」
はじめの心がバッと黒くなる。ゆめはいったい誰に恋をして、地球にきたんだろう。やっぱり夏樹? あんなに楽しそうにしゃべってるもんな。自分とだけしゃべって欲しいとか、もっと一緒にいたいとかおこがましいのかも。
そこまで考えて、はたと気づく。かえでにも持たなかった独占欲、支配欲、承認欲。なんだ、これ。
「朔さん、俺の願いは叶ったのかな」
零の声に、弾かれたように顔を上げる。叶ったのかなとはどういうことだろう。
「はなは、幸せ?」
「……はい、満月様は、あのあとしばらくしてご結婚なさいました。いまはおふたりお子様がいらっしゃいます。ご安心くださいませ。朔様のご加護の力が強く効いていると私は思っています」
「ねぇ、零のお願いって……」
「さ、もう帰るね。彼女の家、朝出たっきりだし。疲れたからそっちで昼寝でもするわ」
ガタンと立ち上がり、さっとリビングを零は出て行こうとする。
「えっ、ちょっと零!」
「野暮なこと聞くなよ。お前こそ、願いは何にすんだ? 志望校合格とか抜かしたらぶん殴るからな」
零の鋭い目線が胸を突いた。
「……、最初はそのつもりだった。でもいまはもう少し違うお願いにしようと思う」
「そっか。あ、そうだ。ゆめはしばらく家から出ない方がいいかもな。面白がって誘拐されたらたまったもんじゃねえし。変なこと巻き込まれないように気をつけろよ」
零はスタスタと帰っていった。朔もはじめに一礼すると「大王様から命令があれば、またお伝えにきます」と言って去っていった。
はじめはしばらくぼーっとしていた。