桜の咲くころじゃった。一人の若者が田舎を旅しておった。雲一つない青空に、淡い桃色の桜が咲き乱れ、道端の黄色い菜の花がそよ風に揺れて、それはそれはのどかで美しい風景じゃった。
若者は道端の草むらに腰を下ろすと、駅前のコンビニで買った幕の内弁当をリュックから出した。桜を眺めながら、タルタルソースのエビフライを頬張った。そのときじゃ。
「そこの若者。一人旅かな?」
と、声が聞こえた。びっくりした若者は、辺りをキョロキョロした。だが、人っこ一人いない。空耳かと思い、卵焼きを口に入れた。途端、
「うまそうじゃな」
と、聞こえた。またまたびっくりした若者は、声がした草むらに目を落とした。そして、草をかき分けてみた。すると、少し苔をつけた15センチほどの地蔵がおった。柔らかな笑みを湛え、まるで生きているかのようじゃった。
「……今、しゃべったのはあなたですか」
「バレてしまったか。しくじったのう」
地蔵は照れているかのようじゃった。
「なーに、黙って見ていようと思ったのじゃが、あまりにもうまそうじゃったから、つい声が出てしまったんじゃ」
「……どうして、こんな所に?」
「話せば長くなるが、ま、食べながら聞いてくれんか」
「あ、はい」
「もう何年になるか……あれは、桜が咲く今ごろじゃった。わしを彫ってくれた男の人は、『村を守ってください』そう呟いて、わしをここに置いたんじゃ。ここからなら、田畑を見渡すことができる。なんで草むらに隠したかと言うと、盗まれんようにするためじゃろ。ま、こんな地蔵を盗むもんはおらんじゃろが。それからと言うもの、こうやって村を守ってきたんじゃ」
「……じゃ、大切なお地蔵さんですね」
「そう言ってもらえるとうれしいのう」
「きっと、彫った人の魂が宿っているから、お話が出きるんだなぁ」
「……そうかもしれんのう。ところで、一人旅をしておるのか?」
「えぇ。……都会を離れて自分を見つめ直そうと思って」
「そうじゃったか。ま、たまには一人旅もいいもんじゃ」
「それより、お地蔵さんはこんなとこで一人、寂しくないの?」
「ま、寂しくないと言えば嘘になるが……」
「よかったら、僕んちに来ない?」
「えっ! ……それはうれしいが、彫ってくれた人を裏切るような気がしてなぁ」
「でも、これまでひとりぼっちで村をを守ってきたんだから、彫ってくれた人だって感謝してると思うよ。これからは自分の意思で生きてもいいんじゃない?」
「うむ……迷うとこじゃな。……やっぱり、ここにおるよ」
そう言った地蔵の顔は、どことなく寂しそうに見えたそうじゃ。
「……そう? 残念だな。じゃ、僕、帰るね」
「ああ。気をつけてな」
「うん。お地蔵さんもいつまでもお元気で」
「ありがとの。あ、口にタルタルソースがついとるぞ」
「ありがとう」
若者はポケットティッシュで口を拭くと、
「さようなら」
そう言って、地蔵に手を振った。
それから数日後じゃった。会社から帰宅した若者がコンビニ弁当を食べていると、
「うまそうじゃなぁ」
と、ベッドのほうから聞こえた。びっくりした若者が布団を捲ると、風呂にでも入って苔を落としたのか、ピカピカの地蔵が笑みを湛えていたそうじゃ。ーー