その5
夏美
数日後…
夕方、土佐原先輩とは県民運動場で会ったわ
風が強かったけど、二人は噴水脇のベンチに隣りあって腰を下ろしてね
「こんな寒いとこで済まなかったな」
「いえ、お仕事の合間縫ってもらって恐縮です。これ、温かいコーヒーですから、どうぞ」
「ああ、すまんな」
二人はまず温かい缶コーヒーを、一口ゴクンとね…
...
「ふう…、うまいなー、はは…。ああ、じゃあ早速だがいいか?」
「はい、今回はお手数煩わせてすいませんでした。お願いします」
「いや、由美ちゃんとかも感心してたぞ。さすが私と玲子のメガネに狂いはなかったってな。ハハハ…」
「いえ、何しろ私たちは未熟ですから…。でもみんな、自分のアタマでしっかり考えています。達美も今回は、私と違う意見をガンとぶつけてきましたし(笑)」
「ほう…、達美がな。頼もしい限りだ」
土佐原先輩は亜咲の辞退で、達美が急きょ総長に就いた直後、大ざっぱな達美のことを少々案じてたんだよね
何しろ今は内部対立で何かと両派がぶつかってるから、大事なとこでまあいいかって見極めを誤らないかとね
でも最近はさ、達美自身も何かと細かく捉えるようになってきて…
それだけに今日の先輩、嬉しそうな顔してたわ(笑)
...
「…紅ちゃんからのコメントは以上だよ」
わー、"鍋"か…
土佐原先輩が黒原未亡人を通じて受け取った、紅丸さんの言葉…
正確には独り言かしら…(苦笑)
...
”鍋が恋しい季節だから、今の南玉もちゃんこ鍋に見えるわ。煮えたぎった鍋ね。火もついてないのに中の具が自分で熱出して、ぐつぐつだ。何しろ熱くて。口に運んだって味なんぞわかんねえーって。大火傷だって。なにしろ具が冷めねーと”
「はは…、紅ちゃんにしては、今回のは割と分かり易いんじゃないか、なあ、夏美…」
「…」
私はしばし言葉が出なかったわ…
...
「あのう、読み違いは危険ですので、確認させてください。…今の南玉は熱くなり過ぎてる。もう少し冷静になってからでないと、県外と会談したって、意思疎通も行き違いが生じる…。そんなところでしょうか?」
「だろうな。問題は彼女のメッセージ度合だが…。夏美はどんな程度の受け止めだ?」
「そうですね…、かなり強めのシグナルに感じますか…」
「うん…。俺には、”こんな時期に正気の沙汰じゃあないだろう”ってとこで解釈してる…」
「そこまでですかね…」
「ああ、俺的にはな…」
この時の先輩の形容はオーバーではあったと思う
でも、土佐原先輩のそのメッセージこそ大事なのよね
私はそう自分に言い聞かせていたわ
...
「では、私もそこまでのラインで捉えなくては…」
「…あくまで南玉の方針は現役メンバーみんなの総意だが、ここは成り行きで任せる局面ではないと、俺もかなりの懸念を持ってるしな。潰せる算段はあるか、夏美…」
「まずは達美に良く説きます。向き合う相手との数は拮抗してるので、潰しにかかるには、採決の方向性を最初から定めて議事進行に臨まないと…」
「うん。それで具体的にはどうする?」
「こっちのキーワードは”誤解”で行きましょう」
「誤解か…。時期早尚ってとこではなく…」
先輩と私の会話はリズミカルになった
そう…、このテンポで私はいつも次々とアイデアが引き出されるのよ…
...
だが、今日はいつもにもましてだったわ
まるでその時の私の脳は、思考が溢れる泉だった
そのポンプは土佐原先輩の相槌よ
「…はい。時期がまだ早いってところで土俵に上がれば、あっちのキーワードは”有意義”でしょうから、それを最初から認めてしまうことになり、後は時期的なことろだけというところに持ち込まれてしまいます。今回は採決を流せても、それじゃあ、”このタマ”を向こうに温存させてしまいます。それは避けないと」
「なるほど。…それじゃあ、そのキーワードでだ、どう潰す手立てに持って行く?」
「仮にも県外の後続組織はですよ、我が南玉をモデルケースに発足したんですから、我々が常に規範たる自覚を持たねば無責任極まりますよね」
「ああ、そうなるな…」
「であれば…、これからも次々と誕生するであろう県外のグループに、仮にですよ、南玉の総意でない方針を解釈されたら、間違った道に誘導してしまう。そんなことは絶対に避けなければなりません。許されません。違いますか?」
「いや、夏美の指摘は当然だな。うん…」
相変わらず風は強く冷たいのだが、体の芯は妙に熱くてカッカしてね…
手にしていた缶のホットコーヒーが、生ぬるく感じていたわ(苦笑)
夏美
数日後…
夕方、土佐原先輩とは県民運動場で会ったわ
風が強かったけど、二人は噴水脇のベンチに隣りあって腰を下ろしてね
「こんな寒いとこで済まなかったな」
「いえ、お仕事の合間縫ってもらって恐縮です。これ、温かいコーヒーですから、どうぞ」
「ああ、すまんな」
二人はまず温かい缶コーヒーを、一口ゴクンとね…
...
「ふう…、うまいなー、はは…。ああ、じゃあ早速だがいいか?」
「はい、今回はお手数煩わせてすいませんでした。お願いします」
「いや、由美ちゃんとかも感心してたぞ。さすが私と玲子のメガネに狂いはなかったってな。ハハハ…」
「いえ、何しろ私たちは未熟ですから…。でもみんな、自分のアタマでしっかり考えています。達美も今回は、私と違う意見をガンとぶつけてきましたし(笑)」
「ほう…、達美がな。頼もしい限りだ」
土佐原先輩は亜咲の辞退で、達美が急きょ総長に就いた直後、大ざっぱな達美のことを少々案じてたんだよね
何しろ今は内部対立で何かと両派がぶつかってるから、大事なとこでまあいいかって見極めを誤らないかとね
でも最近はさ、達美自身も何かと細かく捉えるようになってきて…
それだけに今日の先輩、嬉しそうな顔してたわ(笑)
...
「…紅ちゃんからのコメントは以上だよ」
わー、"鍋"か…
土佐原先輩が黒原未亡人を通じて受け取った、紅丸さんの言葉…
正確には独り言かしら…(苦笑)
...
”鍋が恋しい季節だから、今の南玉もちゃんこ鍋に見えるわ。煮えたぎった鍋ね。火もついてないのに中の具が自分で熱出して、ぐつぐつだ。何しろ熱くて。口に運んだって味なんぞわかんねえーって。大火傷だって。なにしろ具が冷めねーと”
「はは…、紅ちゃんにしては、今回のは割と分かり易いんじゃないか、なあ、夏美…」
「…」
私はしばし言葉が出なかったわ…
...
「あのう、読み違いは危険ですので、確認させてください。…今の南玉は熱くなり過ぎてる。もう少し冷静になってからでないと、県外と会談したって、意思疎通も行き違いが生じる…。そんなところでしょうか?」
「だろうな。問題は彼女のメッセージ度合だが…。夏美はどんな程度の受け止めだ?」
「そうですね…、かなり強めのシグナルに感じますか…」
「うん…。俺には、”こんな時期に正気の沙汰じゃあないだろう”ってとこで解釈してる…」
「そこまでですかね…」
「ああ、俺的にはな…」
この時の先輩の形容はオーバーではあったと思う
でも、土佐原先輩のそのメッセージこそ大事なのよね
私はそう自分に言い聞かせていたわ
...
「では、私もそこまでのラインで捉えなくては…」
「…あくまで南玉の方針は現役メンバーみんなの総意だが、ここは成り行きで任せる局面ではないと、俺もかなりの懸念を持ってるしな。潰せる算段はあるか、夏美…」
「まずは達美に良く説きます。向き合う相手との数は拮抗してるので、潰しにかかるには、採決の方向性を最初から定めて議事進行に臨まないと…」
「うん。それで具体的にはどうする?」
「こっちのキーワードは”誤解”で行きましょう」
「誤解か…。時期早尚ってとこではなく…」
先輩と私の会話はリズミカルになった
そう…、このテンポで私はいつも次々とアイデアが引き出されるのよ…
...
だが、今日はいつもにもましてだったわ
まるでその時の私の脳は、思考が溢れる泉だった
そのポンプは土佐原先輩の相槌よ
「…はい。時期がまだ早いってところで土俵に上がれば、あっちのキーワードは”有意義”でしょうから、それを最初から認めてしまうことになり、後は時期的なことろだけというところに持ち込まれてしまいます。今回は採決を流せても、それじゃあ、”このタマ”を向こうに温存させてしまいます。それは避けないと」
「なるほど。…それじゃあ、そのキーワードでだ、どう潰す手立てに持って行く?」
「仮にも県外の後続組織はですよ、我が南玉をモデルケースに発足したんですから、我々が常に規範たる自覚を持たねば無責任極まりますよね」
「ああ、そうなるな…」
「であれば…、これからも次々と誕生するであろう県外のグループに、仮にですよ、南玉の総意でない方針を解釈されたら、間違った道に誘導してしまう。そんなことは絶対に避けなければなりません。許されません。違いますか?」
「いや、夏美の指摘は当然だな。うん…」
相変わらず風は強く冷たいのだが、体の芯は妙に熱くてカッカしてね…
手にしていた缶のホットコーヒーが、生ぬるく感じていたわ(苦笑)