その1
夏美



「…もう黒原さんは、紅丸さんの撒く種がどんな芽を出すか、それに考えを及ばすと、今まで味わったことのない心の躍動を抑えられないと言っていたよ…。あの人はその頃になると、紅丸さんの赤塗り理念を極めて大きく捉えていたようだ」

「赤塗り理念を”大きく”ですか…!」

「…オレ的にはコレ、あの人からの遺言と受け取ってるんだけど、中長期的視野では、紅丸さんを核として男も女もない、不良も普通の子もないボーダーレスの輪を描いていきたいと言っていたんだ」

「男も女もなしでですね…?」

「うん…。漠然とだが、そこまで行き着けば、今までは到底かなわないと戦わずしてあきらめていた、然るべき強大な力を持ったカベが立ちふさがっても、その集合体のパワーが押し返すことさえ可能ではないかとね…」

「南部さん、その然るべき強大なカベとは…、一体…」

私はまたも彼へ、前のめりで詰め寄っていた…


...


彼は真摯に答えてくれたわ

「相川さん…。それは、たとえば巨悪…。それが公権力なのか、若しくは非合法組織の範疇なのかは分からん…。でもね、そいつらを迎え撃つ先頭には、これからの時代、日本では若い女性がシンボリティックに猛進する形がふさわしいのではないいかとね。アハハ…、もうジャンヌダルクの世界か…」

若い女…、ジャンヌダルク…!

先頭を切るのはそうなると、この人は言った…


...


「…オレもさ、黒原さんが亡くなって、まさに無秩序状態となった自分らのフィールでさ、せめて墨東会だけでもしっかりまとめていこうと全力であたったよ。でもさ、走り出すそばから、やくざや愚連隊連中のちゃちゃが知らず知らずでに入ってきて、それを阻止できなかった。悔しかったよ…」

「…」

「…それでもオレらにとって、目の前の足かせだった在日だの純血だのというつまらんカベは乗り越え、苦労した末、なんとか墨東レベルでは一騎当千の集団に戻せた。だが…、いつの間にやら砂垣さんらが”やの字”と癒着していてさ。…すべては見過ごしたオレ達の責任さ」

この人、なんでそこまで自分に厳しいのよ!

「…でもさ、なにしろ、そこからの脱却は難しいんだ。オレは骨身に滲みたよ。だけど、相川さん、それはオレ達なんかだったからだ!黒原さんだからこそできたこと、それとおんなじことは、悔しいがオレたちでは無理だった。でもさ、”それ”をできる人物は他にいることを俺は知った…」

「…紅丸さんだって言われるんですか、南部さん!、その人物って…」

「…」