「俺、夜が来るとさ、たまに無性に一人でいるのが辛くなる時があるんだよね。一人でいたら死にたくなるくらいに不安なってきて。」

「アキみたいな人が?」

ちょっと驚いて聞き返した。

「まじだって。ここからは真面目な話。」

アキはコーヒーカップの縁を人差し指でなぞりながらゆっくり言葉をつないでいった。

「だから、そういう不安な時は彼女を呼ぶんだ。一緒に寝てそのぬくもりを感じたら、落ち着いてくるっていうか。その不安感から逃れられるんだよね。だから、彼女っていうのは、夜一緒に寝れたらそれでいいわけ。それ以上何も相手には求めない。むしろ、結婚してる女の人の方がつきあうには丁度いいっていうか。」

アキはコーヒーをぐいっと飲み干した。

「なんていうか、俺、母性に飢えてるのかな。」

ぽつりとつぶやいた。

そして、顔を上げると、またいつもの顔に戻った。

「いきなり、個人的な話しすぎちゃったかな。ごめんよ、ハル。こんな話、なんでしちゃったんだろ。今の話全部忘れて。」

少し優しい口調でそう言うと、アキはすくっと立ち上がった。

「ここは俺ご馳走するから、しばらくゆっくりしていきな。んじゃ、俺、元カノんとこいかなくちゃなんないから、また。」

アキは、マスターを呼んで、くすくす笑いながらお勘定をすますと、颯爽とお店を後にした。

私の背中の向こうでカランカランと扉の揺れに反響するベルが鳴っている。

一人取り残されて、言いようのない空虚な気持ちに押しつぶされそうになる。

あんな濃い話聞かされて、「今の話忘れて」なんて去っていっちゃうなんていくらなんでもあんまりだわ。

バッグの底から、アキに手渡された茶封筒をそっと開けると、送料の倍以上のお金が入ってた。

茶封筒の裏に書いてあるアキの携帯番号を見つめながら思った。

「結局、私の携帯番号教えてないじゃない。」