「そうそう。俺も、ハルって呼んでいい?」

「ハル」って呼ばれて一瞬ドキッとする。

直太以外に私のことを「ハル」って呼ぶ男性って、他にいなかったから。

「あ、でも、そんな馴れ馴れしく呼んだら直太兄に怒られちゃうかな?直太兄って結構嫉妬深いから・・・ってことない?」

アキは、動揺している私の顔を面白そうにのぞき込んだ。

「確かに。」

私はつぶやくように言った。

「でしょ?いつだって直太兄が付き合ってる相手と俺がちょっとでも親しげにしゃべったらえらく不機嫌になってたもん。」

「直太の元カノ?」

「あれ?気になる?ひょっとしてハルも嫉妬深かったりする?」

アキはおかしそうに笑った。

完全におもちゃにされてる。

私は全くといっていいほど嫉妬深くない。

とりわけ直太には。

彼に限って男女関係で間違ったことはしないと思ってる。

根が真面目だし、元々器用ではなく無骨なタイプ。

そういう意味ではアキとは違って信頼はできる相手だ。


ふいにコーヒーのいい香りが鼻をかすめた。

横を見ると、おじさんがコーヒーをお盆にのせて立っている。

私の前に置かれた白いカップには真っ黒なコーヒーがなみなみと注がれていて、白い湯気とともに香ばしい香りが立ち上っていた。

思わず、

「いい香り。」

とつぶやいた。

アキは大げさに右手で湯気をかきあつめて香りを嗅ぐような仕草をした。

「本当だ。すっごいおいしそうな匂い。マスター、やるねぇ!」

マスターは急にぷっと吹き出し、それから声を立てて笑った。

「アキ、お前って奴はぁ!」

え?知り合いだったの?

「お前は、そうやって、毎回女の子を初めての店みたいにして連れ込んで、ワシも付き合ってられんよ。」

そう言うと、笑いながらカウンターの奥にひっこんだ。

「へへ。全部ばれちゃったね。」

アキは頭をかきながら笑った。