あやかしの恋情0~魔女、捕まる~

ガチャ

「ただいま」なんて言わない。いや、言っても返ってこない。

だけど、強烈に地獄耳の母親は、いとも簡単に亜里香の帰宅をしる。

「あら、亜里香。帰ってきたの。ちょっと手伝いなさい。」

なにそれ。すぐそこに南乃花がいるんだからそっちに頼めばいいじゃん。

と思いつつも、逆らうのも面倒なので、手伝おうとした。

だが、南乃花の一言で、動きが止まった。

「みて、お父さん!夢愛さんから誕プレ!…1日早いけど。どう?可愛くない?」

明日は誕生日か。と思ったが、何か引っかかるものがあった。

夢愛は、姉妹を平等に扱ってほしい、ということでいつも二人ともに誕生日プレゼントをくれていた。

だが、日に日に悪化する姉妹格差にしびれを切らし、

「来年から亜里香にしか誕プレあげない!」と、魔法で誓いまで立ててしまったのだ。

だから簡単にその約束を破ることはできない。

つまり、いま南乃花が着て、今日は仕事が休みで家にいる父親に見せびらかしているのは亜里香への誕生日プレゼントのはずなのだ。

ふと、ビリビリに破かれた包装紙が目に入った。

亜里香は目が異常なほどによかったため、簡単に読むことができた。

去年までは「相良さがら 亜里香様・南乃花様」と書かれてあったところには「相良 亜里香様としか書かれていない。」

「それ、あたし宛だよ、南乃花じゃなくて。」

「ん?そーんなわけないじゃん。宛名間違えたんだよ。

わたしだけにくることはあっても、お姉ちゃんだけにくることなんてあり得ないもん。」

ここまで好都合な解釈をする小娘は、世界に一体何人いるんだろうかと、

亜里香は思った。

「そうよ、夢愛ちゃんが間違えたのよ。」

「そんなことない。夢愛お姉ちゃんを馬鹿にしないで。」

亜里香は、夢愛が間違えるはずがないと、よく知っていた。

それに、身内で唯一の味方を侮辱されるのは、かなり頭にきた。

「えー、いいじゃん。これ、ブランド物だしー。」

だから余計に良くないんだよ、と亜里香は呆れ果てた。

「いいから返して!」

「いや。なんでお姉ちゃんなんかにブランド物な訳?どう考えてもおかしいでしょ?」

バシッ

「いい加減にしてよ!」

「いったあ……なんで叩かれないといけないの?」

「そうだぞ、謝りなさい、亜里香。」

急に家の中に強い風が吹き荒んだ。

もう、限界だったのだろう。とうとう、亜里香の魔力が暴走したのだ。

「な、なにこれ…」

「今すぐ返して!」

「いや!」

「ふーん、そっかあ。今あたし、自分をコントロールできてないの。どうなっても知らない。」

「は?」

強風は竜巻のような暴風に変わり、南乃花を取り囲んだ。

風が強すぎて南乃花の様子は全くわからないが、悲鳴が聞こえる。

「ちょっと、なによこれ!亜里香、なんとかしなさい!」

「自分らですれば?じゃーね」

そのまま亜里香は瞬間移動した。
「はあーあ。」

家を飛び出したのはいいが、行く当てがない。

申し訳ないが、今日は美紗の家にお世話になろうと思って、亜里香は歩き出した。

まだ数歩しか歩いていないのに、亜里香は急に腕をつかまれた。

「みーつけた。」

「はい…?」

亜里香は振り返った。そこにいたのは、めったに見ないようなイケメンで、

どこか金持ちそうな感じの、同い年くらいの男子だった。

「やっと会えた。俺の花嫁に。」

「へ?なになになになに!?怖いんですけど!」

「目が泣いてる…」

この人、耳ないの?目の前の人、めっちゃビビってんの、わかってる?

と、案外冷静な反応を心の中で亜里香はしていた。

「いったい、なんのまねですか?」

「お前は、俺の花嫁だ。ついてこい、守ってやる。」

「あの、とりあえずふつーにビビってるんで、失礼します!」

亜里香は走って角を曲がり、すぐに瞬間移動した。

「あれ…消えた⁉」

「何をなさっておられるのです、雄輝様。」

その青年の名前は、雄輝。

そして話しかけたのは、秘書の楠本だ。

「花嫁を…見つけた。」

「え‼どこです!?」

「それが…逃げられた…。」

「どういうことですか、雄輝様なら、簡単に捕まえられるでしょうに。」

楠本は、雄輝の力はあやかしで1番であることを知っていた。

そう、彼らはあやかし。その中でも一番の力を持つ、虎のあやかしである。

その能力ゆえ、あやかしは日本の上流階級を占めている。

そしてあやかしは基本、力が強いほど容姿も優れている。

つまり、女性に狙われやすいのだ。

しかし、あやかしは普通、人とは結婚しない。

ただ、例外がいる。それが、花嫁だ。

花嫁と結婚し、子供ができれば、より力の強いあやかしが生まれ、その一族は繫栄する。

花嫁が花嫁あらしめる理由は、いまだはっきりしない。

考えられていることは、性格などの相性が良いのだろう、ということくらいである。

なにしろあやかしと花嫁はほぼ必ず、いや、今のところ100%の確率で相思相愛になるのだ。

花嫁かそうでないかは、とりあえず、あやかしの直感でわかるらしい。

「なぜか、わからないからこまっているのだ。

驚いたのだろう、走ってここの角を曲がっていったのは確かだが、俺がここに来たら、いなかった。」

「あやかしではないはずなのに、おかしなことですね。

名前は?」

「すぐ逃げられたのだからわかるはずもない。

…だが、容姿ははっきり覚えている。」

「わかりました。お聞かせ願えれば、お調べ致します。」

「いや、自分でする。」

「かしこまりました。」

そういって、楠本は車のドアを開けた。」
「ふう… ここどこ?」

亜里香はあたりを見回した。とりあえず瞬間移動したため、どこについたのかがさっぱりわからないようだ。

「仕方ない、箒で行くか。」

最近全然乗ってないし、などと独り言をつぶやきながら、どこからともなく現れた箒で美紗の家へ向かった。



ピンポーン

「亜里香です。家出少女を一晩でいいので預かっていただけませんかあ?」

ドアが開いて、美紗が顔を出した。

「亜里香ー!無事だったの!」

「いったい、どうしたの!?」

「夢愛お姉ちゃん!?」

驚くべきことに、夢愛もいたようだ。

「あたしはただ、すごい魔力にきずいて、魔力がとうとう暴走したんだろうなって思ったから心配で心配で…」

「誕プレ送ったのが今日着くはずなのに、何の連絡もないから、家に押しかけてやったの。

そしたらすごい魔力だわ、南乃花は赤ん坊みたいにぎゃんぎゃん泣いてるから、

魔力暴走したってのがわかってさ。

ここに来るだろうなと思ったから、居候させてもらってるの。」

「ほんと、無事でよかったわ。」

そういうのは美紗の母、そして隣でめちゃめちゃうなずいてるのが美紗の父である。

美紗の両親は二人とも魔族なのだ。



「で、何があったの?」

「んー、南乃花に夢愛お姉ちゃんからの誕プレ回収されて、

あたしなんかだけに来るわけないだのどーのこーのいうからキレて、家を飛び出して、

そしたらなんか知らんイケメンに絡まれて、」

「え?それチンピラの間違いじゃなくて?」

美紗の問いに亜里香はふるふると頭を振った。

「チンピラだったら『あそぼーよ』って感じでしょ?

『見つけた、俺の花嫁』的なこと言われて、もう、パニック。

角曲がって瞬間移動して、そっから箒。

そもそも、魔女って花嫁になれるの?」

「なにそれ!聞いたことないよ。なんかの詐欺じゃない?

あくまでも花嫁は、人間の女子がなるもんでしょ。」

「夢愛お姉ちゃんがそういうんならやっぱあり得ないか~」

「いやいや亜里香、魔族って結構少ないんだから、特に日本では。

海外にはあやかしなんていないから、前例がないだけであり得るんじゃないの?」

やっぱり詐欺だったのかと納得しつつも、そしたらとんでもない役者である。

どっちにしろ一回は逃げたのだから、詐欺師だったら諦めるだろう。

「とりあえず、今日は泊めてくれない?疲れたし。」

「そりゃもちろん!」

「じゃ、私は帰るね。もう一回、あいつが奪ったのよりもいいやつを誕プレにして、美紗の家に送るね!」

「ありがと!」
「おはよう、美紗、亜里香!」

「「おはよ、世羅。」」

「麗羅もおはよ、」

いつも通りの朝、いつも通りの友達。

「それより!誕生日でしょ!おめでとう!ほら、誕プレ!」

「うわあ!麗羅、ありがとう!自分の誕生日忘れかけてた!」

「昨日、大変だったんでしょ?はい、うちからも。」

美紗から事情を聴いていた世羅が言う。

亜里香は、昨日起きたことが信じられないような普通の朝だなあと思った。

だが…

「失礼します。相良 亜里香さんいますか。」

と、この学校の生徒ではない男子が呼びに来た。

「なんの御用でs…あなたは!昨日の!」

亜里香を呼んだ男の隣には、昨日のイケメンがいた。

「昨日の話の続き、していいか?」

「あの…すみません。またまた失礼します!」

亜里香は廊下を走った。

階段を下りたときに瞬間移動すればいい、と思ったのも束の間、

反対側からも護衛らしき人たちが走ってくる。

亜里香は考える時間もなく、瞬間移動し、女子トイレに逃げ込んだ。

「どうした?彼女は?」

雄輝は護衛のものに尋ねた。

「あの・・・それが…」

護衛が恐る恐るしゃべる。

「なんだ?」

「あのですね、わたくし共が両脇から挟み込もうとしたのまではよかったのですが…」

「だが?」

「わたくし共にもわからないのですが…消えてしまったのです!」

「は?」

雄輝には意味が分からなかった。

あやかしでもないのに、消えてしまうのはあり得ない。

「見失っただけではないのか?昨日もまかれたから、足が速いんじゃないのか?」

雄輝は怪訝そうに尋ねた。

「いえ、目の前で消えたのですよ。」

「そんなことあり得るか?」

「雄輝様、問い詰められても何も変わりません。この者たちはあり得たからこのようなことを申すのでしょうから。」

楠本が雄輝を落ち着かせた。

「まずは、彼女の友人たちに話を聞くのが良いでしょう。」

「そう、だな。行くか。どこへ行ったのか、推測してくれるかもしれない。」

そう言って、亜里香のクラスへと向かった。
「失礼する。お前たちは、相良 亜里香の友達であっているか?」

「はい!何の御用ですか?」

「あ、もしかして!亜里香が昨日絡まれたっていうイケメンさん?」

勘のいい美紗が尋ねる。

「絡まれたとは人聞きの悪い。彼女はどこに行ったのだ?

突如消えたのだ。」

「うーわ、マジで!?」

世羅は、あんなに用心深い亜里香がそんな簡単に人前で魔法を使うとは信じられなかった。

「逃げるから挟み撃ちにしたんだが。」

「うわー、やるねえ、なかなか。そりゃ亜里香もうざがるよ。」

初対面の人に対してはそこそこ失礼な言い方で麗羅は反応する。

「口の利き方をわきまえなさい!」

雄輝第一の楠本が声を荒げる。

「そんな自分たちの方が目上だと言うんだったら自分から名乗ってくださいません?

そもそもなんです?亜里香に近づいて何をするわけ?

亜里香も含め、あたしたちからしたら、あなたたち、追いかけてくる不審者、

というか、ストーカーにしか見えないんですよ。」

短気な麗羅は既に半ギレ状態である。

「何という…!」

「いや、いい。」

雄輝が楠本を遮る。

「確かに、あの子が逃げたのは、名乗らなかった俺のせいだ。

…親父と違ってあまり世に出ないようにしているからな。」

そう言って一度言葉を切る。

「俺は、寅のあやかしであり、虎ノ門家の次期当主、虎ノ門 雄輝だ。」

「はあ!?そんなことある?どおりで、こんなイケメンなんだ…

で、本当に亜里香が花嫁なの?」

美沙が尋ねる。

「なんだ?彼女が花嫁だったらいけないのか?」

雄輝は、本当に友達なのかと、疑いかけた。が…

「いや、そりゃうれしいですけれども!うれしくないわけないでしょう!

あなたを私たちが狙ってたわけじゃないんですから。」

麗羅が叫ぶ。

「でも、それにしたって信じられない理由があるんです。

昨日話聞いたときは新手の詐欺師かなんかだと思いましたよ。」

美紗の言葉に、雄輝は首をかしげた。

「失礼な。…その理由とは?」

「簡単に言っていいことではありません。

亜里香自身が、信用できると考えた人にだけ、知る権利があるんです。

まずはきちんと、信用を得るべきです。」

一番しっかりしている世羅が言う。

「じゃあ、どこにいるんだ?」

「どこって…あ!あなたも護衛の方たちも全員男ではないですか!

つまり…おそらくは女子トイレにいますよ!

絶対、入れませんから。」

「いや、ここにいるよ」

瞬間移動で教室に戻って来ていた亜里香が言う。

「亜里香!いつ戻ってきたの⁉︎」

驚いた麗羅が叫んだ。

「ついさっき。虎ノ門様が自己紹介するあたり?」

「全然気づかなかったな。すまない。」
「名前を聞く限り、詐欺師ではなさそうなので、信用せざるをえないようですね。

…ちょっと失礼します。」

「な、なんだ?」

動揺する雄輝をよそに、亜里香はグイっと進み出て、雄輝の目を見つめ、目を閉じた。

こうやって、心を読むのだ。

『あやかしは花嫁にメロメロになるというが、確かにそうだな。

めっちゃかわいい!』

『それにしても、不思議な花嫁だなあ。花嫁だと言われてそれをありえないといって否定するとは。』

『何とかして説得してきてもらわないと。天涯孤独もいやだからな。

一族も繫栄するわけだし。』

はあっ、とため息をついた。

「あたしが花嫁だというのは、本当のようですね。

…ですが、あたしは道具にされているようにしか聞こえません!」

「そうじゃない。…ちゃんと、愛おしいと思っている。」

亜里香はかあっと赤くなった。確かにちゃんと心でも思っているのだ。

口で言われると、余計にこそばゆい。

「もう、信用するしかなさそうよ。

さっきから、可愛いって思ってるのが、顔に書いてるもの。

真顔を崩さなさそうな人なのに。気付かなかった?」

くすくすと、美紗が笑う。

「美紗が言うなら……。分かりました。」

ふっと笑って、雄輝がほほ笑んだ。

「それでいい。放課後、迎えに来る。」




「もーう、わけわからん!色々ありすぎ!」

「ドンマイ、亜里香。でもよかったじゃん。あの虎ノ門家の花嫁なんだから。」

「そうは言っても美紗、」

「おい!もう終わったか?もうとっくにチャイムなってんだぞ。

授業だ!席につけ!」

担任の声が聞こえて、亜里香たちは時計を見た。

「うっわ、マジ?もうこんな時間?もう授業受ける気ないわ。」

「それな」

麗羅と世羅が口々に言う。

「なんでもいいから、授業始めるぞー」

「「「「はあーい」」」」
「見て!朝のイケメン、来てる!」

「相良さん、花嫁だって。」

「マジ?いいなあ~」

そんな声がヒソヒソ聞こえる。だが、ほとんどに悪意がないのがわかる。

元々陽キャ気質の亜里香は、簡単には嫌われないのだ。

「噂の的だねえー」

「ただの噂のままだといいけど…」

簡単に嫌われないとは言え、全員が全員亜里香と仲がいい訳ではない。

よく思わない人だっているだろう。

「迎えに来た。」

「あの…今からどこへ?」

「俺の家に決まっているだろう。あやかしは心配性だ。基本的に、花嫁は自分の屋敷に住まわせる。」

自分の家を屋敷というところ、さすがは金持ちである。

だが、同時に、傲慢そうだとも、亜里香は思った。

「じゃあ、行こうか。」

そう言って、雄輝は亜里香をお姫様抱っこした。

「いやいやいや。恥ずかしいし、歩けないわけないんで、下ろしてくださいません?」

「いやだ。それに、敬語はいらない。同い年だろう。」

「じゃあ、…下ろせ?」

亜里香はとんでもなく鋭い眼で雄輝をにらんだ。

「w…わかった。」

そう言って雄輝は亜里香を下した。

「さっすが亜里香。眼力ヤバすぎ。」

「気のせい、気のせい。」

「ははは。じゃね、亜里香。」

「ばいばい、バースデーガール!」

「みんなバイバーイ」

亜里香は雄輝に手を引かれ、教室を後にした。
亜里香は今、虎ノ門家の別邸に来ていた。

「俺の家だ。今日からお前がここの女主人。好きに使え。」

別邸とはいえ、とんでもない広さである。

しかも、ここには雄輝と使用人しか住んでいない。

「好きに使うって…こんな広い屋敷、好きに使うのは不可能ね。」

亜里香の脳裏には、あの居心地のいい、四次元の秘密基地が浮かんでいた。

あれさえあれば、その他にスペースなんていらないというのが、亜里香の思いだった。

楠本が、きれいなしぐさでドアを開けると、そこには使用人らしき人たちがずらりと並んでいた。

「おかえりなさいませ、雄輝様。ようこそ虎ノ門家へ、亜里香様。」

使用人が一斉に頭を下げる。

「わたくし、使用人頭の虎牙こがと申します。

そしてこちらが、亜里香様専属の使用人となりました、虎山でございます。」

「虎山とらやま 彩海あやみと申します。

よろしくお願いいたします、亜里香様。」

美人な、メイドらしきひとが頭を下げる。

「あ、あの…こちらこそよろしくお願いします!」

しどろもどろになりつつ、亜里香も挨拶を返した。

「まずはお部屋へ、ご案内致します。」

なんだか高級旅館に泊まりに来たみたいだと思いながら、

亜里香は彩海さんについていった。

「こちらが亜里香様のお部屋となります。

一時間ほどしたらお呼びするように雄輝さまから仰せつかっておりますので、

また伺いますね。」

「あ、はい」

「なにかお茶菓子でも用意致しましょうか?

何がお好きですか?」

「えっと…好きな飲み物はココア、緑茶、抹茶。

お菓子だと、上生菓子と、洋菓子だとクッキーみたいに硬いたいタイプのものが。

すみません、なんかわがまま言って。」

亜里香は慣れない扱いに、戸惑ってしまった。

「いえ、それでよろしいのですよ。

虎ノ門 雄輝さまの花嫁でございますから。

全国民にわがままを言ってもいいくらいですよ。」

ホホホと上品に笑う彩海を見て、

亜里香の緊張が少しほぐれた。
「それに」

彩海が付け足す。

「そんな丁寧になさらなくてよろしいのです。

私たちは使用人ですから。顎で使っていただいたって結構でございますよ。」

「そんな、顎で使うなんて…!」

彩海は再びホホホと笑った。

「冗談でございますよ。

では、直ぐにお持ちしますね。」

半ば放心状態の亜里香をよそに、彩海は部屋を出ていった。

彩海が出て行って、亜里香は初めて部屋をきちんと見た。

何もかもがでかい。部屋は黒と白を基調とした洋室で、

基本的な(だけど大きい)、家具が置いてあるだけだった。

クローゼットを開けてみると、広い部屋の半分もあるウォークインクローゼットった。

こんな部屋に、というか、こんなバカでっかい屋敷にこれから本当に住むのかと思うと、実感がない。

あの秘密基地、どこに移そうかと考えていると、ノックする音が聞こえた。

「失礼いたします。お菓子とお茶、お持ちしました。」

そういって、彩海が入ってきた。

手に載ってるお盆には、おいしそうに点てられた抹茶と和菓子、

更にはクッキーとパイまであった。

「わぁー!すごい!

こんなにおやつ食べたの初めてです!

……しかも、好物だらけ!」

亜里香が感嘆の声を漏らした。

「お喜びいただいてうれしいです。

では、私は失礼いたします。」

彩海は、微笑んで、出ていった。