「お前は心配しているようだが、ジョエル殿との婚約発表の前にお前がブラン卿と会い、言葉を交わしたのを、私やアナベルはしっかりと見ている。ブラン卿の勘違いなどではないから、その点は気にする必要はない」



 「それに」と、バスチアンに変わるように今度はアナベルが言葉を続けた。



「色々と考えることはあるでしょうけれど、彼に限って、あなたに貴族のしきたりのようなことを強要することはないから、あまり気にする必要はないわ。ブラン卿は、本気であなたを愛し、護りたいと願うからこそ、この婚約を申し込んできたの。それを、お父さまも私も、しっかりと理解しているわ。……だからあなたは、あなた自身の気持ちで選んで」



 「あなた自身の未来だもの」と、アナベルはその美しい容貌に優しく笑みを載せた。何一つ無理強いする意志のない、無垢な笑み。

 カミーユはそんな母の笑みに言葉を詰まらせ、それに同意するように頷く父と、妹の姿を目にして再び顔を俯かせる。



 私の、私自身の気持ちは。



 ふと、「ねえ、カミーユ嬢」と、ジョエルが口を開いた。



「教えておくね。僕はね、初めて見たんだ。ある程度、高位の貴族ならば絶対に出席しなければならないような社交の場であっても、決して何かに興味を向けたことがない彼が、あれだけ真っ直ぐに誰かを見つめるのを。真っ直ぐに想いを伝えるのを。……同じ男として、もっと色々なことを抜きにして、考えてあげて。ブラン卿の想いに、応えるかどうか」



 「君の気持ちだけがきっと、彼の全てだから」。

 穏やかに微笑むジョエルの言葉に、カミーユは何度も瞬きを繰り返して、視線を落とす。

 傍にいることが当たり前になっていて。いないことが不自然で、それどころか少し、淋しいとさえ思っていて。
 彼がいれば絶対に、大丈夫だと思っていて。

 まだ、彼の想いから比べればずっと、拙いものかもしれないけれど、でも。
 自分は。


 ……きっと、そんなこと、分かり切っていたの。私は。



 銀色の髪に覆われた美しい容貌と、一際輝く藍色の瞳を思い浮かべる。

 その先はきっと、誰よりも先に、彼へと伝えたい。
 膝の上で組んだ両手をきゅっと握りながら、カミーユは静かに、そう思った。