「それにしても、想いを伝えることも出来ない相手に挨拶するためだけに、夜会に通っていたということでしょう? とても切ない話だわ。位は違っていても、ベルクール公爵家も、確かに騎士の家系なのね」



 アナベルはそう、静かに続けた。

 執着と紙一重の一途さ。自分の感情よりも相手の願いを優先させる姿勢。下位貴族であろうと、最高位貴族であろうと、ただ自らが望み、求め、慕う相手にのみ従う、騎士の本質は変わらないらしかった。



「まるで物語みたいだわ! お姫様と騎士様の、身分違いの恋……! でも、何よりそんな人にそこまで愛されてるお姉さまがすごいわ! だってジョエル様との婚約を発表する前から、アルベール様に慕われていたということでしょう?」




 「いつの間にあの方とお会いしていたの?」と、エレーヌは無邪気に問いかけてくる。きらきらとしたその視線に、カミーユは僅かにたじろいだ後、「それが、よく分からないの」と、正直に告げた。



「アルベール様は、それこそ私とジョエル様の婚約が発表される前に会ったことがあると仰ったのだけど。……私は、そんな記憶が全くないの。あんなに綺麗な方とお会いしたことがあったら、そう簡単に忘れられないと思うのに……」



 「だから、誰かと勘違いしているんじゃないかと思うの……」と、カミーユはぽつりと零した。

 言って、また自覚する。もし彼が勘違いをしていて、自分を他の誰かと思い込んで求婚しているのだとしたら。こんなに親切にしてくれているのだとしたら。
 いつかきっとそれに気付いて、アルベールは自分の元から去って行くのだろう、と。

 以前ならば、そうならないためにも、早く身を引けるようにと考えていたけれど。今では。

 俯いたカミーユに、「だからなのか?」と口を開いたのは、バスチアンだった。父はとても驚いた表情でこちらを見ていて。一体何のことなのか分からないカミーユは、ただ首を傾げる事しか出来なかった。



「お前が、ブラン卿の求婚にまだ応じていないのは」



 ぽつりと言われた言葉に、カミーユは驚く。アルベールとの婚約はまとまるものだと、あまりにも当然のようにバスチアンが呟いたものだから。

 カミーユが断ることなど、まるで想像もしていないというように。

 「いえ、それだけでは……」と、カミーユはおそるおそる口にする。それ以前にも、自分の男性恐怖症の件や、公爵夫人としての役割など、この婚約について考える事ならいくらでもあるのだから。

 バスチアンもまた、カミーユの考えを何となく理解しているのだろう。「まあ、そうだろうな」と、彼は小さく微笑んで口を開いた。