「ねえ、ジョエル様。さっき英雄閣下がお姉さまを大事にされているって仰ってたけど、お姉さまに求婚される前からそうだったの?」



 ふと、話に区切りがついたことを見計らうように、エレーヌが口を開いた。
 隣に座るジョエルに彼女がそう訊ねれば、彼はエレーヌの方に振り返り、カミーユの方に視線を向けると、「そうだったね」と答える。「気付いたのはずっと前だけれど、確信したのは、僕たちの婚約を解消した、あの日かな」と、彼は続けた。



「カルリエ卿や夫人はご存じかもしれませんが、以前から私の家の夜会は、高位貴族の方々の参加希望者が多いのです。それこそ、招待状を売ってくれ、という方もいると聞いたことがあるくらいには」



 言って、ジョエルは口直しに出された紅茶を口にする。「それも、三年前からの話です」と彼は呟いた。

 ジョエルの言葉を聞いたバスチアンが、アナベルと顔を見合わせる。「ああ、噂で聞いたことがあるね」と、バスチアンは何かを思い出すように言った。



「流石に、娘が君と婚約関係にある私に、譲って欲しいと言ってくる者はいなかったけれどね。……『英雄が訪れる夜会』、だったかな」



 ぽつり、とそうバスチアンは呟いた。
 英雄が訪れる夜会。その言葉通り、英雄と呼ばれるアルベールが、顔を出す機会が多い夜会という意味であろう。

 ジョエルはバスチアンの言葉に頷くと、微笑み、「その通りです」と応えた。



「私とカミーユ嬢が婚約を発表した頃からしばらくして、招待を断るどころか、自分も招待してくれないかと仰る方々が増えました。クラルティ伯爵家と直接面識がない家の方々も、どうにかして招待されようと、他の家の夜会で我先に挨拶に来る有様で。なぜそうなったのか、私も家族も気になっていたのですが、……案外、すぐに気が付いたんです」



 「我が家の夜会には、ミュレル伯爵閣下が訪れることが多いことに」。
 そう言い、ジョエルはくすりと笑った。

 英雄と呼ばれる前から、彼は次期ベルクール公爵として社交界の中心人物だったけれど、そういった煌びやかな場には、あまり顔を出さないことでも有名であった。

 そんな彼が、毎回とは言わないまでも、数回に一度は顔を出すのである。そのたった数回であったとしても、彼と顔を合わせ、言葉を交わしたい者からすれば、滅多にない機会なのだ。

 戦後、彼は英雄として帰還したわけだが、その後もそれは変わらなかった。社交界に顔を出さないことも、それなのにクラルティ伯爵家の夜会には顔を出すことも。