くるくると、日傘を回しながら歩く屋敷の裏庭。いらいらとした感情を紛らわせるために、日傘は何度もくるくると回る。



 ああ、なんて使えないの。



 優美に整った散歩道も、美しく咲き乱れる花々も、胸の内に宿る不快な感覚を消してはくれない。



 誰も彼も、なんて使えないの。



 出資先であるオペラハウスに勤めている、とある若者の好意で、あの日、あの場所にあの方が現れることを知った。それも、あの方が求婚しているという噂の令嬢と共に。
 顔も見たくなかった。あの方の横に並ぶ、自分以外の誰かの顔なんて。

 だから、彼女(・・)に教えてあげたのだ。会ってみたいのならば、行ってみてはどうだろうか、と。

 まんまと、彼女、バルテ伯爵令嬢はその場を訪れた。どう言い包めたのか、彼女と、というよりも、自分と仲の良い令嬢や令息たちと共に。
 結果は、散々なものだったが。



 ああ、本当に、なんて使えないの。



 せっかくの状況だったのに、あの方を誑かす女を、脅すことも、追い出すことも出来ないなんて。
 こんなにも使えないのならば、いっそ。



「……死んでくれないかしら」



 自分の目に、二度と映ることのないように。

 ぼそりと低く呟いた言葉。後ろを歩いていた侍女が、驚いたように小さく声を上げるのが聞こえた。「死んで……?」と、彼女は困惑したように言葉を零していて。

 ああ、と思った。あまりにいらいらして、迂闊にも口に出してしまったらしい。
 自分の、本心を。

 「……ええ」と、先程とは違う、哀しげな声で囁く。くるくると日傘を回しながら立ち止まり、ゆっくりと後ろを振り返って。
 儚く微笑み、切なげな表情を浮かべて見せるのは、それほど難しい事でもなかった。



「死んで、しまいそうって、言ったの。……あの方が、私以外の方と結ばれるって、考えたら」



 苦しげに、寂しげに。これ以上ない程の哀愁を漂わせて言えば、侍女はその口許を覆うと、「そんな、お嬢様……!」と、哀しそうな表情で言った。「そのようなこと、冗談でも仰らないでくださいませ!」と。



「国王陛下の命で求婚されているだけの女の為に、お嬢様が命を落とすなんて……! いっそのこと、あの女が死んでしまえば良いのですよ。そうすれば、陛下も考えを変えざるを得ないのですから!」



 自分の事のように怒りを露わにする侍女に、それでもしかし、心の中で溜息を吐く。
 そう、死んでしまえば良いのだ。あの方を自分から奪おうとする女など。それは確かに正しいけれど。

 分かっているならば、すぐにでも実行するべきだろう。真に、自分を想うのならば。