「退け!」



 一瞬のうちに思考は巡り、アルベールは蒼褪める青年たちを押し退けて扉を開く。ただただカミーユの身に何かあったのではないかと、そればかりが心配で。

 「お、おい。大丈夫か?」という、焦ったような男の声が部屋の中から聞こえたのは、丁度その時だった。



「急にどうされましたの?」



 続いて聞こえた来た、聞き慣れない女の声。
 視界を邪魔する一組の男女と、その先に、おそらく先ほどの声の主である男女。そして。

 青い顔で自らの身体を抱き、俯く、カミーユの姿。



「貴様ら、何をしている」



 口から出た声は、想像していたよりもずっと低く、冷たい物だった。途端、部屋の中の空気が一気に変わる。重苦しい、冷えたそれに。

 視界を邪魔する、扉のすぐそこにいる男女に加え、声を出した令嬢と令息がぱっとこちらを振り返る。焦ったような表情で、「閣下、これは……」とか、「わ、わたくしたちは何も……」と言い訳めいた言葉を口にするけれど。

 全て、どうでも良かった。アルベールの視界には、カミーユの姿しか映っていなかったから。



「カミーユ……!」



 普段は適度な距離感を感じられるようにと、気を遣っていた敬称すら忘れ、アルベールはカミーユの元へと駆け寄る。怯えさせないように彼女の前で腰を落として膝をつき、「カミーユ、俺だ。分かるか? アルベールだ」と、ゆっくりと声をかける。

 本当ならば、その肩を抱き、その心を落ち着けてあげたいけれど。男である自分がそんなことをすれば、それこそカミーユは恐怖に襲われるだろうと分かっていたから。

 カミーユは震えながら、焦点の合わない目で宙を見つめていて。しかしその視線の先に現れたアルベールの姿に、ゆっくりと数度瞬いた。



「アルベール、様……」



「ああ。そうだ。もう大丈夫だ。俺がいるから、誰も君に危害を加えることはない」



 ゆっくり、ゆっくりと。少しでも安心出来るように、穏やかな口調で言葉を紡ぐ。先程までの冷たい声が嘘のように、甘い声音で。

 カミーユは、何かを確かめるかのように真っ直ぐにアルベールを見つめた後、ほっとしたように、深く、詰めていた息を吐き出した。
 「申し訳、ありません……」と、呟きながら。