「だから、俺たちはあくまでも、彼女と話してみたいという令嬢の手助けをしたいだけなんだ」



「親しい意中の相手に、不審に思えるほど急に求婚相手が出来たというのですから、心配するのも当然でしょう。彼女は自らの想い人が、騙されているのではないかと不安になっただけです」



 明らかに貴族の子息であろうその青年たちの言葉に、アルベールは眉を顰める。その言葉の意味が上手く理解できなかったから。



 令嬢の姿はないようだから、彼らはその令嬢のために彼女を連れて行きたいというところか。彼女のことを求婚相手というならば、その令嬢の意中の相手は俺なのだろうが。……だが。



 自分には、親族以外に親しい令嬢など一人もいないはずである。
 夜会などで礼儀として挨拶をすることはあっても、私的な言葉を交わす異性など、残念ながら存在しなかった。

 もちろん、勝手に話しかけてくる令嬢たちは数えきれない程いたが、形式的に家門の方は覚えていても、名前は覚えていないというのが素直な感想である。
 おそらく、彼らの言う自分と親しい令嬢というのも、そういった令嬢の一人なのだろう。そんな一方的な間柄で、親しい、というのも厚かましい話だが。

 何より、扉の前であのように大声を出して会話をしていれば、彼女の耳に届き、いらぬ誤解を生むかもしれない。やっとほんの少しだけ、自分という存在に慣れ始めてくれた彼女が、また距離を置くようなことになったならば。

 思い、深く溜息を吐いた後、アルベールは近づいてきた三人に、「そこで何をしている」と低く口を開いた。



「ご、ごきげんよう! ミュレル伯爵様! 私は……」



「お久しぶりです、閣下。覚えておられますでしょうか、先日の……」



 我先に、とでも言うように、二人の青年は歩み寄ったアルベールに対して言葉を発し始める。決まりきった挨拶。しかしその声音には、緊張のようなものが混じっていて。

 アルベールが違和感を覚えると同時に、「閣下!」と、二人の言葉を遮るように、従業員の女性が声を張り上げた。



「部屋の中へお急ぎください! 申し訳ございません、私の力不足で、侵入を許してしまって……!」



 ……何?



 従業員の言葉に、一気に頭が回り始め。
 侵入を許した。ここにはいない令嬢。扉の前に陣取る二人の青年と、それに向かい合う従業員の位置。