屋敷の中を通り、裏手にある扉をくぐってから、庭へと向かう。エルヴィユ子爵家の庭は、他の貴族の屋敷とは違って、随分とこぢんまりとしていた。
 それというのも、このエルヴィユ子爵家の成り立ちが関係しているのだろう。

 国内でも四つの家門にしか許されていない、騎士団を持つことが許されている家門の一つが、エルヴィユ子爵家である。古くから続く名家であり、初代のエルヴィユ子爵から現代に至るまで、数多くの有名騎士を輩出している騎士の家門だ。

 中でも、バスチアンの祖父に当たる、先々代のエルヴィユ子爵は、その実力だけでギャロワ王国の王国騎士団長となった傑物であった。度重なる隣国からの侵略を防ぎ切った功績を称えられ、騎士の育成とギャロワ王国の守護のために騎士団を持つことを許された、国内でも有数の人物なのである。

 ちなみに、現当主である父、バスチアンは、本人も十年前までは王国騎士団に勤めた騎士であったが、育成へと力を入れるために早々に職を辞している。現在は家門の騎士団であるエルヴィユ騎士団の団長として、訓練所で日々を送っていた。

 そんな経緯があるため、先々代のエルヴィユ子爵の代に、屋敷は大幅に改築されたのだとされている。屋敷の敷地の半分近くは、騎士や騎士見習いたちが訓練に使う訓練所と、それに伴う休憩施設や、彼らが住んでいる寮が建っており、カルリエ家の者たちが生活空間として使っている敷地は残りの半分なのだった。
 敷地自体は、他の同位貴族たちよりも少し小さいだろうかというほどなのだが、そのような内訳のため、どうしても屋敷の余裕部分ともいえる庭の面積が狭くなってしまったというわけだ。

 もっとも、だからと言って何が困るわけではなく。エルヴィユ子爵家としては、貴族としての体裁よりも、家門の騎士たちの快適さが優先されるため、誰も気にも留めていないのであった。

 遠くから、訓練中の騎士たちの声が聞こえてくる。エルヴィユ子爵家の、当たり前の日常。腕の良い騎士を輩出するとして有名なこの家の騎士見習いには、貴族の子息だけでなく、騎士の位もない平民の者もいる。広く門戸を開き、互いに切磋琢磨する彼らは、エルヴィユ子爵家の誇りでもあった。



「……さすがはエルヴィユ子爵家だな。訓練にも気合いが入っている。私の家の騎士団にも、エルヴィユ騎士団を経て配属された者がいるが、やはり基礎がしっかりと身についていた。教え方が良いのだろう」



 声の聞こえる方に視線を向けながら、アルベールはそう真面目な顔で呟く。
 家門の自慢の騎士を褒められ、思わず頬を緩めるも、ふと思った。彼は、私と話すよりも、きっと。



「あちらに行った方が、アルベール様は楽しいでしょうね」



 知らず、ぽつりと呟く。
 怖がって近寄ることも出来ず、上手く話すことも出来ない自分といても、面白いことはないだろうに。