ほっと息を吐きながら、「そう、よね」と微笑む。侍女はその笑みを見て、安心したように大きく頷いた。「ええ、そうですわ!」と声を張りながら。



「いくら約束されたと言いましても、相手は国王陛下。家臣であり、騎士としても陛下に従う方ですから、命じられれば断れないでしょう。そういうことですわ」



 間違いない、というような口振り。あの方の事をよく知っているような物言いは少し気に入らなかったけれど、その内容は納得に値するもので、「そうね」と言って微笑んだ。

 あの方の性格はよく知っている。生真面目な堅物。国王の手足と揶揄される、美しい人形。
 それでいて、この国で王族の次に尊いといえる人。



 私に、相応しい人。



「そうだわ、バルテ伯爵令嬢をお呼び致しましょうか? 明るい方ですもの。お話しすれば、きっと気晴らしになりますわ」



 侍女が良いことを思いついた、とばかりに声を張り上げる。頭の中に、朱い髪の気の強そうな顔が浮かんで、何を馬鹿なことをと考えるも、侍女の言うことも一理ある、と思い直す。

 社交界で自分と同じくらい名を聞く伯爵家の令嬢。その容貌の通り、少々気の強いところがあるが、立ち位置を弁えるだけの頭はある、付き合っていても損はない相手。そして。

 自分に盲目的に従う使用人にも気付かせぬほど、巧妙にあの方への想いを隠した策士。



 ……彼女が勝手に動いて、あの方の考えを変えてくれれば、とても有難いことね。



 自分の立ち位置を見極めることが出来ている彼女は、自分より下の者が自分より上の振る舞いをすることを嫌う。
 子爵家の令嬢という、格下の相手に想い人を取られるなど、もっての外だろう。

 自分と同じくらい、情報に聡い彼女の事だ。すでにあの方の求婚についての話も知っているだろうけれど。



「……そうね。彼女と話すだけで気がまぎれるかもしれないわ。……バルテ伯爵令嬢にお手紙を出して」



 新しく用意された紅茶を口にしつつゆったりと言えば、侍女はにっこりと微笑んで下がっていく。明日か明後日、早ければ今日にでも、彼女はこの屋敷を訪れるだろう。
 より確かな情報を求めて。



 少しだけ煽ってあげれば、あの子のことだもの。すぐにでも動くでしょうから。



 たかが子爵家の令嬢に揺さぶりをかけるには十分だろうと思いながら、もう一口、暖かな紅茶を口に含んだ。